表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
385/681

通行手形を

 拝殿で弁当を取り分けて食べ終わった後、通行手形が届くまでという事で雑談が始まる。

 巫女様は、気を遣うだろうということで、古川様と赤谷様は、使った皿や重箱を持って拝殿を後にしている。

 そして、重箱については、後で屋敷まで届けてくれるのだそうだ。


 清川様が更科さんに、


「佳織よ。

 弁当が届く前、反物(たんもの)の値段の話が出たのじゃが、どのくらい違うものなのじゃ?」


不躾(ぶしつけ)な質問をした。

 更科さんは、


「さぁ。」


と言ったので、流石(さすが)(とぼ)けるつもりなのだろうと思ったのだが、


「店で売ってる値段は分かるけど、お屋敷売りでの値段とかは知らないから。

 でも、お店に来るお客様でも、倍近く変わってるから、それ以上なのだと思うわ。」


と律儀に知っている範囲で答えた。清川様が、


「やっぱりか。

 店先で、明らかに前の客と同じ品と言うに、聞こえてきた値段が違っておるという事があったのじゃ。

 そこの番頭、別の反物じゃと言い張りおっての。

 ならば、それを出せと言ったのじゃが、番頭、一旦奥に入った後に、他の者に売ったと抜かしおった。

 問答をしたが、(らち)()かなんでの。

 文句を言って、出てきてやった事があったのじゃ。」


と話しながら顔を(しか)めた。

 更科さんが、


「それは、下手を打ったわね。」


と一言。これは、清川様が下手を打ったということか、それとも、店屋が下手を打ったということか。

 清川様が、


「じゃが、どうやって値を決めておるのじゃ?」


とまた新たな質問を投げる。

 更科さんは、


「さぁ。

 聞いた事ないわ。

 仕入れより安くは売らないし、年末、払ってくれないと困るから、誰にでも高く売る訳じゃない筈だけど・・・。」


と知らない様子。だが、何とか答えようと考えたのだろう。首を(かし)げながら、


「多分、身なりとかかしらね。」


と付け加えた。すると、清川様は、


「身なりか。」


と納得顔になる。私が、


「どうして身なりなので?」


と聞くと、清川様は、


「高い物を身に着けておれば、過去に沢山金子(きんす)を支払った実績があるという事じゃろうが。

 我等も、同じよ。」


と理由を説明した。だが、眉間(みけん)(しわ)を寄せた坂倉様から、


「清川よ。

 誤解を(まね)くような事を、言うでない。

 こちらは、(こころよ)寄進(きしん)してもらっておるのじゃ。

 同じなものか。」


とお叱りが入る。清川様は、


「失礼しました。」


と謝った。坂倉様は、


「先日の祝詞(のりと)の件と言い、もう少し考えて物を言うようにせよ。」


ともう一つ小言を言うと、清川様は、


「すみません。」


ともう一度、謝ったのだった。


 今度は、佳央様から、


「そういえば最近、『現銀(げんぎん)()()なし』って看板(かんばん)、見かけるわね。

 そこのお店、確か誰にでも同じ値段で売ってた(はず)よ。」


と言った。私は、


「『現銀掛け値なし』と言いますと?」


と聞くと、更科さんが、


「その場で勘定(かんじょう)して、金子(きんす)を払う事を言うのよ。

 そしたら、掛け値も()らないでしょ?」


と答えた。私は、


「掛け値と言いますと?」


とまた質問すると、今度は庄内様から、


「そのような話、家に帰ってからやらぬか。」


と怒られてしまった。

 更科さんと私は、


「「申し訳ありません。」でした。」


と謝った。


 と、ここで普段見ない白装束の女の人がやってきた。

 怒られるので口にはしないが、どことなく、精悍(せいかん)な顔立ちの優男(やさおとこ)にも見える。

 庄内様が、


「何用じゃ?」


と聞くと、その女の人は、


「黒山と山上に、客人が参った。

 何でも、通行手形を持って来たそうじゃ。」


と告げた。黒山様というのは、佳央様の事だ。

 庄内様が、


「そう言えば、先程も通行手形と言っておったの。」


と不思議そうに言ったので、私は、


「はい。

 今度から、私は里を出るのに通行手形が要るようになりまして。」


と説明した。すると庄内様は、


「特殊な狩場に行くのではのうてか?」


と首を傾げ、


「それはどういう事じゃ?」


と聞いてきた。私が、


「妖狐の件で、赤竜帝から監視を付けると言い渡されまして。

 その一環で、里の外に出るには、竜人の方の付き添いや通行手形が必要になってしまいました。」


ともう少し詳しく説明すると、庄内様は、


「誰が、そのような事を言い出したのじゃ。

 巫女様が、直々に封じたのじゃぞ?

 監視など、不要じゃろうが。」


とご立腹の模様。だが、坂倉様は、


「仕方あるまい。

 分からぬ者は、どこにでもおるものじゃ。」


と反論する。庄内様は、


「しかし。」


反駁(はんばく)しようとしたが、坂倉様は、


「しかしではない。

 赤竜帝も、監視すれば(みな)が納得すると考えての事じゃろう。」


と見解を示した。庄内様が私に、


「それでよいのか?」


と問いかける。私は、


「はい。

 今のところ、大きな影響もありませんので。」


と答えると、庄内様は、


「監視が付いて、通行手形も必要になったのにか?」


と指摘したのだが、


「まぁ、本人が良いのであれば、これ以上は言わぬがの。」


と不満そうに話した。

 坂倉様から、


「それはそれとしてじゃ。

 佳央と山上は、呼ばれているのじゃったな。

 下がってよいぞ。」


と言われ、私達は先程の白装束の人に連れられて拝殿から外に出た。


 拝殿の外は、まだ風が強い。

 空は、相変わらずの分厚い雲。

 それでも、朝のようなあられが降っていないだけ、ましと思う事にした。


 前に(ふだ)を作った部屋で、紅野(こうの)様の遣いの者と会う。

 その遣いの人は、私に通行手形を渡すと、


「さて、山上。

 里の門は、これを門番に見せるだけで通れる筈だが、中には不慣れな者もおる。

 回収されそうになったら、上に聞くように言うのだぞ。

 それと、この通行手形の有効期限は、今月中である。

 来月、また狩りに行きたい場合は、もう一度、申請するのだぞ。」


という説明があった。

 遣いの人と別れ、拝殿に戻る。


 清川様から、


「受け取ったか?」


と声がかかった。私は早速、


「はい。

 ここに。」


と言って、通行手形を見せた。

 清川様は、


「そうか。

 これで、ようやく出掛けられるの。」


と言ったので、私は、


「はい。

 ですので、早速、狩りに出かけたいのですが。」


と言うと、庄内様から、


「山は雪じゃ。

 清川、佳央、山上の三人で行くがよいじゃろう。」


と言った。そして更科さんの方を見て、


「そちは、行かぬが良いと出ておるが、どうする?」


と付け加える。更科さんは少し(こわ)ばった表情をしたが、


「・・・分かりました。」


と意外にも素直に答えた。恐らく、前について行かないほうが良いと言われたのについていき、死にかけたのを思い出したのかも知れない。

 更科さんは残念そうに私を見て、


「本当は一緒に行きたいけど、お屋敷でお留守番してるわね。」


と言ったので、私は、


「何かあっても大変ですし、そうして下さい。」


と同意した。

 佳央様が、


「じゃあ。」


と言ったので、私は、


「はい。」


と返事をし、


「庄内様、そろそろ下がろうかと思います。」


と声を掛けた。庄内様は、


「うむ。

 では、気をつけての。」


と言って、私達は拝殿から下がったのだった。

 一旦、先程の遣いの人と会った部屋まで移動し、白装束から、狩りに行くために貰った着物に着替えをする。

 その後、玄関を出ると、清川様が、


「では、行くかの。」


と言ったのだった。



 神社の階段を下りる。

 更科さんと別れの挨拶をした後、清川様、佳央様と私は3人で東門に向かって歩いた。

 先ほどと違い、風は()いでいたのだが、空の雲はまだ分厚(ぶあつ)いままだ。


 清川様が、


「それで、その着物はどうなのじゃ?」


と聞いてきた。

 私は、


「はい。

 (そで)を通したばかりの時は冷たかったのですが、今はそうでもありません。

 ただ、まだ馴染んでいないので、腕を上げるにしても違和感があります。」


と説明した。清川様が、


「そうか。」


(うなづ)いた後、


「まぁ、下ろしたてや洗いたての着物は、そういう物じゃからな。」


と付け加える。佳央様が、


「寒さは(しの)げても、動きが(にぶ)るようなら、一長一短(いっちょういったん)って事ね。」


と私の話を(まと)めたのだが、清川様は、


「しかし、寒くとも動きは鈍るじゃろう。

 ならば、寒さが凌げる分、良いのではないか?」


と反論した。佳央様が、


「そうかもね。」


と同意する。私は、


「いずれにしても、狩りはこれからです。

 この着物でも、十分に動けるとよいのですが・・・。」


と不安を口にしながら、ぐるぐると肩を回した。

 他にも、獲物と会えるのかとか、私はどのくらい弱くなっているのだろうか等、色々な不安を抱えている。

 私は、今日の狩りは上手く行くのだろうかと不安な気持ちを抑えながら、先ずは東門に向かって歩いたのだった。


 作中、佳央様が「誰にでも同じ値段で売ってた筈」と言っています。

 「現銀掛値なし」と併せて「正札付き現銀掛値なし」と呼ばれていたそうですが、江戸時代の商慣習としては、結構色々な物がお客様との取引き毎に違う価格で売られていました。

 反物で最初に決まった値段で売るのを初めたのが、前にも出てきた越後屋さんだそうで、この売り方では、世界初だったそうです。

 (もっとも)も、(屋台の二八蕎麦が16文といった感じで)それ以前にも決まった値段で売られていたと思われる物もあるわけですが・・・。


・三越

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E4%B8%89%E8%B6%8A&oldid=88698589

・呉服商

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%91%89%E6%9C%8D%E5%95%86&oldid=87423653

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ