何を見るか
* 2023/02/20
誤記の修正やルビの追加等をしました。
私達がお座敷に移動して暫くすると、下女の人がお膳を運んできた。
お膳には、丼に入った強飯と、梅干し、刻み海苔、錦糸卵が乗った小皿が並んでいる。これとは別に、大きめの土瓶もある。
下女の人が、
「土瓶には、お出汁が入っております。
こちらを掛けて、お召し上がり下さい。」
と説明する。
清川様は、
「錦糸卵は余計じゃの。」
と嫌そうな顔をしたが、私はお腹が空いていたので、強飯に具を全部乗せて出汁を掛けて頂いた。
それなりに、空腹が満たされる。
簡単な昼食が済んだ後、私は清川様に、
「午後は如何致しますか?」
と修行をするかの確認をした。清川様は、
「そうじゃの。
先ずは、今日の午前中で何を学んだか、瞑想でもしてみるかの。」
と答える。だが、私は『何を学んだか』と言われて少し戸惑ってしまった。
正直、午前中に教わった事と言えば、足運びくらいしか思い当たらない。
それだけならば、瞑想するまでもない筈だからだ。
私は、清川様がどういう意図なのかを探るべく、
「学んだ事と申しますと?」
と聞いてみたのだが、清川様は、
「色々あったはずじゃぞ。
まぁ、考えてみよ。」
とあまり参考にならない。
私は、清川様が何を答えさせようとしいているのか分らず、困ってしまった。
道場に移動する。
私は、いつものように床に座る。
古川様はまだ神社なので、ここにはいない。
古川様がいないので、ムーちゃんも来ていない。
清川様から、
「では、早速始めるかの。
午前中、何を学んだか振り返るがよい。」
と言って、瞑想するように促した。
私は、
「はい。」
と返事をして、目を瞑る。
さて。
今日、勉強した事と言われても、私としては行列の時の足運びくらいしか思い浮かばない。
今日は右に曲がるのが良いらしいという話だったが、明日はまた違うだろうから、学びとは別に違いない。
あえて言うなら、行列をする前、どちらに歩くか決めておく作法があるらしいという事を知れたというのは、学んだ事になるのかも知れないが。
このような、些事を並べる事が、清川様の求める答えなのだろうか。
考えれば考えるほど、何が答えか困ってしまう。
ひとまず、今日、朝からあったことを回想しながら検証していく事にする。
朝、神社に行った後、正装というものに着替えさせられた。
その後、行列での足運びを教わり、草履から歩きにくい浅沓に履き替えた。
行列は赤谷様に従って、ずっと右折を繰り返してお屋敷と神社を往復した。
行列では、色々な人に気にしてもらい声をかけてもらったが、野次馬に怒られる場面もあった。その時は、偶々居合わせた大月様が、野次馬を宥めくれた。大変ありがたかったので、明日、大月様と会う時にお礼と手土産もと考えている。
だが、今の私は手元不如意だ。
手土産も、安い物で済ませざるをえない。
別の機会があれば、その時にでも恩を返せるように頑張るしかないだろう。
行列と言えば、最後の方、沓擦れが出来て歩く度にヒリヒリした。
出来た沓擦れは、お屋敷に着いてから古川様に治してもらった。清川様も、血が滲んでいるからと言って、新しい足袋を出してくれた。
この時は感謝したのだが、この後が悪い。
神社に戻った後、治療代に10匁、足袋代に10匁、衣装を貸したという事でも30匁もやられてしまった。
駄賃として竜金1両も貰ったのに、すっからかん。碌な事がなかった。
やはり、巫女様達は極め付きとまでは言わないが、金の亡者だと再認識する。
善意と思わせて、阿漕な商売をする手法。
これを学んだと言ったら、きっと怒られるに違いない。
そういえば、坂倉様は、私の手元に残ったものもあると言っていた。
ひょっとすると清川様が言っている学びというのは、この事なのかも知れない。
確か坂倉様は、箔が付いたとか言っていた筈だ。
そう考えた所で清川様が、
「今日の瞑想は、ここまでにしておくかの。」
と言った。私はまだ頭の中が纏まっていなかったが、
「はい。」
と返事をして目を開けた。そして、
「ところで瞑想を始める前、『何を学んだか考えるように』と仰っていました。
清川様は、何を学んでいることを期待していたのですか?」
と答えを聞いてみた。
だが清川様は口に手をやり、
「・・・ふむ。」
と何か考えながらの生返事。
私が、
「・・・清川様?」
と遠慮しながら呼びかけると、清川様は、
「先ずは、山上がどのように考えたか、話してみよ。」
と逆に質問されてしまった。
私は、考えが纏まっていなかった事もあり、
「行列に加わる事で、箔が付きました。」
と坂倉様が言っていた話をそのまま答えてみた。自分で言っておいて何だが、違和感がある。
清川様も、
「ん?」
と首を捻ると、
「それは、学びとは違うであろう。」
と指摘してきた。私は言ってしまった手前、
「どういう事ですか?」
と聞くと、清川様は、
「行列に加わることで、竜の巫女様の同門としてお披露目がなされた事となる。
これを以て箔が付いたと言うのであれば、その通りじゃろう。
じゃが、学びとは見聞きし、考え、納得して身につける事と心得ておる。
箔が付くのは、学びではあるまい。」
と不思議そうに説明してくれた。箔というのは、同門として周囲から認知される事を指していたらしい。だが、今はその話ではない。
私は苦し紛れに、
「いえ、箔が付くという事を知ったと言いたかったのです。」
と説明した。清川様は何か考えながら、
「そうなのか?」
と確認してきた。私が、
「はい。
坂倉様に言われて知りました。」
と説明すると、清川様は、
「そうか・・・。」
と、一応、説明としては受け入れてくれたようだった。
だが、求める答えとは違ったようで、清川様は、
「他にはあるか?」
と聞いてきた。
私は上辺の話を持ち出しても仕方がないだろうと思い、
「時間が短かかったので、他にはありません。」
と答えた。
清川様は残念そうに、
「そうか。
が、何も思いつかなんだなら、何を見るか視点を変えてみよ。」
と言った。私は、
「例えば、どのようにですか?」
と聞くと、清川様は、
「そうじゃの・・・。」
と少し考え、
「例えば、野次を飛ばす輩を諌める者がおったじゃろう。」
と説明し始めた。私が、
「大月様ですね。」
と言うと、清川様は、
「なるほど、知り合いじゃったか。
が、それはさておき、これはありがたいと思わなんだか?」
と聞いてきた。私が、
「はい。」
と答えると、清川様は、
「ならば、このような行動をすれば、人からありがたがられると学んだのではないか?」
と質問をする。
今更の話。
これを学んだだろうと言われて多少思う所もあったが、私は、
「はい。」
と答えると、清川様は、
「一方、あの様に野次を飛ばせば、人の迷惑となる事も学んだのではないか?」
と更に聞いてきた。これも、誰が見ても判る話だ。
だが、話の腰を折るのも悪いと思い、ここでも私は、
「はい。」
と返事をした。
清川様は、
「このように、一つの出来事でも、中心に何を据えるかで、見えてくるものが変わるのじゃ。」
と説明した。この説明は、腑に落ちる。
私が、
「当たり前の話ばかりを並べて学んだだろうと言われ、私も少し馬鹿にされた気分になっていましたが、なるほどそういう事ですか。
確かに、注意する側とされる側で違いますね。
この話が、今日一番の収穫かも知れません。
ところで、今日のお題はこれを考えて欲しかったので?」
と感想を話し質問すると、清川様は、
「不快にさせたようで、済まぬの。」
と苦笑いしてから、
「それとお題の話じゃが、そういう意図ではない。
常日頃から、何かを学び取ろうとする意識が肝要じゃ。
じゃが、普段、何気なく過ごしておると、そういう機会も見過ごしてしまうものよ。
それを考えさせるために、瞑想のお題としたに過ぎぬ。」
と解説してくれた。私は、
「それならばそうと、先に説明してくれると助かります。」
と文句を言ったのだが、清川様は、
「これはしもうたの。
それも、考えさせるべきじゃった。」
と苦笑いしたのだった。
本日も、特にネタがないのでひとつだけ。
作中、『極め付き』というの言葉が出てきます。
これは、昔、美術品や書籍等を鑑定した結果を、極め書として極札を付けたり箱書き等に書いたところから、定評のあることを言っていました。
極書を付けるのは価値のある物に対してなので、本来は『極め付きの金の亡者』といった悪い事には使わない表現となります。
現在は優劣に拘らず使いますが、本当は悪い意味の場合は言い換えを探ったほうが良いのだろうなと思いつつ使うおっさんでした。(--;)
・きわめつき
https://ja.wiktionary.org/w/index.php?title=%E3%81%8D%E3%82%8F%E3%82%81%E3%81%A4%E3%81%8D&oldid=1487446
・きわめがき
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・鑑札
https://ja.wiktionary.org/w/index.php?title=%E9%91%91%E6%9C%AD&oldid=1474008
・古筆
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