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寿司屋にて

 寿司屋の一室。

 出てきたお茶を(すす)りながら待つこと(しば)し。

 お店の人に連れられて、田中先輩と横山さんがやってきた。

 急な誘いだったので、思っていたよりも随分(ずいぶん)と早い。

 田中先輩は私の顔を見るなり、


「山上。

 また、なにかやったんだってな。」


と少し笑いながら話しかけてきた。恐らく、蒼竜様が連絡ついでにと話したのだろう。

 私は、


「田中先輩。

 はい。

 申し訳ありません。」


挨拶(あいさつ)がてら軽く謝った。が、その後ろから、


「そうだぞ?」


と思わぬ人から声がかかった。不知火様だ。

 私は、


「その節は、大変お世話になりました。」


とお礼を言ったのだが、頭を(かす)めた疑問をそのまま、


「ところで、本日はどうしてお()しに?」


と質問をした。更科さんが慌てて、


「か、和人!」


(そで)(つか)んでくる。考えてみれば、目上の人にこの質問は、ちょっと失礼だ。

 不知火様は、


「構わん。

 赤竜帝から、用事を忘れていたから代わりに行くようにと言われてな。」


と苦笑いをする。私は、


「そう言う事でしたか。

 しかし、失礼な聞き方をして、申し訳ありません。」


と謝った。不知火様から、


「いや。

 疑問に思うも当然だからな。

 が、奥方殿の方が機転が()くようだな。」


と言われてしまう。私もそう思っていたので、


「はい。

 全くもって、その通りです。」


と頭を()きながら同意する。更科さんから小声で、


「あまり、偉い人の前で頭は掻かないでね。」


と注意されたので、私は、


「もう、この通りでして。」


と苦笑いをする。不知火様は少し困りながら、


「嫁がしっかり者なのは、良いことだ。

 こういう嫁は、愛想を尽かされない程度にヘマをやらかすのが、円満の秘訣(ひけつ)と聞く。

 適量であれば、問題ないだろう。」


と説明した。

 これを聞いた蒼竜様は、雫様に近づくと小声で、


「何か、良い事を言おうとしたのであろう。」


と耳打ちをした。が、雫様から、


「雅弘。

 それ、聞こえとるからな?」


と指摘しながら周りを見る。不知火様からも、


「悪かったな。

 話下手で。」


と苦笑いされる。

 蒼竜様は、


拙者(せっしゃ)も似たようなものだ。」


と言いながら、少し謝る形を取った。


 話の区切りと見てか、お店の人が、


「それではこれで、皆様、お(そろ)いで?」


と確認する。蒼竜様は、


「うむ。

 これで全員だ。」


と返事をすると、お店の人は若干(じゃっかん)不機嫌(ふきげん)そうに、


「分かりました。

 では、これから運ばせていただきます。」


と言って、下がっていった。


 田中先輩が、


「それで、今度は何をやらかしたんだ?」


と再び聞いてきた。

 私は、


「話のあらましだけ申しますと、悪戯狐(いたずらきつね)とでも申しましょうか。

 これを見に行くべく、清川様、佳央様、佳織と私の4人で神社に行きました。

 するとこの狐達、結界を張って見えづらくしてしまいまして。

 それで、神社の結界を解くのに【黒竜の威嚇(いかく)】を使ったのですが、余計な結界まで解け、妖狐が出てきて戦う羽目(はめ)になりました。

 それで、色々あって、なんとか妖狐を黒焦げにした所を、佳織がとどめを刺したというわけです。

 ですが、これが問題になりまして。

 それで、蒼竜様が結界を解いた事と妖狐を倒した事で相殺(そうさい)されると仰ってくれたおかげで、助かりました。

 不知火様も、結界を解いたのだから手鎖(てぐさり)が妥当と言いつつも、蒼竜様の案に合意合意してくれたのだそうです。」


と説明した。田中先輩は、


「・・・分かりづらいな。

 つまり、神社の結界を解いたら、そこから出てきた妖狐を倒した。

 で、結界を解いたことを(とが)められたが、妖狐は世の中を混乱に陥れる事が多いから、これを倒した功績でちゃらになったという事でいいか?」


と要約(?)してくれた。私は、


「はい。

 その通りです。」


と返事をする。

 蒼竜様が、


「田中も似たようなものだからな?」


と指摘すると、田中先輩は自分の事は分からないらしく、


「そんな事はないだろう。」


と言い切った。が、不知火様も、


時折(ときおり)言葉が足らず、意図が(つか)めぬ事はあるな。」


と指摘する。私も、


「足りないなら良いのですが、伝えたつもりになることもありますよ。」


と便乗して文句を言うと、田中先輩は、


「そんな事は無いだろう。」


と再び、言い切った。私は、


「そうですか?

 でも、春高山の研修の話は後藤先輩から聞きましたし、他にも何かあったような気がします。」


と春先のことを指摘すると、田中先輩は、


「研修の話?」


と聞き返してきた。どうやら、忘れているようだ。

 蒼竜様が、


「まぁ、そういう事もある。

 が、一応祝いの席だ。」


と言うと、障子の外に向かって、


「入ってきても良いぞ。」


と声を掛けた。障子の向こうから、


「恐れ入ります。」


と声が聞こえた。お店の人だ。

 お店の人が障子を開け、部屋に入ると、


「先ずは、かぶら寿司にございます。」


と言いって、変わった寿司を私達の前に置いていく。


 このお寿司、(ほとん)どが(かぶ)。人参の細切りが入っていて、色鮮やかではある。

 そして米はと言うと、(つぶ)れたような粒が申し訳程度に付いているだけだ。

 寿司というのに、あまり寿司っぽくない。


 お店の人が、一緒にお酒も運んでくる。

 蒼竜様は、


「かぶら寿しか。」


と言うと、田中先輩も、


「これは、酒によく合うからな。」 


と上機嫌のようだ。恐らく、味は間違いないのだろう。

 不知火様が、


「では、山上。

 一言、話せ。」


と急に振ってきた。私は少し混乱しながら、


「『話せ』というのは?」


と聞き返すと、不知火様は、


「お前のために集まったんだろう?

 挨拶くらいしたほうが良いんじゃないか?」


と言ってきた。一言というのは、どうやら挨拶しろという意味だったらしい。

 私は、

「えっと、すみません。

 本日は、大変ご面倒をおかけし、申し訳ありません。

 皆様のご尽力で、私は捕まらずに済みました。

 本当に、感謝いたします。」


と挨拶をしたのだが、これだけでは話が短いだろうと思い直す。

 なにかネタはないかと思い、ひとまず、改めて事の顛末を話す事にした。


「元は、昨日、稲荷神社から声に付きまとわれたのがきっかけでして。

 その声はすぐに私に『妖狐殺し』と言い残して退散したのですが、それを清川様に報告しました。

 それで今日、その稲荷神社を見に行く事となったのですが、昨日の声の主が神社に結界を張ってかくしました。

 清川様から、その結界を解けと言われて【黒竜の威嚇(いかく)】を使ったのですが、余計な神社の封印まで解けてしまいまして。

 そこで出てきたのが、妖狐。

 清川様が妖狐の力を弱めたおかげもあって、皆でとどめを刺す事ができました。」


 だが、これでは話は(まと)まらない。

 私は、最後に感謝を伝えればなんとかなるだろうと、


「が、不慮の事故とは言え、神社の封印を解いてしまったのは真に申し訳なく。

 妖狐を退治するのに力を合わせた清川様、佳央様、佳織は勿論(もちろん)、その後、神社の封印を解いたことを不問としてくれた蒼竜様と不知火様には、感謝のしようもありません。

 私の皆様への謝辞を持ちまして、挨拶(あいさつ)とさせていただきたいと考えます。

 大変、ありがとうございました。」


と締めくくった。

 田中先輩から、


「長い。」


と文句は言われたものの、


「だが、前よりも随分良くなったな。」


()めてくれた。私は、


「ありがとうございます。」


と返事をすると、蒼竜様からも、


「うむ。

 前に、(しめ)の挨拶を任された時だったか。

 何の前触れもなく、いきなり『という事で、皆様。』だったからな。

 あれは、流石に・・・。」


と苦笑いする。田中先輩が、


「それは、それとしてな。

 (さかずき)を持たないか?」


と言ってきた。先輩は呑兵衛(のんべえ)なので、そろそろ我慢(がまん)ができなくなっているのかも知れない。

 蒼竜様が、


「では、盃をな。」


と言って、全員が盃を持った所で、田中先輩が、


「長い挨拶もあれだ。

 今日は、山上が何事もなく済んだということで、乾杯な。」


と割り込んで乾杯の挨拶をしてしまった。

 不知火様が笑いながら、


「まぁ、いいだろう。」


と言って、飲み始める。

 横山さんから、


「ゴンちゃん、いい歳であの乾杯は無いんじゃない?」


と笑いながら言われていたが、他は特に問題もなく、今日の飲み会が始まったのだった。


 作中、「ちゃらになった」と言う表現があります。

 『ちゃらになる』という言葉自体は、江戸時代の頃からあるのですが、ここで使っているような単に『無かったことにする』という意味ではなかったようです。

 どうも、当時は出鱈目(でたらめ)やいい加減な(うそ)を『ちゃら』と言ったそうで、転じて、この『ちゃら』(出鱈目やいい加減な嘘)が判明して取引等を()める事も『ちゃらにする』と言った模様。そこから時間が進んだ現代では、元の意味が取れてしまい、単に『差し引きゼロ』だの『無かったことにする』だのといった意味でも使われるように変化していったのだとか。

 この事から考えるに、語源を大切にする人からすれば、この文章は違和感があるのだろうなと思うおっさんでした。(--;)


 後、作中のかぶら寿しは、北陸の能登半島の付け根の方のお寿司となります。

 江戸時代初期には作られていたそうですが、いつ頃からあったかは不明なのだとか。


・チャラ

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%A9&oldid=82197388

・かぶら寿司

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%8B%E3%81%B6%E3%82%89%E5%AF%BF%E5%8F%B8&oldid=79219835

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