蒼竜様の家に
番屋から開放された私達は、清川様だけ先にお屋敷に戻り、残りの佳央様、更科さんと私の3人で蒼竜様にお礼を言いに行く事となった。
私は清川様に、
「では、失礼します。」
と挨拶をし、清川様も、
「うむ。
では、後ほどの。」
と返事をする。
佳央様が、
「それで、手土産はどうするの?」
と聞いてきた。
私は、
「適当なお菓子など、どうでしょう。」
と言うと、更科さんも、
「そうね。
足りなかったら、出してあげるわね。」
と返ってきた。懐が寂しいだけに、苦笑いするしかなかった。
手土産を買いに、獅子屋に赴く。
羊羹にするか、栗金飩にするか。
どちらにするか迷ったが、真ん中(?)を取って、栗羊羹にする。
私の手持ちでは足りず、更科さんに少し出してもらう。
蒼竜様の家に向かう。
場所は佳央様や更科さんも知っていたのだが、里の外れにあるらしい。
手続きをして、里の門を出る。
暫く歩くと更科さんが、
「ここよ。」
と案内してくれた。新築だ。
私は、
「真新しい家ですね。」
と言うと、更科さんが、
「ええ。
雫様と一緒に暮らすのに、長屋はないだろうということで建てる事になったそうよ。
ただ、塀の中は土地が高いから、ちょっと外れた所にしたんだって。」
と裏事情を話した。
私は、雫様だろうと見当は付いていたが、
「誰から、そんな話を聞いたのですか?」
と呆れた体で確認する。更科さんは、
「雫様よ。」
とやはり当たりだった。
玄関の戸は開いているのだが、衝立が置いてあって、奥まで見えないようになっている。
私は家の中に向かって、
「ごめんください。」
と声を掛けた。
すると、奥から女性が出てきた。もちろん、雫様だ。
雫様は、
「珍しいな。
山上もか。
よう来たな。」
と出迎えてくれた。
私は、
「はい。
今日は、蒼竜様にお礼に参りました。」
と言うと、雫様は、
「うちにか?」
と笑いながら返した。少し面食らったが、結婚したから名字が蒼竜になったという事に思い至る。
私は咄嗟に蒼竜様の下の名前が出てこなかったので、
「すみません。
ご主人の方です。」
と言って誤魔化した。雫様は、
「ご主人の方!
山上、分かっとるな。
ええやつや。」
と嬉しそうに言うと、
「雅弘は今、登城しとってな。
戻るんは、夕方や。」
と教えてくれた。そして、
「上がってくか?」
と聞いてきた。なんとなく更科さんの方を見ると、更科さんは、
「なら、今日は帰ることにします。」
と返事をした。雫様が、
「ん?
あぁ、別に山上は男言うても人間やし、雅弘の知り合いや。
大丈夫やろ。」
と引き止めた。また私は更科さんの方を見ると、更科さんは、
「そう言うわけにも・・・。」
と困ったようだ。雫様が、
「別に、佳織ちゃんもおるし、問題ない思うけどな?」
ともう一言。ここまで言われたら、断り辛い。
更科さんは、
「分かりました。
では、ここで待たせていただきますね。」
と折れたようだ。が、雫様は、
「何、言うとんのや。
こないな所で待たせた言うたら、雅弘に怒られるやろが。
はよ、上がり?」
と催促してきた。
私は更科さんの顔を確認してから、
「では、上がらせてもらいます。
あ、そうそう。
こちら、つまらないものですがどうぞ。」
と栗羊羹を渡しながら言った。更科さんが、
「和人?」
と言ってきたので、私は、
「こんなに言われたら、上がらない訳にも行かないでしょう。」
と返した。佳央様も、
「別にいいんじゃない?
佳織ちゃんも気にしすぎよ。」
と少し苦笑いする。
更科さんは、
「そう?」
と言いながら、上がり框の下から桶を取り出し、魔法でその中に水を注ぎ始めた。
桶の場所を知っているのは、私の知らない時に、ここには何度も来ているからだろう。
更科さんが、
「和人、これですすぎして。」
と言ってきたので、私は、
「佳織、ありがとう。」
と言って、上がり框の端の方に腰を下ろし、更科さんが出してくれた水ですすぎをする。
佳央様も別の桶を出し、すすぎを始めた。
懐から手ぬぐいを出して、足を拭いてから上がる。
佳央様と更科さんのすすぎが終わるまで、玄関で待機する。
雫様が、
「じゃぁ、行こか。」
と言って、座敷に案内してくれた。
真新しい障子、真新しい床の間、立派な掛け軸、精巧な透かし欄間。中央には、真新しい机が置いてある。
更科さんが襖の方に移動し、
「これ、借りますね。」
と言って、押し入れを開けて座布団を出す。
雫様も分かっていたようで、
「ええけど、手前の安い方な。」
と返事をする。更科さんは、
「はい。」
と言って、座布団を4枚出して並べていった。
雫様は、
「じゃぁ、これから、茶準備するわ。
ちょっと、待っとってな。」
と言って、部屋を後にする。
すると更科さんも、
「私も、お手伝いしますね。」
と慌てて雫様の後を追う。
座敷に残っているのは、佳央様と私だけだ。
私は黙っているのも何なので、
「やはり、新築となると木の香りが素晴らしいですね。」
と声を掛けてみる。佳央様は、
「そういうのは、家主に言ったら?」
と返されてしまう。私は、
「お世辞ならそうなのでしょうが、そう言うのは抜きですよ。
畳も青々としていますし、藺草のいい香りがします。
新築なら当たり前かも知れませんが、やはり気持ちが良いですよね。」
と言った。佳央様は、
「まぁ、そうね。」
と返す。恐らく、以前にも来ているので、私よりも感動が薄いのだろう。
そう思った私は、
「こちらには、何度くらい来たのですか?」
と聞いてみた。すると佳央様は、
「まだ、数回よ。
家自体も、私達が大峰町とか菅野村に行ってた頃に出来たらしいし。」
と答える。私は、
「やはり、そうなのですか。
しかし、本当に新築は良いですね。」
などと話していると、お盆にお茶を乗せた雫様が戻ってきた。
後ろから、お茶請けのお菓子を持った更科さんも戻ってくる。お菓子は、先程私が渡した栗羊羹だ。
それぞれ湯呑と小皿を配り、全員が座布団に座る。
雫様は、
「それで、さっき雅弘にお礼言うてたなぁ。」
と切り出してきたので、私は、
「はい。
先程、ちょっとした揉め事があったのですが、蒼竜様が口添えをしてくれたおかげで事なきを得まして。」
と簡単に説明をする。雫様は、
「口添えな。
で、何やらかしたん?」
と聞いてきた。私は、
「それが、うっかり、神社の封印を解いてしまいまして。」
と苦笑いで返す。雫様は、
「そりゃ、怒られて当然やな。」
と笑いながら言ったので、私は、
「はい。
ですが、出てきたのが妖狐でして。
化け狐から格が上がっていたものですから、お咎めなしになりました。」
と説明した。だが、更科さんから、
「和人。
それじゃ、初めて聞く人には、何がどうなったかさっぱり分からないわよ?」
と言われてしまった。
しかし、雫様は、
「佳織ちゃんの言う通りや。
が、大体、想像は付いたわ。
まぁ、難儀やったっちゅうこっちゃな。」
と大雑把な内容は理解してくれたようだ。
私は、
「言葉足らずで、申し訳ありません。」
と謝ると、雫様は、
「いや、別にええで。
実害ないし。」
と笑いながら言った。そして、
「それより、この栗羊羹、結構美味いなぁ。」
と話を変えたのだった。
作中、栗金飩が出てきます。
この栗金飩、おっさんは江戸時代に生まれたお菓子だと思っていたのですが、大正生まれという説もあるそうです。
これ、時代考証的にダウトなのかそうでないのか、どっちなんだろうな。。。(^^;)
・栗きんとん
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