そのまま残すように
巫女様との話も終わり、お屋敷に向かって皆で歩いていると、空から何かが降ってきた。
──雪だ。
竜の里は、冬になると雪で閉ざされるらしい。
里の中は、どのくらい積もるのだろうか?
そんな事を考えながら、私は更科さんに、
「今朝から寒いと思っていましたが、やはり、降り始めましたね。」
と話しかけると、更科さんも同じ様に思っていたらしく、
「うん。」
と返事をした。
佳央様は、
「やっぱり、人間は寒いのね。」
と何故か感心しているようだ。竜人からすれば、この程度、まだ寒くないのだろう。
更科さんが、
「寒さに強くて、羨ましいわ。」
と言った。私も同じ様に思っていたので、深く頷いた。
屋敷に戻り、座敷に移動する。
古川様が戻ることは事前に念話で伝えてあったらしく、ちゃんと人数分の座布団が並んでいた。
各々、いつもの座布団に座る。
古川様が、
「今日の卵、・・・何・・・かな。」
と少し楽しみそうに言ったのだが、清川様は嫌そうな顔をして、
「念を押したのじゃ。
卵は無い。」
と否定した。古川様が、
「そうなの・・・ね。」
と残念そうに言う。清川様は、
「そういえば古川は、前は一昨日じゃったか。」
と言うと、
「卵がこれだけ続くはいかぬと、お勝手に伝えてもろうたのじゃ。」
と話した。すると古川様は、
「そう・・・だったの・・・ね。」
とやはり残念そうに言ったのだった。
下女の人達が膳を運んでくる。
膳の上には、椎茸、人参と結び干瓢の煮物、飾り切りのされたふろふき大根、沢庵、後はご飯と吸い物だ。
吸い物には鳥の肉が沈んでおり、麩と細く切られた青柚子の皮が浮いている。
清川様が、
「よしよし。
卵はないの。」
と機嫌よさげに言い、
「それに、吸い物の鴨頭も鮮やかじゃ。」
と評した。そんなに卵料理は嫌かと、他の一同、思わず苦笑が漏れた。
食事が終わり、雑談が始まる。
更科さんが、
「明後日の白装束、おろしたてじゃないと駄目かなぁ。」
と聞いてきた。私は、
「別に良いんじゃないでしょうかね。」
と返事をし、
「そういえば、先日の行列の時のなら、まだ1回しか着ていない筈です。
清川様。
すみませんが、また出してもらってもいいでしょうか?」
と聞くと、清川様は、
「何を言うておる。
巫女様直々にやるのじゃから、おろすが仕来りじゃ。」
と言われてしまた。
私は、
「では、買わないといけないのですか?」
と聞くと、清川様は、
「山上の分の手持ちはない。
当然じゃ。」
と言った。今の私の懐には、そのような金はない。
私が更科さんの方を見ると、更科さんは、
「分かってるわよ。」
と困った風ではあるが、色良い返事を返してくれたので、私は、
「助かります。」
とお礼を伝えた。
佳央様が、
「面倒ね。」
と言うと、清川様は、
「仕来りじゃ。
仕方あるまい。」
と苦笑いした。
雑談も一通り終わり、清川様、古川様と私は、ムーちゃんを連れて道場に移動した。
清川様が、
「では、瞑想から始めるかの。」
と一言。私は、
「分かりました。」
と同意した。
古川様が、
「私は、・・・あっちでムーちゃんと・・・話してるわ・・・ね。」
と言って、ムーちゃんを連れて道場の縁側に移動する。
これから、ムーちゃんからの質問や疑問を聞くのだろう。
あっちはあっちで大変そうだ。
目を瞑り、瞑想を始める。
本来は、今修行をしている呪いの使い方について考える時間の筈だ。
だが、今考えたい事は、今朝の巫女様と会ったの時の話だ。
巫女様は、魔法に関しては『思ったよりもまし』だと言っていた。
重さ魔法がなくならないのであれば、これからも、歩荷として十分にやっていけるに違いない。
しかし、引っかかる事がある。
思い返してみれば、雷や青魔法については、はっきりと残ると答えてもらった。
だが、肝心の重さ魔法についてはどうだろうか。
──聞いていない。
私は、確認すべき事すら、ちゃんと確認していない事に気が付いた。
そもそも雷も青も、私はどちらも重さ魔法で集めて使っている。
重さ魔法がなくなれば、結局、全部使えなくなるのではないだろうか?
不安になってくる。
暫くすると、頭の中に直接、
<<午前中、竜の巫女には、上手くはぐらかされておったようじゃのぅ。>>
と艷やか声が響いた。妖狐だ。
日中なので、無視することにする。
妖狐は、
<<おや。
つれないのぅ。
巫女は掌握しておったようではないか。
今更、憚る事もあるまい?>>
と言う。一理あるが、黙っている事にする。
妖狐は、
<<まぁ、よい。
どうせ、考えておる事は筒抜けじゃ。>>
と言った。
ならばどうして、前回は『頭で考えてみよ』などと言っていたのだろうか?
そんな風に考えていると、妖狐は、
<<どうせ、『どうして』などと考えておるのじゃろう?
筒抜けじゃ。>>
と言ってきた。私は、やはり伝わっているのかと思い、
『ならば、勝手に私の考えを読めばよいでしょう。』
と返したのだが、ここで黒竜帝が、
<<騙されるなよ?
勝手に読めぬから、土俵の上に引っ張り上げようとしているのだ。>>
と言ってきた。読めているから、あの返しだったのでは?
私は黒竜の物言いに首を捻ると、妖狐からも、
<<読めておるは。>>
と文句がついた。
ちゃんと話も繋がっているのに、どういう事なのだろうか?
私は不思議に思ったが、黒竜帝は、
<<なりたての妖狐など、その程度。
読めないから、推測しているだけだろ?>>
と指摘した。妖狐は、
<<黒竜相手ならともかく、小童が相手ぞ。
小童の考えを読むなど、妾には容易い事じゃ。>>
と反論する。だが、黒竜帝は、
<<そうか?
大雑把な事を言って相手に話をさせるのは、山師の常套手段と聞く。
『どうして』だの汎用性の利く言葉を使って、誤魔化しているではなか。>>
と指摘した。妖狐が、
<<山師とは何じゃ。>>
と不機嫌そうだ。
私は、
『つまり、私は妖狐に騙されるところだったという事なのでしょうか?』
と黒竜帝に聞くと、黒竜帝は、
<<うむ。
そのまま話せばな。>>
と返した。妖狐が、
<<そのような事はない。
そもそも、巫女にはぐらかされた事には違いあるまい?
分岐についてもそうじゃ。
結局、分かってはおらなんだという事ではないか?>>
と言ってきた。
私は、妖狐が何を言いたいのかよく分らず、
「黒竜帝はどのように思われますか?」
と話を振ってみた。すると、黒竜帝は、
<<巫女に関しては、判らぬ。
だが、かなり見えている事には違いあるまい。>>
と言った。妖狐が、
<<本当にそうかのぅ。
見えなんだから、妾がこうして小童に憑いているのじゃろう?>>
と疑問を投げかける。これを言われると、その通りとしか言いようがない。
だが、黒竜帝は、
<<巫女の見える先見には、限度があると聞く。
それを超えていただけではないか。
よくある話だろうが。>>
と答えた。私が、
『どういう事ですか?』
と聞くと、黒竜帝は、
<<里をまとめる時、ある勢力に巫女が加担していたのだ。
部分的には、その勢力に良いようにあしらわれたのだが、大局的に勝ったのは我よ。
つまり、見える先が短かったという事だ。>>
と説明した。妖狐が、
<<む。>>
と唸る。黒竜から、準備していた以上の返しが来てしまったのだろう。
私は、
『つまり、この話は一旦終わりという事でよいですか?』
と聞くと、妖狐は、
<<今回は、諦めるがの。
最後に一つ良いか?>>
と言ってきた。私は最後ならと思い、
『何でしょうか?』
と尋ねると、妖狐は、
<<黒竜も信用せぬほうが良いぞ?
前にも言うたが、小童が重さ魔法以外は使えぬのは、黒竜が原因じゃ。>>
と言ってきた。
黒竜が、
<<どういう意味だ?>>
と聞く。すると妖狐は、
<<意識しておらなんだのか。
それでよく、前に『暫し考える』などと言えたのぅ。>>
と呆れたように言った。そして、
<<今の憑き方では、憑いた者の特性が前に来るのじゃ。
前後の者が使える魔法は、意識せずとも通すことが出来る。
じゃが、後ろにおる小童だけが持つ魔法は別となってのぅ。
魔法を使うためには、前におる妾達が邪魔せぬように意識せねばならぬ。
解るか?>>
と説明する。すると黒竜帝は、
<<それはおかしい。
この人間、重さの他は赤も緑も使えないではないか。
これらは、我も使えるが。>>
と不思議そうだ。だが妖狐は、
<<そこじゃ。
黒竜は、他の魔法はわざわざ邪魔をしておったのであろう?
本来使える魔法まで邪魔する者を、信用できるわけがあるまい。>>
と指摘した。私が二人の会話を聞いて、
『つまり、黒竜帝が無意識に黒魔法以外は通していなかったという事ですか。』
と纏めると、妖狐は、
<<それは、黒竜によく考え過ぎじゃ。>>
と否定した。黒竜は、
<<そのような筈はないのだが・・・。>>
と困った様子。妖狐が、
<<試せばわかろう。>>
と言うと、黒竜は暫し黙った。そして、
<<どうやら、妖狐の言い分が正しい可能性が高いようだ。
我は意識していなかったとは言え、詫びとして魂を移す時、『スキルはそのまま残すように』と巫女に伝えるがよい。
移る先も黒竜なら、持っていて当然のスキルでもあるからな。>>
と言った。
清川様が、
「ここまで。」
と言い、意図せず私達の話を無理やり中断させた。
私は、
「すみません。
少し寝ていました。」
と謝り、そして、
「それで黒竜帝から、魂を移す時、『スキルはそのまま残すよう伝えるように』と言われまして。
巫女様に、伝言をお願いできますか?」
とついさっきの話をした。すると清川様は微妙な表情で、
「分かったが、瞑想中、眠るでないぞ。」
と怒られた。そして、
「本当に、寝てねったのか?」
と聞かれ、私は
「寝ていました。」
と返したものの、目が泳いでしまったらしい。清川様から、
「目が、嘘じゃと語っておるぞ。」
と苦笑いされてしまった。
私は、
「申し訳ありません。」
と素直に認めると、清川様から、
「日中、妖狐と話せば狐憑きに認定されてしまうと言うたじゃろうが。
本当に、気をつけるのじゃぞ。」
とまた忠告されたのだった。
清川様が、お吸い物を見て『鴨頭も鮮やか』と言っていますが、これは別に鴨の頭が入っている訳ではありません。
鴨頭は吸口の古い言い方で、ここでは細切りにした青柚子の皮の事を指しています。鴨が水から頭を出して浮いている様子に似ているからとも言われています。(出典不明。どこで見かけたんだっけ。。。)
香頭とも書きます。(というか、鴨頭の方があて字らしい。)
あと、吸口というのは、お吸い物などの汁物に風味や彩り、季節感などを与える薬味の事を言います。
なお、山上くんは鴨頭が何か知らない想定です。汁物に鴨の頭が入っていると言われれば、(自分の碗には入っていないので)覗きに行きたくなりそうな物ですが、口で「こうとう」と言われても鴨の頭と書くとは思わないので、特にリアクションもありませんでした。
もう一つ、飾り切りのされたふろふき大根は、農林水産省Webサイトの「ふろふき大根 京都府」の頁に丁度良い写真を見かけたので、ちょこっと出してみました。
ちなみにふろふき大根は、レンチンすると簡単に出来たりします。(^^;)
・吸口
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%90%B8%E5%8F%A3&oldid=76889790
・こうとう
https://ja.wiktionary.org/w/index.php?title=%E3%81%93%E3%81%86%E3%81%A8%E3%81%86&oldid=1627313
↑香頭と鴨頭が同じ括り(同じ意味)になっているのが判るだけですが・・・。
・ふろふき大根 京都府
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/furofukidaikon_kyoto.html




