新たな作物になるか?
庄内様が禁酒を言い渡されていたにもかかわらず、『亜空間』から口の中に直接酒を出して飲んでいたことが発覚しての一騒ぎが落ち着く。
中居さんが外から声をかけ、最後の品を運んでくる。
お皿には、拍子木ではないが、四角い角柱状に切りそろえられた見たことのない黄色い物体。
私は更科さんに、
「佳織、これが何か知っていますか?」
と聞くと、更科さんは、
「ええ。
芋羊羹ね。
甘藷を蒸して裏ごしした後に、形を整えるそうよ。」
と説明してくれた。私は『かんしょ』も分らなかったので、
「『かんしょ』と言うのは?」
と聞くと、更科さんは、
「ええっと・・・。
南の方で取れるお芋だったかしら・・・。」
と記憶に曖昧なようだ。横山さんが、
「そうね。
確か、水はけの良い所で育ててた筈よ。」
と肯定する。私は、
「里芋は水がたっぷないと育たないのに、不思議な芋ですね。
そもそも、種類が違うのでしょうか?
それと、この芋は温かいところじゃないと、育たないのでしょうか?」
と質問したのだが、横山さんは、
「さあ。
農業の専門家じゃないから、ちょっと分からないわね。」
と知らないようだった。私は、
「そうですか。
村で水が引けない所でも育ってくれるなら、新たな作物として使えるかもと思ったのですが・・・。」
と残念に思いながら話しをする。
他に知見のある人はいないかと思い、蒼竜様に顔を向けてみる。
蒼竜様は、
「どうした?」
と普通に聞いてきた。私は知っているのかも知れないと思い、
「『かんじょ』というものについて聞きたいのですが、ご存知ですか?」
と聞いてみた。蒼竜様は、
「芋か。」
と答えた。私は、
「はい。
なんでもこの『かんじょ』は水が少なくても育つそうなのですが、この辺りでも育つものなのかと思いまして。」
と尋ねてみる。すると蒼竜様は、
「育つぞ。
里でも、少量だが作っておるからな。」
と答えた。南が産地と言っていたのに、ここでも育つのか。
私はそう思うと、
「作っているのですか?」
と聞かずにはいられない。蒼竜様は、
「うむ。
里には、いろいろな作物を育てる研究をしている所があってな。
そこで交配を繰り返しては、よりよい物に品種改良をしておる。」
と説明してくれた。私は、
「そんな所があるのですか。
もし可能でしたら、そこに行ってみたいのですが。」
とお願いすると、蒼竜様は、
「それは良いが、今は時間もあるまい。
仮の修行が終わった後であれば、連れて行っても良いぞ。」
と返事をする。私は、
「ついでに、種芋もあると嬉しいのですが。」
とお願いしたのだが、蒼竜様は、
「それは、分らぬな。
そもそも、どのくらい育てておるかも分らぬ。
まぁ、行った時に聞いてみる事だ。」
と流石に約束はしてもらえなかった。
私は、
「分かりました。
ただ、事前に伝えておいてもらえないでしょうか?」
とお願いすると、蒼竜様は、
「まぁ、伝えるだけならよいか。」
と頷いた。雫様が、
「この芋、確か、酒にもなるんやろ?」
と蒼竜様に質問すると、何故か庄内様が、
「うむ。
芋焼酎と言うそうじゃ。
癖はきついが、慣れれば絶品じゃと聞く。」
と答えた。坂倉様が、
「あれは、確かに癖が酷いの。
妾も飲んだが、どうも香がの・・・。」
と眉間に皺が寄る。
古川様が、
「そうか?
確かに独特ではあるが、微かに果物を思わせる香りも混ざっておって、面白かったがの。
口当たりも良かったと思うたが。」
と不思議そうに話す。
酒談義なら、田中先輩だろうと思い、
「田中先輩は、飲んだことはあるのですか?」
と聞くと、田中先輩は、
「まぁな。
あれは、酔いたい時にはいい酒だな。
割って飲んでるやつもいたがな。」
と話はするものの、あまり乗り気ではない。私は、
「何かあったのですか?」
と聞くと、田中先輩は、
「いやなに。
あれは酒精がきついだろ?
だから、あれだ。
・・・女と別れた後に飲む事が多くてな。
どうも、いい思い出がない。」
と苦笑いした。横山さんも同席しているし、これ以上聞かないほうが良さそうだ。
そう思い、私は短く、
「そうだったのですか。
すみません。」
と軽く謝っておく。
私は次の話題に変えようと思ったのだが、先に古川様が、
「まぁ、そう言う酒もあるじゃろうがな。
今日は祝いの席。
しんみりしたのは、なしじゃ。」
と扇で周りを扇ぐ。
恐らく、場の雰囲気を変えようという意図なのだろう。
庄内様が、
「それで、芋焼酎の美味しい飲み方とかはあるのですか?」
と質問すると、古川様は、
「そうじゃな。
そのまま飲むだけが、芋焼酎ではない。
水で割るもよし。
湯で割るもよし。
水で割って、馴染ませてから燗にするのもよしじゃ。
梅を入れるのも定番かの。」
と話した。庄内様は、
「なるほど、今度飲む機会があれば、全部試してみます。」
と言ったのだが、古川様は、
「そもそもそちは、禁酒じゃろうが。
何を寝惚けた事を抜かしておるのじゃ。」
と呆れた口調で言う。
庄内様は、
「そうは言うとも、今後、断れない酒の席もありましょう。
南方に行けば、出てくるものが芋焼酎やも知れますまい?」
と説得を試みているようだ。古川様は、
「どうじゃろうか。
そもそも、南方から呼ばれる機会もないからの。」
と反論する。庄内様は、
「確かに、今は南方から呼ばれる機会はほとんどありませぬ。
ですが、無いならそちらに宣伝するまで。
さすれば、呼ばれる事もありましょう。」
と真面目に答える。古川様は、
「まぁ、行くにしても遠いからの。
宣伝はせずとも良いぞ。」
と感情が入っていない。
庄内様は、
「巫女様が行きたくないのでしたら、仕方ありませぬな。」
と言った後、慌てて、
「・・・古川様じゃったな。」
と言い直した。これはいよいよ酔いが回ったのかもしれない。
まだ『様』が残っているが、突っ込んではいけないのだろう。
古川様は、
「これじゃから、酒の入った庄内は安心できぬのじゃ。」
と困った笑いを浮かべた。
それから、暫く楽しくお酒を飲んでいた筈なのだが、・・・この日はこの辺りで記憶が無くなったのだった。
作中、芋羊羹が出てきますが、江戸時代として時代考証するとNGとなります。
この芋羊羹、まるで昔から有るような顔をしていますが、実は今の形になったのは明治に入ってからなのだそうです。
あと、芋羊羹の材料として上がっている甘藷は、薩摩芋のことです。
・芋羊羹
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・サツマイモ
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