待っていた
田中先輩の見送りを済ませた後、私達はお屋敷に戻ろうとしていた。
昼食は、そのままお屋敷に戻れば、また卵ばかりに違いない。
私はこれを回避するため、昼食を外で食べてから帰らないかと提案しようと思った。
だが、先に佳央様が、
「清川様から伝言よ。
『よもや、昼を外で食べようなどと思ってはおるまいな。』
だって。」
と声真似をしながら伝えてきた。清川様に先手を打たれた形だ。
更科さんが、
「似てるわね。」
と笑顔になる。私が、
「はい。
しかし、清川様から先に、釘を刺されてしまいましたか・・・。」
と言うと、佳央様は、
「そうね。
多分、まだ昨晩の事、根に持ってるんじゃない?」
と苦笑いしながら同意した。
私も、
「恐らく、そうなのでしょうね。」
と同じく苦笑いする。
更科さんが佳央様に向かって、
「黄身返し卵、まだ挑戦してるのかな。」
と話しかけると、佳央様は、
「朝食の通りよ。
料理人魂に、火が付いちゃったんじゃない?
出来るまで、続くわよ。」
と嫌そうに答える。
私が、
「普通なら、これほど熱心にしていれば、感心するのですがね。」
と少し顔を顰めると、佳央様も、
「そうね。
でも、実害があるとね・・・。」
と迷惑そうに話す。更科さんも、
「でも、先に言われちゃったから、戻らないわけにも行かないんじゃない?」
と言い、私も、
「2回続ければ、どんな風に怒られるか知れたものではありませんしね。」
と同意する。佳央様は、
「あの料理人、そろそろ止めないとね・・・。」
と溜息をついた。私は、
「そういえば、黄身返し卵は、ゆで卵ですよね。
どうしれ、溶き卵の料理が多いのでしょうか?」
と疑問を口にした。更科さんも、
「そう言えばそうね。
何か、違う料理を作ってるのかしら。」
と首を傾げた。すると佳央様は、
「最初の頃にお勝手を覗いた時、白身と黄身を分けてたわね。
どうするのかと思ったら、白身だけで卵焼きを作って、黄身だけの薄焼き卵で包んだりしてたわよ。」
とお勝手の様子を教えてくれた。私は、
「なるほど、卵のまま茹でるのではなくて、外で白身と黄身を分けて作ろうとしているのですね?」
と話すと、佳央様も、
「そうかもね。」
と同意する。
白身と黄身を分けると聞いて、重さ魔法を使う方法を思いつく。
私は、
「佳央様なら、白身を浮かせて黄身で覆って、そのまま熱を加えるなんてこともできそうですよね。」
というと、佳央様は少し考え、
「・・・出来そうね。」
と頷いた。更科さんが、
「あれっ?
でもこれ、溶き卵の料理が多いのと関係ない気がするけど・・・。」
と首を傾げる。佳央様は、
「料理人は、失敗作は出さないものよ。
単に材料があるから、作ってるんじゃない?」
と説明した。更科さんが、
「目処も立たないうちから全員分、材料は揃えるものなの?」
と確認する。佳央様は、
「さぁね。」
と苦笑いをした。
ひょっとすると、お勝手の人が色々な卵料理に挑戦してみたかっただけなのかも知れない。
立ち話が長くなってきた。
私は、
「ここにいてもあれですし、観念して帰りますか。」
と提案すると、佳央様も、
「そうね。」
と返した。
お屋敷に戻り座敷に行くと、清川様が座布団に座って待っていた。
清川様は開口一番、
「少々遅かったが、信じておったぞ。」
と言ってきた。私は、
「信じているというのは?」
と確認すると、清川様から、
「分かっておるじゃろ?」
と確認し返された。私は、
「いえ、・・・まぁ。」
と言葉を濁す。
清川様は、
「じゃろうと思うておったわ。
連絡して、正解じゃった。」
と満面の笑みで言ったのだった。
お昼となり、予想通り、卵料理が出てくる。
錦糸卵とゆで卵の白身を細く切ったものが混ぜてある。このつぶつぶは、大根おろしだろうか。
その他、銀杏の入った茶碗蒸しや菜飯なんかも並んでいる。
味噌汁を一口頂き、ご飯を食べる。
菜飯の葉は、大根葉のお浸しを細かく切って煎り酒と合わせ、ご飯に混ぜ込んだようだ。
大根葉は、わざと早めにお湯から上げたのだろう。シャキシャキした食感が残っている。
次に、錦糸卵の料理を口に運ぶ。
ゆで卵の白身の弾力と錦糸卵のしっとりとした食感に、生姜汁の風味と大根おろしのシャリッとした食感が加わる。卵料理には飽きたつもりだったが、これは当たりのようだ。
私は、
「この錦糸卵の料理、いけますね。」
と言うと、更科さんも錦糸卵の料理を一口食べ、
「そうね。」
と一言。が、佳央様だけは一口食べると、
「でも、卵料理よ。」
と返した。佳央様は、もう卵料理なんて見たくもないと思っているのかも知れない。
清川様も同じ口のようで、
「うむ。
流石に、これだけ続いてはの。」
と同意する。佳央様が大きく頷いている。
私が、
「卵が続いてなかったら、もっと美味しかったのに残念ですね。」
と言うと、佳央様は、
「そうかもね。」
と眉を顰めつつも答えた。
昼食が終わり、お茶を飲んでいると、佳央様が、
「清川様。
あの件、明日の日程で決まりで良いって。
ついさっき、連絡があったわ。」
と話した。紅野様から、念話が入ったのだろう。
清川様は、
「うむ。」
と言って、目を瞑る。こちらは、神社に念話しているに違いない。
暫くすると、清川様は目を開き、
「こちらも伝えたぞ。」
と話した。それを聞いて佳央様は頷き、控えていた下女の人に、
「準備、宜しく。
細かい所も、前に話したとおりで。」
と指示を出す。
清川様が私に、
「そう言うわけで、午後の修行はなしじゃ。
私はこれから、神社に向かうからの。」
と言った後、何か思いついた表情をして、
「・・・山上も参るか?」
と聞いてきた。神社に行けば、先日から胸の内でもやもやしている事を巫女様に相談が出来るかも知れない。だが、今忙しい時なのに、相談に来ましたと言う訳にもいかないだろう。
私はそれらしい理由に変えて、
「はい。
折角のお誘いなので、見て勉強いたします。」
と返事をした。佳央様が、
「使い走りが欲しいだけじゃないの?」
と言うと、清川様はいい笑顔で、
「うむ。
重さ魔法を使えば、塵も簡単に集まりそうじゃしの。」
と、包み隠す気はないようだ。私は、
「そのような話でしたら、お断りしたいのですが・・・。」
と思わず顰めっ面をしたのだが、清川様は、
「もう決まった話じゃ。
さっさと支度をいたせ。」
と言われてしまった。そして、ぼそっと、
「忙しいほうが、気も紛れるじゃろうしの。」
と小声で呟いた。どうやら、私を気遣ってのことらしい。
私は、
「そのようなお気遣いなら、必要ありませんが。」
と言ったものの、悪い気はしない。
私は更科さんに、
「そう言う事ですので、これから神社に行って参ります。」
と話した。更科さんは、
「分かったわ。」
と言った後、清川様に、
「それで、夕方頃には戻られるのでしょうか。」
と質問をした。清川様は神妙な顔を作り、
「それよりは、少し遅くなるじゃろうかの。」
と返事をすると、佳央様は、
「夕食は逃げるのね。」
と一言。清川様は、
「仕方あるまい。
私は、ずっとこっちにいたのじゃ。
明日までにせねばならぬ話もある。
山上が先に帰るやもしれぬが、それも、向こうに着いてから決まる事じゃ。」
と説明した。私は、
「人手が必要なら、二人も連れて行っては?」
と仲間を増やそうとしたのだが、佳央様からは、
「嫌よ。
使い走りなんて。」
と嫌そうな顔をされてしまった。更科さんは、
「ご免ね。
私は、ちょっとお話をしに行かないといけない所があるの。」
と先約があったらしい。『お話』と言う事は、竜人に、人間の営みについて話を聞かせに行くのだろう。これをすると、幾何かのお金が貰えるのだったか。
私は、
「そうでしたか。
約束があるのなら、仕方がありませんね。」
と納得した。
清川様から、
「山上。
早うせい。」
と準備を促される。
私は、
「分かりました。
では、すぐに行きましょうか。」
と言って、立ち上がったのだが、更科さんから、
「着替えたほうが良いわよ?」
と止められた。私はもう十分にお出かけの装いのつもりだったので、
「これで良いのでは?」
と言ったのだが、更科さんから、
「いいから。」
と言って、座敷から外に連れ出されたのだった。
作中の菜飯は、薄塩にして炊いた白ご飯に、青菜のお浸しを刻んだものを混ぜ込んだ料理となります。青菜であれば何でも良かったようで、大根葉の他に、蕪菜や小松菜、菜の花なんかも使ったそうです。
昔からある料理で、室町時代に書かれた鈴鹿家記という本にも出ているのだとか。
あと、山上くんが錦糸卵の料理と呼んでいるのは、卵膾という料理です。
こちらは、いつも参照させてもらっている卵百珍に載っています。
・菜飯
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%8F%9C%E9%A3%AF&oldid=75733177
・卵膾
http://codh.rois.ac.jp/edo-cooking/tamago-hyakuchin/recipe/062.html.ja




