解呪が終わらないらしい
午後の修行が終わる。
私は、
「それでは、夕食をいただきに座敷に参りましょうか。」
と言ったのだが、清川様は、
「先に行っておるが良い。
私は、先に明日の準備をしてしまおうと思うてな。
古川、手伝うのじゃ。」
と言った。私は、
「お手伝いしたほうが宜しいですか?」
と聞いたのだが、清川様は、
「いや、先に石に呪いを掛け、一晩寝かせて馴染ませるだけじゃ。
先に行っておるが良いぞ。」
と返事をする。私は、
「そうですか。
では、どのくらい掛かるかだけ教えて下さい。
向こうで話しますので。」
と言うと、清川様は、
「そうじゃの。
まぁ、四半刻もかかるまい。
そう伝えよ。」
と返した。私は、
「分かりました。」
と言って、道場を後にした。
座敷に着くと、佳央様、更科さんの他に蒼竜様も待っていた。
蒼竜様は、
「飯時にすまぬな。
少し尋ねたいことがあって来たのだ。」
と話しかけてきた。私は何だろうと思いながら、
「私にですか?」
と聞いたのだが、蒼竜様は、
「いや、清川様や古川様にだが、一緒ではないのか?」
と聞き返してきた。どうやら、巫女様関係の話のようだ。
私は、
「いえ。
明日の準備があるので、四半刻ほど遅れると聞いています。」
と返事をすると、蒼竜様は、
「そうか。」
と頷き、
「いや、田中の名付けがまだ終わってないそうでな。
何か聞いていないかと思って来たのだ。」
と理由を話した。私も遅くなるという話は聞いていないので、
「いえ。
巫女様の側には坂倉様と庄内様がいらっしゃるので、清川様と古川様の手伝いは不要だとは聞いていますが、遅くなるとは聞いておりません。」
と知っている範囲で答えた。
蒼竜様が、
「そうか。
何か、不慮の事態があったのでなければよいが・・・。」
と心配そうな顔だ。
私は蒼竜様も名付けができることを思い出し、
「すみません、蒼竜様。
田中先輩の名付けは、どの様な感じで行うのでしょうか。
今日、解呪について勉強しましたが、奴隷魔法というのも似ているのかと思いまして。」
と質問してみた。田中先輩は、奴隷魔法によってポーターから別の職業に変えられないようにされていると聞いている。
蒼竜様は、
「解呪は、どのくらい習ったのだ?」
と聞き返されたので、私は、
「はい。
今日が初日で、紐のような所を摘んで呪いを引っ張り出し、端から消していくのを習いました。」
と答えた。
蒼竜様は、
「なるほど。
であれば、名付けというのは一度紐を解き、結び直すというのが近かろう。」
と教えてくれた。私は、
「結び直すのですか。」
と反復すると、蒼竜様は、
「うむ。
が、田中の場合は少し特殊でな。
山上も察している通り、ここに呪いが絡んでくるのだ。
わかりやすく言えば、本来の紐と、呪いの紐が交互に絡み合って縺れあっているような感じなのだ。
これがなかなか面倒でな。
昔、拙者も失敗したのだ。」
と苦笑いしながら言った。私は、
「やはり、これにも緒のような物があるのでしょうか?」
と聞くと、蒼竜様は、
「うむ。
おそらく、前のものが引っ掛けとも知らず、緒を思いっきり引っ張ったのであろう。
相当に固くなっていたのだ。
それを柔らかくするのに時間がかかったのだが、いざ、解こうとすると、これがまた引掛けでな。
何度か柔らかくしてはそっと引いての作業を半日繰り返したのだが、一向に解ける気配がなかったのだ。
それでその時は、もっと上手い者に託そうと諦めたのだったか。
赤竜帝も失敗したはずだ。
だが、今回は竜の巫女様だ。
まず、解けないという事もあるまい。」
と説明してくれた。
あくまで比喩なのだろうとは思うが、とても解り易かったので、
「ありがとうございます。
なるほど、そう言う事でしたか。
ならば、巫女様も慎重に少しづつ解しているのかもしれませんね。」
とお礼と感想を言った。
蒼竜様も、
「拙者もそのようには思うのだが、それにしても朝から丸半日が過ぎている。
巫女様にしては長過ぎると考えてな。」
と心配そうだ。
暫く話しているうちに、ムーちゃんがやってきて、
「キュィ!」
と鳴いた。私は、ムーちゃんの方を向くと、佳央様が、
「終わったそうよ。
そろそろ、戻って来るんじゃない?」
と言ってきた。話している間に、清川様と古川様が座敷に入ってくる。
蒼竜様は清川様達が座るのも待たず、
「お忙しいところ申し訳ありません。」
と言うと、清川様が、
「なんじゃ?」
といいながら、座布団に腰を下ろす。
蒼竜様は、
「田中の名付けが終わらぬのですが、何か心当たりはござりませぬか?」
と質問をした。清川様は、
「ふむ。
普通であればとっくに終わっておるに、奇妙なことじゃ。」
と返事をした。どうやら、清川様も聞かされていないようだ。
ふと、更科さんが以前、祈祷の回数を重ねると段々とご利益がなくなると言っていたのを思い出す。祈祷は人間側の言い回しで、竜人側で言う名付けのことだ。
私は、
「以前、名付けをすると段々と効きが悪くなると聞きましたが、これは本当なのでしょうか?」
と聞いてみた。蒼竜様が、
「うむ。
名付けを繰り返せば、効きは悪くなる。」
と肯定する。私は、
「では、田中先輩は何回目の名付けなのでしょうか。
失敗も含めてです。」
ともう一度質問をする。蒼竜様は、
「少なくとも、冒険者組合で数回、拙者や赤竜帝も試しているが・・・。
なるほど、山上が言いたいのはそう言うことか。」
と納得したようだ。ムーちゃんも、
「キュィッ。
キュ、キュ、キュィッ。
キュ〜。
キュィッ!」
と何か鳴いている。それを聞いた清川様は、
「ふむ。
おそらく、その度に固くなっていったのであろうな。」
と返事をする。ムーちゃんが、
「キュ〜ィッ。
キッ、キュィッ。」
と鳴く。
清川様は、
「そうであろうな。」
と肯定した。
私は、古川様に、
「何を話しているのでしょうか?」
と質問すると、古川様は、
「えっと・・・。
気にしてた・・・回数が多い件、・・・当たりかも・・・と。
やる度に、・・・紐が固くなっていたの・・・きっと。」
と答えた。私は、
「そうすると、今回の名付けは相当に難しいということですか?」
と確認すると、古川様も、
「ええ。
巫女様でも・・・難儀かも・・・。」
と返した。佳央様が、
「失敗しても、今まで通りってことでしょ?」
と聞いたのだが、清川様は、
「良くあるものか。
人間ごときの奴隷魔法とやらを解呪出来なんだとなれば、巫女様の名に傷がつくではないか。」
と文句を付ける。佳央様は、
「まぁ、そっか。」
と納得した。清川様は、
「が、しかし先見で解けぬと分かっておれば、受けぬはずじゃ。
明朝には、吉報もあろう。」
と巫女様が失敗するということはないと断言した。
古川様が、
「でも、・・・まさかはある・・・よ?」
と嫌なことを言う。
清川様は、
「まぁ、その時はその時じゃな。」
とわりと楽観的なようだ。
佳央様が、
「明日は赤口よ。
あまり良くないんじゃなかったっけ?」
と言ってきた。清川様が、
「確かに、六曜としてはそうじゃな。
じゃが、終わらぬのであればやるしかあるまい。
なに、外でいくら考えても埒が明かぬ。
飯にしようぞ。」
と言った。蒼竜様が、
「なるほど、確かに外でいくら案じても結果は変わりますまい。
なれば、本日は帰ると致します。」
と言って、座敷から出ていった。
食事の後、佳央様から、
「修行、ついていけてないとか言ってたけど、ちゃんと意見言ってたじゃない。」
と褒めてくれた。私は、
「たまたまですよ。」
と照れ隠しに言うと、ムーちゃんが、
「キュィ!」
と言ってきた。佳央様が、
「負けたって。」
と言った。なんとなく嬉しくて、
「そんな事はありませんよ。
ムーちゃんなんか、その後、清川様と議論していたじゃありませんか。
私はさっぱりですよ。」
と返すと、ムーちゃんは、
「キュィ!
キュ、キッ・・・キュィ!」
と鳴く。佳央様が、
「但し、次からはずっとムーちゃんの番って。」
と苦笑いする。更科さんが、
「ムーちゃん、たまには譲ってあげてね。
和人、いじけちゃうから。」
と言われてしまい、私も思わず苦笑する。
ムーちゃんは、
「キュィ!」
と一鳴き。佳央様は、
「まぁ、ほどほどに。」
と呆れた様子。私が、
「最後は何と?」
と聞くと、佳央様は、
「なるべくだって。」
と教えてくれた。更科さんが、
「まぁ、今日のでムーちゃんが凄いのはよく分かったわ。
でも、和人も負けないでね。」
と言ったので、私は、
「はい。
なるべくムーちゃんと張り合えるように頑張ります。」
と無理だろうなと思いつつも答えたのだった。
そういえばこのお話では六曜を採用しているという話は何度か書きましたが、六曜についての話は書いていませんでした。
六曜は中国から鎌倉時代に入ってきて江戸時代に普及したそうですが、当時は曜日の名前がぶれていて、今の先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口となったのは江戸後期なのだとか。
基本は先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口の順となりますが、wikiによれば「定義としては、旧暦の月の数字と旧暦の日の数字の和が6の倍数であれば大安」なのだそうで、今の七曜と違って、月を跨げば6日の間に大安が2回ということもあります。
近年では、「結婚式等は大安が良く、仏滅は避ける」だとか「友引の葬式は避ける」くらいしか意識していない気もしますが、昔、親からも聞いた気がするななどと思い出します。
・六曜
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