手元に残ったものもある
* 2022/01/15
誤記を修正しました。
* 2023/02/20
誤記の修正やルビの追加等をしました。
お札の下賜が終わった後、私はまた神社まで歩かされた。
来たからには、帰る。当たり前である。
行きと同様、帰りも野次が飛んだものの、神社まで我慢する。
神社まで着き、境内に入る。
赤谷様が、
「止まります。」
と声を掛けてきたので、私はそこで立ち止まった。
これに併せ、行列が止まる。
清川様から、
「ご苦労じゃったの。
これで終いじゃ。」
と労いの言葉を掛けてきた。
清川様が、
「これから昼食じゃが、どうするかの。」
と悩み始める。私は、
「どうすると言いますと?」
と聞くと、清川様は、
「どうせ戻った所で、また卵じゃ。
山上もそうは思わぬか?」
と理由を説明した。私も、
「確かに、卵でしょうね。」
と同意する。
清川様は、
「かと言うて、ここで食べても粥と漬物じゃろう。」
とうんざりした様子。私は、
「では、どうするので?」
と聞くと、清川様は、
「山上は、どのくらい持っておるか?」
と聞いてきた。私は金子だろうとは思ったが、違っていたら失礼なので、
「持っていると言いますと?」
と聞き返す。すると清川様は、
「金子じゃ。」
と呆れたように答えた。私は、帰りに何か食べて帰ろうと考えているのだろうと先回りし、
「申し訳ありません。
私の手持ちでは、せいぜい安い蕎麦屋くらいでしょうか・・・。
ですが、明日、大月様に会う予定でして。
その手土産を買えば、外で食べる余裕はございません。」
と説明した。だが、清川様が、
「蕎麦か。
それで良い。
案内せい。」
と乗り気のようだ。私は断ったつもりだったので、
「その・・・。」
と戸惑っていると、坂倉様が、
「清川、よさぬか。
みっともない。」
と注意をし、
「それより、山上。
奥まで参れ。」
と呼びつけた。私は、
「何でしょうか?」
と聞くと、坂倉様は、
「褒美のようなものじゃな。」
と答える。
私は褒美と聞いて、しめたと思い、
「でしたら、是非、相談したいことがありまして。」
と喜んでお願いしたのだが、坂倉様から、
「それは、またかの。」
と苦笑いされてしまった。
坂倉様に、拝殿まで連れて行かれる。
坂倉様が、
「暫し、ここでまて。」
と言って、奥に行く。そして戻ってくると、
「これじゃ。」
と言いながら、紫の布が掛けられた三方を私の目の前に置いた。
私が、
「これは?」
と聞くと、坂倉様は、
「掛けてある袱紗を取るがよい。」
と答えた。三方を引き寄せ、恐る恐る袱紗を取ってみる。
袱紗の下からは、竜金1両が出てきた。
あまりの大金に、私は改めて、
「これは?」
と聞くと、坂倉様は、
「形ばかりじゃが、褒美じゃ。
本日は、ご苦労じゃったな。」
と労いの言葉を掛けてきた。
何故、『形ばかり』と言ったのかは気になるが、その竜金1両を受け取った。
すると坂倉様は、
「ところで、山上。
今日は一つ、足袋を駄目にしたからの。
竜銀10匁をいただくぞ。」
と言ってきた。流石に10匁は、いくら何でも高くないか?
そう思ったが、血で汚してしまった事には違いない。
私は仕方がないと諦め、
「申し訳ありません。
では、こちらでお願いします。」
と言って、先程受け取った竜金1枚を差し出した。
坂倉様が、
「うむ。」
と言って、竜銀40匁をお釣りとして返してくる。
私は、
「すみませんでした。」
と謝っり、これで終いだと思ったのだが、坂倉様は、
「次に、古川が沓擦れを治したからの。
これも、竜銀10匁をいただくぞ。」
と言ってきた。これも、ちょっと高くないか?
そう思ったのだが、治してもらったものも事実。
私はそう考え、
「お収め下さい。」
と言って、竜銀10匁を渡した。
坂倉様は、
「これで最後なのじゃがな。
着物を貸したのじゃ。
竜銀30匁をいただくぞ。」
と理不尽な事を言ってきた。私が、
「30匁もですか?」
と聞くと、坂倉様は、
「うむ。
これでも、安くしたくらいじゃ。
ありがたく思うが良い。」
と言ってきた。私に気を遣って、値引きしたのだと言われては、仕方がない。
私は、
「どうぞ。」
と言って竜銀30匁を支払った。
つまり、手元には何も残っていない。
坂倉様が『形だけ』と言ったのは、こう言う事だったようだ。
私は、
「これなら、黙ってお屋敷に返していただいた方が良かったのですが・・・。」
と文句を言うと、坂倉様は、
「愚痴を言うでない。
そもそも怪我をせねば、10匁手元に残ったじゃろうが。
文句を言うなら、沓擦れになってしもうた自分の体に言うのじゃな。」
と苦笑いした。そう言われては、仕方がない。
私は諦めて、
「申し訳ありません。」
と下げたくもない頭を形だけ下げた。
坂倉様は、
「嫌そうな顔をしておるの。
が、手元に残ったものもあるのじゃぞ?」
と言って来た。今日貰った金子は全て吐き出したというのに、何を言っているのだろうか。
私はそう思い、
「何が残ったというのですか?」
と少し恨めしく思いながら確認すると、坂倉様は、
「今日のように、我等の行列に参加できる機会は、そうはない。
色々な人から、見てもらったであろう?
それは間違いなく、有益なものじゃ。」
と答えた。確かに、野次を飛ばされて嫌な思いもしたが、色々な人から応援もしてもらった。
両方合わせれば相殺される気もしたが、私は、
「はい。」
と答えた。坂倉様は私の顔を見てか、
「まだ、解らぬのも無理はあるまい。
一応、これで箔が付いたのじゃが、この意味を知るは先の話じゃろうかの。
まぁ、今は清川からたんと学べよ。」
と付け加えた。私は、坂倉様が何を言いたいのかあまり理解出来ていなかったのだが、最後の学べというのはその通りだと思い、
「精進いたします。」
とだけ返したのだった。
この後、神社の境内に出ると、清川様が待っていた。
清川様は私の姿を見るなり、
「どのような要件じゃったか?」
と聞いてきた。私は、
「褒美についてのお話がありました。」
と答えると、清川様は、
「なるほど。
であれば、金子の心配も要らぬの。
蕎麦に、天麩羅でも付けるか。」
と言い出した。私は、
「清川様の奢りでしたら、喜んでお供します。」
と返すと、清川様は、
「世話になったのじゃ。
山上が奢るが筋であろうが。」
と言ってきた。私は、
「いえ、褒美の話と言っても、金子は頂いておりませんので。」
と返すと、清川様は、
「そのような事はあるまい。
金子も出たでじゃろう?」
と否定する。私が、
「はい。
確かに竜金1両ををいただきましたが、・・・」
と言った所で、清川様が、
「ならば、・・・」
と割り込んで来た。私は更に言葉を重ね、
「ですが、着物で30匁、足袋で10匁、治療で10匁取られました。
手元には残っておりません。」
と説明をした。
清川様が、
「・・・何と。
誠か?」
と訝しげに問い質してきた。私は、
「勿論です。
嘘と思うなら、坂倉様に確認して下さい。」
と答えると、清川様は、
「いくら何でも、大人気がなかろう。
些少なりとも、渡すが筋であろうに。」
と言い出した。私は、
「その些少の金で飲み食いしようと考えていたのは、どこのどちら様で?」
と聞くと、清川様は、
「それはそれ、これはこれじゃ。
そもそも天麩羅蕎麦如き、1匁も出せば余裕で奢れるじゃろうが。」
と言ってきた。確かに、天麩羅蕎麦は蕎麦の16文に天麩羅を足しても、1匁あれば十分足りる。
だが、貰っていないのだから、奢れと言われても困る。
私は、
「無茶を言わないで下さい。」
と苦笑いした。清川様は、
「仕方がない。
屋敷に戻るか。」
と言って、そのままお屋敷に帰る事となった。
お屋敷に戻ると、既に昼食が済んだ後だった。
佳央様から、
「食べてくるんじゃなかったの?」
と聞かれてしまう。私は、
「誰か、その様に伝えたのですか?」
と聞いたのだが、佳央様は、
「さぁ。
佳織、聞いてない?」
と確認する。更科さんも、
「私は、聞いてないわ。」
と答える。佳央様が下女の人達に確認するも、尽く、
「聞いておりません。」
と、誰も聞いていなかった。どうやら勝手に想像して、そのように思い込んでいたようだ。
清川様は、
「伝えねば、当然出てくると思うて、伝えておらなんだからの。」
と不機嫌そうに文句を付ける。佳央様は下女の人に、
「何か出せる?」
と聞くと、下女の人は、
「申し訳ありません。
もう、強飯が残っているばかりでして・・・。」
と申し訳なさそうに言ってきた。
清川様は、
「無いよりましじゃ。
出せ。」
とご機嫌斜めとなる。
下女の人は、
「分かりました。
では、梅茶漬けにして持ってまいります。
お二方は、座敷の方に移って下さいまし。」
と言って、下がっていった。
清川様も私も、こんな事ならば、無理をしてでも外で何か食べれば良かったと後悔したのだった。
作中、蕎麦と天麩羅が出てきます。
江戸時代、蕎麦は二八そば、つまり16文で売られていたと言われています。
では、他の値段がなかったのかと言うとそう言うわけでもなく、古くは1杯が12文の『二六そば』や、高級店ではそれ以上の値段も当然あったそうです。
あと、江戸で売られていた天麩羅は江戸前の魚介が中心だったそうで、屋台で1つ大体4〜6文くらいとお手頃だったという話があるようです。(出典不明ですが)
勿論、こちらも店舗を構え、黄身を多く使った金ぷらなどの高級路線の物もありました。
ちなみに本作で想定している天麩羅は、竜の里は山の中ですので、季節の野菜のかき揚げを想定しています。
・繪本江戸みやげ
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2533788/17
↑二八そば
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2533788/5
↑二六そば
・職人盡繪詞. 第1軸
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11536004/7
↑値段は書いていませんが(^^;)
・天ぷら
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%A4%A9%E3%81%B7%E3%82%89&oldid=86910182




