紐に見える
その後、座学が始まる。
例によって、呪いについてだ。
清川様は、
「暫く、実習は避けた方がよいじゃろう。」
という事で、座学が中心となっている。
清川様が言うには、
「実習が出来ぬなら、全て、座学で知るしかあるまい。
実際にやってみせるゆえ、細々としたところまで、しかと確認するのじゃぞ。
それと、実際にせぬという事は、やった事がないに等しい状態じゃ。
努々、即使えると考えるでないぞ。」
という事らしい。
清川様は、実際にやって見せながら、紐付きの呪いの出し方、呪い周辺の状況の読み取り方、呪いを使うのに有効な場面も説明してくれた。
感覚的な説明も多く、よく解らない事も多い。
だが、最近は中断する事が多かったせいか、勉強をしているという充実感はあった。
道場の中に差し込む光が微かに赤みを帯び始めた事、清川様は、
「そろそろ終わりかの。」
と言って、今日の座学が終わった。
私は、
「久しぶりに、まともに勉強をした気がします。」
と話すと、清川様は、
「昨日は、それどころではなかったからの。」
と一言。私は昨日の出来事を思い出しながら、
「はい。
沢山、お札を包まされました。」
と返した。だが、清川様は、
「そうではない。
昨日の朝の座学は、上の空じゃったろうが。」
と指摘する。
私は、
「申し訳ありません。
そうでした。」
と謝ると、清川様は、
「今ある力を手放すのじゃから・・・」
と言いかけた所で少し考え、
「・・・が、山上の場合は、奥方と別れる事にならないかが不安の種じゃったの。
杞憂じゃとは思うが、不安になる時は、あれも心配、これも心配と思うものじゃ。
して、蒼竜には連絡はしたか?」
と確認してきた。私が、
「はい。
先日、田中先輩の見送りの時に約束を致しました。」
と答えると、清川様は、
「そうか。
で、いつ会うのじゃ?」
と日程を確認する。私が、
「はい。
明後日、蒼竜様がお屋敷を訪ねてくるそうです。」
と答えると、清川様は、
「そうか。
が、そう言う事は、先に伝えておくものじゃからの?」
と軽く怒られた。そう言えば、この話を清川様にした覚えがない。
私は、
「申し訳ありません。」
と謝ると、清川様は、
「そう言えば、明日、大月と会うと言っておったの。
これは、何時じゃ?」
と聞いてきた。私は、
「こちらは、修行には影響しません。
夕飯を頂く時間に出かける予定でして・・・。」
と答えたのだが、清川様は、
「ふむ。
で、手土産を準備するのじゃったか。
かような時間、店は開いておるのか?」
と質問してきた。私は、昨晩の神社からの帰り道の様子を思い出し、
「まだ、開いている店もございます。
何か気がかりでも?」
と聞き返した。すると清川様は、
「開いておっても、高かろう。」
と答えると、
「考えてもみよ。
店の者も人なのじゃ。
飯を食べるは、同じじゃぞ?
そんな中で店をやるのじゃ。
同じ値では、やっておれぬじゃろう。」
と説明した。確かに、私はこの時間帯に店に入ったことはない。
説明にも根拠があるので、清川様が言うとおり高めで売っているのだろう。
手持ちの金子が乏しい私は、
「では、日中、佳織にお使いをお願いすることにします。」
と代わりの案を出した。清川様が、
「まぁ、そうなるじゃろうな。
今日の内に頼むが良かろう。」
と話した。私も、
「その様に致します。」
と返す。
清川様は、
「では、座敷に行くかの。」
と言って腰を上げ、私も、
「はい。
そういたしましょう。」
と同意して、二人、座敷に向かたのだった。
座敷に移動すると、既に佳央様と更科さんが待っていた。
私は早速、
「佳織、すみません。
ちょっとお願いがありまして・・・。」
と話を切り出した。更科さんが、
「何?
和人。」
と返事をする。私は、
「明日、夕方から大月様に会いに行くのに、手土産を持っていこうと考えています。
ですが、私は日中、外出でき無いじゃないですか。
ですので、佳織に代わりに買ってきて欲しいと思いまして。」
とお願いした。
すると更科さんは、
「そう言えば、出かけるって言ってたわね。
でも、大月様だし、ちょっと会うだけなら手土産も要らないんじゃない?」
と確認してきた。本当にただ会うだけならそうだろうが、そうではない。
私は、
「今朝、行列の時に野次を飛ばしている人を宥めてくれました。
それで、そのお礼も兼ねてと思いまして。」
と返すと、更科さんは少し首を傾けたがすぐに戻し、
「なるほど、分かったわ。
で、どんなお土産を持っていきたいの?」
と聞いてきた。私が、
「すみません。
今、手元不如意なので、団子か何かにしようと考えていまして・・・。」
と答えると、更科さんは、
「分かったわ。
でも、団子というのもあれね。
もう少し、見栄えのする菓子折りでも見繕っておくわね。」
と言った。私は、
「ですが、手元不如意でして・・・。」
と改めて宣言する。すると更科さんは、
「お金は気にしなくてもいいわ。
私も出すから。」
と言ってくれた。
佳央様が、
「佳織も、稼ぎのない駄目亭主だと苦労するわね。」
と一言。清川様からも、
「なるほど、紐に見えるの。」
と一言。私はそう言われては、
「将に仰る通りでございます。」
と頭を下げるしかない。
更科さんが、
「まぁ、まぁ。
今は仮の巫女様の修行で、稼ぎには出かけられないし。」
と言うと、佳央様は、
「分かってるわよ。」
と苦笑い。揶揄っただけのようだ。
私は、笑い返すしかなかった。
頃合いを見計らってか、下女の人が、
「失礼いたします。」
とお膳を運んできた。
鯉の丸煮と魚のすり身を焼いたもの、後はご飯とお味噌汁、後は漬物だ。
今夜は、卵を使っている様子はない。
清川様もそう考えたようで、
「ようやく、黄身返し玉子は諦めたか。」
と嬉しそうに言った。
だが、下女の人は、
「恐れながら申し上げますと、お勝手では、まだ頑張っているようです。」
と残念なお知らせ。清川様が訝しげに、
「それにしては、今日は卵料理はないようじゃが?」
と聞くと、下女の人は、
「こちらの魚のつみれに、卵が混ぜてございます。」
と答えた。清川様の顔が強ばる。
私は、
「見た目で判らないのでしたら、笑って誤魔化せば良かったのでは?」
と指摘してみたのだが、下女の人から、
「嘘を申し上げるわけには、参りませんので。」
と苦笑い。佳央様からも、
「和人、立場があるの。
少しは考えなさい。」
と苦笑いされた。清川様が、
「ならば、もしや鯉のこれにも・・・。」
と恐る恐る聞いたのだが、下女の人は、
「いえ、こちらには卵は使っておりません。」
と顔を崩さずに答えた。
清川様は、
「そうか。
であれば、安心じゃの。」
と安堵した表情となる。
私は、
「見ても判らないのですから、気にしなければよいではありませんか。」
と言ったのだが、清川様は、
「そうは言うてもの。
こうも卵料理ばかり続くと、段々との。」
と不機嫌そうに言う。私は、
「それでもちゃんと工夫していますから、美味しいではありませんか。」
と諭すと、清川様もそれは分かっているので、
「そうなのじゃがな・・・。」
と苦笑いする。私は実際に問題の料理を食べ、
「食べてみましたが、卵は分かりませんね。
それよりも、魚の旨味が詰まっていて美味しいですよ?」
と言うと、清川様は口に入れないうちから、
「分かっておる。」
と微妙な表情。
だが、清川様は一つ頷くと、
「茶漬けのみよりも、上等じゃ。」
と諦めて食べ始めた。
卵料理と言っても、同じ料理が続いているわけではない。
このくらい見た目が変わるなら問題ないと思うのだが、人によって感じ方は違うものだと、」私は改めて思ったのだった。
作中の卵料理は、料理通に載っている中華鶏卵を想定しています。
ただし、異世界にそのままの名前で持ち込むのも憚られたので、誤魔化しています。(^^;)
なお、中華鶏卵は鯛のすり身に玉子を入れて混ぜ、杓子ですくって薄く焼いた料理の模様。(どの辺りが『中華』なのかは不明ですが。。。)
もう一つ、作中で鯉の丸煮と言っているのは、同じく料理通に載っている飛龍丸煮を想定しています。
こちらは、鯉を油で揚げてから大根などと煮て山椒をかけた料理となります。
竜の里の中で、龍を丸ごと煮ると言う名前はどうかと思ったので、こちらも名前を決めずに出しています。
なお、おっさんは詳しくはありませんが、飛龍丸煮は支那料理の分類になると思わます。(中華鶏卵の方は日本料理の筈。)
・料理通
http://codh.rois.ac.jp/pmjt/book/200022063/
→P77 中華鶏卵
→P151 飛龍丸煮
・八百善
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%85%AB%E7%99%BE%E5%96%84&oldid=84011617




