憑(つ)かれていた
* 2021/12/19
誤記を修正しました。
その日の夜、私は夢を見ていた。
目の前にいるのは、例の掛け軸の黒竜と、今日やっつけた狐の姿だ。
狐だけなら夢に化けて出て来たかと思う所だが、ここに黒竜がいるとなれば話は変わる。
前にも、夢の中で黒竜と会話した事があった気がするからだ。
黒竜が、
<<ふむ。
我の他に狐まで憑いたか。>>
と話し始めたのをきっかけに、二人で会話をし始めた。
<<そこの小童には、煮え湯を飲まされたゆえ、少々、取り憑いて苦しめてやろうと思うての。
が、既に先客がおったとは。
して、その方は?>>
<<うむ。
大昔にここの里を作った者だ。
先代の我の依代が、尻尾きりとか言う強者に破れてな。
だがそやつ、癪だからと側におったこやつに我を憑かされたのよ。>>
<<じゃとすれば・・・。
妾や姪が殺されたのは、そのせいではないのか?>>
<<恐らくはな。>>
<<≪恐らくはな≫ではない。
妾達の身にもなってみよ。
迷惑千万とは思わぬか。>>
<<運がなかったのであろう。>>
<<運とな?>>
<<偶々だろうが、竜の巫女が来ねばこうはならなかった。
これを運と言わず、なんと呼ぶ。>>
二人で、延々と話している。
私は話の内容から概ね分かってはいたが、恐る恐る、
「皆様は?」
と話に割り込み確認した。
すると、黒竜は、
<<知らぬ筈もあるまい。>>
と。また、狐も、
<<今日、逢うたじゃろうが。>>
と答えた。
私は想像通りだったので、
「初代の黒竜帝と、今日の妖狐でしたか。」
と言った。
狐が、
<<小童、ようもやってくれたの。>>
と睨みつけてきた。私は、
「その・・・。」
と言葉に詰まると、狐は、
<<人の姪を殺った上に、妾まで返り討ちにしてくれての。>>
とも一言。返す言葉もない。
狐は、
<<それでもしおらしゅう悩んでおると思うたが、また竜の巫女が介入しおって。
ほんに、忌々しい。
呪い殺してやるから、覚悟するがよいぞ。>>
と鬼の形相だ。が、黒竜から、
<<まぁ、暫くは心配するな。
我が憑いている間は、狐如きには何もさせぬ。>>
と宣言。私は、
「ありがとうございます。
ですが、私の中で喧嘩されても困ります。
仲良くやっていただくのが、一番なのですが・・・。」
と言うと、狐は、
<<殺しておいてか?>>
と歯に衣着せぬ物言い。私はつい、
「そう言われると、返す言葉もありません。」
と頭に手をやりながら謝った。
狐から、
<<それが、謝る態度か。>>
と叱られる。私は、
「申し訳ありません。」
と頭を下げる。狐は、
<<まぁ、よい。
もう、小童に憑いてしもうたのじゃ。>>
と言った後、神妙な顔になり、
<<小童には、まず出世をしてもらうぞ?>>
と言い始めた。私は、
「それは?」
と確認すると、狐は、
<<小童だけが憎い訳ではない。
あの忌々しい、竜人どもめが。>>
と悔しそうに言うと、
<<そのためにも、先ずは地位が必要なのじゃ。
人心を惑わすなど、妾にとっては容易い事じゃからの。
妾の言うとおりにやれば、あっという間じゃ。>>
と自信あり気に言った。私は、
「過去に、惑わせたことがあるのですか?」
と聞くと、狐は、
<<この前はへまをして、神社に閉じ込められてしもうたがの。
それまでは、よく化けて竜人をからかっておったものじゃ。>>
と答えた。私は、
「からかった程度で人心を惑わすのを容易いと言うのは、流石に説得力がないと思うのですが・・・。」
と返すと、成り行きを見守っていた黒竜から、
<<これは、妖狐が一本取られたな。>>
と笑い始めた。狐は顔を真っ赤にして、
<<妾を愚弄にするか?
仲良くなどと言うて、そちが一番する気が無いではないか!>>
と怒り始めた。私は、
「すみません。
そのようなつもりで言ったのではありません。
ただ、妖狐であれば私よりも頭が切れると思います。
なので、私が困った時、まっとうな意見で助言をいただけるのであれば、大変助かると思っています。
ですから、仲良くしたいというのは本心です。」
と宥めてみた。狐は、
<<人間など、大抵は都合の悪いときにだけ神頼みじゃ。
そちも、妾をそのように扱うと宣言したわけじゃな?>>
と睨みつけてきた。私は、
「そのようなつもりではありません。」
と言ったのだが、黒竜から、
<<困った時にだけ、助言が欲しいと言ったではないか。>>
と笑われた。私は、
「でも、皆様、何気ない事を相談して良い相手ではありませんよね?」
と確認すると、黒竜は、
<<我に対しては、当然だな。>>
と言い、狐も、
<<妾もそうじゃ。
気軽になど、相談されては困るわ。>>
と返した。私は、
「ならば、本当に困ったときだけしか出来ないではありませんか。」
と釈明した。狐は、
<<その通りじゃが・・・。
いや、どうも調子が狂うのぅ・・・。>>
と困り顔だ。黒竜が、
<<どのみち、暫くは一蓮托生。
仲良くするも吝かではない。>>
と言い、狐も黒竜に見られているからか、
<<話もすり替えられておるし、腑にも落ちぬが・・・、まぁ、良かろう。>>
と渋々という感じで同意してくれた。
ふと、目が覚める。珍しく、まだ夢で見た話が頭に残っている。
今は、夜明け前。
私は急に近くなり、厠に急ぎ足で向かったのだった。
厠から戻り、佳央様や更科さんと昨日の寿司について雑談をした後、いつものように朝食を食べに座敷に行った。
今日は、既に清川様と古川様が座布団に座っている。
私は、
「おはようございます。
昨日は、ありがとうございました。」
と先ずはお礼を言った。清川様は、
「なに。
大したことではない。」
と返す。古川様も、
「そうじゃ。」
と返してきた。口調から、巫女様が古川様に憑依しているとすぐに分かる。
私は自分の座布団に座ると古川様に、
「昨晩、黒竜と狐の夢を見ました。
どうも、昨日新たに狐にも憑かれてしまったようでして・・・。」
と話をすると、清川様、佳央様、更科さんがぎょっとした顔でこちらを見た。
しかし、古川様だけは、
「どうやら、そのようじゃの。
妾もここまでは見通せなんだわ。」
と苦笑いした。私は、
「今のところは黒竜が狐の力を抑えてくれるそうですが、どうしたら良いでしょうか?」
と相談したのだが、古川様は、
「そうじゃの・・・。
これも、妾の見通しが甘かったせいでもある。
かと言って、祓うてしまうのも勿体無い。
どうしたものかの・・・。」
と言い始めた。清川様が、
「勿体無いと仰いますと?」
と聞くと、古川様は、
「この狐、上手くやればそのうち役に立つと出た。」
と言った。私は、
「役に立つと言いますと?」
と聞いたのだが、古川様は、
「詳細を言うては、先見が変わるからの。」
と断った上で、
「先ず、黒竜は佳央に引き取らせることとなろう。」
と話した。私は驚いて、
「それでは、狐に好き放題にされるではありませんか。」
と言ったのだが、古川様は、
「今も、黒竜に好き放題されていないじゃろうが。
これも、同じ事じゃ。
山上が、夢の中の甘言に惑わされねばよい。」
とにこやかに話した。私は、
「甘言ですか・・・。」
と復唱する。古川様は、
「そうじゃ。
自分があまりにも得をすると思うた時、蒼竜なりにでも相談するが良いじゃろう。
自分で決めるから、間違うのじゃ。
ならば、しっかりした者に尋ねるのがよいとは思わぬか?」
と言ってきた。更科さんが、
「蒼竜様が近くにいらっしゃらない時は、どのようにすれば良いのでしょうか?」
と質問をすると、古川様は、
「その時は、保留にすれば良いじゃろう。
これで、概ね上手く行くはずじゃ。」
と答えた。今度は清川様から、
「待ったなしの場合は、どのようにすれば宜しいのでしょうか?」
と質問が出る。すると古川様は、
「相談できぬのじゃ。
保留にするが良かろう。」
と答えた。私は、
「何となく、狐がほくそ笑んでしまう気がしますが・・・。」
と感想を言うと、古川様は、
「そうじゃろうの。」
と笑う。
『そうじゃろう』などと言われても、これは少し無責任ではないだろうか。
私は嫌な予感がしたので、
「笑い事ではありませんよ。」
と言ったのだが、古川様は、
「特に、問題もないと思うのじゃがな。」
と事もなげに言った。
佳央様が、
「ところで、黒竜を引き取らせるというのは?
和人のレベルが、かなり足りてないと思うけど。」
と尋ねた。これは、私も気になるところだ。
古川様は、
「普通は出来ぬが、妾は専門家ぞ?
妾がやれば、出来る筈じゃ。」
と答えた。そして、
「長く置けば、黒竜と狐が混ざりかねぬ。
日程は早いほうが良いじゃろうが、来週か再来週くらいかの。」
と言った。
私は、
「そんなにすぐですか?」
と聞いたのだが、古川様から、
「別に問題もあるまい。」
と言われてしまったのだった。
作中の「吝かでない」というのは、「努力を惜しまない」だとか「喜んでやる」だとかそういう意味となります。単に「吝か」と言うとケチの事になりますが、この吝か。暮らしの言葉語源辞典によると『本来はヤフサカと清音で、中世以降に第二音節が濁音化した』のだそうです。
中世と言う事は、鎌倉や室町時代ころという事でしょうか。
発音が変わると言えば、やはり室町時代の「後奈良院御撰何曾」という本に『母には二たびあひたれども父には一度もあはず。』というなぞなぞが載せられているのですが、これ良い題材だと言われているそうです。
この答えは後奈良院御撰何曾では「くちびる」となっていますが、当時の発音は母を「ふぁふぁ」、父を「ちち」と喋っていたそうで、唇が2回くっつくから答えも「くちびる」となるのだそうです。これが江戸時代の頃には「ふぁふぁ」と呼ばなくなっていたので、どうして答えが「くちびる」なのか分からなくなっていたのだとか。
室町から江戸時代にかけて、一体何があって発音が変わったのでしょうかね。(~~;)
・やぶさか
山口佳紀『暮らしのことば 語源辞典』講談社, 1998年, 668頁
・やぶさか
https://ja.wiktionary.org/w/index.php?title=%E3%82%84%E3%81%B6%E3%81%95%E3%81%8B&oldid=1486025
・なぞなぞ「母には二度会い父には会わぬもの」の出典が知りたい。(答えは「唇」である。)
https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000185889
・昔の人は「はは(母)」をどう発音したか?
https://japanknowledge.com/articles/blognihongo/entry.html?entryid=281
・後奈良院御撰何曾
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%BE%8C%E5%A5%88%E8%89%AF%E5%A4%A9%E7%9A%87&oldid=86525300
かなり長くなったので、本章はここで一旦終わりとします。




