ある事ない事
田中先輩に、昔何があったのだろうか?
私は好奇心で、
「田中先輩は、瓦版に何か書かれたことがあるのですか?」
と質問をした。
瓦版になるのであれば、大きな事件か何かの筈だ。
私がそんなふうに考えていると、赤竜帝が、
「この中に、関係者がいたりするのか?」
とやんわりと確認した。田中先輩は、
「まぁ、そうだな。」
と曖昧に答えた。
赤竜帝が少し考え、
「土蜘蛛か空鯨の件か?」
と聞くと、田中先輩は、
「まぁ、その時もちょっとあったか。」
と話した。
私は、田中先輩が最初に思いついた話とは違うようだったが、
「ちょっとと言いますと?」
と合いの手を入れた。
すると田中先輩は、
「あまり根掘り葉掘り聞くもんじゃないぞ?」
と前置きをしつつも、話をし始めた。
田中先輩は、
「あれは隣の国から来たという妖狐を撃退した時だったか。
あの事件の後、広重が討伐に参加した超級の奴らと俺を呼び出したんだがな。
帰ってみたら、俺が広重の・・・あれだ。
関係があるという事になっててな。」
と不快そうに話した。広重というのは、赤竜帝の名前だったか。
私は妖狐なら私でも倒せたくらいだから、何故『超級の奴ら』と複数形だったのだろうかと不思議に思ったが、それよりも気になることがあったので、
「関係があるというのは?」
と質問をした。だが、更科さんから、
「和人は知らなくていいの。」
と冷ややかな口調と冷たい視線で止められた。
私は思わず、
「ひゃいっ。」
と声を裏返して返事をすると、女性陣からクスクスと軽く笑われた。
赤竜帝が、
「なんで、そんな話になったんだ?」
と聞くと、田中先輩は、
「お前、あの席で『後で寝屋に来るように』って言っただろ?
それから俺だけ、2日遅れて帰ったんだ。
瓦版の連中、それを超級から聞いたんだろうな。
ある事ない事、適当に面白おかしく書き散らしやがってな。
特に、女どもが買うのなんの。
お陰で街中噂でな。
こっちは白い目で見られて、散々だったんだからな?」
と文句を言った。
大月様が、
「それは、竜の里でも刷られていたあれか?」
と質問をした。
刷ると言う事は、竜の里でも瓦版が刷られていたという事なのだろうか?
蒼竜様が、
「恐らく、そうであう。
しかし、こうして聞くと、やっている事は竜人も人も変わらぬな。」
と言った。私は、
「何が書いてあったのですか?」
と聞くと、大月様が、
「確か、『尻尾切り、寝屋に呼ばれる』というやつであろう?」
と確認すると、意外にも紅野様が
「儂も覚えておるぞ?
『尻尾切り、彦星なのか織姫なのか』など書かれたものもあったであろう?」
と話に乗ってきた。蒼竜様が、
「確かござりましたな。
丁度時期であったゆえ。」
と返事をした。蒼竜様は赤竜帝には普通に話すのに、紅野様には丁寧に話すようだ。赤竜帝のほうが身分が上なので、何となく変な感じがする。
佳央様が、
「ところで、なんで織姫まで?
何か変じゃない?」
と訝しそうに尋ねた。
言われてみれば、その通りだ。
私も気になるが、他の人は分かっているのか苦笑いを浮かべている。
更科さんが、そっと佳央様に耳打ちをする。
すると佳央様は、
「なっ!」
と一言。同時に真っ赤になってしまった。
私は更科さんに、
「何と言ったのですか?」
と聞いたのだが、更科さんは、
「和人はまだ知らなくていいのよ。」
とニコニコしながら言われてしまった。
横山さんが興味津々に、
「それで、実際は部屋で何をしていたの?」
と確認する。
すると田中先輩は、眉を顰めながらも、
「何もない。
昔話をしただけだ。」
と簡潔に説明した。誤解されないようにという意図からか、いつもよりも更にいい声を作っている。
横山さんが、
「で、どのくらい話してたの?」
と聞くと、田中先輩は、
「まぁ、その日は1〜2刻くらいか。」
と答えた。赤竜帝が、
「あの時、お前も呼んだが来なかったよな?」
と蒼竜様に言うと、蒼竜様は、
「拙者も?
どうだったであろうか・・・。」
と首を傾げた。行かなかったのなら、印象に残っていなくても仕方がないに違いない。
田中先輩が、
「そう言えば、差しだったな。
何か、用事があると言っていた筈だが、流石に10年も前の事だ。
さっぱり思い出せん。」
と苦笑いした。
横山さんが、
「なるほど、私室で二人きりだったと。」
と少し真面目な顔を作って、田中先輩をからかい始めたようだ。
田中先輩が、
「やめてくれ。」
と苦笑いをする。
が、大月様が、
「そういえば、赤竜帝もご独身にて・・・。」
と言い始め、横山さんの田中先輩向けた目が胡乱なものに変わる。
赤竜帝も不快だったらしく、大月様に鋭い視線を送ると、
「大月は確か、山上の教育係だったな。
次はどの様な仕事がしたいか、言ってみるが良い。」
と少し威嚇しながら話した。大月様、慌てて、
「いえ、小生はその様な邪推はしておりませぬ!
事実を確認しただけにて!」
と言い訳を返した。
暫しの静寂・・・。
いや、他の部屋からか微かに三味線の音が聞こえているか。
田中先輩が少し吹き出しながら、
「広重のは、冗談が分かりにくいからな。」
と笑うと、大月様が、
「そうなのですか?」
と赤竜帝を見ながら確認した。すると蒼竜様も、
「いくら赤竜帝でも、私情で人事は通しはすまい。」
と苦笑いをした。そして、
「せいぜい、就任を引き伸ばせるくらいであろう。」
と付け加えた。私が、
「引き伸ばすと言うのは?」
と聞くと、蒼竜様は、
「『この人事はどの様な理由か』と尋ねると引き伸ばす事ができる。
言われた人事の者は、指摘された人の周辺やら素行やらの調査をして、その人物が問題ないことを説明するのだ。
何も出てこねば、ただ、それだけで終わる。
その調査の間、人事が決まるのが伸びるだけで終わりだ。」
と説明した。赤竜帝も、
「人事も、上から指示されたからと言って無理やり駄目な証拠を作ったりするような事はせぬ。」
と説明した。私は、
「それでは、大月様と言うよりも、人事の人達への嫌がらせじゃないですか。」
と正直に感想を言うと、赤竜帝も分かっているようで、
「うむ。
ゆえに、後ろめたい話が持ち上がっている者だけに、そのように確認するのだ。
そうせねば、回らぬからな。」
と少し笑った。
すると大月様が、
「そうでしたか。
いや、お人が悪い。」
と苦笑いした。
田中先輩は、
「こいつ、たまに公式な場でもやらかすらしいぞ?
蒼竜が、尻拭いで大変だとか言っていたからな。」
と笑うと、蒼竜様は部下だから否定するかと思いしや、
「ほどほどに願います。」
と文句を言った。だが赤竜帝は、
「暇よりはいいだろ?」
と反論した。恐らく、これも冗談なのだろう。
口調が普段と変わらないので、分かりにくい。
田中先輩が、
「あんまり言っていると、耄碌したと思われるぞ?」
と窘めたのだが、赤竜帝は、
「そうか?」
と余り分かっていないようだ。
田中先輩が、
「そういう所だぞ?
そもそもお前、どう反応するか概ね分かってやっているだろ。」
と呆れた口調だ。蒼竜様も、
「そうでないと、竜帝ほどの役職が務まろうはずもないからな。」
と付け加えた。
赤竜帝が、
「そんなことはないぞ?
やれば、蒼竜でも務まろう。」
と言った。
突然、紅野様が、
「それでは困ります。」
と割って入ってきた。古川様も割って入ってきて、
「いや、別によいじゃろう。
向かう方向が安寧なら、誰が努めようと変わらぬ。
世を乱す輩が竜帝にならねば良い。」
と気分良さそうに言った。清川様が慌てて、
「極論ではそうかもしれませぬが、安定している世をわざわざ乱すような事もありますまい。」
と諌めると赤竜帝も、
「まぁ、確かに極論であるな。」
と同意する。
田中先輩が、
「つまり、山上でもいいという事か?」
と聞くと、清川様、古川様、紅野様、蒼竜様、佳央様、大月様、雫様が図ったかのように、
「「無理じゃろう。」」「「ない。」」「ないわね。」「なかろう。」「あれへんわ。」
と一斉に否定した。雫様が、
「まぁ、ネタとしては面白いけどね。」
と笑いながら付け加える。
だが赤竜帝は、
「黒竜帝の魂を引き継いでいる今、まったく資格がない訳でもないぞ?」
と笑いながら一言。佳央様も、
「まぁでも、そんな事になったら、海千山千の官僚たちに言いくるめられて、政が大変な事になるんじゃない?」
と笑いながら言うと、田中先輩も、
「確かに、お飾りにされるか。」
と同意した。赤竜帝が、
「そこまで、意思が弱いという訳でもないだろ?」
と言ったのだが、蒼竜様が、
「意思が強くても関係はないと思うが。
例えば官僚が念入りに準備し、こっちが正解だと言えばそう思うのではないか?
これはこれで危うかろう。」
と苦笑いした。
更科さんが、
「今日は和人が主賓だから赤竜帝が持ち上げようとしているのに、他の人が一斉に下げに掛かるのも、ちょっと面白い光景ね?」
と話しかけてきた。古川様が、
「なかなか、楽しい光景じゃな。
よきかな、よきかな。」
と満足気だ。
私は、
「こういう席を開いていただいて、有り難い限りです。」
とお礼の気持ちを言ったのだが、大月様から、
「楽しんでもらえておるなら何より。
が、最後の〆もしっかりとな。」
と言われ、若干不快に思った。
大月様は、ほとんど手付かずの私のお膳の状態を見ていないのだろうか?
一言も考えられていない〆の挨拶。
私がまた途方に暮れていると、大月様が襖越しに誰かと話をしていた。
私はどうしたのだろうかと思ったのだが、大月様は、
「では、ご一同。
一旦、こちらへ。」
と言って襖を開け、部屋を出るように促した。
更科さんが、
「これから、一旦休憩ね。」
と説明してくれる。私は、
「そうなのですか?」
と言いながら部屋を出た。
私達が全員出た後、中居さんが一斉に部屋の中に入るのが見えた。
私は、
「あれは、何をしているのでしょうか?」
と聞くと、更科さんが、
「休憩している間に、お膳を取り替えるのよ。」
と説明してくれた。
だが、私はお膳にほとんど箸を付けていない。
私は、こんな事なら無理をしてでも食べておけばよかったと後悔したのだった。
瓦版は、言わずとしれた江戸時代の新聞みたいなものです。
天変地異やら心中から妖怪話まで、売れると思ったら何でも書いていたようです。
そのためかガセネタも結構多かったのだとか。
あと、心中や心中物は幕府の取締対象になりましたので、心中を瓦版のネタにするのも取締対象になったようです。ただ、心中も心中物も、幕府が取り締まったからと言って、止められるものでもなかったようですが・・・。(--;)
・瓦版
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・心中
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