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神社に行くと

* 2022/02/14

 誤記修正と少しルビを増やしました。

 お昼を食べた後、私は清川様から明日の準備を手伝うように言われ、神社に向かうことになった。

 着替えのため、座敷から更科さんに連れ出される。

 部屋に着くと、更科さんは長持(ながもち)を開け、


「和人、神社に行くんだから、ちょっとこっちを着てみて。」


と言いながら鼠色(ねずみいろ)羽織(はおり)と着物を出してきた。

 私は初めて見る着物だったので、どうしたのだろうと思い、


「これは?」


と聞くと、更科さんは、


「この前、ちょっと作ってみたのよ。」


と言って、私の帯を(ほど)き始めた。

 今着ている着物を脱ぎ、更科さんが持って来た着物に(そで)を通す。

 更科さんが、


「ぴったりね。

 似合ってるわよ。」


と笑顔で言ってきたので、私は何となく照れ隠しに少し腕を回して具合を確かめ、


「ありがとうございます。

 動き(やす)いですし、着心地も良いです。」


とこちらも笑顔で返した。

 この着物、思った以上に上等な着物ではないか?

 そう思った私は、


「これ、高かったのではないですか?」


と聞いてみると、更科さんは、


「ちょっとだけね。

 でも、お話してそれなりに貰ってたから、この(くらい)は大丈夫よ。」


と答えた。話すだけで、そんなに(もう)かるのだろうか?

 私はそう思ったのだが、今は急いでいるので聞き流す事にした。

 更科さんが、


「髪も少し()いてみる?」


と聞いてきたのだが、それはちょっと恥ずかしいと思ったので、


「いえ、清川様もお待たせしていますし、今は()めておきます。」


と断った。更科さんが、


「あ、そうね。」


と同意する。

 更科さんが私の(えり)(おび)の形を整え、


「これで出来上がり。」


と言ってニッコリする。私は、


「ありがとうございました。

 では、行ってきます。」


挨拶(あいさつ)すると、更科さんも、


「行ってらっしゃい。」


と返事をした。


 すぐに玄関に向かおうと思ったが、これから(しばら)くは()()()()だろうと(かわや)に向かう。

 用を足してお屋敷の玄関の前に行くと、既に清川様が待っていた。

 清川様は、上下白の着物と(はかま)()いている。


 清川様が私の姿を見て、


女子(おなご)でもあるまいに、やけに時間がかかったようじゃの。」


と言ってきた。

 私は、


「申し訳ありません。

 少し、用を足しておりましたもので・・・。」


と頭を()くと、清川様は微妙な顔つきになりながら、


「ならば、仕方あるまい。」


と返した。

 清川様が、


「では、行くかの。」


と声を掛け、私も、


「はい。」


と返事をし、お屋敷から神社に向かって歩き始めたのだった。



 清川様に連れられて、神社に到着すると、朱塗りの鳥居が堂々と立っていた。

 神社の鳥居をくぐると、はっきりと空気が清麗(せいれい)になったのが分かった。

 清川様が、


「張り切っておるようじゃの。」


と一言。私は、


「どういう事ですか?」


と聞くと、清川様は、


「巫女様が気合を入れて、祈祷(きとう)をしているのであろう。

 境内まで、清浄(せいじょう)な空気となっておる。

 判るじゃろ?」


と答えた。私が、


「はい。

 鳥居をくぐる前と後で、まるで違います。」


と同意すると、清川様は、


「うむ。」


(うなづ)く。そして、


「では、中に参るぞ。」


と言って歩き出した。私も、一緒に歩き始める。

 が、何故か拝殿(はいでん)ではなく、脇の瓦葺(かわらぶ)きで白い壁の建物に向っていた。

 私は歩きながら拝殿を指で差し、


「あちらではないのですか?」


と聞くと、清川様は、


「あのような何もない所で、寝泊まりできるはずがなかろうが。

 こっちじゃ。」


と答えた。私は、


「ですが、祈祷(きとう)か何かをするなら、あちらではないのですか?」


と改めて聞くと、清川様から、


(ふだ)が、何もないところから()いて出てくる訳がなかろう。

 木の板に字を書き、紙で巻いて念を込めるのじゃぞ?

 墨がこぼれたら、大変ではないか。」


と言われてしまった。

 私は、


「確かに、墨が(こぼ)れたら掃除は大変ですね。

 という事は、巫女様だけが拝殿にいて、他の人は向こうで札作りの作業しているのですか。」


と納得した。だが、清川様から、


「いやいや。

 どちらにいるかは、判からぬ。

 祈祷は大麻(おおぬさ)さえあれば、寝転んでおっても出来るからの。」


と思いもよらぬ事を言い出した。私は、


「寝転んでですか?」


と思わず聞き返すと、清川様は、


「例えばの話じゃ。

 実際にそのような態度で作っては、受け取った側も有り難みを感じまい。」


と苦笑い。私は、


「そうですよね。」


と安心したのだが、清川様は小声で、


「正月でもあるまいに。」


と付け加えた。どうやら、巫女様が正月に作ったお札はいい加減なようだ。

 私は、


「正月なら、なお厳かに作るべきじゃありませんか?」


と聞いたのだが、清川様は、


「それは無理じゃろう。

 数を考えよ。」


と苦笑い。私は、


「数と言いますと?」


と聞いた所で、建物に着いた。

 清川様が、


「ここからは、私語は(つつし)むように。

 静かに、付いて参れ。」


と言って引き戸を開け、建物に入っていった。

 私はまだ質問の答えを聞いていないのだが、静かにするように言われたので、帰りに覚えていたら聞く事にした。

 私も後を追って入ると、土間になっていた。

 土間の奥は、衝立(ついたて)で見えないようになっている。


 清川様が上がり(かまち)の下から(おけ)を取り出し、魔法で水を出す。

 清川様が私にその桶を差し出すと、


「使うが良い。」


と言って渡してくれた。

 清川様は、上がり框の下から別の桶を取り出して、手際(てぎわ)よく自分のすすぎを始める。

 私も、急いですすぎをしたが、清川様の方が先に終わる。


 清川様は私のすすぎが終わるのを待ち、


「では、こっちじゃ。」


と言って、歩き始めた。私も、その(あと)について行く。


 暫く廊下を歩くと清川様は立ち止まり、(ふすま)の前で正座をした。

 私もその後ろに座る。

 清川様は、


「清川です。」


と一言。襖の奥から、


「入るが良い。」


と坂倉様から声がかかる。

 清川様は、


「失礼します。」


と言って襖を開けて中に入った。私も一緒に、中に入る。

 すると部屋の中には、坂倉様、庄内様、古川様の三人がいた。

 坂倉様と庄内様は木の板に字を書き、古川様がその板を紙で包んで封をしている。


 あれが、今、作っているお札か。


 興味本位でスキルを使い、木の札にどんな魔法が掛かっているのか確認する。

 だが、この板。何の変哲もないただの板だった。

 これでは何のご利益もなさそうに見えるが、どんな効果があるのだろうか?

 疑問に思う。


 私が首を傾げていると、清川様から、


「入ったなら、襖を閉めよ。」


と注意されてしまった。慌てて襖を閉める。

 坂倉様が早速、


「清川は、そこに積んである板に字を書いてゆくのじゃ。

 書く文は、あそこに貼っておるからそれを見よ。」


と指示を出す。清川様が澄まし顔で木の板を見つめて、


「多くありませんか?」


と聞くと、坂倉様は、


「なに。

 残り、百かそこら。

 手分けして(こしら)えれば、すぐじゃ。」


と答えた。私は、


「では、私は何をすれば良いでしょうか?」


と聞くと、古川様が赤と白の2枚の紙を手に取り、


「これを、・・・あんなふうに作って・・・ね。」


と言って、出来上がりの札を指で差した。

 私が、


「具体的にはどのようにすれば・・・。」


と聞くと、古川様が手に持った紙を折りながら、


「まずは・・・、紅白の紙を重ねて・・・、こことここ・・・合わせてね。

 次に、・・・ここをこう切って、・・・こう()って・・・ね。」


と説明を始めた。そして、文字の書かれた板を手に取ると、


「この後、・・・これをここに置いて・・・、こうやって・・・、こう包むの・・・よ。

 後は、・・・私が封をするから・・・ね。」


と実際にお札を包んで見せてくれた。(しわ)(ゆが)みもない、綺麗な仕上がりだ。

 私は、


「分かりました。」


と答え、古川様の横に移動し、紅白2枚の紙を手に取った。

 見様見真似(みようみまね)で折ってみると、思ったよりも綺麗(きれい)に仕上がる。


 そう思ったのだが、古川様から、


「ここ・・・、ここも・・・、ズレてるから・・・ね?

 これだと、・・・見栄えが悪い・・・から。」


と指導が入る。言われてみれば、確かに爪の先ほどのズレがある。

 私は少し時間を掛け、丁寧(ていねい)に折って、


「こうですか?」


と言って渡したのだが、


「そう・・・。

 でも・・・、もう少し。

 板を置いたら、・・・浮いちゃう・・・かな?

 もうちょっと・・・、丁寧に・・・ね?」


と言われてしまった。古川様は、私が失敗作を作っている間に、封をするのも含めて1個半ほど作業をしたようだ。

 古川様が、続きの作業を再開する。

 私は、何かコツはないかと古川様の手元を見ていたのだが、古川様から、


「その紙・・・、全部だから・・・お願い・・・ね?」


と指示が出た。

 私は思わず溜息(ためいき)をついて、


「分かりました。」


と返事をし、終わらないと思ったので、古川様の手を見るのを()めて作業に取り掛かった。


 先程、坂倉様は『残り百かそこら』と言っていた。二人なので、私の分は50個程だろうか。

 そうすると、さっき以上に丁寧に作業をすれば、1刻(2時間)では終わらないに違いない。

 私は、面倒なことになったものだと思いながら、慎重に作業を行ったのだった。


 作中、山上くんの『空気が清麗(せいれい)に感じられた。』という感想が出てきます。

 この『空気』という言葉ですが、現代の空気と同じ意味で普及したのは幕末になってからだそうです。それ以前は、『うつけもの』という意味だったと考えられているのだとか。

 本作では、現代の空気の意味で使っています。


 もう一つ、神社のお札についてですが、こちらは道教の符録を取り入れたものなのだそうです。

 鎌倉時代ころにはあったのだとか。


 お札と言えば、江戸時代に流行した千社札(せんじゃふだ)というのがあります。

 これは、神社の社や鳥居に貼ってあったりしますが、こちら、実は私的に作られた物なのだそうです。

 なんでも、神社への参拝記念に自分の名前を落書きをするのが趣味の人がいて、その人が落書きをするのが面倒になって木版画で刷ったものを貼ったら、それがブームになったのだとか。

 千社札に限らず、勝手に張り紙とかをするのは(よろ)しくないので、いっぱい貼ってあったとしても、所有者(?)から了承を得てから貼るようにしましょう。


・空気

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%A9%BA%E6%B0%97&oldid=85950545

・神札

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%A5%9E%E6%9C%AD&oldid=84050821

・千社札

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%8D%83%E7%A4%BE%E6%9C%AD&oldid=84531305

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