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二軒目は

 店の移動中、古川様が、


(かご)はないのじゃな。」


と指摘すると、大月様は、


「店は(ちこ)うござりますれば。」


と言った。清川様が、


「大月殿は、いま一つ作法に詳しくないようであるな。

 こういう場合、例え正面の店であっても、一旦籠に乗せるものじゃ。」


と言った。

 それを聞いた私は、大月様から作法を習っていても大丈夫なのだろうかと心配になってきた。

 一事が万事と言う。

 いろいろと抜けているのかもしれない。

 私はたまたま隣りにいた赤竜帝に、


「そう言うものなのですか?」


と聞くと、赤竜帝が、


「公式であればそうであろうな。

 が、今回は山上の祝いだ。

 非公式であるし、巫女様のお付のまたお付だからな。

 まぁ、問題もあるまい。」


と言った。

 だが、実際は巫女様が古川様に憑依(ひょうい)している。

 巫女様は赤竜帝よりも身分が上だった筈なので、非公式でも当てはまるのではないかと不安になった。

 私は赤竜帝の言葉のとおりか気になったので、古川様に、


「古川様、大変ご不便をおかけします。」


と謝りつつ様子を見ると、古川様は私の意図を察してくれたようで、


「うむ。

 まぁ、表向きは赤竜帝の言う通りじゃからな。

 仕方なかろう。」


と苦笑いしながら答えた。

 大月様も、古川様に巫女様が憑依(ひょうい)している事を知っている筈だ。

 私は大月様に、


「この場合は、どのように振る舞うのが正しいのでしょうか。」


と尋ねてみた。すると大月様は、


「うむ。

 この場合は、見た目通りに対応するが筋と考えておる。」


と言って、古川様の方をちらっと見た後、


「古川様についても、非公式であるゆえな。」


と付け加えた。

 大月様がわざわざ『古川様は』と言わずに『古川様についても』と言ったということは、憑依されている場合は、非公式な行幸(ぎょうこう)(?)に当たると言っているのに違いない。

 いずれにしても、問題ないということなので、私は一安心した。



 少しだけ歩くと、とある店の前で大月様が立ち止まり、


「ここの小料理屋を取ってあるゆえ、(みな)、入られよ。」


と言って、二軒目に着いたことを教えてくれた。

 田中先輩が、


「ここか。」


と言うと、蒼竜様も、


「そう言えば、昔、(みんな)で来たか。」


(なつ)かしそうに言った。私は、


「いつくらいの話ですか?」


と聞くと、田中先輩は、


「俺が30、・・・いや、29の時か。

 まぁ、中に入ってからしてやろう。」


と言った。

 大月様が、


「そうであった。」


と言って、店の玄関の前に立っている中居(なかい)さんに声を掛けに行く。

 暫くして、店の中に通された。


 中居さんが、


「こちらの部屋にどうぞ。」


と言って、部屋に通してくれた。

 大月様が、


「こちらは、略席の宴席となるゆえ、ゆるりとお過ごしなされませ。」


と言った。大月様の言葉遣いが、普段とは違うようだ。

 私は、


「大月様、先程よりも丁寧ですね。」


と言うと、大月様は、


「うむ。

 先程、礼儀知らずのように言われたゆえな。」


と苦笑いをして返した。清川様が、


「いまさら遅いわ。」


と手厳しい。

 大月様は、


「申し訳ありません。」


と謝ると、古川様が、


「えっと・・・、ここは・・・?」


と憑依が解けたようだった。私は、


「はい。

 二軒目となります。」


と言ったものの、店の名前を知らないことに気がついた。

 私は、


「ところで、こちらは何と言うお店なのでしょうか?」


と大月様に聞くと、大月様は、


「うむ。

 ここは紅葉(もみじ)という店でな。

 飾り切りの美しい店なのだ。」


と説明した。私は、


「飾り切りというのは?」


と聞くと、蒼竜様が、


「山上は料理は出来るが、技は知らぬか。」


と意外そうな顔をした。私は、


「技と言いますと?」


と聞いたのだが、更科さんが、


「細工の事よ。

 色々と美しく盛り付けるの。

 まぁ、私は見る専門で、作る方は詳しくないけどね。」


と言った。雫様も、


「少しくらいなら、教えようか(たろか)?」


と言ってくれた。

 私は面白そうだと思い、


「出来るのでしたら、是非、お願いします。」


と笑顔で答えた。雫様が、


「出来るならとはなんや。

 出来るならとは。」


と不服そうに言ったのだが、蒼竜様が、


「山で、鍋に穴を開けた所を見られただろ?」


と春高山の件を持ち出し、雫様は、


「あちゃ〜。

 そうやった。」


と納得したようだった。

 蒼竜様が、


「山上。

 雫も知識()問題ないゆえな。」


とお墨付きをもらったので、私は、


「蒼竜様が(おっしゃ)るなら、安心です。」


と返す。雫様が、少し不満げな顔をしている。



 最初の料理が、運ばれてきた。


 お膳の上には、ご飯と味噌汁、奥付には新緑の芽吹きを表現しているのだろうか。間引きされたのであろうまだ小さい大根を蒸してしっかり蜷局(とぐろ)を巻かせ、葉を立てたものと、周りには細長く切った長葱(ながねぎ)をくるくると丸めて伸ばしたようなものが散りばめられている。

 味噌汁の中には、鈴のようなものが入っているようだ。

 雫様が私に、


「これは流石に分かるでしょ(やろ)

 まだ収穫には早い大根に塩をして蛇腹(じゃばら)包丁(ほうちょう)入れて、蜷局状にしたやつと、こっちのくるくるしているの(とん)は太めに白髪ねぎを作って棒に巻きつけた後、引き伸ばした物だろうね(んやろな)。」


と説明した。清川様が、


「そうじゃな。

 お題目は『春』じゃろうかの。

 大根の葉の透き通るような緑がまた、みずみずしさを際立たせておる。

 それと、周りの(ねぎ)が皿に動きを加えて楽しさが見て取れるの。」


と笑顔だ。

 私は、


「なるほど、そういうやって作るのですね。

 私はてっきり、あの大根は蒸したのだと思っていました。」


と言うと、雫様は、


「蒸したら崩れるやろ。」


と笑われてしまった。

 私は、


「それもそうですね。

 それで、あのお椀の中の鈴は?」


と聞くと、雫様は、


「なるほど、確かに解りにくいかもしれないね(んな)

 あれは『くわい』を鈴にしているのよ(とんやで)。」


と言った。私は、


「くわいと言うと、丸い玉に、ちょこんと(まげ)が生えているようなやつですよね?

 なるほど、確かにそう言われれば、玉の所の形を整えたら、鈴になりそうですね。

 ですが、この鈴の穴の部分はどうやって開けたのでしょうか?」


と感心しながら質問すると、更科さんも、


「くわいかぁ。

 確かに、不思議ね。

 包丁でえぐっても、ああはならないわよね。」


と首を傾げた。雫様が、


「それな。

 棒みたいな()差し込んで作ります(入れて作るんや)

 飾り切りには違いないけど、包丁じゃないよ(ちゃうで)?」


と簡単に説明してくれた。更科さんが、


「あぁ、道理で。

 包丁では無理と思ったのよね。」


と納得したようだった。


 大月様が、


「よし、では、改めて山上。

 一言頼む。」


と言ってきた。

 まさに、不意の一発。

 私は、


「えっと・・・。

 何を言えば・・・。」


と困ったのだが、古川様が、


「・・・簡単に経緯とか、・・・出てきて・・・どう感じた・・・とか?」


と言ってくれた。私は、


「先程も似た話をしまして・・・。」


と言うと、清川様が、


「そう言うものじゃ。

 新しく話を盛ろうとせずとも良い。」


と言って大月様の方を見た。

 大月様が、


「すみません。」


と一言謝ると、清川様は、


「説明して、やって見せてからやらせるのが良いじゃろう。

 困るのは、説明も何もしておらぬからではないかえ?」


と苦笑いだ。大月様は、


「申し訳ありません。

 ごもっともです。」


と返事をした。どうやら、今日は大月様の方も勉強の場のようだ。

 清川様は、


「山上も、ニヤニヤしている場合ではないぞ?

 先程、古川が説明したじゃろう。

 経緯やら感想など、思っていることをそのまま言えば良い。

 やってみよ。」


と言われてしまった。

 私は、


「すみません。

 では。」


と言って、戸惑いながらも、


「この度は、このようにお集まりいただき、ありがとうございました。」


と挨拶を始めた。

 更科さんが小声で、


「経緯、経緯。」


と言ってくる。私も小声で、


「分かっていますよ。」


と返事をしてから、皆に聞こえる声に戻して、


「思えば、私が捕まることになりましたのは、まず、菅野村から巫女様達の御一行と共に行くことになったのが発端でして。

 草むらで小便をした帰り、古川様に見つかったが運の尽き。

 そのまま山に連れて行かれて、あれやこれや狩りをさせられるようになりました。

 そのせいで、あろう事か主まで狩らざるをえない羽目になり、里に戻れば投獄。

 散々な目に会いました。」


としみじみ話した。そして、


「ですが、皆様のご助力もあり、無事こうして出てくることが出来まして。

 その上、このような場まで(もう)けていただき、皆様には感謝の(ねん)()えません。

 本当にお世話になりました。」


と挨拶をした。すると赤竜帝から、


「素直にとは言っていたが、その挨拶は流石に素直すぎるだろう。」


と笑いながらに突っ込みを入れてきた。

 清川様は、


「そうじゃぞ?

 運の尽きとはなんじゃ。」


と苦笑い。大月様も、


「うむ。

 それに、留め置かれただけで投獄ではあるまい。

 そもそも、地下牢は地獄ではあるまい。」


と渋い顔だ。古川様に至っては、


「御免、・・・なさい。」


と謝る始末。

 一気に、場の雰囲気を悪くしてしまった。

 私は、


「すみません。

 それは、私の言葉の選び方がまずかったのだと思います。」


とこちらも皆に謝ったのだが、赤竜帝が、


「まぁ、里に帰って、突然(みんな)と離されたに等しいのだ。

 地獄と感じる者がいても不思議ではないぞ?

 運の尽きだの、羽目だのその程度の言葉で済むなら良かったではないか。」


とやはり楽しげだ。

 田中先輩が、


「それより、酒はまだ出ないのか?」


と聞くと、皆がくすりと笑う。

 おかげで、少しは場の雰囲気が(なご)んだ。

 大月様が、


「酒は汁物を飲んだ後だ。

 少しくらい、我慢せい。」


と言ったのだが、田中先輩は、


「さっきも、盃が回ってきて少し飲んで終わりじゃないか。

 あんなので、酔えないだろうが。」


と文句を言った。大月様が、


「あぁ。

 もう分かった。

 そっちは手酌でやればよかろう。

 が、初献くらいは付き合うのだぞ。」


と苦笑いだ。赤竜帝が、


「ならば、こちらもいただこうか。

 大徳利(おおどっくり)だ。」


と田中先輩に乗っかる。

 紅野様が、


「少しは立場も考えられよ。」


と苦言を呈したのだが、赤竜帝は、


「祝いの席は、皆が楽しんでこそだ。

 作法もいいが、楽しめぬ者がおらぬようにするが一番だと思わぬか?」


(さと)すように説明した。大月様は、


「それでも、守っていただきたい作法もござります。」


と丁寧に言うと、赤竜帝は、


「最低限はな。

 が、飲むくらいはいいではないか。」


と返した。清川様が、


「飲まれぬのであれば、問題なかろう。」


と言った。なんとなく、山での庄内様の様子を思い出す。

 私は思わず、


「あぁ。」


と声を漏らしてしまった。それが清川様にも聞こえたようで、


「そう言うことじゃ。」


と眉を(ひそ)めながら同意した。


 大月様が咳払いをし、


「では、挨拶も済んだことである。

 召し上がられよ。」


と言った。

 私は突然の挨拶も終わり、すっかり肩の荷が降りた気がしたので、心置きなくご飯をいただく事にした。

 ご飯をひとくち食べ、味噌汁を(すす)り、飾り切りとかいう大根も少し(かじ)ってみる。

 竜帝城の揚屋の中で食べたご飯のほうが、実は美味しかったのではないか?

 そんな風に感じたのだが、これは黙っていることにした。


 今度は懐石料理になります。

 こちらも料理の方は適当なので、これはないよというのがあったらゴメンナサイ。(^^;)


 飾り切りは、食材の形を整えたり、切れ目を入れたりして綺麗に見せる切り方です。

 作中出てきた間引き大根は、蛇腹切りと言って、うすい切れ目をたくさん入れて塩をしてしんなりさせることで、まるで蛇のように曲げられるようになる切り方です。

 他にも、茄子や烏賊(いか)なんかでよくある網目状に切れ目を入れた鹿の子(かのこ)切りや、こんにゃくの真ん中に切れ目を入れて穴の中をぐるっと通して作る手綱(たずな)こんにゃく当たりが有名でしょうか。


 最後に、明日(7/19)は休みじゃないのね。。。orz


・食材の切り方一覧

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・懐石

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%87%90%E7%9F%B3&oldid=83490260


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