二日酔い
汚い話があるので、お食事中の人はゴメンナサイ。
翌日、私は佳央様の奥の部屋で目が覚めた。
例によって、三人で川の字だ。
いつもの朝なのだが、少し頭が痛い。
昨日、飲みすぎて二日酔いになったようだ。
そういえば、昨晩は途中から記憶がない。最後に憶えているのは、芋羊羹を食べて、この材料の芋の話で盛り上がった事なのだが、そこからどうやって布団まで辿り着いたのか。
何れにしても、連れて帰ってもらったのであればお礼を言う必要があるだろう。他の人が起きたら確認しよう。
そんな事を考えていると、急に近くなったので、厠に急ぐ事にする。
廊下に出ると、あちこちから雨戸を明ける音がする。
下女の人達が、日の出前から朝支度をしているのだろう。
お陰で、お勝手まで大回りしなくとも、沓脱ぎ石の所から厠に行く事が出来そうだ。
途中、廊下で目眩がし倒れそうになる。右足をぐっと前に出して、なんとか踏みとどまる。このフラつきは、二日酔いと言うよりも睡眠不足といった感じか。
このままでは不味いので、立ち止まってしゃがみ込む。若干の吐き気もある。
が、しゃがみこんでも、近いのは変わらない。
立ち上がろうとしたが、またしても目眩が・・・。
無様だが、しゃがんだ状態で少しずつ足を動かして厠に向かう。
縁台まで辿り着き、草履の場所を確認する。下を向いたことで、吐き気が強くなったので、慌てて上を剥く。
草履の場所は分かったので、縁台に腰を下ろし、草履を履く。
ゆっくりと、沓脱ぎ石を降りる。
もうすぐ日の出だからなのだろうか。庭木で騒いでいる鳥の囀りが鬱陶しい。
しゃがんだまま飛び石をつたい、柳や井戸の横を通ってなんとか厠に辿り着く事ができた。
上も下も我慢の限界。ここまで保った自分を褒め讃えたい。
なんとか厠に入り、穴をまたいで着物をまくりあげる。褌はもう外すのは諦めて、少しずらして横から用を足す。
下の次は上の方も出さねばならない。
少し後ろに下がり、厠の穴を覗き込む。
下から昇ってくる臭いが、気持ち悪さに輪をかける。思わず、側の籾殻を掴み取り、穴の中に撒く。
気を取り直して、穴を覗き込み、吐けるものは吐いてしまう。
暫くして、外から声がかかった。
「和人よね?
大丈夫?」
更科さんだ。
私は少し落ち着いたので、
「はい。
昨日は少し、飲みすぎたようで。
迷惑はかけていませんか?」
と聞いてみた。更科さんは、
「?
昨日は普通だったわよ。
部屋に入った途端、着替えもせずに布団にバタンとそのまま寝ちゃったけど。」
と説明した。私は、
「それならいいのですが。
実は、自分ではそんなに飲んだと思っていませんでしたが、途中から記憶がなくなっていまして・・・。」
と説明した。更科さんは、
「そうなの?」
と不思議そうに言った。私はいそいそと籾殻を撒いて立ち上がり、手を洗って厠の外に出た。
私は、
「すみません、お待たせしてしまって。」
と謝った。更科さんは、
「別に良いわよ。」
と言いながら、厠に入っていく。
まだ二日酔いが残っているので暫く井戸の所で休んでいると、厠から更科さんが出てきた。
更科さんは、
「あれっ?
待っててくれたの?」
と声をかけてくる。私は、
「いえ、ちょっと休んでいまして。」
と返事をすると、更科さんは、
「二日酔いよね。」
と確認しながら、白魔法をかけてくれた。
少しだけ、二日酔いが楽になる。
私は、
「ありがとうございます。」
とお礼を言うと、更科さんは、
「良いわよ別に。」
と言いながら、機嫌が良さそうに私の手をとって、
「戻ろっか。」
と歩き出した。私も、
「はい。」
と言ったのだが、途中、お勝手に向かう飛び石に進み始めた。
私は、
「そっちですか?」
と聞くと、更科さんは、
「二日酔いには白湯がいいって聞くから、そこでもらいましょうね。」
と答えた。私は、
「なるほど、そう言うことですか。」
と納得し、
「なら、梅干しも貰おうと思います。」
と付け加える。二日酔いに梅干しがいいというのは、前に千代ばあさんから教わった話だ。
更科さんは、
「梅干しね。
分かったわ。」
と頷き、私達はお勝手に移動する。
お勝手に着くと、扉が少し開いていたので、中の様子を窺うことが出来た。
お勝手では、下女の人が朝食を作っている。
その中の下女の一人が私達に気づいたようで、
「おや。
何か用かい?」
と声をかけながら扉までやってくる。
更科さんが、
「ええ。
和人が二日酔いらしくて。
悪いけど、白湯と梅干しを貰えないかしら。」
と簡単に説明してお願いする。
下女の人は、
「二日酔いかい。
少し待ちな。」
と言って、いそいそと土間の奥に向かった。
机の上にお盆を出し、白湯と梅干しを準備する。
そして更科さんに、
「ほら。
早く良くなるといいな。」
と言いながらお盆を渡す。
更科さんと私は、
「ありがとうございます。」
「助かります。」
と声をかけ、更科さんにお盆を持ってもらった状態で、私はその場で白湯と梅干しをいただいた。
更科さんが、
「これで、暫くしたら良くなるわね。」
と笑いかけてきたので、私も、
「はい。」
と笑顔で返す。お盆を返し、佳央様の部屋に戻る。
佳央様が、
「二人で、やけに長かったわね。
何かあったの?」
と聞いてきた。私は、
「実は昨晩、どうも飲みすぎたみたいで、二日酔いになってしまいまして。
それで、さっきお勝手で白湯と梅干しを頂いたのですよ。」
と簡単に事情を説明する。
佳央様は、
「あぁ、それで長かったの。
早く良くなるといいわね。」
と心配してくれたで、私も、
「はい。
更科さんから、白魔法もかけてもらったので、すぐに良くなると思います。」
と笑顔で答えた。佳央様が、
「その様子なら、もう大丈夫そうね。」
と笑顔で返す。私は、
「まぁ、大体は。」
と答えた。
暫くして、朝食を摂るためにいつもの座敷に向かう。
座敷に入って少し待っていると、下女の人が朝食を運んできてくれる。
いつもよりも大きな器には、粥が入っていたのだが、普通の粥とは少し色が違う。大豆や栗も入っているようだ。
量が多かったからか、古川様が、
「少なめでよいぞ。」
と頼んでいる。下女の人が、慌てて器を持って下がっていった。
私は、
「これは?」
と聞くと、更科さんが、
「茶粥ね。」
と教えてくれた。私は、
「ちゃがゆですか。」
と繰り返すと、更科さんは、
「うん。
お茶で炊いたお粥よ。」
と説明してくれた。佳央様が、
「家は前日宴なら、大体これよ。」
と付け加える。
私は、
「そうなのですか。
確かにこれは、二日酔いの時には良さそうですね。」
と感想を言う。
下女の人が、古川様の粥を持ってきた。
古川様は、
「すまぬの。」
とひと声かけ、下女の人が笑顔で下がっていく。
古川様が、
「なんじゃ。
山上は、二日酔いか?」
と言ってきた。この喋り方からして、今朝の古川様には、巫女様が憑依しているようだ。
昨日で解呪も一段落したので、暇なのだろうか。
私は、
「はい。
もう随分と良くなりましたが、まだ軽くだけ違和感があります。」
と正直に答えた。古川様は、
「なるほどの。
まぁ、どうせ放おっておけば、治るじゃろう。」
と言って早速粥を食べ始めた。
私も、
「そうですね。」
と言って、粥を食べ始める。
膳が下げられた後、私はふと気になったので、
「古川様、今日はそのまま修行を始めるのですか?」
と質問をした。
古川様は、
「いや、これから別の用事があっての。
どうやら、今日はここまでのようじゃ。」
と言って気配が変わる。
古川様が、
「・・・あれ?
私、・・・朝食は・・・まだ?」
と惚けた事を言い出した。一同、思わず笑いを噛み堪える。
粥だったので、恐らく、あまり腹に溜まった感じがなかったのだろう。
清川様が、
「さっき食べたであろうが。
呆け老人でもあるまいに。」
と言ったのだが、古川様は、
「そう・・・なの?」
と納得がいかないようだ。佳央様が、
「茶粥よ。」
と言うと、古川様は何とも言えない顔で、
「そう・・・なので。
で、・・・本当は?」
とやはり納得がいかないようだ。佳央様は、
「土間に行けば、今頃食器を洗ってるんじゃない?
足りないなら、何かもらってくれば?」
と言うと、下女の人が抹茶を運んできた。
これは、修行の前に濃いお茶を飲めば眠気覚ましになるからと、私がお願いしたものだ。
それを見た古川様は、
「そう・・・。
食べたの・・・ね。」
と、ようやく納得したようだ。
今頃思い出したのだが、そういえば古川様は配膳の時、少なめにして欲しいと頼んでいた。
あの時、すでに憑依していたのだとすると、巫女様の本体は少なくてよかったが、古川様は普通が良かったということなのだろうか。
私は、今日の古川様は、お昼まで保つのだろうかと心配になったのだった。
作中の茶粥は、お茶で炊いた粥または雑炊です。具として小豆や栗、芋などを入れる事もあるそうです。
茶粥は古来からある食べ方ですが、江戸時代の江戸では、奈良茶として売られたそうです。これが、だんだんと汁気が減っていき、奈良茶飯に変わっていったのだとか。東海道中膝栗毛に登場した事でも有名になった模様。
もう一つ。
本話、後から読み返して『惚ける』が出てきた時、『惚ける』『惚ける』『惚ける』のどの読みで書いたのだったか分からなくなるといった事がありまして。
この漢字、なるべく忘れずにルビ振りしないとなと思ったおっさんでした。(^^;)
・茶粥
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・奈良茶飯
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