待ちに待った昼食
道場に差し込む光の加減から、そろそろ巳の刻ではないかと思われる頃の事。
後ろから、小さくキュルルッと音が聞こえ出した。
きっとムーちゃんが古川様と、難しい話をしているのだろう。
小さく音を絞っているのは、私に配慮してなのかも知れない。
そう思っていたのだが、清川様が、
「古川よ。
もう少し、鳴らさぬように出来ぬか?」
とお願いをした。
古川様の方を振り向いてみる。
ムーちゃんは鳴いている様子もないのに、またしても小さくキュルルルッと音がする。
どうやら、先程からの音は古川様のお腹の音だったらしい。
古川様が、
「ごめん・・・なさい・・・。
・・・無理。」
と拒否。と言うか、古川様のいう通り、普通は無理だ。
確か朝食の時、古川様に憑依した巫女様が少なくていいと申し出ていた。
これが原因なのは間違いないから、古川様は悪くない。
清川様も分かっているようで、
「まぁ、そうであろうが、気になって仕方がない。
山上、午前はここまでじゃ。」
と午前の修行を打ち切ることとなった。
古川様が、
「ごめん・・・なさい・・・ね。」
と謝ってきた。
私は、
「仕方がありませんよ。
あれはきっと、誰がとは言いませんが、古川様は悪戯を仕掛けられたのでしょうから。」
と苦笑いで返す。古川様は、
「それならなおの事、・・・こちらの都合だから・・・ね。」
とすまなさそうな顔をする。私は、
「いえいえ。
私も、今日の座学は少し難しかったので、瞑想でもして少し頭を整理したいと考えていたところでした。
なので、全く気にすることはありませんから。」
と笑顔で答えた。清川様が面白くなさそうな顔をしたが、方便と分かっているのだろう。巫女様が原因だからか文句を言う様子もない。
道場から座敷に移動する。
座敷に入ると、既に佳央様と更科さんが座って雑談をしていた。
私達に気がついた佳央様が、
「早かったわね。」
と声をかけてきた。
私は真相を言うわけにもいかないと思ったので、
「たまたま、切れが良くなりまして。」
と適当に返事をしたのだが、古川様から小さな音が・・・。
佳央様が、
「なるほど?
そう言うことにしておくわ。」
とにこやかに笑った。
私は、
「ところで、今日のお昼は何でしょうかね。」
と話題を変える。
佳央様は、
「さあ。
もうすぐ出てくるから、分かるんじゃない?」
と言ってきた。興味がないのだろう。
私は話題を変えたかっただけで、本当に知りたかった訳でもないので、
「そうですね。」
と軽く返す。
古川様が、
「お味噌汁の匂い・・・ね。」
と言うと、すぐに下女の人がやってきてお膳を運び入れてきた。
まだお昼には早いはずだが、下女の人が気を利かせてくれたようだ。
膳の上には、ご飯と茸のお味噌汁、大根葉のお漬物。この他に、油揚げと蒟蒻の煮物、後は卵豆腐も並ぶ。
私は、
「それでは、早速いただきましょうか。」
と言うと、佳央様も古川様をチラ見しつつ、
「そうね。」
と同意し、昼食が始まる。
古川様には、待ちに待った昼食だったのだろう。
所作は大変綺麗なのだが、すごい勢いで白米を口に運んでいた。
清川様から、
「もう少し、ゆっくり食べられぬか。」
と指摘されて、古川様は顔を赤らめる。
古川様はしまったという表情をすると、
「そう・・・ね。」
と言って、ゆっくりと食べ始る。
私は話題を変えようと、
「卵豆腐、美味しいですよね。」
と話を始めると、更科さんが、
「うん。
でも私、小さい頃に卵豆腐をご飯にかけて食べたら怒られたのよね。」
と昔話をした。私は、
「そうなのですか?
でも、確かにそうしたら美味しそうですね。」
と笑って答える。更科さんが、
「あれ?
和人はやってないの?」
と不思議そうに聞いてきたので、私は、
「実家では、卵豆腐は出て来ませんでしたので。」
と返事をした。更科さんは、
「そっか。
お家によって、出る出ないって有るわよね。」
と納得したようだ。
私は、
「はい。
私の実家は、鶏は飼っていませんでしたし。」
と付け加える。佳央様が、
「家も、何かを掛けて食べたら怒られたわね。」
と苦笑いした。私には無縁だったが、育ちが良いと、恐らくご飯に何かを掛けて食べたら怒られるのだろう。
私は、
「私の実家では、夜、ご飯にお湯を掛けて食べていましたよ。」
と言うと、古川様が、
「実家も・・・そうだった・・・よ?」
と同意する。
佳央様が、
「ふ〜ん。
でも、和人の家に行った時は、ちゃんと炊いていなかった?」
と不思議そうに聞いてきた。そういえば佳央様が実家に来た時、夜だったがご飯を炊いていた。
私は、
「あれは、佳央様や更科さんがいたからですよ。」
と言うと、佳央様は、
「あぁ、なるほどね。」
と納得したようだ。
更科さんが、
「卵豆腐で思い出したんだけど、黄身返し卵って知ってる?」
と聞いてきた。私は、
「さあ。
私は初めて聞きましたが、どんな物ですか?」
と質問で返す。更科さんは、
「うん。
見たら、驚くわよ?
ゆで卵の白身と黄身が入れ替わってるんだから。」
と楽しそうに説明する。清川様が、
「あまり聞かぬ料理の名じゃな。」
と言うと、古川様も、
「私も・・・初めて聞くわ・・・ね。」
と興味を示した。佳央様が、
「じゃぁ、作れるならお願いしてみるわね。」
と言うと、清川様と古川様は、
「うむ。」
「宜しく・・・ね?」
と楽しみにしているようだ。私も、
「お昼を食べて早々ですが、私も早く晩御飯になって欲しいものです。」
と言ったのだが、佳央様から、
「今晩、出来るとは限らないからね。」
と苦笑い。清川様からも、
「そもそも、それでは午後の修行はどうでも良いようではないか。
もう少し、言い方を考えよ。」
と怒られてしまった。
私は、
「申し訳ありません。
白身と黄身がひっくり返った卵なんて、想像しただけで面白そうだったのでつい。」
と清川様に頭を下げ、佳央様にも、
「佳央様も、それもそうですよね。
お勝手の人達の中に、作れる人がいるとも限りませんし。」
と返す。佳央様が、
「まぁ、楽しみにしている気持ちは分かるけどね。」
と一言。清川様も、
「そうじゃな。」
と同意したのだった。
いつ出てくるかは分からないが、そのうち出てくるに違いない。
私は早くも、ウキウキした気分になるのだった。
作中、卵豆腐が出てきますが、こちらは現代の卵豆腐とは違います。
『万宝料理秘密箱 卵百珍』という百珍物に出てくるのですが、朧豆腐、卵、味醂をよく混ぜて蒸して作るそうです。
現代の溶き卵に出汁を加えて蒸したものですから、食感初め、随分と違うと思われます。
おっさんも結構好きなのですが、卵料理はコレステロールが多いということで、最近は食べていなかったりします。(--;)
※最近はコレステロールの量が多い食材よりも、食べすぎや砂糖の摂取の方が効いているのではないかという噂を耳にしますが。。。
あと、江戸時代のご飯ですが、江戸では日に1度炊くだけだったので、朝炊けば夜は冷や飯になります。このため、普通に湯漬けや(煎茶が普及した後は)茶漬けが食べられていたそうです。(関西では、お昼にご飯を炊いていたそうですが)
作中、よく毎食ご飯を炊いている描写がありますが、あれは時代考証すればNGということですね。(^^;)
最後、黄身返し卵は、万宝料理秘密箱に出てくる料理ですが、長らく再現できないとされていたそうですが、近年、違う方法で再現できたとされています。
万宝料理秘密箱の方法でこれを本当に作ることが出来るのかという点は、気になるところです。
・玉子豆腐
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%8E%89%E5%AD%90%E8%B1%86%E8%85%90&oldid=83657369
・卵豆腐
http://codh.rois.ac.jp/edo-cooking/tamago-hyakuchin/recipe/053.html.ja
・湯漬け
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%B9%AF%E6%BC%AC%E3%81%91&oldid=81806315
・茶漬け
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%8C%B6%E6%BC%AC%E3%81%91&oldid=84664142
・黄身返し卵
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%BB%84%E8%BA%AB%E8%BF%94%E3%81%97%E5%8D%B5&oldid=84955661
・黄身返したまご|日清チキンラーメン
https://www.chickenramen.jp/special/kimigaeshi/
※万宝料理秘密箱に出ている作り方とは違う点には注意
もう一つ、おっさん、明日は休みじゃないので次は週末の予定です。
あしからず。。。(^^;)




