様子見
翌朝、ご飯を食べ終わった時の事。
突如、清川様が、
「昨夜、坂倉様と話したのじゃがな。
山上よ。
今日は、昨日の稲荷神社まで案内せい。」
と言ってきた。
私は昨日のことを思い出し、
「祓いに行くのですか?」
と聞いた。だが、清川様は、
「いや、様子見じゃ。
余程の事があれば、別じゃがの。」
と答えた。
私は古川様も来るのだろうかと思い、
「二人だけですか?」
と質問したのだが、清川様は勘違いしたようで、
「なんじゃ。
二人も呼びたいのか?」
と厳しい顔で聞き返された。
私は慌てて否定しようと思ったが、先に佳央様から、
「不都合でも?」
と清川様に笑顔を向けて言った。
清川様は、
「見えぬものを連れて行っても、邪魔となろうが。」
と呆れた様子。佳央様は、
「気配は感じたわ。
何かあっても、避けるくらいは出来るわよ?」
と反論する。更科さんも、
「私も、昨日は見えるかと聞かれたから見えないと答えたけど、気配は感じました。
なので、私も危なくなれば逃げるくらいは出来ると思います。」
と付いてくる気のようだ。
清川様が、
「山上はどう考える?」
と聞いてきたので、私は、
「恐らく、佳央様は大丈夫と思います。
ただ、佳織は・・・どうでしょうか。
よく、解りません。」
と正直に答える。更科さんが私の方を見て、頬を膨らませる。
清川様は、
「そうか。
ならば・・・、そうじゃな。
これが見えるようなら、良いじゃろう。」
と手を差し出した。
更科さんが、
「気配がありません。」
と答える。私も魔法で見たが、何もなさそうだ。
清川様は、
「本当にそうか?」
と聞きながら、掌に本当に薄く呪いを出し始めた。
佳央様が、
「今出して、狡くない?」
と少し起こり気味に言う。
すると清川様は、
「試しただけじゃ。
まぁ、この感じならば、二人とも大丈夫そうかの。」
と同行を認めた。どうやら二人が気づくか、わざと途中から出したようだ。
続けて清川様は、
「じゃが、あまり近づかぬようにの。
下手をして、狐憑きになってしもうても困るからの。」
と注意を促す。
佳央様は、
「分かってるわよ。」
と自信あり気に答え、更科さんも頷いた。
支度をして、お屋敷の外に出る。
他の人は普段と変わらない様子だが、更科さんだけ、久しぶりに錫杖のようなものを持っている。
私は、
「錫杖ですか?
町中なのに珍しいですね。」
と聞くと、更科さんは、
「ええ。
念の為よ。」
と答えた。清川様が、
「用心に越したことはない。
よい心掛けじゃな。」
と褒めると、更科さんは、
「これには、少しだけ魔除けの効果もあるそうですから。」
と付け加える。清川様は、
「ん?
まぁ、無きにしも非ずと言ったところかの。」
と苦笑いしている。この感じだと、どうやら魔除けの効果は薄そうだ。
佳央様が、
「歩かない?」
と移動するように促してきた。私も尤もだと思い、
「すみません。
そうしましょう。」
と謝ると、清川様も、
「そうじゃの。」
と言って歩き出す。
途中、民家の柿の木の下にある古い高札が目に入る。
高札に書かれている文字は、上の方は読めるのだが、下の方は消えかけている。
私は、
「ここの柿は有名なのですか?」
と佳央様に話を振ってみた。すると佳央様は、
「さぁね。
どうして?」
と聞いてきた。私は、
「さっきの高札に、『この柿、盗るべからず』と書いていましたから。
わざわざ、竜人が盗みたくなるような柿という事は、顎が落ちる柿なのかと思いまして。」
と答えると、佳央様は、
「こじつけね。
単に、ケチなだけじゃない?」
と首を捻った。どうやら、そう言うわけではないようだ。
暫く歩いていると、更科さんが、
「実はね。
あの、お稲荷様。
時折、見えないことがあるのよ。」
と話し始めた。私は、
「そんな事があるのですか?」
と聞くと、佳央様も、
「単に意識してないだけじゃないの?」
と質問する。だが、更科さんは、
「私も、最初はそう思ったの。
でも、たまに意識してても見えない事があるのよ。」
と答えた。私は、
「不思議なこともあるものですね。」
と言うと、更科さんも、
「そうなのよ。」
と頷きながら同意する。
清川様は、
「ふむ。
時折、そのような神社があるとは聞いておる。」
と言うと、更科さんが、
「やっぱり、見えなくなる事があるのですね。」
と返す。私は、
「何か、カラクリがあるのですか?」
と聞くと、清川様は、
「うむ。
恐らくは何者かが、結界を張っておるのじゃろうな。」
と答えた。佳央様が、
「なるほどね。」
と答える。清川様は、
「山上は、これがどういった結界か分かるか?」
と聞いてきた。そのまま、神社が見えなくなる結界だと答えよう思ったが、それならば質問はしないだろうと思い直す。
私は、
「そうですね・・・。」
と言いながら、今まで見聞きした結界を思い出していく。
まずは、ニコラ様が使ったという、物を通さない結界魔法。これは違っていそうだ。
次に、竜帝城の地下牢の、魔法を阻害する結界。これは間違いなく違うだろう。
後は、まやかして立ち入らせないようにする結界。以前、恐らくはこに手の結界のせいで、蒼竜様が私達の作った横道を見つけられずに行き過ぎてしまうという事もあった。状況的に考えて、これは近そうだ。
そう言えば蒼竜様は、音を通さない結界というのも使っていた。だが、これは明らかに違っていそうだ。
私は、
「人が立ち入らないように、まやかしてしまう結界というのがあったと思います。
これではないでしょうか?」
と答えた。更科さんがニコニコしているので、恐らくは正解なのだろう。
清川様も、
「うむ。
当たりじゃ。
よく出来たのう。」
と褒めた後、
「まぁ、結界と言えば基本はこれじゃし、判って当然か。」
と余計な一言を付け加える。
こんな感じで雑談をしながら歩き、問題の小路に入る。
微かに、聞き覚えのある子供の声がする。
『あれっ?』
『あっちから来た!』
『隠れなきゃ!』
私は、
「この声です。」
と清川様に言ったのだが、清川様は、
「?
何も聞こえぬが。
気のせいではないか?」
と首を傾げた。私は、
「いえ。
でも確かに、何か聞こえましたよ。」
と言いながら歩くと、また、
『こっちに来るよ?』
『ホントだ!』
『しっ!』
と声がする。私は、
「ほら、聞こえませんか?」
と言いながら魔法で見ると、薄っすらと例の呪いが見えた。
私は、
「あそこです。」
と指を差すと、清川様は、
「ん?
おぅ。
確かに、おるの。
あのような弱いもの、よく見つけたものよ。」
と感心している。今度は、
『見つかっちゃった!』
『どうしよ!』
『隠れなきゃ!』
と聞こえたかと思うと、更科さんが、
「あれっ?
稲荷神社、見えづらくなってない?」
と言い出した。佳央様が、
「結界で隠そうとしてるみたいね。
でも、さっきまで注目してたから。」
と説明する。清川様は、
「術者の方は、なかなかの使い手のようじゃの。」
と感心する。私は、
「どうしましょうか?」
と聞くと、清川様は、
「巫女様からも、丁度良い実戦となるじゃろうと言われておる。
まずは、あの結界を解いてみよ。」
と指示が出た。私は、
「どうやれば宜しいので?」
と聞いた所、清川様は、
「先ずは、自分で考えよ。
山上も、やったじゃろう。
その応用じゃ。」
と答えた。私は、
「応用ですか?」
と聞くと、清川様は、
「情報を引き出そうとするでない。
自分で考えよ。」
と笑いながら、軽く怒られてしまった。
私は、
「分かりました。」
と答えたものの、見当も着かない。
どうすれば、あの結界を解くことができるのか。
清川様が言うには、今までの応用で解くことが出来るらしい。
私は、それだけを頼りに、結界を解く方法を考え始めたのだった。
作中、(後書きのネタで出したのが見え見えですが)高札が出てきます。
木板に伝えたいことを書いた立て看板で、作中のは私的な高札ですが、明治以前は、法令を庶民に通知する公的な高札(お触れ書き)が多くありました。
この高札の文章、寺子屋の書き取りでも使われていたのだとか。
あと、「顎が落ちる」いうのは大変美味しいという意味となります。
最近、『ほっぺたを落ちる』という表現はよく見かけますが、『顎を落ちる』というのはあまり見かけないなと思って使ってみました。
・高札
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%AB%98%E6%9C%AD&oldid=81452960
・触
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%A7%A6&oldid=81229082




