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久しぶりの

 帰り道のこと。

 更科さんから、


「あのね、和人。

 ・・・その。

 家に帰る前に、ひとっ風呂浴びてきてね。」


と申し訳なさそうに言ってきた。

 私は、


「そんなに(にお)いますか?」


と思わず自分の服を()ぐと、確かにモワッとした嫌な臭いがした。

 そう言えば、里に帰ってから風呂にはいっていない。

 私は申し訳なく思いながら、


「今、手持ちがありませんので、家に帰ってからそうします。」


と言うと、更科さんは、


「じゃぁ、これ。」


と言って、巾着袋(きんちゃくぶくろ)から入浴料を出してくれた。

 佳央様が、


「これも使うでしょ?」


と言って、亜空間から(おけ)と手ぬぐい、後は糠袋(ぬかぶくろ)を取り出す。

 私は、


「ありがとうございます。」


と言って受け取った。

 佳央様と更科さんは、そのまま長屋に戻るらしい。

 幸い、牢から出たばかりで荷物は特に無い。

 私は、いそいそと銭湯に向かったのだった。



 今日は一人だし、いつもよりも汚れているので、普段通っている銭湯とは別の店にしようと思った。

 普段、あまり歩かない方に行ってみる。

 暫く歩くと、銭湯が見えてきた。

 普通の銭湯なので、勿論(もちろん)男女混浴だ。

 番台(ばんだい)にお金を払って入っていく。


 やましい気持ちはないが、何となく(おけ)で前を隠しながら、人の体をなるべく見ないで済むように、上を向いて歩く。人と当たらないようにしないといけないので、気配を感じながら微速前進。たまにチラチラと前を見ながら、湯船の場所を確認して移動する。これだけ注意していても、相手の立ち位置によっては、全部しっかり見えてしまうのだから、困るというものだ。


 のそのそと歩く。

 何となく、周りから不審者のような目でみられている気がする。


 湯船に着いたら、掛け湯をやる。ついでに、糠袋でしっかり体も洗っておく。

 思った以上に、(あか)が出てきたので、思わず苦笑いする。

 一通り、体を洗い上がってから、湯に浸かった。

 暫くして上がると、竜の里の門番さんを見かけた。

 服の上からでも分かる事ではあるが、やはり筋肉隆々(りゅうりゅう)。直接見ると、なお(すご)かった。

 何となく、知り合いの女性でなくてホッとする。

 竜の里の門番さんは、


「おや、踊りのではないか。

 ちゃんと出られ良かったな。」


と気さくに話しかけてきた。何故か周りの人にも注目される。

 私は、


「はい。

 おかげさまで。」


と返すと、門番さんは、


「確か、妖狐を()ったんだったな。

 まだ、厄介になっていないとは言え、大変だったな。」


と言ってきた。私は、


「厄介になっていないと言いますと?」


と聞いた所、門番さんは、


「なんだ。

 聞いていないのか?

 妖狐ってのは単独では大したこと無いんだ。

 だがな、周りの連中を籠絡(ろうらく)するのだ。

 何年前だったかに隣の国から来た妖狐は、超級やら超超級に当たるようなのを何人も従えていてかなり厄介だったらしいぞ?」


と説明した。私は今日の飲み会で出た話を思い出し、


「ひょっとして、田中先輩も討伐に参加していましたか?」


と聞くと、門番さんは何を思い出したのか、グフッと笑ったが、一度咳払いしてから、


「そう言えば、踊りのは尻尾切とも知り合いだったな。

 尻尾切りなら、確かに参加してたぞ。

 しかし若いのに、よく知っていたな。」


と褒めてくれた。私は、


「はい。

 今日、私の出所(しゅっしょ)祝いをしていただきまして。

 それで、田中先輩も来ていたのですが、そんな話も出まして。」


と返事をした。すると門番さんは田中先輩が来た時は非番だったのか、


「尻尾切も、来てるのか。

 で、その祝いの席には、他にはどんな奴らが来てたんだ?」


と聞いてきたので、


「蒼竜様とか、巫女様関係の人たちとかでしょうか。」


と返事をした。

 門番さんは、


「となると、あの方もまた抜け出して来てたんだな?」


と苦笑いしながら確認してきた。あの方というのは、おそらく赤竜帝のことだろう。

 私は、


「何のことやら。」


と、一応、誤魔化しておく。

 門番さんは、


「まぁ、聞けば騒がねばならぬからな。

 その言い回しは助かる。」


と苦笑いした。

 門番さんが、


「ここで立ち話もなんだ。

 二階に上がるか?」


と聞いてきたのだが、私は、


「いえ、そろそろ帰ろうと思います。

 家の者も待っていますので。」


と断ると、門番さんは、


「そうか。

 まぁ、また機会があればゆっくり話すか?」


と聞いてきた。私は、社交辞令(しゃこうじれい)という訳でもないが、


「はい。

 そうしましょうか。」


と言って、この場を後にした。

 門番さんも、湯の所に向かって歩いてゆく。

 私はせっせと着替えて、長屋に戻った。


 長屋に戻ると、更科さんから、


「和人。

 (にお)う。」


と言われてしまった。

 私は、


「さっき、間違いなく体を洗ってきましたよ。」


と文句を行ったのだが、よく考えると、体は洗ったが、着替えていない事に気がついた。

 私は、


「すみません。

 忘れていました。

 着替えを持ってきてくれませんか?」


とお願いすると、更科さんは、


「あっ!

 そうね。」


と言った。どうやらも、更科さんも着替えまで気が回らなかったらしい。

 更科さんが、着替えを出してきてくれる。

 私はそれを受け取ると、仕方なく、その着替えを持って、井戸の所に行った。

 既にこの季節、井戸の水は冷たい。


 水を()み上げ、赤魔法(火魔法)を集めて桶に入れて掻き混ぜる。

 ほんのりと温かくなり、湯気がたつ。

 私は、手ぬぐいを濡らして固く絞って、寒い中服を抜いで体を拭いた。

 そして、持ってきた着物を着ると、足早(あしばや)に長屋に戻る。

 更科さんが、


「洗い物は?」


と聞いてきたので、元々着ていた方の着物を見せた。

 すると、更科さんは眉間(みけん)(しわ)を寄せ、


「出来れば、かるく水で洗って臭いを落としておいて?」


と言われてしまった。

 仕方がないので、もう一度井戸まで行き、桶に水を汲み上げる。

 そして、その水を軽く温めた後、重さ魔法で水を持ち上げた。

 その中に着物を突っ込み、丸洗いする。

 重さ魔法を使い、軽く水を切ってから長屋に戻る。

 私は、


「これでいいですか?」


と聞いて、洗った着物を出すと、更科さんは、


「ええ。

 洗ってくれて、ありがとう。」


とお礼を言ってきた。

 私は、更科さんがやれと言ったのではないかと思ったが、それは口には出さなかった。


 私には、長屋に戻ったら確認しようと思っている事が、いくつもあった。

 まず私は、


「それで、家賃はどうしましたか?」


と聞くと、更科さんは、


「もう、そればっかりなんだから。」


と私に文句を付けた後、


「蒼竜様が建て替えてくれてたわ。

 後で、お礼も持っていかなきゃね。」


と説明してくれた。私は、


「そうでしたか。

 確かに、持っていったほうがいいですね。

 お菓子か何かにしますか?」


と聞くと、更科さんも、


「いいわね。

 お饅頭(まんじゅう)でも持っていきましょうか。」


と同意した。私も、


「はい。」


と頷く。

 佳央様が、


「それと、巫女様への支払いの件だけどね?」


と話を切り出した。私も気になっていたので、


「はい。」


と返事をすると、佳央様は、


「竜金10両だったわうよ。」


と教えてくれた。かなりの大金だ。

 私は動揺して、


「どうしましょうか。

 そんなお金、何処にもありませんよ。」


と焦って言うと、更科さんが、


「ほら、狩ってきた皮とかあったでしょ?」


と言ってきた。私は、


「そうでした。

 あれだけあれば、足りましたかね?」


と聞き返すと、更科さんは(かぶり)()り、


「皮とか角とかを売ったんだけど、妖狐が竜銀250匁で主が竜銀190匁、他も全部合わせると、竜銀470匁になったの。

 でも、竜銀50匁で竜金1両だから、30匁足らなかったのよ。」


と苦笑いしながら説明した。私は、


「そうでしたか。

 でも、あれだけ狩ったのですよ。

 少し、安すぎないですかね?」


と少し怒り気味に確認したのだが、更科さんは、


「そうなのよ。

 でも、ここ竜の里は(みんな)強いから。

 皮や(きば)じゃ、大したお金にならないんだって。」


と残念そうに言った。

 確かに、言われてみればそのとおりかもしれない。

 だが更科さんは、


「でもね、ほら。

 まだ蛇のお肉、残ってたでしょ?」


と明るく言ってきた。私は何かあるのだろうと思いながら、


「はい。」


と答えると、佳央様が、


「私に感謝しなさいよ。

 私のも時間があまり進まないから、鮮度も文句なしってことで高値で売れたのよ。」


とドヤ顔だ。

 佳央様は、亜空間に収納するスキルを持っている。『時間があまり進まない』と言うのは、収納している間は時間があまり進まないという話なのだろう。

 私はこれで足りたのだろうと安堵(あんど)して、


「そうでしたか。

 助かりました。

 それで、どのくらいになったのですか?」


と聞くと、佳央様は、


「量も多かったでしょ?

 竜銀で1000匁になったわ。」


と予想外の金額を出してきた。

 つまり、私が苦労して運んできた角や皮よりも、蛇肉の方が倍以上の価値があったことになる。

 私はやってられないなと思いつつも、


「そうでしたか。」


と納得した。

 ふと、大蛇の時だけ、更科さんや佳央様が合流してきた。

 私は、


「巫女様は、これも見越していたのでしょうかね?」


と聞いたのだが、佳央様も更科さんも特に気にもしていなかったようで、佳央様が、


「どうかしらね。」


曖昧(あいまい)に笑った。更科さんが、


「分からないわね。

 でも、もし見通してたら、もっと吹っかけてきたんじゃない?」


と言ってきた。私もその意見に納得し、


「それもそうですね。」


と言って(みんな)で笑い合ったのだった。


 季節外れの食材の話がここにつながって、ネタ回収です。


 あと、江戸時代の銭湯の二階は、休息所みたいになっていたようです。

 碁盤や将棋盤も置いてあったようで、風呂上がりに一局なんてこともやっていたとのこと。ご近所さんとの、(いこ)いの場にもなっていたのだとか。

 今はこういった場はリアルでは(ほとん)ど見かけませんが、代わりにSNSとかがその役割を担っているのかもしれませんね。


・銭湯

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