寒いので
瞑想の後は座学。名付けの話を聞いている。
道場の中は、最初に入ってきた時よりも寒くなっている。
戸板を、風が叩く音がする。
私は、
「申し訳ありません。
今日は外は雪が舞っておりますが、今のままでは寒くて話が頭に入るません。
せめて少しだけでも、動きたいのですが・・・。」
と伝えた。すると清川様は、
「ん?」
と首を傾げた後、暫し考え、
「そうか。
我等竜人と違って、人間は寒さに弱いのじゃった。」
と理解した。そして、
「そうじゃな・・・。」
と一拍置くと、壁にかかった薙刀に向かって歩きながら、
「丁度、ここは道場じゃ。
少し、素振りでもしてみるか。」
と言った。だが、私は薙刀も刀のやった事がない。
私は、
「すみません。
私は得物はからっきしでして。」
と苦笑いすると、清川様は薙刀を手に取り、
「私はこれを使う。
山上も、そうするか?」
と言って、もう一本、手に取った。
清川様は、
「何。
打ち合おうというわけではない。
体を温めるのが目的じゃからな。
少し、素振りの真似事をするだけでよい。」
と説明する。私は、
「そう言う事でしたら。」
と言って、清川様から薙刀を受け取った。
二人で、道場の中央に移動する。
横から、古川様の声とムーちゃんの鳴き声が聞こえてくる。
清川様は、
「先ずは、基本の構えをいくつかの。」
と言って、右足を引いて横向きとなり、薙刀を両手で大きく掲げるように持った。
顔はこちらを向いたままとなっており、刃の部分は後ろ側にある。
清川様は、
「これが、上段じゃ。」
と説明した。
──冗談?
私は、
「どのような冗談なのですか?」
と聞くと、清川様は、
「ん?
普通の上段じゃ。」
と首を傾げた。だが、何かに気がついたようで、
「あれかの。」
と言って、今度は右足を少しだけ戻しながら、上に掲げていた薙刀を斜めに構え直した。
横から古川様が、
「八相・・・ね。」
と説明する。清川様は、
「うむ。
じゃが、山上。
これは、上段ではないぞ。」
と説明する。私はよく解らないままに、
「冗談ではなく、『はっそう』なのですね。」
と返す。清川様は、
「うむ。」
と頷き、
「次にこれじゃの。」
と言って、今度は右足を前に出しながら薙刀を振り下ろした。といっても、刃の部分は、水平と言うにはやや上がった状態だが。
清川様は、
「これが、中段じゃ。」
と説明した。
私は清川様を真似て構え、
「これが『ちゅうだん』ですか。」
と言うと、清川様から、
「もう少し、足も真似よ。」
と指導が入る。私は右足を引いて、
「こうですか?」
と確認する。清川様は、
「まぁ、初めてならば上出来じゃろう。」
と一応、褒めてくれた。古川様も、
「肘も気になるけど、・・・初めてなら、・・・そんなもの・・・かな。」
と問題ないようだ。
私は、
「ありがとうございます。」
とお礼を言うと、清川様と古川様は、
「うむ。」
「ええ。」
と頷いた。
清川様は、
「ついでじゃ。」
と言うと、左手を肘から上げ、剣先を下ろし、
「これが、下段じゃ。」
と言った。上段、中段、下段。冗談ではなく、上段だったのか。
ようやく、頭の中でつながる。
そんな事を考えながら、私は清川様がやってくれている下段を真似、
「こうですか?」
と確認すると、清川様は、
「そんなところじゃろう。」
と返してきた。悪くはないらしい。
清川様は、右足を引きながら最初の上段に構え直し、
「先ずは上段に構え、右足を出しながら一気に中段まで振り下ろす。
これを1回として、素振りをするからの。」
と動きを混じえて説明した。私は、
「こうですか?」
と言って真似をすると、清川様は、
「うむ。
これを、軸が振れぬよう、素早く行う。」
とまたやって見せてくれた。私も見様見真似で、薙刀を上段に構えて中段まで振り下ろす。
清川様は、
「これで丁度、小手打ちとなる。」
と説明をし、
「まぁ、20も振れば、体も温まるじゃろう。」
と言った。そして、
「数を数えるから、やってみよ。」
と言った。私が、
「はい。」
と返事をすると、清川様は早速、
「構え。」
と言いながら、自らも上段に構えた。
私も、上段に構える。
清川様は、
「一つ。」
と数えながら薙刀を振り下ろした。私も慌てて、薙刀を中段まで振り下ろす。
清川様は、
「山上も数えぬか。」
と言った。私は慌てて、
「一つ。」
と数えると、清川様から、
「遅い。」
と文句を言われた。私は、
「すみません。」
と謝る。清川様は、
「よい。
では、次の動作じゃ。」
と言うと、
「数え終わったら、また上段じゃ。」
と言いながら、上段に構え直した。
私も、
「はい。」
と答えながら、上段に構え直す。
清川様から、
「足に気をつけよ。
山上は、ひとまず刃のある方に利き足があると憶えるが良いじゃろう。」
と指導が入ったが、古川様から、
「そうとも、・・・限らないけど・・・ね。」
と一言。どちらなのだろうと思ったが、ひとまず、清川様の言われたように右足を後ろに引く。
清川様は、
「うむ。
良いじゃろう。」
と言った。そして、
「2つ」
と薙刀を中段まで振り下ろした。私も遅れて、
「2つ」
と良いながら中段まで振り下ろす。
清川様は、
「その調子じゃ。」
と言いながら上段に構えると、
「3つ」
と中段まで振り下ろした。私も遅れて、
「3つ」
と言いながら中段まで振り下ろす。清川様は、
「この調子で20まで行くぞ。」
と言いながら上段に構えた。
全部で20回、素振りをする。
数える速さの加減のせいか、息が上がる程ではないが、若干、体が温まった気がする。
清川様は、
「少しは、温まったか?」
と聞いてきたので、私は、
「はい。」
と答えた。清川様は満足そうに、
「よし。
では、再開するかの。」
と言って、座学を再開した。
だが、これで部屋が温まったわけではない。
結局その後、半刻置きくらいに素振りをして体を温めながら座学を行った。
素振りをする度に、一言ずつ振り方や体捌きに少しずつ指導が入る。
まだまだだが、夕方の頃には最初よりも形になってきた気がした。
清川様から、
「ここまでにするかの。」
と今日の座学の終わりが告げられる。
私が、
「ありがとうございました。」
とお礼を言うと、清川様は、
「うむ。」
と頷き、
「明日は、火鉢でも入れてもらうかの。」
と言った。これは、大変ありがたい話だ。
私は、
「是非、その様に致しましょう。」
と賛成した。
古川様から、
「この素振り、・・・これからも続ける・・・の?」
と確認が入り、清川様は、
「完全に、仮の巫女の修行とは外れておる。
せずともよいのではないか?」
と返す、古川様は、
「これから、・・・もっと寒くなる・・・わ。
火鉢だけじゃ、・・・指先しか温まらない・・・よ?」
と反論した。私は、
「綿の入った袢纏があれば、多少寒くなっても何とかなりますよ。」
と言うと、清川様は、
「綿入りの袢纏か。
あまり、修行着として褒められた衣装ではないが・・・。
まぁ、いいじゃろう。
座学中、凍えられても困るしの。」
と渋々と言った感じで認めてくれた。古川様は、
「肝心なのは、・・・座学でちゃんと・・・憶える事だし・・・ね。」
と余り気にする様子はない。私は、
「ありがとうございます。」
とお礼を言ったのだが、よく考えてみれば、実家から綿入り袢纏を持って来ていない。
私は、
「佳織とも相談して、手に入れるようにします。」
と付け加えたのだった。
作中、薙刀が出てきます。
江戸時代、薙刀は武芸として確立していましたが、腕力がなくても扱えることから、武家の婦女子が嗜む事も多かったそうです。
なお、薙刀の構えは剣道と同じく「五行の構え」と呼ばれていますが、構え方は全く異なるようです。
あと、袢纏も出てきました。
この袢纏、江戸時代に庶民に根付いたのだそうで、綿入り袢纏は冬の防寒着として重宝されました。
おっさん、茶襟に無地アイボリーの綿入り袢纏とかは無いかと思っているのですが、意外と見かけないんですよね。(^^;)
・薙刀
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・五行の構え
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・袢纏
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