お前が主賓(しゅひん)だろ
私達は竜帝城の門から、お祝いの準備がしてあるお店に移動していた。
道中、各人に出迎えてきたお礼やらお詫びやらを話し終わったので、私は牢の中で気になっていた事を聞く事にした。
私は手始めにと思い、更科さんに、
「すみません。
家賃とかどうしたか聞いてもいいですか?」
と質問した。だが、更科さんからジト目で、
「それは、家に帰ってからで良くない?」
と言われてしまった。私は、
「それはそうなのですが、牢中、色々と気になってしまいまして。
巫女様達への支払いの件とか、道中狩った物の換金とか。
それで一先ず、思いついた物から順番に聞こうと思いまして。」
と説明した。だが、これだと佳央様や更科さんを心配していないみたいだという事に気がついた。
私は、取ってつけたようで怒られるかもしれないとも思ったが、
「勿論、牢に入っていた時、佳織や佳央様がどうしているか心配でしたよ?
ですが、こうして迎えに来てくれて、元気なのは見て分かりましたので。」
と付け加えた。すると更科さんは、
「今思いついたんじゃないの?」
と言いがかりを付けてきた。というか、臍を曲げている?
だが、私に曲げられるような心当たりはない。
私は、
「本当ですよ。
迎えに来てくれて、元気そうで安心しましたから。
会ってすぐに伝えましたよね?」
と返事をした。しかし、更科さんは少し怪訝な顔をして、
「そうだったかしら。
私には言ってないわよ?」
と疑ってきた。私は、
「伝えましたよ?」
と返したのだが納得した感じではない。
大月様が気にかけてくれたようで、
「ん?
喧嘩か?」
と聞いてきた。私は、
「いえ、その、内輪でお恥ずかしいのですが・・・。
先程、私が皆に心配していた事を伝えたかどうかで齟齬がありまして・・・。」
と伝えた。すると大月様は、
「確か、『元気そうで何より』と言っておったと思うが。
だが、奥方殿は聡明ゆえ、そこではないのではないか?」
と指摘した。私は、
「そうなのですか?」
と更科さんに聞くと、更科さんは申し訳なさそうに、
「その・・・。
大月様にお話するような内容ではありませんが・・・、皆には言っていましたが、私には・・・。」
と目を逸らしながら返事をした。
記憶を辿ってみると、細かい話だが、最初に更科さんと話した時、『皆も元気そうで何よりです』と言ったが、その後は、各々の名前を呼んで挨拶をしていた筈だ。更科さんだけに向けた言葉は、掛けていないという事になる。
私は、
「・・・すみません。
そう言うことでしたら、私の配慮が足りませんでした。」
と謝った。私はほとほと考えが浅い。
私は牢中で考えていた事も思い出し、
「その・・・、これだけではなく、色々と抜けている所がありまして。
正直に言うと、牢の中に入れられてから自分の事ばかり考えている事に気がついて、私に結婚する資格があったのかなどと考えてしまったり・・・。」
と告白した。更科さんは慌てて、
「うぇ?!
えっと・・・、どうして?」
と取り乱したので、私が説明をしようとした所、更科さんは、
「その前に、いきなりこんな所で言う話でもないでしょ?
まずは、ちゃんと二人の時に・・・。」
と少し落ち込んでいるようだ。
どうして、こんな反応になったのか?
私は不思議に思ったので質問しようとしたのだが、雫様が先に、
「まぁ、そやな。
別れ話は、いきなり往来でやるものではないね。」
と言ってきた。
──そう受け取ったのか!
私も慌てて、
「いえ、誤解です!
そうではありません!」
と否定すると、佳央様が、
「じゃぁ、どんなつもりだったの?」
と聞いてきた。私は少し早口で、
「心構えの問題です。
別れるなんて、これっぽっちも考えていませんよ。
長屋とは言え、家長には違いないのですから、家族の心配を一番にするべきなのに、自分がどうなるかとかそんな事ばかり考えていましたので。」
と理由を説明した。すると大月様が、
「牢に入れられて動揺したのであろう?
わざわざ話す事でもあるまい。」
と呆れたようだ。蒼竜様は、
「うむ。
それに金石からも、家族に手紙を出そうとしていた事は聞いておる。
結局、墨が無くて書けなかったと聞いているが、普通は3日と思えば連絡せぬ者が多かろう。
十分に考えていたのではないか?」
と言った。雫様も、
「そやで。」
と事前に話を聞いていたのか、蒼竜様に同意する。
私は、
「それはそれ、これはこれです。」
と言ったのだが、佳央様は冷静に、
「話がずれてるわね。
家長としての自覚が足りなかったって言いたいだけでしょ?」
と一言で纏めてくれた。更科さんは少し落ち着いたようで、
「そういう事ね、和人。
それなら多分、結婚したては皆そうなのよ。
私が小さい頃だけどね。
お祖父様がお兄様に、家長の自覚が出来たのは子供が出来てからだって話をしていた事があったの。
だから、まだ自覚を持つには早いんじゃないかしら。」
とニッコリしながら説明した。
雫様も、
「まぁ、確かに。
何かきっかけでもないと、結婚してすぐ家長だって自覚も芽生えないわよね。」
と同意する。私は、
「お祖父様が言っていたと言うのなら、私にはまだ早いのかもしれませんね。
でも、気構えだけは持っていたいと思います。」
と宣言した。
更科さんが、
「じゃぁ、まずは子供ね。」
と照れながら言ったので、私は、
「お祖父様のきっかけは子供が出来た事だったかもしれませんが、今回の件だって立派にきっかけになると思います。
なので、そんなに急がなくても良いんじゃないかな?
そもそも、勉強している身で子育てもというのは大変そうですし。」
と返した。更科さんは不服そうな表情だったが、佳央様の方をちらっと見てから、
「そうね。」
と言ったので、分かってくれたようだった。
そうこう話をしているうちに、今日のお店に着いた。
店には、葡萄色の暖簾に、白抜きの蜻蛉や芒が描かれている。
私は、
「こちらは、何というお店でしょうか?」
と聞くと、大月様が、
「ここは、待宵という料亭である。
中で見知った者も待っておるゆえ、楽しみにするが良い。」
と答えてくれた。
私は、
「見知った人ですか?」
と聞くと、蒼竜様が、
「まぁ、入ってのお楽しみだ。」
と言って、少し笑っている。
どうやら、大月様だけではなく、蒼竜様も中で待っている人の正体を知っているようだ。
私は、誰だろうかと思いを巡らせるも、入ればすぐに分かると考え、
「分かりました。
でも、一体誰が待っているのでしょうか。
楽しみです。」
と言って笑ってみせた。
店の中に入り、上り框で腰を下ろしてすすぎをしてもらう。
履物は、店の人が片付けてくれるようだ。
仲居さんの案内で、『岩清水の間』という部屋に通される。
部屋の中に入ると、座布団がいくつも置かれていたのだが、そこには赤竜帝と、紅野様、それと田中先輩が座っていた。何故か、上座が4つも空いている。
私は席順も気になったが、兎に角、田中先輩に挨拶をしようと思った。
だが、ニヤニヤした表情の田中先輩の方が先に、
「お前、捕まってたんだってな?」
と声を掛けてきた。
私は、
「これは田中先輩。
ご無沙汰しております。
まさか、この様な所で会えるとは思ってもいませんでした。」
と挨拶を返すと、田中先輩は、
「まぁ、色々あってな。」
と返してきた。
私は蒼竜様と大月様、佳央様がいるので、その後ろになるように座ろうと移動したのだが、田中先輩から、
「山上。
今日はお前が主賓だろ?
上座に座れ。」
と言われた。
この面々で、私には上座に座る勇気がない。
私は慌てて、
「そんな、心の臓に悪い事を言わないで下さいよ。」
と言ったのだが、赤竜帝も真面目に、
「今日は、ただ呑もうという訳ではない。
山上が主賓なのだろ?」
と言ってきたのだが、明らかに目が笑っている。
私は、
「そんな、意地悪を言わないで勘弁して下さい。」
と困ってしまった。
助けてもらおうと更科さんを見ると、更科さんは、
「今日は和人のお祝いなんだから、行ってくれば?」
と言ってきた。疑問形で言わないで欲しい。
私は、
「そうは言いましても・・・。」
と言い淀むと、佳央様がにこやかに、
「作法よ。
行ってらっしゃい。」
と言って背中を小突いてきた。
私は、
「そんな、殺生な・・・。」
と言ったものの、渋々、掛け軸の前の一番の上座に腰を下ろしたのだった。
作中の葡萄色は、山葡萄の濃い赤紫色となります。
こちらの色は、現代では海老茶と混同されている事がある・・・、というか、お恥ずかしながらおっさんもその口でしたが、ちゃんと別の色なのだそうです。
音が似ているとは言え、漢字で書くと葡萄と海老で全然違うわけなので、おっさんの歳で混同していたのは、ちょっと恥ずかしかったなと思う次第でして。。。(--;)
・葡萄色
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