お針子(はりこ)さんに無理を言って
竜帝城で赤竜帝と会った後、私達はお城の外に出た。
と言っても、蒼竜様はそのまま仕事をすると言って残ったので、今いるのは5人だ。
空を見上げると、分厚い雲がぎっしりという感じで、いよいよ雪が降り出しそうになっていた。
城の門に着くと、先日、銭湯で会った筋肉隆々の門番さんが立っていた。
今日は、こちらで当番らしい。
私は、
「先日はどうも。」
と挨拶をすると、門番さんも、
「おう。
踊りのか。
今度、約束の妖狐の話を聞かせてくれよ。」
と軽く挨拶を返した。
私は、妖狐の話かと思いながら、
「今は微妙な感じですが・・・はい。
機会がありましたら、お話しますね。」
と苦笑いしつつ返すと、門番さんも、
「お、・・・おう。」
とあちらも苦笑いになった。門番さんは、私の狐憑きの噂は聞いていたが、さっきまで忘れていたのかもしれない。
門番さんが、
「また今度な。」
と言うと、脇の小さな扉を開けてくれた。
私は、
「はい。」
と答えながら、門を潜った。
大通りを歩き始めると、更科さんから、
「あの門番さん、和人の知り合い?」
と話しかけてきた。
私は、
「はい。
名前までは知らないのですが、先日、銭湯で話しかけられまして。」
と答えると、更科さんは、
「銭湯?」
と聞き返してきた。私は、
「・・・ほら、佳織が臭うって言って勧めた事があったじゃないですか。
あの時です。」
と答えると、更科さんは、
「あぁ。
無罪放免になって、お城まで迎えに行った後ね。」
と思い出したようだ。私は、
「ええ。
その時に、妖狐を倒した時の様子を聞かせてくれと頼まれましてね。」
と言うと、更科さんは
「ん?」
と少し首を傾げた後、
「あぁ、菅野村の帰りに倒した方の妖狐ね。」
と納得した様子。最近も私は妖狐を倒しているので、一瞬、思い出せなかったのだろう。
私は、
「はい。」
と頷いた。
暫く歩くと、空を見上げた佳央様が、
「そろそろ降るわね。」
と呟いた。更科さんが、
「ええ。
寒いから、雪かなぁ。」
と反応すると、佳央様は、
「そうね。」
と頷く。清川様が、
「雨でないと良いのじゃがな・・・。」
と付け加え、古川様が、
「そう・・・ね。」
と同意した。
それから少し歩くと、佳央様が言った通り、空から冷たいものが降り始めた。
それも、みぞれだ。
私は、誰も手に傘を持っていなかったので、早く避難しようと、
「そこの軒下で雨宿りをしませんか?」
と提案したのだが、佳央様から、
「傘、あるから出すわ。」
と言われてしまった。佳央様が亜空間から3張り出し、更科さんと私に1張りずつ渡す。
更科さんと私は、
「ありがとう。」
「すみません。」
とお礼を言った。
清川様も亜空間から傘を2張り出して、1張りを古川様に渡す。
古川様も、
「ありが・・・とう。」
とお礼を言った後、
「これから、・・・神社に戻りるから・・・返すのは後日になるけど・・・いい?」
と確認した。清川様が、
「傘は構わぬが、もうか。」
と了承し、
「お昼くらい、食べていったらどうじゃ?」
と質問する。私は家主に無断で決めるのはどうかと思ったが、黙っていることにする。
古川様は、
「明日の・・・準備がある・・・から。」
と答える。清川様と違って、古川様は、忙しいようだ。
佳央様が、
「でもお城に行ったばかりだし、一息入れたら?」
と聞くと、更科さんが、
「それなら、丁度そこに甘味屋さんがあるわよ。」
と指を差した。だが、古川様は、
「いえ。
後で知れたら、・・・怒られるから・・・ね。」
と断った。誰に怒られるのだろうか?
不思議に思って聞こうとしたのだが、先に清川様が、
「そうか。
ならば、皆に宜しく伝えておくのじゃぞ。」
と発言した。時期を逸したので、誰が怒るのか聞けなくなる。
古川様は、
「はい。
ちゃんと、・・・伝えておきます・・・ね。」
と返し、
「それでは、・・・また・・・ね。」
と言って、神社の方に向かうべく、角を曲がって行った。
私は更科さんに、
「そういえば、夕方、白装束を取りに行く事になっていましたよね?」
と聞くと、更科さんは、
「うん。」
と頷いた。私は、
「折角外に出ましたし、これから行ったらどうでしょうか?」
と提案したのだが、更科さんから困った顔で、
「えっとね、和人。
今回、すぐに要るからって、お針子さんに無理を言って作ってもらっているの。
だから多分、まだ出来てないんじゃないかな。」
と答えた。佳央様も、
「今日の夕方でも、出来ているか怪しいくらいよ。」
と付け加える。私は、
「そうなのですか。
ならば、着物屋には夕方ですね。」
と納得し、
「それにしても、わざわざ新しい着物でないといけないなんて、面倒ですよね。」
と愚痴を言うと、清川様から、
「面倒など、言うものではない。
そもそも、巫女様が直々にやって下さるのじゃ。
下ろしたてでないと、失礼じゃろうが。」
と言われてしまった。私は、
「やはり、新しい物でないと駄目でしょうかね?」
と改めて聞くと、清川様は、
「それはそうじゃ。」
と肯定し、
「山上も、目上と会うとなればボロは着ぬじゃろう?」
と聞いてきた。それはそうだ。
私は、
「はい。」
と頷くと、清川様は、
「ならば、小奇麗な格好をするじゃろ?」
と聞いてきた。私は、
「勿論です。」
と同意すると、清川様は、
「うむ。
そして巫女様は、山上よりもずっと目上じゃ。
着るものもずっと小奇麗、つまり、真新しい物が良いとなるじゃろう。」
と説明した。私は何となく丸め込まれた気がしたが、
「そうですね。」
と返事をした。
佳央様が清川様に、
「1度でも着たら、穢れるとかだっけ?」
と確認すると、清川様は、
「今回は、違うかの。」
と否定した。間違っていたからか、佳央様の顔が少し赤らむ。
それを見てか、清川様は、
「じゃが、そういう考え方もある。
清めれば使える儀式もあった筈じゃ。」
と付け加えると、佳央様は、
「そう。」
と頷いた。だが、まだ、決まりが悪そうな顔をしている。
私は、
「大月様から教わった礼儀作法でも、着物は新しいのが良いかどうか、色はどのような物が良いか、状況で様々でした。
儀式毎に違っていては、覚えきれませんよね。」
と言うと、清川様も、
「うむ。
中には、聞いただけで分かる者もおる。
じゃが、普通は経験せねば、なかなか覚えられぬものじゃ。」
と同意した。更科さんも、
「本で暗記してても、思い出せない事もあるしね。」
と大きく頷いた。
お屋敷に到着し、一度、雑談が途切れる。
時間的には、そろそろ昼飯時。そのまま皆で、座敷に移動する。
座敷に入ると、ほんの少しだが部屋が暖かかった。
隅に、火鉢が置いてあるお陰だろう。
出来れば囲炉裏の方がよいのだが、この部屋にはないので仕方がない。
更科さんが、
「やっぱり、火鉢があると助かるわね。」
と笑顔で言うと、佳央様は、
「そう?
これからまだ冷えるのに、大変よね。」
と返した。佳央様は竜人なので、寒さに強い。
私は、
「そうですね。
まだ、冬はこれからですし、もっと寒くなる前に、綿入りが欲しい所です。」
と付け加えた。更科さんが、
「綿入りの袢纏、いいわね。
お揃いで作ろっか。」
と言ってきた。私は、同じ色はどうかと思ったので、
「はい。
同じ柄で、色違いとかが洒落ていますかね。」
と言うと、更科さんも、
「そうね。」
と同意、乗り気の様子。私は、
「手元に金子がないので、すぐには買えないでしょうが・・・。」
と水を差すと、更科さんは、
「そうなのよね・・・。」
と苦笑いした。私は、
「金子の工面で狩りに行こうかと思っていたのですが、もう一人、竜人が付き添わないといけません。
こんな時、誰にお願いしたら良いのでしょうかね。」
と皆に聞いてみると、佳央様から、
「下女の人を一人借りたら?」
と提案があった。私は驚いて、
「借りても宜しいので?」
と聞き返すと、佳央様は、
「別にいいんじゃない?
減るものでもなし。」
と答えた。
減るかどうかはともかく、本当に借りられるなら有り難い。
私は、
「ありがとうございます。
助かります。」
とお礼を言った。
私は、早めに出掛けられると良いなと思ったのだった。
既に書いたつもりになっていましたが、まだだったので、火鉢について一つ。
この火鉢ですが、庶民に普及したのは江戸時代だったのだそうです。
当時は、陶器や金属製の大きな火鉢の他に、木製の箱に銅で出来た炉の入った箱火鉢や、箱火鉢に引き出しが付いた長火鉢等が使われていたそうです。
長火鉢の引き出しには、湿気を嫌うお茶や海苔とかの乾物等を入れる事が多かったのだとか。
なお、作中、説明はしていませんが、佳央様の部屋には長火鉢が、座敷や道場には少し大きめの陶器の火鉢が置かれている想定です。
木炭と言えば、白炭と黒炭があります。
白炭は、余計な煙が出ないという事で、炭火焼きに良く使われます。有名な備長炭も白炭となります。
一方の黒炭は、柔らかくて火が着きや易いので、バーベキューでよく使われます。
この黒炭ですが、室町から江戸時代ころに出来たと言われているのだとか。
あと、和傘は1張り、2張りと数えます。
・火鉢
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・木炭
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