他の魔法は
分厚い雲の下、狩りをしようと山に向かっている最中、私は色々な魔法を試すこととなった。
そして、台風の風を想像しながら、田んぼに向けてめいいっぱい緑魔法を放った。
ドドドッと、突風が吹く。
清川様が、
「丁度、自然の風と重なったようじゃの。
これでは、判からぬな。」
と一言。間が悪い。
私は、
「もう一度試してみます。」
と言って、仕切り直す事にした。
もう一度同じ様に、台風の風を想像しながら緑魔法を放つ。
だが、私の手から出たのは台風とは程遠い、人によってはそよ風と言われてしまうようなものだった。
佳央様から、
「出てるみたいね。」
と感心したように言ってきた。私は、
「もっと行けると思ったのですが・・・。」
と正直に話したのだが、清川様は亜空間から筒状の道具を取り出して私に向けて覗き込み、
「なるほどの。」
と納得したようだ。そして、
「今は、これでも十分じゃ。
それに、山上は今日が初めて。
慣れておらぬもあるじゃろう。」
と言った。そして、
「尤も、そうじゃの。
夏、扇の代わりにするのであれば、丁度よいやも知れぬな。」
と付け加えた。つまり、今、私が出した風は、扇で仰いだ程度の風と評されたわけだ。
私は、
「もう少し使えるように、精進します。」
と真面目に言ったのだが、清川様から、
「修行に影響の出ぬ範囲での。」
と指摘された。私は、
「勿論です。」
と返したのだった。
清川様から、
「次は、何を試すかの?」
と聞かれたので、私は、
「赤魔法を使ってみようと思います。」
と答えた。勿論これも、緑魔法と同じく重さ魔法で集めた事しかない。
清川様が、
「風も強いが、稲刈りも終わっておる。
今ならば、燃える心配もあるまい。」
と言うと、佳央様も、
「そうね。」
と同意する。
私は、
「問題ないようでしたら、始めますね。」
と宣言した。
先程の緑魔法の時と同様に、先ずは赤魔法を集める。
そして、スキルで魔法を見ながら、同じものが手から出てくる様子を想像する。
すると、緑魔法よりも更に薄くて判り辛かったが、一応、赤魔法が確認できた。
佳央様から、
「もっと出せる?」
と聞いてきたのだが、私は出来る気がしなかったので、
「いえ。」
と答えた。清川様が先ほどとは別の筒を亜空間から取り出し、その筒を覗きながら、
「これはもう、あるかないかも定かではないの。
赤は、この程度じゃろう。」
と言った。私はこの程度と言われて少しイラッとしたが、
「ですが、一応使えるのでしたら、これも修練したいと思います。」
と返し、めいいっぱい田んぼに向かって放った。
結果、やはり殆ど、赤魔法は出ない。
佳央様から、
「次よ。
次。」
と声がかかる。私は不貞腐れ気味に、
「はい。」
と返事をした。そして、気を取り直し、
「では、黄色魔法を。」
と言った。だが、佳央様から、
「これは、黒竜帝由来の力じゃないわね。」
と指摘した。
私は、
「そうなのですか?」
と聞いてはみたものの、そんな気がしない。私は、
「確か、春高山で使ってましたから、これもそうだと思うのですが・・・。」
と反論してみたのだが、佳央様は、
「そうなの?
でも、私は引き継いでないわよ?」
と不思議そうに言い返してきた。私は、
「佳央様は、鑑定しなくても分かるので?」
と指摘したのだが、佳央様は、
「あるか、ないかくらいはね。」
と答えた。私は、
「そうなのですか。
それは、ちょっと羨ましですね。」
と正直な感想を言ったのだが、佳央様から、
「実際に魔法を出してみて、自分の目で見ればいいだけじゃない。
和人も、スキルで魔法は見えるでしょ?」
と言われ、私は、
「あっ。」
と声を出して納得した。そして、
「なら、佳央様はどれが増えたか、教えてもらえますか?
それだけ試せばいいと思いますので。」
とお願いしたのだが、清川様から、
「『全部使うように』と言われたのではなかったか?」
と待ったが掛かる。私は黒竜帝との会話を思い出し、
「そうでした。」
と答えた。清川様から、
「ひとまず、全部試してみよ。」
と指示が出たので、私は、
「はい。」
と返事をした。
仕切り直して、両手を前に出す。
そして、黄色魔法を集め、それを見ながら同じ物を意識する。
すると、予想だにしない量の黄色魔法が、私の中から一気に吹き出した。
──自力で黄色魔法が使える!
私は、思わず笑い出してしまったので、佳央様から、
「気持ち悪い。」
と言われてしまった。
私は、
「ですが、予想以上ですよ!」
と理由を説明したのだが、佳央様から、
「いやいや。」
と苦笑いされた。
清川様が、亜空間から別の筒を取り出して覗き始めた。そして、
「ふむ。
三十から四十と言った所か。」
と測定結果を教えてくれた。
私は、
「そんなに、ありましたか!」
と嬉しくなって言った。
佳央様から、
「確か、黄色魔法で寒さを防げなかった?」
と質問される。私は、
「そう言えば、あまり寒くありませんね。」
と答えると、清川様から、
「ならば、修行中は黄色魔法を使ってはどうじゃ?」
と聞いてきた。私はなるほどと思い、
「それは良いですね。」
と返事をしたのだが、佳央様から、
「一日、持たないわよ。」
と指摘された。魔法の、持続時間の話だろう。
私は、
「でも、試してみないと判りませんよ?」
と言うと、清川様も、
「そうじゃの。」
と試すことに合意し、
「加減を覚えれば、持つじゃろう。
今のように、めいいっぱい使っておっては無理じゃろうがの。」
と付け加える。佳央様から、
「そういう事ね。
結構、面倒臭そうだけど、頑張ってね。」
と言われてしまった。
調子が良いので、全力で出してみる。
すると、清川様は、
「山上よ。
次もあるのじゃからの。」
とにこやかに指摘した。
私は『しまった』と思い、すぐに黄色魔法を止めた。
清川様が、
「他に山上が使えた魔法は・・・、雷じゃったかの?」
と質問する。私はまだ他にもあったはずだと思い、
「はい。
それも、あります。」
と返事をした。
早速、両手を突き出して雷魔法を集める。
そして、先ほどと同じく、雷魔法と同じ物を意識して出してみる。
すると、清川様が慌てた声で、
「戯けが!
緑で前に飛ばせ!」
と指示が出た。と、ほぼ同時。
ピチッ!
冬場に、鉄を触った時のような音が出る。
私は慌てて雷魔法を出すのを止め、先程使った緑魔法で前に押し出した。
バチッ!
大きな音を出しながら、私の手から3尺先の地面まで、稲妻が走る。
手の間にたまっていた雷魔法は、全て消失。
清川様から、
「あのままでは、足に落ちるところじゃった。
弱うても、緑があってよかったの。」
と心配された。足に雷が落ちる様子を想像し、雪が降りかねない寒さにも拘らず、背中に汗が流れる。
佳央様から、
「さっきので全力?」
と聞かれ、私は、
「いいえ。」
と答えると、佳央様は、
「なら、もう一回ね。」
と恐ろしいことを言い出した。私は、
「ですが、足に落ちるかも知れないのですよ?
落ちたら、どうするんですか。」
と文句を言ったのだが、佳央様は、
「大丈夫じゃない?
さっきも前に飛んだし。」
と他人事のように返してきた。私は、
「ですが、」
と反論しようとしたが、佳央様から、
「全部、試すんでしょ?
狩りに行く途中なのに付き合ってるんだから、早くやって。」
と今すぐやるように煽られた。
私は、
「ですが、」
ともう一度反論をしようとしたのだが、やはり佳央様から、
「つべこべ言わない。」
と怒られた。
仕方がなので、私は両手を突き出し、恐る恐る雷魔法を出した。
清川様から、
「先よりも弱い。
肝を据えぬか。」
と叱られる。
佳央様からも、
「いざとなったら、重さ魔法でどうとでもなるでしょ?」
指摘される。
──緑魔法だけが前に飛ばす方法ではない!
私はその手があったかと思い、
「はい。」
と返事をした。
重さ魔法で、力いっぱい出した雷魔法を丸く纏め上げる。そして、それを前に向かって飛ばす。
すると、稲光の玉のようなものが1間先まで飛んで行き、地面に着弾。バシュッ!っと音がした。
1〜2尺くらいの、黒焦げの地面が出来上がる。
佳央様が、
「あれっ?
ひょっとして、独自魔法?」
と聞いてきた。私は、
「そうなのですか?」
と聞き返すと、佳央様から、
「最初、風魔法で方向を決めて風魔法で飛ばしたでしょ?」
と聞き返してきた。私は少し違うような気もしたが、
「はい。」
と肯定すると、佳央様は、
「この2つは相性が良いのよ。
だから、一般的にはこの組み合わせで使うの。」
と説明した。私は、
「そうなのですか。
まるで、風神様と雷神様が協力しているみたいですね。」
と感想を言うと、佳央様は、
「まぁ、そうね。」
と言いつつも首を傾げた。そして、首の位置を戻し。
「それはそれとして、次に使った方は、雷魔法を重さ魔法で纏めて前に飛ばしたじゃない?
でも、その組み合わせ、私は見た事ないの。」
と言った。独自魔法と言えば、私も重さ魔法を使った『魔力集積』や『着火』を持っている。
だが、独自魔法と認定される事が少ないので、持っているだけで一目置かれるらしい。
私は嬉しくなって、
「そうなのですか?」
と確認すると、佳央様は私の期待に気圧されてか、
「たぶんだけどね。」
と目を逸らしながら曖昧に答えた。
独自魔法と聞いて、ふと、道を作っていた頃の事を思い出す。
私は、
「そういえば以前、重さ魔法で水を浮かべて、その中に着物を突っ込んで洗濯した事があります。
水の中に緑魔法を入れて、汚れを落としたのですが、これはどうでしょか?」
と聞いてみた。すると佳央様は首を傾げながらも、
「これも、聞いた事ないわね。
一応、独自魔法?のような気がするけど、判らないわ。」
と半分肯定してくれた。
清川様が筒を覗きながら、
「次は、青魔法を試してみよ。」
と指示を出した。
これを聞いて私は、
「これで最後ですね。」
と言ったのだが、清川様は、
「ん?
今は妖狐が憑いて、呪いも使える筈ではなかったか?」
と指摘した。記憶が曖昧で、はっきりと思い出せない。
だが、そんな気がしてきたので、私は、
「そう言えば、確かそうだったかも知れません。」
と答えると、清川様は、
「そうじゃろう。
尤も、あるかどうかも分からぬ程度の筈じゃったがの。」
と付け足した。私は苦笑いしながら、
「では先に、呪いを試しますね。」
と宣言し、青魔法を後回しにする。
私は、清川様はいつ、呪いの確認をしたのだろうかと思いながら、両手を前に突き出したのだった。
うっかりしていましたが、作中、台風が出てきました。
この台風ですが、この呼び名が出来たのは明治末ころに出来た言葉なのだそうです。
では、それまではと言うと、日本では低気圧自体が知られていませんでした。
このため、例外的に江戸時代に清国からの颶風という訳語はあったものの、一般的な名前はなかったようです。
後付で申し訳ありませんが、竜人が観測して一般に広めたという事でお願いします。m(__)m
もう一つ、台風つながりというわけでもありませんが、作中、風神と雷神が出てきます。
この2つ、昔からよく一対で絵に描かれていたようですが、これは中国からの仏教美術の影響なのだそうです。日本では、安時代頃から一対で描かれているのだとか。
特に江戸時代に描かれた『風神雷神図屏風』というのが有名で、国宝にもなっています。
・台風
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・風神雷神図
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