庄内様も来るらしい
みんなが揃った所で、外に出る。
清川様と古川様は、籠に乗るが、他の人達は歩きとなる。
外は既に日が沈み、今は黄昏時に入っている。
昨日の雨の水たまりは、既に消えていた。
蒼竜様の後ろをついて大通りに出ると、なんとなく早足の人が目立つ気がする。
きっと、暗くなる前に家にたどり着きたい人達が多いからに違いない。
暫く歩いて飲み屋街に入る。
田中先輩は蒼竜様に、
「確か、この路地から奥に入るんだったか。」
と話しかけると、蒼竜様も、
「うむ。
あそこは、店は裏通りだが腕はなかなかだ。
それに、ちゃんとした座敷もあるゆえな。」
と言った。私は、
「今日は、あと何人くらい増えるのですか?」
と聞くと、蒼竜様は、
「4〜5人と言ったところか。」
と答えた。ちゃんと把握していないらしい。
田中先輩が、
「巫女様は来られぬそうだが、坂倉様や庄内様も来るそうだぞ。
聞けば、坂倉様は蟒だそうではないか。」
とニヤリと笑う。古川様が、
「庄内様も、・・・いらっしゃるのですか?」
と聞くと、田中先輩は、
「そう聞いたが。
庄内様も、なかなかの呑兵衛らしいな。」
と答えた。
古川様が、少し嫌そうな顔をする。介抱が必要なほど飲み過ぎた庄内様の姿でも、想像したのかも知れない。
私が大丈夫かと思いながら、
「庄内様は、誰かに止められていませんでしたか?」
と聞くと、田中先輩は、
「なんで止めるんだ?」
と聞き返してきた。それで私は、
「呑兵衛の中には、酒癖の良い者もいますが、そうでない者もおりまして・・・。」
と答えると、田中先輩は、
「そういう事か。
それで、喜怒哀楽でいうと、どれだ?」
と確認する。私は、
「以前、見かけた時は実に楽しそうでした。」
と答えた。だが、古川様が、
「それ以前に、・・・庄内様は飲酒禁止・・・よ。
だから、・・・飲まさないで・・・ね?」
と指摘した。私は、
「そういえば、庄内様は二度と酒を飲まないと約束させられたのでしたっけ。
なのに、陰でこっそり飲んだり、酔って問題行動を起したりするそうで。
古川様も大変ですよね。」
と同情すると、古川様が、
「そうだけど・・・。
この話、・・・誰に聞いた・・・の?」
と質問してきた。私は、
「はい。
古川様の口から。」
と答えた。古川様は少しギョッとした後、
「えっと・・・。」
と戸惑っていた。私は、
「あの時、憑依されていましたから。」
と付け加えると、清川様から、
「それを最初から言わんか!
紛らわしい。」
と怒られた。
更科さんから、
「それで、どうして禁酒なんて事になってるの?」
と聞かれたので、私は、
「確か、神社でお神酒を一樽空けたのが原因と聞きましたよ。」
と答えた。清川様が苦笑いしながら、
「そうらしいが、道端で話すでないわ。
戯けが。」
と怒られてしまった。
私は、
「申し訳ありません。
その通りです。」
と答えた。
とある家の門の前で、蒼竜様と田中先輩の足が止まる。
蒼竜様が、
「今日は、こちらの料亭となる。」
と言うと、門の中に入っていった。私達も、中に入る。
飛び石を渡り、庭を移動する。
既に暗くなっており、よくは見えなかったが、灯籠に灯りが入っていたおかげで、ぼんやりだが立派な植木や池があるのが分かる。
飛び石を渡りきり、大きなお屋敷の玄関に立つと、スッと引き戸が開き、女将と思しき人が出てきた。
女将と思しき人は、
「皆様、ようこそおいでなさいました。」
と挨拶すると、
「蒼竜様も、お久しゅうございます。
そちらは・・・、田中様ですね。
その節は、大変お世話になりました。」
と親しそうに声を掛けた。道端の会話から二人は以前にこの店に来た事があるとは思っていたが、蒼竜様に方は、この店の常連のようだ。
それを受けて蒼竜様は、
「いやいや。
すっかり足が遠くて、申し訳ない。」
と返すと、女将と思しき人は、
「とんでもございません。
さっ、立ち話もなんですから、中へどうぞお入り下さい。」
と言って店の中に促した。
店の中に入ると、真正面に大きな衝立があり、立派な松の絵が描かれていた。
更科さんと、これは凄いねと話し合う。
さっと中居さんが桶を出し、魔法で水を満たしてくれた。
上がり框に腰を掛け、草履を脱いですすぎをする。
手ぬぐいで水気を拭き取り、座敷まで案内してもらった。
座敷に入ると、更科さんが部屋の隅に置いてある物を見て、
「綺麗な屏風ね。」
と褒めた。屏風というのは、絵が描かれた二つに折れ曲がった大きな衝立の事だろう。私も、
「そうですね。
この黒竜は、絵から飛び出しそうな迫力です。」
と絵の感想を言う。すると蒼竜様も、
「うむ。
立派な雲海を飛ぶ黒竜の屏風であるな。
昔ながらの六曲も良いのだが、こうやって見ると最近の二曲もなかなかに。」
と褒めた。私は、
「うんかいというのは?」
と聞くと、蒼竜様が、
「雲が出ている日にその上を飛ぶとな。
雲が、まるで海のように見えるのだ。
ゆえに、これを雲海と呼ぶのだ。
と説明してくれたのだが、私は空も飛べないし、海も見たことがない。
どんなものなのか想像できなかったので、私は、
「申し訳ありません。
その、・・・私は海を見たことがありませんでして・・・。」
と謝った。すると蒼竜様は、
「なるほど、そうであったな。
そのうち、山上も海に連れて行ってやるとするか。
見なければ分からぬ物もあるからな。」
と少し微笑みながら言うと、田中先輩も、
「そうだな。
王都なんか、良いんじゃないか?
都会がどんなところかを知る機会にもなるからな。」
と言った。私は、
「王都ですか?」
と質問すると、田中先輩は、
「ああ。
一回は、行っておいた方がいいからな。」
と言った。これでは、どうして行ったほうが良いのか、理由も何も分からない。
佳央様も同じ様に思ったのか、
「そうなの?」
と質問する。
田中先輩は、
「あそこは港町だ。
美味いものが沢山あるしな。
新しい流行にも触れられる。
いい刺激になるだろう。」
と答えた。
なるほど、美味しいものがあるのなら、一度は行ってみたい。
私は、
「それは楽しみですね。」
と言うと、蒼竜様は、
「うむ。
だが、知見を広げるのが目的だ。
間違っても、食い倒れ旅行とはならぬようにな。」
と釘を差してきた。私は信用されていないと感じたので、
「そんな事は、絶対にしませんよ。」
と文句を言ったのだった。
作中出てくる蟒というのは、大酒呑みのことです。
元々は大蛇のことだったのですが、大蛇は結構大きな物も丸呑みするところか来ているのだそうです。
ちなみに、おっさんは呑んでもせいぜい日本酒で4合くらいまでなので、蟒の類ではありません。
美味しいお酒を、少量ゆっくり飲むのが一番だと思っています。(^^)
後、屏風は細長い襖状のもの(扇)をいくつも繋いで立てたような物で、1隻、2隻と数えます。作中の2曲は2つの扇が連なったもの(一隻二扇)、6曲は6つの扇が連なったもの(一隻六扇)となります。
・うわばみ
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・屏風
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