黒竜帝も使っていたらしい
目の前には凄い剣幕の更科さんがいる。その向こうには、服とはいえ、ちょっと指先に当たってしまった女性がいる。まだ感触の残っている指先のせいで、私はつい浮ついて溢れそうな笑みをぐっと堪えていた。とにかく予想はついているが、こみ上げる笑みを誤魔化すために、駆け込んできた女性に、
「誰でしゅか、あなたは。」
と訊いてみた。更科さんがこっちを見たとき、堪えているつもりでも笑っていたのだろう。少し睨まれてしまい、溢れそうな笑みは冷や汗に変わった。そんな中、その女性ではなく横山さんが、
「やっと来たのね。
この子がさっき話していた安塚よ。
山上くん、ちょっと距離感が近いかもだけど、相談に乗ってあげてね。」
と、何事も無かったかのように話した。私は更科さんの方をチラ見してから、まだ動揺していて、
「ちょっとじゃありませんにょ。・・・よ。
結婚前ではありますが、この距離感はお会いする度に薫の反感を買いそうなので、力になるのは難しいかなと思います。」
と宣言した。が、安塚さんは、
「いや、それじゃ困ります。
その、何でもしますのでお願いできませんか?」
と頭を下げてきた。私は、さっきのはちょっと感じが悪かったかなと思ったが、また更科さんをチラ見してから、
「頭をあげてください。
その、何でもされると本当に困りますので。」
と返事をした。更科さんも、ムーちゃんと一緒に威嚇している。すると、安塚さんは、更科さんの方を見て、
「えっと、あなたが山上くんのお嫁さんの更科さんでいいのかしら?」
と言った。安塚さんは、おそらく更科さんを何とかしないと協力して貰えないと思ったのだろう。
更科さんと安塚さんは少し見つめ合った後、何か感じたようで急速に普段の顔に近づいていった。そして、
「はい。
山上の妻になる薫と言います。
以後、お見知りおきください。
その、もう少し距離をとっていただけるのなら、和人を貸してあげてもいいですよ?」
と笑顔で牽制しながら言った。私は物ではないのだがと、少し不満を感じた。
安塚さんもまた更科さんと少し見つめ合った後、納得してもらうための言葉を手繰るように、
「あぁ、大丈夫ですよ。
私はまだ二十までは研究職にいるつもりですから、そういうのは考えていませんので。」
と、更科さんに『私の事は狙っていない』旨を伝えた。私は更科さんの雰囲気がほぼ普段に戻ったのを感じてほっとしながら、
「私も、薫が浮気疑惑を持たない範疇でなら協力しますよ。
えっと・・・、薫の目の届く範囲でならと言うことになりますでしょうか。」
と、更科さんの顔色を確認しながら言った。まわりの視線が、安塚さんに集まった。
だが、横山さんは、そんなことはどうでもいいという感じで、私に
「だいたい解ってきたわ。
後は、鑑定するから、これに手を置いて。」
と言って、田中先輩から魔導具らしいものを受け取ってそこに手を置くように促してきた。
安塚さんは、師事している横山さんの言葉を遮る分けにもいかないからか、口をモゴッとさせた後、諦めたようで口を閉じた。
私はその様子を見て、返事は無いなと思ったので、横山さんの言葉に従い、魔導具らしいものに手を置いた。暫くすると、横山さんは、
「なるほど、魔力集積という変わった魔法が増えているわね。
私も聞いたことがないのだけど、さっきの魔力を集めると言っていたのがきっとそうね。
後、魔力色鑑定というのと、黒竜の威嚇というこれもまた見たことのないスキルが増えているわ。」
と言ったところ、安塚さんが、
「横山教授、ちょうど、先週、黒竜帝について調べていまして。
今はこの国の黒竜帝は空位ですが、かなり古い歴史書に、この国に黒竜帝がいたという記述が残っていました。
その時、黒竜帝がよく使ったとされる魔法が魔力集積ではないかという説が書いてある書籍がありました。
黒竜帝はその魔力集積という魔法を使って、ありとあらゆる魔法を使ったのだそうです。
後、黒竜の威嚇というスキルも興味深いですよ。
スキル名に黒竜と付くくらいだから、本来は黒竜しか使えないはずなのに、どうして山上くんが使えるようになったのか、その過程を解明するだけでも、一本書けそうです。」
と言った。すると、田中先輩は、
「なんだ。
山上の独自魔法じゃなかったのか。」
と話した。すると安塚さんは、
「いえ、その、一般的な黒竜も魔力集積は使えません。
それに、人間で使えるという話も聞いたことがありません。
なので、既に独自魔法の域と言えると思います。」
と指摘した。他にも色々と議論があったが、最終的には横山さんが、
「一応、本局に持って帰るけど、お偉いさんの研究者が焼き餅でも焼かない限りは、独自魔法登録されると思うわよ?」
と言って、この場では、ほぼ独自魔法ということになった。私はついでに、もぐさに火をつけるのを見せて、
「これも独自魔法に当たりますかね?」
と確認したが、横山さんに、
「こういうやれば誰でもできる魔法は独自魔法とは言わないのよ。」
と、すまなさそうな顔で答えられてしまい、ちょっと恥ずかしかった。続けて横山さんは、
「最後に忘れる所だったわ。
魔力色鑑定についてだけどね、どんな風に見えているの?」
と聞いてきた。私は、
「えっとですね。
魔法が、色の付いた陽炎のようにぼんやりと見えます。
例えば、身体強化は黄色、重さ魔法は黒といった具合です。」
と答えた。すると横山さんは、
「じゃぁ、これは何色?」
と言って、手を前に差し出した。私は何もないように思ったので、
「すみません。
何かやっているのかもしれませんが、見ることが出来ません。」
と答えた。横山さんは、
「ええ。
何も出していませんよ。
一応、魔力が見えているかどうか、確認させてもらったの。
次、これはどう?」
と言って、手を突き出した。手には白い陽炎がうっすらと見えたので、
「白色が見えます。
以前、薫が使っていたのですが、おそらく神聖魔法でしょうか?」
と答えた。横山さんは、
「正解ね。
じゃぁ、これは?」
と言って、また手を突き出した。今度は、透明な陽炎が見える。私は悩みながら、
「透明な陽炎が見えますが、すみません。
今まで見たことがないので、何の魔法かは分かりません。」
と答えた。横山さんは、
「見たこと無い?
これ、錬金魔法で、物質を作る時に使うやつよ?
ほら、よく着火の魔法で小さな炎を出すときに、極めて少量の爆裂気体を作って燃やすじゃない?
重い物質を作るほど魔力が必要だけど、爆裂気体は軽いから比較的簡単に魔法が使えれば誰でも作れるのがいい点ね。
まぁ、爆裂気体は威力が強いので、毎年一定数、事故はありますが。」
と答えた。私は、
「先日、田中先輩が、穴の開いた飯盒を魔法で直すとか言っていたのですが、ひょっとして、普通は出来なかったりしますか?」
と聞いた。横山さんは、
「えっと、多分、飯盒って鉄よね。
かなりの魔法量が必要名になりますが、本当にそんなことが出きるのですが?」
と、田中先輩に疑いの目を向けた。すると田中先輩はいい声を作って、
「ええ。
気合を入れれば小さな穴なら塞げますよ。
まぁ、本職の錬金術師の人みたいに綺麗に塞がるとは限りませんが。」
と返した。横山さんは、
「それは凄いわね。
何かコツとかあるの?」
と聞いた。すると、田中先輩は、
「いえ、特には。
俺の場合は、気合と根性で魔力量を絞り出す力技なので。」
と言っていた。力技なら、私には真似は出来そうにないなと思った。
そしてそのまま、歓談となった。
一区切りついたと見て、野辺山さんから私に、
「今日はちょっと面白い物を見させてもらったな。
この後、一杯行くか?」
と聞いてきた。私は、次の予定を思い出して、
「実はこの後、社長と呑むことになっていまして。
その・・・、すみません。」
と断ろうとした。が、田中先輩が、
「いや、杉並だよ。
別に野辺山なら一緒でもいいんじゃないか?」
と言った。安塚さんが、
「私も呑みに行きたい。」
と言ったところ、横山さんが、
「安塚は、呑むとハメを外してしまうから、男性のいるの飲み会には参加禁止って言っているでしょ?
私も今日は参加しないから我慢なさい。」
と言って制止した。安塚さんがどんなハメの外し方をするのかは、ちょっと気になるところだ。
更科さんは二人が付いていかないというのを聞いて、
「なら、私も遠慮した方が良さそうですね。
男同士のお話もあるでしょうから。」
と言って参加しないことになった。
が、安塚さんがムーちゃんを見つけたらしく、
「これ、幸せの白いむささびですよね!
でも、こんなに白い個体は始めてみました!
触らせてもらっても良いですか?」
と言って追いかけ回していた。
私は、気楽にムーちゃんと安塚さんの間に入り、
「ムーちゃん、嫌がっているじゃないですか。
すみませんが、追いかけ回すのはやめてくれませんか。」
とお願いしたところ、
「早く捕まえて売っ・・・、少しくらい触らせてくれてもいいじゃありませんか。」
と言っていた。
更科さんも私も、大慌てでムーちゃんを呼んで、安塚さんから隠すように位置取りした。
ムーちゃん絡みではこれからも色々なことが起きそうだなと思った。
山上くん:私も、薫が浮気疑惑を持たない範疇でなら協力しますよ。えっと・・・、薫の目の届く範囲でならとなりますでしょうか。
更科さん:(和人、私に無い武器で迫られて、寝取られたりしないよね?)
田中先輩:(安塚はきっと色気で無自覚に男を籠絡してしまう感じの迷惑な女だな。山上の自制心が試されるな。)
横山さん:(そういえばあの子、男性関係のいざこざが絶えないのよね。あ~、仕事、仕事。)
ムーちゃん:キッキッキッキッ
安塚さん:(?)
次回、杉並社長、野辺山さん、田中先輩の三人で昔話がはじまります。