まだ終わらない
午前中の座学を行い、そこで呪詛返しの話を聞く。
さっき実際に見たばかりだからか、頭にスッと入ってくる。
そう思ったのだが、甘かった。
途中から話が難しくなり、私は今日も睡魔と戦うこととなった。
一方、ムーちゃんはしっかりついていっており、清川様を相手に次々と質問をしている。
なんとなく、ムーちゃんが質問をする度に、座学が難しい話になっている気がしてくる。
が、それを言った所で始まらない。
私はなんとか眠気を堪え、今回もこっそり、古川様に分らなかった所に一部だけでも質問をした。
だが、古川様から、
「頑張ってるのは判るけど、・・・分かりづらい?・・・かな?」
と聞かれてしまった。眠そうに聞いているので、聞いてきたのだろう。
何となく、居心地が悪い。
私は、
「そのような事はありませんが・・・どうも睡魔が邪魔をしてですね・・・。」
と言い訳をした。古川様は、
「山上は、・・・頭で憶えるより・・・体で憶える方なのか・・・な?」
と聞いてきた。私は、
「座学の前まではしっかり起きていましたので、多分そうだと思います。」
と答えると、古川様から、
「基本は脳筋・・・ね。」
と言われた。私は、
「なにせ農家出身で、里に来るまでは碌な勉強もしてきませんでしたので。
返す言葉もありません。」
と苦笑いで返す。古川様は、
「出自は、・・・関係ない・・・かな?
教える側が、・・・興味をもたせるように努力すべき・・・という人もいるけど、・・・本人の目標が大事・・・ね。
山上は、・・・巫女の修行の後、・・・何をしたい・・・かな?」
と聞いてきた。私は特に何も考えていなかったので、
「すみません。
特には・・・。
古川様はどうですか?」
と返した。古川様は、
「そうね・・・。
巫女になって、・・・大枚稼いで・・・うっはうは?」
と少し笑いながら言った。私が、
「それで本当は?」
と聞き直すと、古川様は一度咳払いをし、
「私、・・・小さい頃、・・・ちょっとだけ解呪ができて。
やったら感謝されて・・・ね?
本格的に、・・・やりたいなって・・・思ったの。
だから・・・、たくさん感謝されたいから・・・かな。」
と話してくれた。
なるほど、そう言うことか。
私は、
「なるほど、人の役に立ちたいからという事ですか。
やはり、志が違いますね。」
と持ち上げたのだが、古川様は、
「そうでもない・・・わ。
私の、・・・自己満足・・・よ?」
と困った顔をしながら返してきた。
私は雰囲気を変えようと思い、
「いえいえ。
私はてっきり、村から一人とか、そういう話かと思いました。
そういうのとは、違うのですね。」
と話してみた。古川様は、
「そうね。
なれと言われて、・・・巫女になれるものでもないし・・・ね。」
と話すと、清川様も話を聞いていたようで、
「古川の言うと通り、巫女になるには多少の才能がいるのじゃ。」
と割り込んできた。
私は、どんな才能が必要なのかも気にはなったが、どうして清川様が巫女になろうと思ったかを聞いてみたくて、
「清川様はどんな理由で巫女になろうと?」
と質問をした。すると清川様は、
「私は、実家を継ぐために修行しておる。」
と答えた。古川様が、
「清川の実家は、・・・神社なのよ。」
と補足する。
私は、清川様も無理やり勉強させられたのだろうと思い、
「なるほど、それは清川様も座学が大変でしたね。」
と感想を言ったのだが、清川様から、
「小さい頃から、あれはどうか、これはどうかと親に聞いて回っておるのじゃぞ。
座学で苦労などせなんだわ。
山上も農家の出なら、小さい頃、田畑で質問したのではないか?
それと同じじゃ。」
と苦笑いされた。
確かに、私も小さい頃は道具やら種まきやら、色々と親を質問攻めにしていた。
それに、親が田畑を耕しているのを見て、自分も耕す真似事をしていたものだ。
私は、
「なるほど、言われてみればそんな気がしますね。」
と返した。
ムーちゃんが、
「キュィ!」
と鳴いて、清川様が、
「そうじゃった。
続きじゃな。」
と言って、ムーちゃんとの議論に戻っていく。
私は、授業そっちのけだなと思いながら古川様に、
「清川様は、私に座学を教えるよりも、ムーちゃんと議論している方がよいのでしょうね。」
と苦情を言う。すると古川様も同じ様に思っていたのか、
「そうね。」
と同意したのだが、道場の入り口の方をちらりと見て、
「でも、・・・そろそろ昼食・・・よ?」
と言った。私も視線を追うと、下女の人が立っている。
私は、
「そのようですね。」
と言う。下女の人が、
「まだ、お邪魔でしたかね?」
と質問してきた。
清川様は、
「もう、その様な頃合いか。
うむ。
すぐに切り上げるとしよう。」
と言って、昼食のため座敷に移動した。
座敷に行くと、また蒼竜様が難しい顔で座っていた。
私は、
「蒼竜様、こんにちは。
その様子では、まだ田中先輩の名付けは終わっていなさそうですね。」
と声を掛けると、蒼竜様は、
「うむ。」
と頷き、
「清川様。
あれから何か、聞いてはおりませぬか?」
と心配そうに質問をする。
だが、清川様は、
「いや。
今日は赤口じゃ。
動きがあるなら、今からではないか?」
と言ってきた。蒼竜様が少し考え、
「なるほど、まだ午の刻か。」
と納得する。
清川様は、
「ここまで難航しておるのじゃ。
これが駄目であれば、おそらく休憩をはさみ、明日午前中であろうな。」
と付け加えた。
蒼竜様は、
「なるほど、明日は先勝か。
であれば、明日の午後、また来るとするか。」
と納得したようだ。
蒼竜様が帰り、昼食となる。
食後、私は、
「午前中出来なかったやつですが、午後から試しても良いでしょうか?」
と質問すると、清川様は、
「いや、呪詛返しの実習には、石に呪詛が馴染む時間が必要じゃ。
そうせねば、意味がないからの。」
と言った。私は、
「何故でしょうか?」
と聞くと、清川様は、
「山上は、重さ魔法で呪いを剥がすではないか。
が、呪いというものは、時間が経つと根を張るのじゃ。」
と言うと、古川様が、
「まるで、・・・しつこい黴のように・・・ね?」
と付け加える。私は、
「あぁ。
まだ餅なら、緑に変わった所を削れば食べられますが、石はなかなか削れませんしね。」
と納得する。佳央様が、
「その前に、黴の生えたお餅なんて、捨てなさいよ。」
と苦笑い。私が、
「勿体無いじゃありませんか。
それに、緑以外は危険だからちゃんと捨てていますよ?」
と文句を付けると、佳央様から、
「人間はどれも危険なんじゃなかったっけ?」
と言い出した。私は、
「そんな事はありませんよ。
緑ならみんな、黴の部分だけ削って水洗いしてから焼いて食べていますよ?」
と反論した。更科さんが、
「赤や黒は実家も捨てるわね。
緑のは少しくらいなら削って食べるかな。」
と言った。御用商人の家でも、緑なら削って食べているようだ。
私はそんな事を考えながら、
「ほら。」
と言ったのだが、佳央様は腑に落ちないようだ。
清川様が、
「餅の黴は置いておくとしてじゃ。
根を張ると、昨日のように簡単には取れなくなる。
じゃから、相手と呪いの繋がりを利用し引き剥がす。
これが呪詛返しじゃ。
説明したじゃろ?」
と言った。私はかろうじて寝ていなかったし、そんな話もしていなかった筈だと思ったのだが、
「はい。
確かに、そう話していたと思います。」
と、話を合わせることにした。
古川様が、
「そこ、・・・説明してない・・・よ?
ムーちゃんとの議論に夢中で・・・飛ばしてたわ・・・ね。」
と指摘する。清川様も私もそっぽを向く。
私が分らなかった原因の一つではないかと、疑念が湧く。
更科さんからも、
「和人、本当に理解しながら話を聞いてる?」
と疑われ、私は正直に、
「すみません。
私がうつらうつらしていた時、うっかり聞き逃したのかと思いまして・・・。」
と答えると、古川様は少し笑いながら、
「冗談・・・よ。
聞いてなかったの・・・ね?」
と静かに質問してきた。
この様子だと、清川様も説明した自信はないようだが実際にしており、私は睡魔に負けて聞いていなかったようだ。だが、本当に寝ていたのだろうか?疑念が残る。
私は素直に、
「はい。
申し訳ありません。
聞いていませんでした。」
と謝ったのだが、やはり腑に落ちなかったので、
「でも、今日の午前中はかろうじて聞いていたつもりだったのですが・・・。」
と私の疑念を口にした。
清川様が、
「私も、よくよく考えるとじゃが・・・説明していなんだ気がする。
・・・本当に、冗談か?」
と申し訳けなさそうに言う。
古川様は、
「清川が、・・・説明していないのが正解・・・よ?
でも二人共、・・・気が入っていないから・・・答えられなかったよ・・・ね。
二人共反省して・・・ね。」
と言われてしまった。
私は、
「すみません。
話が難しくてつい・・・。」
と言うと、清川様も、
「私も、ムーちゃんとの議論が楽しくてつい・・・。」
と苦笑する。清川様は、
「午後一は、瞑想じゃな。」
と付け加えた。
古川様は、
「そうして・・・ね。」
と言いつつ、静かに笑ったのだった。
作中、餅の黴の話が出てきます。
作中では、緑は削れば大丈夫で、赤や黒は駄目と言っていますが、緑でも駄目な黴もあるそうです。
農林水産省でも削って食べるのは推奨しておらず、黴が生えていたら思い切って捨てるように促しているようです。
ただ、おっさんの実家でも例に漏れず、緑の黴は削って食べていましたが・・・。
・「食品のかび毒に関する情報」(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_analysis/priority/kabidoku/index.html
・「(参考情報)餅に生えたかび」(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_analysis/priority/kabidoku/mochi.html
 




