甘言でも何でもない
昼食の時間となり、午前の修行が終わる。
座敷に移動すると、既にいた佳央様と更科さんが座布団に座っていた。
私は、早速先程の話をしようと思い、
「佳央様、少しお話があります。」
と話しかけた。佳央様が、
「何?」
と返し、更科さんもこちらを向く。
私はいつもの座布団に座りながら、
「先ほど、巫女様から黒竜の魂を移す件で話がありまして。」
と答えると、佳央様は、
「そう。
それで、巫女様は何て?」
と確認してきた。私は、
「はい。
明々後日の大安にやるのだそうです。
それで、明日、少し巫女様が話したいそうでして。」
と説明し、
「そうでしたよね、清川様。」
と話を振った。清川様は、
「うむ。」
と答える。佳央様が、
「それで、明日は誰が呼ばれたの?」
と確認すると、清川様は、
「佳央と山上じゃ。」
と答えた。更科さんが、
「私の名前は出ていませんでしたか?」
と質問をする。だが清川様は、
「名前は上がっておらなんだの。」
と呼ばれていないようだ。
更科さんはもう一度、
「佳央様と和人だけなの?」
と確認する。清川様は、
「うむ。」
と頷いた。
更科さんはムスッと顔をしたのだが、佳央様が、
「それで場所は?」
と話を次に進める。
清川様は、
「神社じゃ。」
と言うと、更科さんの方を見て、
「付き添いは、問題なかろう。」
と一言。更科さんが、
「分かったわ。」
とニッコリ笑顔に変わる。私が、
「良かったですね。」
と言うと、更科さんは、
「うん。」
と返した。
頃合いを見計らって、下女の人が膳を運んできた。
今日は、4〜5寸くらいの白く細長い魚の干物が目に付く。勿論、干物は焼いてある。
その他は、大根と里芋のお味噌汁、沢庵、すりおろした山芋と麦飯だ。山芋には、うずら卵が落としてある。
私が、
「このお魚は?」
と聞くと、下女の人が、
「ししゃもと言いまして、北方の、こちらでは珍しい魚となります。
中に沢山の子を持っておりますので、縁起も宜しいかと。」
と説明してくれた。
私が、
「北方のですか。」
と感心すると、清川様も、
「ほう、北方か。
私も、一度は行ってみたいものよの。」
と話した。
だが、更科さんは相変わらずで、
「でも、干物よね。」
と好みでない様子。私は、
「珍しい物ですし、好き嫌いは食べてからで良いのではないでしょうかね。」
と勧めてみたのだが、更科さんは少しムスッとしながら、
「どっちの味方よ。」
と突然、怒り出した。
私は訳が分らず、
「どっちと言われましても・・・。
佳織と誰ですか?」
と聞くと、更科さんは、
「そこの下女の人よ。
表情を見て、肩を持ったんじゃないの?」
と答える。完全な言いがかりだ。
私は困惑しながら、
「どんな表情で?」
と聞いたのだが、更科さんから、
「さっき、下女の人が珍しく苦笑いしてたじゃない。」
ともう一言。だが、私は見た覚えがない。
私は、
「すみません。
それは、見ていませんでした。」
と謝ったのだが、更科さんは、
「本当に?」
と疑っている。ここで何か言っても、どつぼに嵌りそうだ。
私は、どう答えるべきか困ってしまった。
清川様から、
「まぁ、待て。」
と止めに入り、
「山上は、普通に返しただけじゃろう。
佳織も、嫌いな物を勧められたのじゃ。
あれもこれもと結びつけたくなる気持ちも、分からぬではない。
不幸な行き違いじゃろう。」
と助け舟を出してくれた。こういう時は、当事者以外の人が入るに限るので有り難い。
更科さんが、
「そうなの?」
と聞いてきたので、私は、
「はい。」
と答えた。私は清川様にもお礼を言おうと思ったのだが、先に佳央様から、
「もういいから、食べるわよ。」
と面倒臭そうに言われてしまい、清川様からも、
「そうじゃな。」
と同意したので、お礼を言う機を逸してしまった。
こうして、昼食を始めたのだった。
食後、佳央様から更科さんに、
「佳織、あの干物、駄目だった?」
と確認が入った。
更科さんは、
「干物だけど、あのつぶつぶは美味しかったわ。」
となんだか申し訳なさそうな笑顔で答えた。やはり、干物は干物だったようだ。
佳央様が、
「そう。」
と返す。だが、下女の人は、
「お気に召したようで、幸いです。」
と一瞬だけ笑顔になり、また平素の顔に戻った。
清川様が、
「とは言え、和人は好き嫌いも個性と認めねばなるまいの。」
と一言。先程の、更科さんの機嫌を損ねた発言について言っているのだろう。
私は、
「では、何と言えばよかったのですか?」
と聞いたのだが、清川様は、
「そこは、自分で考えよ。」
と苦笑いされてしまった。佳央様と更科さんが頷いているので、二人も同様に思っているようだ。
私は、
「分かりました。
自分で考えます。」
と返したのだった。
昼食後の雑談も終わり、午後の修行に入る。
場所は道場なのだが、清川様は縁側に座布団を敷いて座り、私はそこから見える庭にいた。
午前の続きで、緑魔法を出す練習をしているのだ。
深呼吸をしながら腕を動かし、胸のところで手の間に魔法の玉を持っている感じで魔法を出そうとしているのだが、これが「出る」ではなく「集める」になってしまうのだ。
暫く続けているが、午前中と同じで一向に進展がない。
清川様から、
「少し中に入って、瞑想でもしてみるか。」
と提案してきた。私は行き詰まっていたので、
「はい、分かりました。」
と答え、道場の中に移動をした。
瞑想を始め、早速、どうすれば魔法が出てくるか考えてみる。
取っ掛かりがないとどうにもならないので、先ずは今使えている重さ魔法が使えるようになった時の事を思い出してみる。
だが、どう考えても、今試している事しか出てこない。
確かあの時、田中先輩は裏技があると言っていた。
いったい、どんな裏技なのだろうか?
そんな事を考えていると、妖狐から、
<<困っておるようじゃの。>>
と話しかけてきた。夢の中だけと言われていたので、ぎょっとして目を開ける。
だが、清川様は目を閉じたままで、声を聞いたような様子はない。
妖狐が、
<<頭の中で話しておる。
小童も頭で考えてみよ。
さすれば、妾にも伝わるからのぅ。>>
と伝え方を教えてくれた。私は頭の中で、
『分かりました。』
と考えたのだが、これと一緒に、
『巫女様から、寝ている時だけと言われていたから怒られずに済んで良かった。』
だの、
『瞑想は寝ていないけど、大丈夫か?』
だのと思考が巡る。
妖狐は、
<<雑念が多いのぅ。>>
と苦笑い。そして、
<<夢の中で喋る要領じゃ。>>
とコツを教えてくれた。
私は、
『こんな感じですか?』
と質問すると、妖狐は、
<<少しは、安定したようじゃの。>>
と答えた。私は、
『それで、頭の中は夢ではありませんが、話していても怒られないのでしょうか?』
と聞くと、妖狐は、
<<今回だけじゃ。
巫女に祓われては、かなわぬからのぅ>>
と答えた。今回限りなら、別に良いのか?
少し引っかかる点もあるが、今回だけと危険をお欠かしてまで話しかけて来たのだ。単に、笑いに来ただけという事はないに違いない。
ならば、簡単に魔法が使えるようになる田中先輩の言う裏技を教えてくれるのか?
そう思った私は、
『それでしたら、分かりました。
それで、今、分かっているとは思いますが、魔法が出せなくて困っております。
もし、簡単に出せる方法があるようでしたら、ご教示いただきたく。』
と助力を仰ぐ事にした。
だが、ここで珍しく黒竜から、
<<良いのか?>>
と確認が入る。だが妖狐は、
<<何を言うておる。
元々使える力を使えるようにするだけじゃ。
これは、甘言でも何でもないであろう?>>
と呆れたように返した。黒竜が、
<<本当にそうか?>>
ともう一度、確認が入る。妖狐は、
<<そもそもそちのせいで、小童は本来使える魔法が使えぬのじゃろうが。
少しは、責任を感じたらどうじゃ。>>
と文句を言う。黒竜は、
<<暫し考える。
それまで、妖狐に教わるのは待っていろ。>>
と返した。すると妖狐も、
<<そうじゃな。
妾も、後から色々言われてもたまらぬからのう。>>
と同意した。
私はどうしたものかと思ったが、
「分かりました。」
と黒竜に返事をした。
清川様が、
「何が分かったのじゃ?」
と不思議そうに聞いてきた。声に出してしまったらしい。
私は慌てて、
「いえ、恐らく私が使うためには、他の条件があるのだろうと思い至りまして。」
と言い訳をする。清川様は、
「条件か。
・・・なるほど、妖狐が塞き止めておるという事か。
迷惑な話じゃ。」
と怒ったように言ってきた。だが、妖狐は私を助けてくれようと声を掛けてきてくれたのだから、責任はない。
私は、
「妖狐が悪いとも限らないと思うのですが・・・。」
と説明したのだが、清川様から、
「そうか?
じゃが、あまり妖狐の肩を持つ発言をするは感心せぬ。
他で聞かれれば、やはり狐憑きと言われるのじゃからな。」
と叱られてしまった。そこまで毛嫌いしなくてもよいのでは?
私はそう思ったが、
「気をつけます。」
と返したのだった。
清川様から、
「今のままでは難しいということか。
ならば、仕方あるまい。
特別に、緑魔法について少し話をしてやるか。」
と提案がある。私は、
「それは、ありがとうございます。」
とお礼を言った。
それで、昼食前のことを思い出す。
私は、
「それと、昼間は言いそびれてしまいましたが、佳織との間に入っていただいて、ありがとうございました。」
とお礼を伝えた。清川様は、
「よい。
下女の人も綺麗であろうが、あまり目移りするでないぞ。」
と言われた。心外だ。
私は、
「ですから、私は下女の人がどのような表情かなど、見ておりませんでした。」
と文句を言ったのだが、清川様は、
「よいよい。
そういう事にしておこう。」
と分かっていないようだ。誤解しているようだが、こういった思い込みはいくら口で説明しても分かってもらえない。
私は、
「そう言う事も何もありませんが、これ以上は堂々巡りになるだけです。
すみませんが、緑魔法の座学の方をお願いします。」
と言うと、清川様は苦笑いをしながら、
「相わかった。」
と言って、緑魔法について話し始めたのだった。
作中のししゃもですが、江戸時代の頃は北海道でしか食べられていなかったと思われます。
北海道と聞いてお気づきの方もいると思いますが、ししゃもはアイヌ語だそうです。
鮭と似た感じで、川で産卵して、海に出る遡河回遊をするそうです。
昔は、スーパーでも本物の方のししゃもが買えた気がしますが、今はとんとご無沙汰だなと思うおっさんでした。
輸入物の代用魚の方はよく見かけますが。。。(~~)
・シシャモ
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・回遊
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