格が上がっていたおかげで
* 2023/02/23
誤記を修正しました。
番所に到着した私達は、どうして稲荷神社の前で騒いでいたのか説明をしていた。
暫くして、番所の戸が開き、何度かお会いした事のある体格の良い竜人が入ってくる。
私は、
「これは、不知火様。
本日は、こちらに御用で?」
と聞いた所、見回りの竜人から、
「これっ!
恐れ多いであろうが!」
と怒られた。不知火様が宥めるように、
「よい。」
と見回りの竜人を制する。
しかし、私を軽く睨みつけると、
「又、何かやらかしたそうではないか。」
と文句を言われてしまった。どうやら、私達の騒ぎを聞きつけてやって来たようだ。
私は苦笑しながら、
「はい。
ちょっとした成り行きで、近所の神社に封印されていた妖狐を退治してしまいまして。
丁度、やってきた見回りの竜人に捕まってしまいました。」
と説明をした。不知火様が見回りの竜人に、
「で、どうなのだ。」
と話を振る。見回りの竜人は、
「話を聞く限りでは。
が、どうも腑に落ちぬ点がありますれば・・・。」
と説明すると、不知火様は、
「腑に落ちぬ点か。
が、俺もあらまししか話を聞いておらぬ。
先ずは、どの稲荷だ?」
と確認する。見回りの竜人は、
「谷竜稲荷にて。
が、あそこに封じられているはのは、白い化け狐であったかと。」
と話す。私は、
「妖狐ではなくですか?」
と聞くと、不知火様から、
「口を挟むな。」
と怒られた。佳央様から、
「まぁ、聞きたくなるのは分かるわ。」
と一言。不知火様、佳央様も軽く睨みつける。
が、今度は清川様が、
「化け狐?
あれは、白い妖狐じゃったな。」
と断定する。不知火様は、
「清川様が言うからには、そなのやもしれぬか。
しからば、封ぜられた間に格が上がったか?」
と言うと、少し考え事を始めた。
清川様が、
「・・・格が上がるか。
稀にそのような事があるとは聞くが、珍しいの。
その狐、どのような悪さをしたのじゃ?」
と質問をする。不知火様は、
「それも確認する。
暫し待たれよ。」
と返事をする。これは、念話で誰かと話しているのかも知れない。
清川様も、
「うむ。」
と言うと、目を瞑り静かに待ち始めた。
暫くと言ってから、四半刻ぐらいの時間が流れる。
いつまで経っても不知火様が黙ったままで、じっとしているのが辛くなってきた私は、見回りの竜人に小声で、
「申し訳ありません。
不知火様の邪魔かも知れませんので、暫く外に出ても?」
と提案してみた。だが、見回りの竜人から小さな声で、
「待てと言われておる。
じっとしておれ。」
と却下された。どうやらこの竜人、融通が利かないようだ。
佳央様から小声で、
「外に出たら、逃げるみたいじゃない。」
と指摘される。私は、
「番屋の裏手なり、すぐに声を掛けられる所に出られればと思っただけなのですが・・・。」
と返したのだが、見回りの竜人から、
「今、調べていると言うに、外になど出せるわけがなかろう。」
と言われてしまった。静かだが、厳しい顔付きだ。
私は、
「逃げはしませんよ。
どうせ、住んでいる所もすぐに分かると思いますし。」
と返す。見回りの竜人は、
「それでもだ。
おとなしく待っていよ。」
と融通がきかない。私は諦めて、
「分かりました。」
と納得することにした。
更科さんが小声で、
「佳央様。
まだ掛かりそうだし、本、いいかしら?」
とお願いし、佳央様が、
「ええ。」
と言って、亜空間から本を取り出した。
出てきた本の表紙に、『草』の字が見える。が、草紙物ではなさそうだ。
多分、更科さんは佳央様に、薬草の本か何かを預けていたのだろう。
佳央様が、目を瞑る。
清川様と佳央様は、目を瞑っている。
更科さんは、本を呼んでいる。
見回りの竜人は、棚の書類に目を通し始めた。
が、私にはやることがない。
仕方がないので、私も目を瞑り、気配を消す練習を始める。
番所の外から、人が歩いたり車を引く音が聞こえる。普通の里なら聞こえてくるであろう、子供の声はしない。
普段とは違って、自分の気配が周りの気配に溶けて広がっていくような気がする。自分が消えてしまいそうに感じ、ブルっと震えながら目を開ける。
何故か、皆が一斉にこちらを向く。
私が首を傾げると、佳央様から小声で、
「上手く気配、消せてたわね。
急に気配が戻ったから、思わず見ちゃったわ。」
と理由を説明してくれた。私は、
「これが、気配を消す感覚ですか。
でも、これは怖いですね。
まるで、自分が周囲に溶けてしまう感覚でした。」
と言うと、見回りの竜人が、
「踊りのは、こうなるのは今日が初であったか。」
と朗らか笑い、
「拙者も昔、初めての時に怖かった覚えがある。
が、まぁ、慣れだ。
踊りのは、確か冒険者組合に入っているのであったか。
ならば完全に会得すれば、仕事の幅も広がろう。
よかったな。」
と言ってくれた。
清川様が、
「なんじゃ?
そのようは話が回ってくるほど、番所によくお世話になっておるのか?」
と訝しげに私を見てきた。
私は否定しようと思ったのだが、先に見回りの竜人が、
「そなたは、見ておらなんだか。
踊りのは、地竜との力試しで踊りながら戦ってみせたのだ。
いや、なかなかに面白かったぞ。
有志で、来年もやるかと話しておる者もいるぐらいだ。
そうなれば、どういう人物かも話に出てくるであろう?」
と説明する。
清川様は、
「なるほどの。
里で一目置かれてであったか。」
と納得したようだ。
不知火様がこちらをジロり、怒気を放つ。
私は慌てて、
「少し声が大きかったようで、申し訳ありません。」
と謝った。見回りの竜人も、慌てて頭を下げる。
だが、清川様は鼻で笑い、
「この程度の話し声で集中が切れるようでは、修行が足りておらぬのではないか?」
と苦言を呈し、それを聞いた不知火様が眉間に皺を寄せいたのだが、清川様は構う事もなく、
「それは置いておくとしての。
先程確認してもろうたが、あの封印は元々緩んでおったようじゃの。
そこに、山上の威嚇じゃ。
更に緩み、妖狐となった白狐がこれ幸いと飛び出したのだろうと言っておった。」
と説明した。更科さんが、
「どなたがですか?」
と聞くと、清川様は、
「坂倉様じゃ。
わざわざ、稲荷神社まで足を運んで下さったそうじゃ。」
と答えた。清川様は坂倉様のお付きなので、確認をお願いしていたのだろう。
更科さんがぼそっと、
「手土産を作るのが嫌になったんじゃ・・・。」
と呟く。清川様は少し顔が緩んだが、聞こえなかった振りをして、
「なんでも、結界が下手糞での。
封じられた狐の魂に、思わぬ負荷がかかったのじゃろう。
これが原因で、妖狐に進化したに違いないと言うておった。」
と説明をした。私は、生命に危険を感じるような状況で魂に負荷がかかると聞いていたので、
「その結界が、寿命を縮めるほどの苦痛を与えたという事ですね。」
と言うと、清川様は意外そうな顔をしながら、
「そうじゃの。」
と同意し、
「結界の中に光は疎か、臭いも何も入らねば、耐え難い恐怖を感じるという事もあろう。」
と付け足した。私は、
「なるほど、確かに月のない夜道は怖いですしね。」
と実体験から返してはみたものの、この説明では妖狐が姪の事を知っていた点と矛盾する。
清川様は、その点に気づいてかは判らないが、
「単に魂に負荷がかかる状況というのであれば、恐怖体験の他にも方法はある。
例えば、大切なものを壊されただとか、両親や親しい友人等と無理やり引き離された場合。
お六になれば、尚更であろう。」
ともう一言。私はその言葉を聞いて、
「そう言えばその狐には、姪がいたと言っていましたよね。
その姪というのが、先日、私が退治した妖狐だと言っていましたし・・・。」
と同意した。清川様は、
「うむ。
何らかの手段で姪が退治された話を聞き、負荷がかかったのやも知れぬの。」
と解説する。これは、私が原因ということか?
私は複雑な気分になり、
「だとすれば、あの狐を退治しなければ、今回の狐も妖狐にはならなかったかもしれないという事ですか・・・。」
と項垂れた。清川様が、
「気にせずとも良い。
そもそも、前のは討伐せねば、将来かなりの被害を出した筈じゃ。
今回の件も、大した被害もない。
上々であろうよ。」
と励ましてくれた。
私は、
「頭では分かるのですが・・・。」
と返す。
不知火様が、
「メソメソするな。
みっともない。
さっき聞いた見聞によれば、化け狐を仕置で雑に封印したのが主因だそうだ。
妖狐になったのも、確認が取れた。」
と説明した。私は、
「その・・・。
どうして、仕置で狐を神社に封印したので?」
と清川様に聞くと、清川様は、
「なんじゃ。
知らんのか?
参った者にご利益を与える事で、罪滅ぼしさせておるのじゃ。
その間、他所に行かぬよう、封印しておる。」
と答えてくれた。私は、
「そういう事でしたか。
教えてくれて、ありがとうございます。」
とお礼を言う。
私は、
「それで、清川様が聞いていた話ですが、あの狐はどのような事をやったのでしょうか?」
と質問した。すると不知火様は、
「馬の糞を妖術で団子に変え、売って歩いていたそうだ。
が、売った金で子供に美味いものを食わせてやっていたと言うから、健気ではないか。
ゆえに、暫く封じて、反省を促す事としたそうだ。」
と答えた。このような話を聞くと、罪悪感を覚えずにはいられない。
更科さんが、私の頭を撫でくれた。
不知火様が苦笑いしながら、
「あと、もう一つだがな。」
と言うと、
「山上は、蒼竜にもちゃんと礼を言えよ?
本来、封印が緩んでおったとは言え、解いてしまったのだ。
俺は、一月くらいは手鎖と考えていたが、蒼竜が妖狐の害が出る前に討伐できたことと相殺して余りあると主張したのだからな。」
と不服そうな顔で続けた。
私は、
「そうでしたか。
では早速、お礼に伺おうと思います。」
と返すと、不知火様から、
「今回は不問となったがな。
多少は反省したのなら、もう、町中での威嚇は使うなよ。
余程のことがない限りだがな。」
と言ってこの件を締めくくったのだった。
作中の番屋は、自身番の詰所となります。大体、土間と奥に畳を敷いた部屋がありました。
自身番は、町内の見回りを行う自警団の一種となります。奉行所ではなく、町人自身で運営していたそうです。
あと、清川様が言っていた『お六』というのは、お亡くなりになる事を指して言う女房言葉です。
亡くなった人に『南無阿弥陀仏』と念仏を唱えますが、この文字数が六字なので、死ぬ事を指して『六字』と言っていたそうです。そして、六字の女房言葉が『お六』と言う訳です。
随分前の『再計測』の後書きでも、チラリと説明していますね。(^^;)
・番屋
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・自身番
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