明日から
巫女様達のいる神社に着いた私達は、早速、清川様に取次を申し込んだ。
暫くして部屋に通され、清川様と古川様が入ってくる。
二人共いつもの着物なのだが、神社の厳かな雰囲気がそう感じさせるのか、いつも以上に清廉に見える。
清川様が、
「して、本日の用向きは何じゃ?」
と口を開く。
声も、いつもよりも透き通っているように感じる。
大月様は、
「本日は、山上の巫女修行についてお伺いしたく、罷り越した次第にて。」
と要件を告げると、清川様は、
「うむ。」
と返したのだが、間髪入れず古川様が、
「仮の・・・巫女修行ね。」
と訂正する。今回は清川様が巫女修行をさせる練習をするのに、私を使うという話しだから、確かに仮初の巫女修行となる。
それを指摘された清川様は、扇を出して口元を隠した。
おそらく、『うむ』と肯定したことを失敗したと思っての事なのだろう。
大月様が、
「失礼しました。」
と謝る。
清川様は、
「して、明日からでよいかの?」
と言ってきた。大月様は慌てて、
「申し訳ありませんが、明後日からでお願いしたく。
ご存知の通り、山上は長屋暮らしにて。
手狭ゆえ、場所が借りられぬか紅野様に相談いたしまして。
明後日以降でと、話をしておりますれば。」
と申し上げた。だが、清川様は、
「巫女様からの指示じゃ。」
と一言。これには大月様も険しい顔付きになり、
「巫女様からの?」
と聞き返す。清川様は、
「うむ。
義理を果たすなら、明日からが良かろうとの仰せだそうじゃ。」
と言った。大月様が、
「義理というのは?」
と確認すると、清川様が惚けた風に、
「さぁの。」
と軽くあしらった。古川様が、
「清川様が、・・・巫女修行の約束・・・しちゃったから。
後、坂倉様が・・・口止めと・・・。」
と付け加える。
そう言えば、坂倉様が巫女修行の話をしにきた時、私が坂倉様を脅したような形になっていると大月様は言っていた。
私は思わず、
「その様なつもりは無かったのですが・・・。」
と困惑して返すと、古川様も、
「山上、・・・いい子なのに・・・ね?」
と言ってきた。
私は恥ずかしくなって、
「恐れ入ります。」
と言うと、ニンマリとした佳央様が小声で、
「佳織に伝えないとね。」
と言ってきた。
おそらく佳央様は、私が浮気心を起していると疑われるような事を更科さんに告げ口して、その場の混乱を楽しもうとしているのだろうと思ったので、私は、
「ご随意に。
私も気がつく程度の話なら、佳織も相手にしませんよ。」
と小さく返事をした。佳央様がまた小声で、
「気がつくって?」
と質問してきた。
清川様が不快そうに私達を見て、パシリと扇を閉じる。
佳央様と私は、
「「申し訳ありませんでした。」」
と声を重ねて謝ってしまい、二人で顔を見合わせることとなった。
清川様が苦笑いをし、逆に古川様は、微笑ましそうにこちらを見てくる。
大月様が、
「それにしても、明日からというのは早すぎます。
こちらとしましても、準備もありますので。
もう少し、後ろになりませんか?」
と聞いたのだが、清川様は、
「そうじゃな。
私も少々性急とは思う。
ゆえに、山上の長屋でよいぞ。」
と思いがけないことを言ってきた。
大月様が、
「それは!」
と慌てたのだが、清川様は、
「こちらも、巫女様の関係者とは言え、所詮は木っ端よ。
時に、屋根のない所で寝る事もある。
それに比べれば、大したこともあるまい?
雑魚寝で十分じゃ。」
と付け加える。古川様は苦笑いしているが、否定はしないようだ。
そう言えば、菅野村から竜の里までは途中、何日も天幕で泊まっていた。実は巫女様たちも、不便な生活には慣れっこなのかもしれない。
それにしても、泊まりが前提なのだろうか?
なんとなく、疑問が残る。
大月様が、
「そうは申されましても、山上は男ですし・・・。」
と困惑して返す。
古川様が、
「寝る時だけ、・・・そちらで・・・というのは?」
と言ってきた。佳央様が、
「それは駄目よ。
私が困るわ。」
と反対した。私が大月様の所で寝ると佳央様も付いていく事になるから、困ると言っているのだろうか。
大月様も、
「悪い案ではありません・・・」
と古川様の案に賛成しかけたが、途中で気がついたようで、
「が、親和性を高めるために、佳央は山上となるべく一緒にいることとなっておったな。
であれば、何処か別の宿に泊まるしかあるまい。」
と意見を変えた。
清川様が、
「親和性というのは?」
と質問をする。
大月様は、
「現在、山上は一時的に竜の魂を移譲をされている状態にて。
これを、本来の移譲先の佳央に移す必要があるのだが、山上は移譲出来るほどレベルが高くなく。
親和性を高めることで移譲しやすくなるゆえ、一緒に住んでいる次第にて。」
と説明をした。
清川様が、
「珍しいことではあるが・・・、なるほどの。
これこそ、巫女様に相談すればよかろう。」
と言った。私は巫女様に相談すると、どんな事をしてもらえるのだろうかと興味を持ったのだが、大月様は冷静に、
「金子の準備が出来ませぬ。」
と話した。
清川様は、
「まぁ、些少はいただくが、そちらの実力ならばそこまで大変な額でもあるまい。」
と不思議そうな顔をした。
古川様も、
「むしろ、・・・弾んでくれると・・・嬉しい。」
と勧めてきた。
大月様は、
「申し訳ないが、手元不如意にて・・・。」
と苦笑いだ。
私も金子は難しいと思ったので、
「恐れながら・・・。」
と発言してよいか乞い、清川様が、
「申せ。」
と了承してくれたので、
「稼いでいましたら、あのような狭い長屋には住んでおりません。」
と断言した。大月様も、
「うむ。」
と同意する。
清川様が、
「そうか。
・・・それであれば、仕方もあるまい。」
と本当に残念そうだ。
清川様は、
「じゃが、明日からというのは既に決まったこと。
よいな?」
と言われてしまった。
大月様は渋々、
「話を通してきますので、一旦下がらせていただきます。」
と言うと、清川様は、
「色良い返事以外、要らぬからの。」
と笑顔で言った。
大月様は、
「努力いたします。」
と難しそうに言うと、この場は皆で退出。
また、紅野様のお屋敷に向かう事となったのだった。
作中の雑魚寝は、部屋の中で大勢の人が雑多に寝る事を言います。
昔はお祭りの時に神社などで男女関係なく寝る風習があった所があるらしく、有名なところでは大原の雑魚寝というのがあるそうで、好色一代男でもネタに使われています。もっとも、江戸の頃は旅籠を始め、一つの部屋に大勢の人を押し込んで雑魚寝させるなんて事は結構あったようなので、珍しい事でも無かったようですが。
そういえばおっさんは昔、大阪と四国を結ぶフェリーに乗ったことがありますが、夜の便の2等は男女関係なく雑魚寝だったな・・・。(--;)
・ざこね
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・大原雑魚寝
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・好色一代男
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