ちょっとお祝いという事にして
蒼竜様の家に上がった私達は、雫様と談笑をしていた。
夕食の準備をしなくても良いのだろうかと少し気になったが、きっと外に食べに行くのだろうと思う事にして、特に話題には上げなかった。
長く話している間に、障子が真新しい白から徐々に赤く染まっていく。
陽が沈み始めたのだろう。
雫様が、
「やばっ!
もう、こんな時間や!
何も作ってへんで。」
と焦り始める。私は、
「ひょっとして、晩御飯は家で食べる予定でしたか?」
と聞くと、雫様は、
「そうや。」
と苦笑いする。私は、
「材料があるなら、手伝いますが・・・。」
と申し出たのだが、遠くから見知った気配が近づいてくるのに気がついた。
蒼竜様だ。
私は、
「そろそろ、帰ってきそうですね。」
と言うと、雫様も気がついたようで、
「本当やな・・・。」
と困った表情。が、
「そや!
外、食べに行く事にしよか。
山上がお咎めなしになったっちゅう事で、口実もあるしな。」
と言い始めた。私は、
「もうこんな時間なら、お屋敷で夕食の準備も済んでいると思うのですが・・・。」
と心配をする。せっかく準備してくれても、食べる人がいなければ捨てることになるかも知れない。
佳央様は、
「別に、よくある話よ。
決まったら、念話でも入れるわ。」
と苦笑いした。私は、
「もし、それで捨てるなら勿体無いのですが・・・。」
と言ったのだが、佳央様は、
「お屋敷には、あれだけ人がいるのよ。」
と返事をした。なるほど、人が多ければ、誰かが食べるに違いない。
雫様が軽く手を上げながら、
「すまんな。
妙な心配させて。」
と軽く謝る。私は、
「いえ、私の方こそ。
そもそも、要らぬ心配だったようですし。」
と返した。
玄関から、
「ただ今、戻った。」
と男の人の声が聞こえてきた。勿論、蒼竜様だ。
雫様は、
「今、座敷や。
こっち、来。」
と少し大きな声で呼ぶ。
蒼竜様は、
「判かっておる。
山上達であろう?
暫し待て。」
と返事を返した。待てと言ったのは、今、すすぎをしているからなのだろう。
更科さんが、
「上手く誤魔化せるといいですね。」
と要らない心配を言葉にすると、雫様は、
「そやな。」
と無表情で返事をした。
少しして、お座敷に蒼竜様が入ってきた。裃、二本刺しだ。
私は、
「蒼竜様、お帰りなさいませ。」
と声を掛けると、蒼竜様も、
「うむ。」
と頷く。他の二人も挨拶をする。
私は早速、
「こちらには初めて伺いましたが、新築の立派な家ですね。」
と褒めた。すると蒼竜様は、
「うむ。
知り合いの大工が頑張ってくれたからな。」
と返してきた。私は、
「お知り合いのですか?」
と聞いた後、欄間を見上げながら、
「その方は、相当に腕が良いのでしょうね。」
と褒めた。蒼竜様は、
「うむ。
この道、数百年の職人ゆえな。」
と返してくる。さすが竜人、年季が違う。佳央様も、
「何度見ても、立派な透かしよね。」
と褒めた。
更科さんが、
「数百年やっているということは、昔からのお知り合いですか?」
と質問すると、雫様が、
「そうそう。
建ててる時に一緒に見に行たら、雅坊とか言われとったしな。」
と付け加える。私は想像が出来ず、
「蒼竜様を雅坊ですか?」
と思わず聞き返した。蒼竜様は、
「拙者がまだ、竜人化も出来ぬ子供の頃からの知り合いゆえな。
家を建てておる所に行っては、これは何をしているのかと聞いたものだ。」
と子供の頃を思い出してか、朗らかに話した。
私は、
「なるほど、そうでしたか。
しかし、子供の頃とは言え、蒼竜様が何度も見に行くくらいですから、相当の腕前なのでしょうね。」
と感想を言うと、蒼竜様も、
「うむ。
拙者は、里一番と思うておる。」
と嬉しそうに言った。
雫様が、
「それはそうと雅弘、今日は山上が無罪放免になったやろ?
そやからちょっとお祝いで、飯でも食いに行こかいう話になってな。
早よ、着替えな。」
と切り出した。蒼竜様は、
「ん?
まぁ、そうか。
なら、早々に着替えるか。」
と言った。私は丁度良い機会だと思い、
「その節は、大変ありがとうございました。」
とお礼を言う。蒼竜様も、
「うむ。」
と機嫌良さげに頷いた後、
「不知火か?」
と聞いてきた。恐らく、不知火様から聞いたのかという質問なのだろう。
私は、
「はい。
不知火様から教えていただきました。」
と返事をすると、蒼竜様は、
「そう言えば、わざわざ番屋まで出向いたそうだな。
不知火にも、お礼を言っておけよ。
あやつも、手鎖が妥当と言いつつも、事情を考えれば相殺もまた妥当と言ったのだ。」
と想像していなかった事を言ってきた。
私は、
「そうだったのですか。
もし、今度お会いする事があれば、お礼を言う事にします。」
と返した。更科さんも、
「それなら、その方がいいわね。」
と同意する。
雫様が、
「そんな話、後でもええやろ。
早よ、着替え。」
と催促した。蒼竜様はしまったという顔で、
「そうであったな。
山上達は、少しここで待っておれ。」
と言って、座敷を後にした。
雫様が、
「ほな、後でな。」
と言って、蒼竜様についていく。恐らく、着替えを手伝いに行ったのだろう。
その間に、佳央様がお屋敷の下女の誰かに、念話で夕食が不要になったことを伝える。
暫くして、着替えが終わった蒼竜様が座敷にやってきた。
後ろから、雫様も入ってくる。
蒼竜様は、
「店は、どこに行くのだ?」
と聞くと、雫様は、
「別に、決めてへん。
適当でええんちゃうか?
前と違って、今回は番所止まりやし。」
と話をする。蒼竜様も、
「そうであるな。」
と同意した。そして、
「ところで、山上。
どこか、行きたい店とかはあるか?」
と聞いてきた。
私は急に話を振られて頭が回らず、
「いえ、特には。
ただ、最近卵料理が多かったので、それ以外がよいです。」
と答えると、蒼竜様は、
「なるほど。
ならば、寿司にでもするか。」
と提案してきた。
私は、
「ひょっとして、前に行ったところですか?」
と聞いたのだが、蒼竜様は、
「あそこは高いゆえ、別の店がよかろう。」
と少し困ったような仕草で答える。
私は、
「他の店ですか。
どのようなお店か、楽しみです。」
と言うと、雫様が、
「ほやな。
ほな、行くか。」
と玄関の方に向けて歩き始めた。
蒼竜様の家から、道中、蒼竜様の新築の家を褒めながら竜の里に移動する。
里の門を入り、店が集まる繁華街の通りまで歩いていく。
そこから更に細い小路に入ると、蒼竜様はとある店の前で足を止めた。
蒼竜様は、
「今日は、ここにするか?」
と聞いてきたので、私は寿司屋ということ意外はよく判らずに、
「はい。」
と同意した。
お店に入ると、お店の人に蒼竜様は、
「7人であるが、後の3人は後ほど参る。
人間がおるゆえ、材料には気をつけよ。」
と言いつけた。お店の人は、
「分かりました。
が、お2方ではなく、お3方で?」
と確認が入る。
蒼竜様は、
「うむ。
広重、田中と田中の連れである。
田中は、尻尾切りと言ったほうが良いか。」
と説明する。広重様というのは、赤竜帝の事だ。
また、お忍びでやってくるのだろう。
お店の人は、
「承知いたしました。
では、こちらにおいで下さい。」
と言って、少し広めの部屋に通した。
お店の人は、
「では、ごゆるりとお寛ぎ下さい。」
と言って下がっていったのだった。
作中の裃は、江戸時代の武家の平服または礼服となります。
裃は肩衣と袴のセットの事で、江戸時代のスーツと言った所でしょうか。
裃は、元は上下と書いたそうですが、江戸時代に合字化して裃になったそうです。
(なので訓読みしか無い)
後、昨日時間切れで書けなかったのですが、作中の透かし欄間というのは、障子や襖と天井の間に嵌め込んでいる、換気や採光等のための彫り物の部材となります。
欄間は、平安時代の頃は格子欄間という複数の細い木が等間隔に並んだような欄間が多かったのですが、桃山時代ころから彫刻を施したものが登場したそうです。江戸時代以降、庶民の家でも使われるようになったのだとか。
尚、作中の欄間は特に説明はしていませんが、松、竹、竜で構成された彫り物の想定です。
・裃
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・欄間
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