早速催促
* 2022/01/28
誤記の修正やルビ振りなどを行いました。
座敷の中は、2曲の屏風の他に、床の間と掛け軸、それに立派な竜の木像が置かれている。
現在の席順は、上座から二つ空席の後、清川様、古川様、一つ空けて田中先輩、蒼竜様、また一つ空けて佳央様、私、更科さん、そして最後にもう一席となる。
座布団の前にはお膳が置かれ、その上にはお品書きが乗っている。
暫くして、庄内様と坂倉様が料亭に到着した。
白い着物に赤い袴の、いつもの巫女装束を着ている。
蒼竜様は二人を見て、一瞬だけ動揺したように見えた。
だが、上座に席も二つきちんと準備してあるし、ぱっと、理由が思いつかない。
蒼竜様は、
「これは、庄内様に坂倉様。
ようこそ、おいで下さいました。」
と挨拶すると、庄内様は、
「うむ。
今回は、中祝いじゃからな。」
と返した。二人は上座の空いている所に行くと、上から庄内様、坂倉様の順に座る。
座布団に座った庄内様が、空いている席は見えなかったのか、
「これで揃うたか?
早速、始めるがよかろう。」
と言ってきた。
蒼竜様が、
「申し訳ありません。
まだ、全員揃ってはおりませんでして・・・。」
と返す。庄内様は一瞬眉を顰めた後、
「そうなのか?
ならば、早う来るように伝えよ。」
と言ってきた。
蒼竜様が、
「申し訳ありません。」
と謝った後、念話か何かをしたのだろう。
蒼竜様は二呼吸ほどの間だけ目を瞑った後、
「こちらに向かっておるそうなので、もう暫し、お待ち下さい。」
と言って謝る。庄内様は、
「少しだけじゃからな。」
と不機嫌に答えた。
坂倉様を見ると、首を横に振っている。
酒好きの庄内様は、普段は禁酒の筈だ。
ここにいるという事は、恐らく巫女様から許可が出たのだろうと思うのだが、そうすると、お酒が飲みたくて急がせているのではないかと邪推が捗る。
再び蒼竜様の方見ると、どうも念話越しに謝っているらしく、頭をブンブンと下げている。
私は、庄内様が酒で元気になった姿を見たことがある。
元気になった後は、直接の従者の古川様がお世話をすることになる筈だ。
私は古川様に、
「お察し致します。」
と言うと、庄内様が、
「山上、何か言いたげじゃな。」
と聞いてきた。
私は、
「いえ、とんでもありません。
私からは、何も申し上げる事などございません。」
と答えると、庄内様は、
「そうか?
そのようには聞こえぬが。」
と言ってきた。
ふと見ると、古川様が扇を取り出し、自分の膝の辺りを軽くトントンと叩いた。
普段見かけることのない古川様の仕草。
私は巫女様が憑依したの事だろうと思い、わざと、
「いえ、庄内様が飲むとなると、古川様も大変だなと思いまして。
巫女様も、今日は大丈夫と踏んだのでしょうか・・・。」
と返した。
庄内様が、
「山上よ。
巫女様は関係あるまい。」
と不機嫌そうに言ってきたので、私は、
「それは私ではなく、古川様からお願いします。」
と話を振る。古川様が、
「ん?
山上は気づいたようじゃが、急に振るでないわ。」
と苦笑いすると、
「話は聞いておらぬが、酒絡みであろう。
今日は、どのように迷惑をかけたのじゃ?」
と周りを見回した。
さっきまで謝っていた蒼竜様が、
「とんでもございません。
こちらの不手際で迷惑など・・・。」
と否定する。あっちにもペコペコ、こっちにもペコペコ、蒼竜様が少し不憫だ。
見かねてか佳央様が、
「赤竜帝がまだ来てないから、早く来るようにと蒼竜に催促させたのよ。」
と簡潔に説明する。さすが、佳央様。
古川様が、庄内様を見る。
庄内様は、沈黙を守る。
古川様が、庄内様を見る。
庄内様は、沈黙を守る・・・がソワソワし始める。
古川様が、庄内様を見る。
庄内様はたまらず、
「夜と伝えてきたのはそっちじゃ。
それにも拘らず、まだ来ておらぬ。
これは、少し言った方が良いと考えまして・・・。」
と説明した。古川様は、
「なるほど、日も落ちておるしの。」
と言うと、庄内様は水を得たりと、
「そうじゃ。
じゃから、やんわりと早う来るように促したのじゃ。」
と話した。古川様はにっこり笑って、
「戯けめが。」
と言った。庄内様は素直に、
「申し訳ありません。」
と謝った。私はよく分らなかったので、
「すみません。
なぜ、庄内様は怒られたのでしょうか。」
と聞くと、古川様は、
「本来であれば、理由がない限り偉い者ほどゆっくりと出るが慣わしじゃ。
仮に早う着いてしもうた場合でも、遅れてきた者を許す寛容さが肝心と言うもの。
じゃがこやつ、酒の呑みたい余りに早う来るように催促したのじゃろう?
ならば、叱らずにおれようか。」
と理由を教えてくれた。私は、
「なるほど、そういう事だったのですか。」
と納得したのだが、蒼竜様から、
「ご指南いただき、ありがとうございます。」
とお礼を言い、私に目配せをしてきた。私はうっかり、古川様にお礼を言うのを忘れていたようだ。
私も慌てて、
「ありがとうございました。」
とお辞儀する。
古川様は、
「礼など要らぬぞ?」
と言ったかと思うと、料亭の玄関の方を見た。
なんとなく、赤竜帝と雫様がいるのが分かる。他にも人の気配があったが、ぼんやりしていてよく分からない。ひょっとするとこの気配の中に、横山さんも含まれているのかも知れない。
暫くして、座敷の障子がスーッと開く。中居さんが、開けたようだ。
中居さんが、
「こちらにございます。」
と言うと、赤竜帝が中居さんに一つ頷いて返す。
そして、赤竜帝がこちらに向き直り、
「遅くなったようですまぬ。」
と挨拶しながら入ってきた。
古川様が、
「こちらこそ、急かせたようですまぬの。」
と返す。赤竜帝は一瞬だけ間を空けて、
「なんの。」
と言いながら、空いている中で上座の方に移動する。
あの一瞬の間は、恐らく席順から庄内様が挨拶すると考えたのに古川様が挨拶したからに違いない。
雫様が、
「佳織ちゃん、久しぶりやね。」
と言いつつ、蒼竜様の隣の空いているところに移動する。
横山さんも、更科さんの隣へと向かいながら、
「山上くんも、修行頑張ってる?」
と質問してきた。なんとなく、親戚のおばちゃんみたいだと思ったが、ここは黙っておくことにする。
更科さんが、
「お久しぶりです、雫様。」
と返事を返し、私も、
「おかげさまで。」
と返す。
中居さんが、座敷の中の様子を確認すると、蒼竜様が一つ頷いた。
中居さんも頷き返し、障子を閉じる。
暫く歓談していると、障子の外から、
「料理をお持ちしました。」
と声がかかり、障子が開いた。
中居さんが、一品目とお酒を運び込む。
赤竜帝が、
「聞いているとは思うが、本日、田中の奴隷魔法の解呪が少し進んだそうだ。
これも巫女様と、こちらに来てもらった巫女様のお連れの者達のご尽力の賜物である。
ささやかではあるが、祝いの席を設けさせてもらったので楽しんでもらいたい。」
と簡単に挨拶をする。
打ち合わせも特にした様子もなかったが、続いて庄内様が、
「先に赤竜帝の言うた通りじゃ。
この解呪、かなり厄介なようじゃが、それでも1つ目の節目までは辿り着くことが出来た。
今日は、楽しく無礼講で飲もうぞ。」
と満面の笑みで話す。
古川様から、
「庄内には、約束じゃからな。
茶で頼むぞ。」
と一言。これは私の推測だが、庄内様は何か問題を起したらお酒は無しと約束させられていたのかも知れない。
庄内様は、
「そんな殺生な・・・。」
と言いながら項垂れたのだった。
作中、庄内様が酒を飲むなと言われて殺生なと言っていますが、江戸時代、殺生で有名なものの一つに生類憐れみの令があります。
生類憐れみの令は、徳川綱吉が生類を憐れむ事を目的として作った法令郡で、動物愛護は有名ですが、その他、捨て子や病人、高齢者に対しても保護する法令が含まれていました。
犬を斬り殺して(軽い仕置程度ならともかく)切腹させられるなど、行き過ぎた面はあるものの、十把一絡げに悪法と纏めるのではなく、各法毎に評価するのが良いのだろうなと思ったりします。(~~;)
・生類憐れみの令
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