咲花村の団子屋
登山口まで降りた後、私は
「ムーちゃんに山に帰るか。聞かないといけませんね。」
と切り出した。田中先輩は、
「そういえば、そんな話もしていたな。
すまんすまん。
すっかり忘れて遭った場所を通り越してしまった。」
と言った。遭ったのは薮道の筈なのだが、今回降った道は正規の登山道だったので、その場所は通らなかったではないかと思ったが、話がややこしくなると思い黙っていた。私は更科さんに、
「で、どうします?」
と聞くと、更科さんは恐る恐るムーちゃんを地面に置きながら、
「もし、私とくるなら、また私に登って?」
と言った。既に手が迎えに行っているようにも見えたが、ムーちゃんはそっちには行かず、何故か私の背負子の一番上まで登って、そこで落ち着いた様だった。田中先輩は、
「ムーの奴、そうきたか。」
と、ニヤリと笑い、続けて、
「更科、一応連れて帰るということでいいがな、街中はちゃんと抱っこしていろよ?
にげたらひと騒動だからな。
後、従獣だということで、ちゃんと冒険者組合に登録しておけよ?」
と言って、組合への登録を勧めた。更科さんは、
「なぜ、登録が必要なのですか?」
と田中先輩に質問をした。すると、田中先輩は、
「魔獣が街中で問題を起こしたとき、きちんと責任を取ることの証明でもあるからな。
時折、わざと問題を起こさせようとしてちょっかいを出そうとする奴等もいるのだがな、冒険者組合がそいう奴等への対処をしてくれたりもするぞ。
もちろん、問題が起きたときに登録していなかった場合は、組合から糾弾されることもある。
なので、魔獣を飼いたいときは登録する一択だな。」
と教えてくれた。私は田中先輩に、
「登録するときに条件とかはありますか?」
と聞くと、田中先輩は、
「そうだな。
この制度はもとも猟獣を登録しておくためのものだ。
なので、ちゃんと躾されていることくらいか。
呼んで来るようなら問題ないだろう。」
と答えた。私は、ムーちゃんにはそういう躾をしていないので、
「薫さん、ちゃんと呼ぶ練習をしなくれはいけませんね。」
と言うと、更科さんから、
「はい。
でも、和人さんと私の連名で登録をお願いしたいので、和人も練習してね。
今も和人のところに登っている程ですし、大丈夫とは思いますが。。。」
と、返ってきた。私は予想していなかったので、
「おそらく、私が今住んでいる所は動物は飼えませんよ?」
と返した。すると、
「念のためよ。
預かって貰うこともあるかもしれませんし。
実家なら、きっと大丈夫ですよね?」
と言ってきた。なんとなく、更科さんのところも動物禁止なのではないかという気がしてきたので、
「薫さんの今のお住まいは大丈夫ですか?」
と聞くと、眉をしかめて、
「たぶん、だ、大丈夫じゃないかな。
一応確認するけど。」
と、不安な回答が返ってきた。すると、田中先輩が、
「どうしても駄目なら、社長に山上のところで飼っていいか聞いてやってもいいがな。
ただ、動物は臭いが出るからな。
荷に匂いが移るといけないので基本的には駄目だと思うぞ?」
と言ってくれはしたが、端から田中先輩が飼うという選択肢はなさそうだった。私は、
「薫さんの実家も駄目そうですかね。」
と聞くと、更科さんは、
「裏に庭があってね。
昔はそこで番犬を飼っていたこともあるのよ。
ムーちゃんは犬じゃないので、紐でつないでおくわけにも行かないし、家飼は絶対駄目だけどね。」
と、ひょっとしたら飼えるかもしれないとのこと。
私は、他にも気になることがある。
ムーちゃんの臭いだ。
今は外で近くにいる感じで獣臭さはないが、部屋で飼うとなると、その未知数の獣臭が付いてしまうこととなる。『彼女の部屋に入ったら獣臭かった』という事件が起きる可能性があるのだ。なので、出来れば部屋飼いは避けて欲しいと思っているが、そこは流石に言えなかった。
「まぁ、なるようになるだろ。
まずは飯だな。」
と田中先輩が言ったので、ここで昼食を摂る事になった。
ご飯を餌にムーちゃんを呼ぶ練習をしながら、昼食を食べ、田中先輩が一服したところで、
「もうそろそろ帰るぞ。」
と言って、咲花村の方を指差した。すると、更科さんが、
「今日は私は実家に泊まる事にします。
一日ならムーちゃんも大丈夫なはずですので、どこで飼うかは、明日、考えましょう。」
と言った。私は背負子を背負いながら、
「それは助かります。
では、明日、羊の刻ごろに葛町の冒険者組合でいいですか?」
と聞くと、更科さんは、
「はい。
よろしくお願いします。」
と返し、咲花村に歩き出した。
咲花村に着くと、田中先輩は、
「おやつにするか。」
と言って、団子屋を指差した。私は平地を歩いていた事もあって、それほど何かを食べたい感じでもなかったので、実は田中先輩は甘党なのではないかという疑惑を持った。田中先輩は、
「ここのは草団子にみたらしという珍しい組み合わせなんだ。
これに牛乳が良く合う。」
と言って、団子屋の娘に団子を3皿と牛乳を注文をした。団子は奥のお婆さんが焼いているようだ。
田中先輩は、出てきた団子を食べてご満悦だ。ムーちゃんには、甘い物は駄目なはずなので、水を飲ませた。
私は団子を1本食べた後、更科さんを実家に送るなら両親にも会うだろうと思い、団子屋のお姉さんに
「すみません。
こちら、10本ほど包んでいただけませんか?」
と注文した。更科さんは、
「和人は甘い物が好きなの?」
と聞いてきたので、
「薫さんの実家に手ぶらという訳にもいきませんので。」
と言うと、
「和人、そんなの、気を遣わなくても大丈夫ですよ。」
と返してきた。なので、
「薫が私の実家に来るとき、薫も何か持っていきたいと思いますよね。
それと一緒です。」
と言うと、更科さんは納得したようだった。
「それなら、必要ですね。」
と言って、団子屋のお姉さんに、
「すみません。
さっきの団子、10本ではなくて、16本にしていただけますか?」
と訂正した。私が更科さんの方を向くと、更科さんは、
「私の家は4人兄弟なの。
だから、この位買っていかないと、喧嘩になるの。
残ったら、仏壇に供えて数合わせするのよ。」
とクスクス笑いながら言った。私は、なるほどと思った。
ちなみに、実家で残りが出たら、一度一兄が総取りして、そこから兄弟に分配する方法だったなと思い出した。家によっていろいろなようだ。
それからもしばらく(主に田中先輩が)団子を楽しんだ後、田中先輩が、
「では、そろそろ行くか。」
と言って、咲花村を後にしたのだった。
田中先輩:すまんが、1皿、御代わりを頼む。
団子屋娘:お客さん、もう4皿も召し上がっていますが、そんなに食べたら歩けなくなりますよ。
田中先輩:まぁ、一応、太りにくい体質でな。
団子屋婆:ヒヒッ!そう言う人に限って中年になると急に太り始めるんじゃ。注意しなさいな?
(一同):・・・。
次話から不快指数が上昇します。
苦手な人は離脱をお願いします。