山頂でご飯を焦がしてしまった件
まどろみの中、耳元で、何か声がした気がした。
まぶたを開けようとしたが、眠気が勝るようで、まったく持ち上がる気配が無い。
しばらくして、頭が持ち上がり、頭の下が少し固くなった気がした。
寝返りをうち、ちょうど良い場所を探すが見つからない。
何かに腕を回すと、ようやく安定した。
また声が聞こえる。
私は顔を擦るようにしてから寝返りを打つと、何かから下に落ちた気がした。
まぶたはまだ重い。
今度は背中を揺すられた気がした。
声を出して抵抗しようとしたが、唸り声にしかならない。
しばらくすると、背中の近くに暖かさを感じたかと思うと、耳元近くでまた声が聞こえた。
私は声のする側に寝返りをすると、『ひゃひっ』という感じの声を聞いた気がした。
そのまま何かに手が当たったのでそのまま抱き枕にしようと抱き寄せた。すると、それは上へ、上へと逃げようとしている。そのうち、煎餅布団のような抱き枕から、やや柔らかい部分が顔に引っかかったようで、ちょうどよい感じで寝られそうだったので、そのまま両手でしっかり逃げられないように固定し、足もしっかり絡めて動けないようにして思いっきり頬ずりし、その抱き枕の柔らかな部分を堪能した。
妙に暖かくて落ち着いて、また深い眠りに落ちたのだが、ここで田中先輩の魔力の乗った声で叩き起こされた。
「お前ら、ちょっと目を離すとこれか”っ!」
私はびっくりし、抱き枕を強くギュッと抱きしめて目を開けると、頭の方から
「ぐぇっ!」
と、声が聞こえたが、私の目の前は真っ暗だった。
抱き枕に回した腕を緩めながら、
「夜襲ですか、田中先輩!」
と大声で聞いたところ、田中先輩は今度は落ち着いた声で、
「あぁ、そういうことか。
更科、いくらアレだからって、朝っぱらから夜這いするなよ。」
と少し笑いをかみ殺すように言った。私は訳が分からずに腕をといて抱き枕を離すと、それは更科さんだった。私は胸に顔を埋めて、しっかり抱きしめていたようだ。私は大慌てで、
「すみません!
寝ぼけていたとはいえ、申し訳ありません。」
と謝ると、ついさっき仲直りしたばかりだというのにやらかしてしまったと思った。頭からサッと血の気が引いていく思いだったが、更科さんから、
「その、足の方もしっかり固められているので、緩めてもらえると助かるかなぁ。」
と言って追い討ちをかけられた。その時はじめて、更科さんの足をしっかりと股に挟んで固定していることに気がついた。そう思うと、一気に湧き上がってきた自分の青さが外まで溢れ出してしまった。私はすぐに足を解いて、狭い天幕の中、犬の伏せのような土下座して更科さんに謝った。
「薫、本当にごめんなさい。
寝ぼけていたとは言え、結婚前の女の子にしていいことじゃありませんでした。
もう、本当に、ごめんなさい。」
すると更科さんは、
「頭を上げて、和人。
私も魔力に当てられてしまったからだと思うけど、ちょっとやりすぎてごめんなさい。
これは私も悪いので、お互いさまということでごめんなさい。」
と赤面しながら謝ってきた。すると、田中先輩が話に割り込んできて、更科さんに向かって、
「おまえ、実は魔力云々は関係ないんじゃないのか?
昨日のアレも、今思えば当てられたにしては不自然だった気がするぞ?」
と聞くと、更科さんは、
「魔力に当てられてしまったんだと思います。」
と赤面しながら強調していた。田中先輩は、私の方が被害者だ確信しているようで、
「まぁ、そういうことにしておいてやろう。
山上、大丈夫だったか?」
と、更科さんではなく、私の方の心配をしてきた。私は、着ているものを汚してしまっていたので、
「すみません。
ちょっと被害がありまして、既に手遅れです。
済みませんが、袴を洗ってきてもいいですか?」
と、涙目になりながら返事をした。すると、更科さんも申し訳なさそうに、
「すみません。
私も既に手遅れなので、着替えてきます。」
と、これまた涙目になりながらそう言った。
更科さんはもう一方の天幕に、自分の背嚢を持って着替えに行った。どうも、替えの服をもう一着持ってきていたようだ。用意周到というか、女の子の荷物が多いのはこういうことかと思った。
私の方はと言うと、着替えなんて持っていなかったのだが、ここの水源といえば田中先輩の魔法しかない。
仕方がないので、私は袴とふんどしを脱いだあと、田中先輩に水を出してもらった。
まずはふんどしを洗い始めたのだが、田中先輩は、
「山上、俺は結構長く冒険者のポーターとかもやっていたがな、こんな状況になったのは初めてだぞ。
まぁ、今回、更科を連れてくることになった原因の一端は俺にもあるので、手伝ってはやるがな、分かるだろ。
普通はそれとなく、どっかで抜いとくもんだ。
夜、たくさん時間はあっただろ?」
と言ってきたが、私はバツが悪くて、顔も上げられずに、
「はい。
すみません。」
と、平謝りしたが、私はあの状況だったら、事前に何をやっても無駄だっただろうなと思った。
ふんどしを洗い終わって袴を洗い始めたころ、焦げ臭い匂いが漂ってきた。
周囲を見渡したところ、飯盒が炉にかけっぱなしで、そこから煙が出ているのを見つけた。
私は慌てて洗いたてのふんどしで飯盒の柄を掴み、ひっくり返して地面に置いた。私は、
「田中先輩、ひょっとしたらご飯は駄目かもしれません。
その、匂いもそうですが、ひっくり返した時の感触からすると、中身もかなり焦げ付いているような気がします。」
と悲しい報告をした。田中先輩は、
「あぉぁ、、、。
そうか。
まぁ、焦げてしまったもんはしょうがないな。
みそ汁はどうだ?」
と聞いてきた。私は鍋を見たのだが、煮詰まってはいるもののまだ大丈夫そうだったので、
「水を足せばなんとか飲めると思います。」
と答えた。具は煮詰まってなくなってしまったのだろうか、ダシの昆布以外、何も入っている雰囲気が無い。
ふと箱の中を見ると、昨日、みそ汁の具にとっておいた牛蒡や人参が残っていた。
私は、これから煮ても火が通らないだろうと思ったので、野菜は見なかったことにした。
一応、飯盒を蒸らした後、ふたを開けてみると、飯盒の底や端の方は炭化していたが、上やまん中の方のご飯にはあまり被害がなくてほっとした。
「田中先輩、ご飯の方も何とか食べられそうです。」
と言うと、田中先輩は
「やはり、朝は飯を食わないと力が出ないからな。」
と言って、ほっとした表情をした。ご飯を装った後、田中先輩に、
「これから昼のおむすびを握ろうと思うのですが、この炭が邪魔で、飯盒でご飯が炊けなさそうです。
どうしたらいいでしょうか?」
と聞いた。すると、田中先輩は、
「山上、重さ魔法使えたよな。
あれを加減するとな、炭だけ内側にガリっととれると思うぞ?
やってみろ。」
と返してきた。私は、
「分かりました。
挑戦してみますが、もし飯盒を壊したら申し訳ありません。」
と言って、先に謝ってから、炭を内側に折るイメージで重さ魔法を集めてみた。
すると、少し手応えは歩きがするのだが、炭がはがれる気配は無かった。
「申し訳ありません。
私には制御は難しいようです。」
と謝ると、田中先輩は、こともなげに
「こんな感じな。」
と言って、簡単に焦げ付きをとってしまった。私は密かに、田中先輩が一家に一人いると便利だろうなと思った。
「ちなみに、穴が開いたら錬金な。」
と言っていた。
その後、昼のおむすびのために飯盒にを火にかけたところで、更科さんが着替え終わって、こちらにやってきた。全員集まったので、具の無いみそ汁と焦げをどけたご飯で朝食を済ませた。
その後、みんなで食後のお茶を飲んでいるとご飯がいい感じに炊けたので、私は昼用のおむすびを作った。
田中先輩が、
「更科はやらないのか?」
と聞いたところ、更科さんは、
「おむすびは、まだ練習中です。
その、私が握ると、何故かまとまらないのですよ。」
と申し訳なさそうに行ってきた。私は、
「力加減が難しいので、仕方がありませんよね。」
と言うと、更科さんは、
「そうなんです。
握っても、指の形がくっきり出て難しいですよね。」
と、私の意見に便乗していたが、私の手元のおにぎりを見て、裏切り者を見るような目で睨まれてしまった。私は、
「ほら、私は農家の出なので、こういうことも小さいころからやっていたのですよ。」
と、慌てて取り繕った。
そうこうしているうちに、おむすびも握り終わり、火の始末が終わったころ、田中先輩は、
「これから、天狗草の採取な。
どうせ、こんな山の中で盗るような奴もいないしな。
箱詰めとかの片付けは戻ってきてからにしようか。」
と言ったが、天幕だけは、更科さんが片付けてくれた様だった。
こうして私たちは、ようやく山頂付近に生えている天狗草の採取に向かったのだった。
山上くん:具のないみそ汁はちょっと。。。
更科さん:切っていなかったから、何も入れないのかなと思って。。。
山上くん:ごめん、準備忘れていたんだ。。。(--;)
田中先輩:(山上、これから苦労するな。。。)
ムーちゃん:(キッキッキッ、キュー。)