一番良かった時の劣化版か
* 2022/01/28
誤記や言い回し等を修正しました。
料亭のお座敷に料理が運ばれてくる。
先ずは、小鉢だ。
大根と人参、干し椎茸の煮物に、軽く茹でた三つ葉が乗っており、白地に藍色の器とも相まって彩り良く丁寧に盛り付けてある。
禁酒と言われた庄内様以外には酒も運ばれ、宴が始まる。
横山さんが、
「それでゴンちゃん、どうだったの?」
と漠然とした質問をする。
田中先輩は、
「あぁ、今、3割くらいだと聞いたがな。」
と答えた。
私は、二人で前々から話をしていたから、この聞き方で通じたのだろうと思ったのだが、横山さんは、
「そうじゃなくて、どんな道具を使ったのかとか、どんな儀式をしたのかね。
あと、珍しい魔法とかも使ってたなら興味あるじゃない?」
と聞き方を変えた。どうやら、通じていた分けではなかったようだ。
田中先輩は庄内様の方に顔を向けると、
「言っていいのか?」
と確認する。
庄内様は扇子で口元を隠しつつ、
「良いわけなかろう。
そちは、魔法の腕もかなりと聞いておる。
並の者より、見えるのじゃろ?」
と即座に否定した。そして、
「その見えた中には、秘伝中の秘伝も含まれておるに違いあるまい。
ゆえに、軽々に話すものではないぞ?
それと、巫女様の容姿についても触れぬようにの。」
と釘を差した。
田中先輩は、
「秘伝中の秘伝か。
・・・なるほどな。」
と呟いた後、
「初日だったか。
途中、巫女様が突然に大量の汗を吹き出してな。
確かに、緊張するような繊細な作業だったんだろうな。」
と軽く話した。何故か、巫女様が憑依した古川様がビクッとする。
が、それは横に置いておいておく事にする。
私は古川様に、
「私も仮の巫女の修行で解呪を習っていますが、呪いを受けてから何十年も経っているのです。
どれだけ奥深くまで根を張っているのかと考えると、かなり難しいのでしょうね。」
と声をかけた。古川様は、
「うむ。
そもそも、今迄、何人も田中の解呪に挑戦しておるじゃろ?」
と確認してきたので、私は、
「そう聞いています。」
と答える。巫女様は一つ頷き、
「その中には、無体な事をやった者もおったようでな。
本来続いている筈の所が切れておったり、逆に、通常は繋がっておらぬ所が繋がっておったりの。
それは酷い有様じゃった。」
と眉を顰める。そして、
「それにの。
偶然か仕掛けられたかは分らぬのじゃが、幾重にも罠が張り巡らされておっての。
一見、そこを解けば良いように見えて、実はそこを解くと返って複雑になったりの。
このように複雑怪奇な物は、初めてじゃ。」
と忌々しげに説明した。
庄内様が、
「古川、・・・あまり深くお話なされませぬよう。」
と注意する。古川様が、
「そうじゃったな。
・・・庄内の言うとおりじゃ。」
と真顔になっていった後、苦笑いをした。
坂倉様が、
「どうかなさいましたか?」
と聞くと、古川様は、
「うむ。
酒が入っておらねば、優秀なのにと思うての。」
と返す。庄内様が、
「いえいえ優秀など、そのような事は。」
と謙遜したのだが、続けて、
「そもそも、妾が酒で失敗するは、普段から練習させてくれない事が悪いのじゃ。」
と文句を言い始めた。ここでいう練習とは、飲酒の事を指しているのだろう。
古川様は、
「まだ言うか。」
と呆れたようだが、庄内様は、
「それでも、自分の限度を知る必要はある筈じゃ。
ゆえに、毎日升々練習したいのじゃ。」
と続けた。私は、
「庄内様、酔っていますか?」
と聞いたのだが、庄内様は、
「至って、普通じゃ。」
と睨まれてしまった。
若干静かになり、中居さんが、
「失礼します。」
と声をかけて障子が開いた。
二品目が運び入れられる。
ひょっとすると中が騒がしかったので、外で待っていたのかも知れない。
二品目は、白地に紺と朱の紅葉が描かれた皿に、刻んだ柚子の皮が乗った酢蓮根。色合いも綺麗だ。
食べても、蓮根のシャキッとした食感が好ましい。
横山さんが、
「お酌するわ。」
と言いながら古川様の所に行く。
古川様が、
「うむ。」
と言いながら盃を置き、酒を注いでもらう。
横山さんは、
「今、山上くんが仮のでしたっけ。
巫女の修行をしてもらっているけど、順調ですか?」
と質問する。横山さんの敬語。
無礼講というのは、話しかける許可が出たと言うだけで礼を逸してはいけないのだから、敬語で話しかけるのは正しい。が、横山さんが敬語を話すのが、物凄く珍妙に感じる。
そう思ったのがバレたのか、横山さんから、
「山上くん、何、ニヤついてるのよ。
私だって、敬語くらいは話すわよ。」
と苦笑いされた。どうやら、表情に出ていたらしい。
古川様が、
「まぁ、まぁ。」
と宥め、
「して、清川よ。
山上はどうなのじゃ?」
と話を振る。
清川様は、
「山上は凡庸ですが、よくやっております。
ですが、ムーちゃんの方は主と違って凄うござりました。
簡単な解呪も呪詛返しも、一発でこなしましたし、座学の質問もなかなかに深うございます。
こっちらも、タジタジとなる事がままありまして。」
と苦笑いした。
古川様が、
「それは、そち等の勉強不足ではないのか?」
と指摘したのだが、清川様は、
「それも、多少はあります。
ですが、それは皆様が少々、雑用を頼みすぎるというのもありましょう。
もう少し、減らしていただけると助かりますが・・・。」
と苦笑いした。元々、清川様は言い過ぎるところはあるが、それにしても上司に言う言葉ではない。
きっと、これも酒のせいなのだろう。
私はそう思ったのだが、その様子に清川様の直接の上司たる坂倉様は不快に思ったのだろう。
坂倉様は扇子を半分開いて口元を隠しながら、
「清川はそう言うが、妾が見習いの頃もそち等と似たようなものじゃった。
じゃが、泣き言など言わずに、寝る間も惜しんで勉強したものよ。」
と苦言を呈した。
古川様は、
「そうじゃったかの・・・。」
と何か思い出したようだが、先に坂倉様が、
「それはそうと、この酢蓮根はなかなか。
酒も、梨じゃろうか。
芳醇で良いの。」
と話を変えたようだ。
清川様は不満げだが、文句を言う前に田中先輩が、
「この酒な。
スッキリしていて口当たりもいいな。」
と同意したので、話が戻せなくなったようだ。
赤竜帝が、
「これは、竜の里で醸造している酒だったか。
蔵が小さいゆえ量は作れぬが、杜氏が丁寧でな。」
と説明する。田中先輩は、
「なるほどな。
竜人なら、杜氏としての経験年数も人の何十倍だろうからな。
この味も納得だな。」
と褒めたのだが、庄内様が、
「何を言うか。
竜人だからといって、美味いとは限らぬ。」
と反論をした。そして強めの調子で、
「伝統だの何だのと言い始め、停滞する者もおるからの。
それが、高止まりならばまだ良いのじゃがな。
毎年、一番良かった時の劣化版を作り続ける蔵もある。」
とその理由を説明する。田中先輩は、
「そうなのか?
が、一番良かった時の劣化版か。
人も歳を取ると、そういう所に落ち着くやつがいるな。
俺も含めてだが。」
と苦笑いした。庄内様は、
「うむ。
ゆえに、精進を心掛けねばならぬのじゃ。」
とドヤ顔で言った。
それを聞いた田中先輩は、
「少し耳の痛い話だな。」
と苦笑いしたのだった。
作中の杜氏というのは、大雑把に言うと日本酒の醸造におけるの総監督のことです。
江戸時代、米の収穫が終わってから春までの農閑期、収入を得るために集団で出稼ぎに行ったそうですが、酒蔵に出稼ぎに行った人達が現地で認められ、杜氏や杜氏集団を形成していったそうです。このため、通常は蔵元さんが杜氏を雇い、杜氏さんが蔵人を集めて酒を作らせる形態だったそうです。
今でも越後杜氏や南部杜氏などの杜氏集団が有名ですが、近年は杜氏さんの数が減って問題になっているのだとか。最近は杜氏さんを雇わなかったりする酒蔵もあるそうですが、これが獺祭のように革新に繋がるのか、それとも衰退に繋がるのか。
将来の日本酒がどうなっていくのかは、おっさんも気になるところです。
・杜氏
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・越後杜氏
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