どの様な申し渡しがあったとしても
例によって少し汚い話がありますので、お食事中の方は後でお願いします。(--;)
手元にあるのは、筆と紙のみ。
唾を付けた所で、すぐに乾いて読めなくなる。
かと言って、血判状・・・、いや血文と言ったか。文字を血で書くのは大げさだ。
里の墨は、魔力で見ると暗い所でも読めることを思い出す。
あれは一体、どうやって実現しているのだろうか?
確か、魔法の成分が含まれているという話だったが、ひょっとして筆に魔法を込めれば書けないだろうか?
それとも、墨は水みたいなものだから、唾液に込めると掛けるのだろうか?
そんな風に思ったのだが、牢内は魔法を使ってはいけないという話だったので、この方法は諦めることにした。
他には、どんな方法があるのだろうか?
樋箱に出したものを、筆でちょいと・・・。
これは臭うから、止めておこう。
そんなしょうもないことを考えているうちに、夕食の時間が訪れた。
結局手紙は書けなかったが、これは仕方がない。
今日はいつもの麦飯とよく分からない白い物が入った吸い物、それと春菊のお浸しだろうか。
吸い物を一口啜ると、ふんわりとした柚子のよい香りがする。よく見ると、底の方に黄色い柚子皮が沈んでいた。
白いものは、見た目からシャキシャキしているのではないかと思ったのだが、逆に柔らかくなっており、すっと歯が入って少しだけ口に甘みが広がる。この微かな甘みでも、頬を緩ませるには十分だ。
春菊のお浸しも、食べる前は苦味があるだろうと思っていたが、予想に反して苦味はほとんど無かった。それどころか、出汁が染み込ませてあり、意外にいけるものだと感心する。よく見ると葉の柔らかい部分だけしか使っていないようなので、苦味が少ないのはこれが原因かもしれない。
牢の中は暗いし気も沈みがちになるが、相変わらずこの食事だけは捨てたものではない。
夕食に舌鼓を打った後、金石様に、
「ご馳走様でした。
大変美味しかったです。」
と言ってお盆を下げてもらった。
そっと、樋箱のお願いもする。
今晩寝たら、明日は裁定が下る。
私は、取り調べの様子を思い出しながら、何事もなく終わってくれればいいがと思いつつ、寝ようとした。
だが、今日もまた昨日と同じ牢破りの竜《・》人がやってきた。
赤竜帝だ。
私は、どうせ土下座しても頭を上げろと言われるだろうと思い、そのままで、
「こんばんは。
本日もいらっしゃったのですね。」
と声を掛けた。
すると赤竜帝は、
「うむ。
が、少し馴れ馴れしくないか?
少しは頭を下げたらどうだ。」
と楽しそうに言ってきた。私は、
「では、これからずっと土下座をさせていただきます。」
とお伺いを立てるように聞くと、赤竜帝は、
「そのように言うものではない。
が、どうせ今日も時間があるまい。」
と苦笑いをした。
私は、赤竜帝が来たのは、昨日の続きを話そうと考えてだろうと気楽に思っていたのだが、それに反して赤竜帝は襟を正し、
「明日、どの様な申し渡しがあったとしても暴れぬようにな。」
と真面目な声で告げた。私は思わず、
「詳細を聞いても宜しいですか?」
と真剣に聞き返したのだが、赤竜帝は、
「それは、まだ言う訳にはゆかぬ。
が、主を倒せば山が荒れる。
これがどれだけ大事か、ちゃんと考えておくのだぞ。」
とだけ言うと、
「今日、伝えたかったのはこれだけだ。
では、また明日。」
と言って、牢の入り口の方に戻っていった。
私は一瞬呆然としてしまったが、『一族郎党』という場合がある事が頭を過り、慌てて土下座して、
「どのような言い渡しであっても謹んでお受けしますが、佳織や佳央様にはお咎めがありませぬよう、ご配慮をお願いします!」
と地面に頭をつけた。赤竜帝の足音が止まり、
「そのような事はせぬ。
そこだけは安心して明日を迎えるがよかろう。」
と言った。
一番欲しい言質が取れた。
私はそう思い、
「ありがとうございます。
この恩は、一生忘れません。」
と地面に頭を擦り付けるようにしてお礼を言った。
すると、赤竜帝は、
「少々大げさではないか?
まぁ、良かろう。」
とやや苦笑いしたようにも感じられたが、それからはそのまま牢から出ていった。
隣の桶屋から、
「えらい事になったねぇ。」
と小声で話し掛けてきた。
雫様の妹の・・・、瞳様だ。
私は、印籠のようなもので隣に音が聞こえないように出来る事を思い出し、不審に思ったが壁まで寄って、
「聞いていたのですか?」
と返事をした。
瞳様が、
「なんだい?
その間は。」
と訝しげに聞いてくる。私は、
「いえ、話が聞こえていたのかと思いまして。」
と返すと、瞳様は、
「隣で話してりゃ、そりゃ、聞こえるだろ?」
と当然のように言ってくる。
赤竜帝は、印籠のようなやつを持っていなかったのだろうか?
私は、
「そうなのですか?
でも、耳がいいのではありあせんか?」
と聞くと瞳様は、
「そりゃ、竜人なら耳がいいに決まってるだろ?」
と言ってきた。
本当にそうなのだろうか?
勘が良ければ、赤竜帝の所作を見て推測しているのではないだろうか?
これなら、印籠の件とも話の辻褄が合う。
私は少し間を置いて、
「・・・それもそうですね。」
と答え、渡りに船かもしれないと思い、
「聞いていたのなら、話が早いです。
ですが、瞳様に質問したいのですが、もう少し、時間をいただきたく。」
と付け加えた。瞳様が、
「なんだい?
面倒なのはゴメンだよ?」
と言ってくれた。私は、
「はい。」
と答えた。
赤竜帝が考えろと言っていた主がいなくなった後の影響は、普通に考えれば、森が荒れるという事だろう。
だが、わざわざここに来てまで、みんなが言っているような事を質問するだろうか?
そう考えた私は、その先に聞かれるであろう、打開策について考えていた。
例えば、森の主を育てるというのは可能なのだろうか?
確か、瞳様は戦に備えて大蛇を3匹作って乗り込んだと言っていた。
作るというのは、育てるという意味ではないだろうか?
そんな事を考えていると、瞳様から、
「まだかい?」
と言ってきた。私は、
「すみません、お待たせして。
まだ、頭の中で質問にまとまりきれませんで・・・。」
と言ったのだが、纏めきれるとは限らないと思い直し、
「丸投げですみませんが、どうすれば主を育てる事ができるのでしょうか?」
と質問した。すると瞳様は、
「あぁ、主を育てたら、許してもらえるんだったね。」
と返してきた。赤竜帝は、主を倒した事がどれだけ大変な事か考えろとは言っていたが、主を育てろとまでは言っていない。どうやら、瞳様は当てずっぽで話をしているようだ。
だが私は話の調子を合わせたほうがスッキリ答えてくれるだろうと思い、
「はい。」
と返した。
だが瞳様は、
「なるほどね。
だが、そっちは私の専門じゃなくてね。
雫に聞いた方がいいだろうよ。」
と話した。私は、
「そうなのですか?
でも、瞳様も大蛇を準備したのでしたよね?」
と聞いてみた。しかし瞳様は、
「それは、まぁ、そうなんだけどね。
私は捕まえたけど、雫は育てたからねぇ。」
と話した。
私はすっかり忘れていたが、春高山で蒼竜様に修行をしてもらっていた時、狂熊王を育てたのは雫様ではないかという話があった。
その後、あの話の結末を私は聞いていなかったが、あれは結局どう扱いになったのだろうか。
雫様がここに捕まっていないと言う事は、恐らく、お咎め無しとなったのだとは思うが。
私は、
「やはり、狂熊王は雫様が育てたのですか。
実は、私は最後までその話を聞いていませんでしたので。」
と言った。瞳様が、
「ん?
聞いてないのかい?
でも、まぁ時間も経ってるし、その話は出回ってるんじゃないのかい?」
と聞いてきた。私は、
「どうなのでしょうか。」
と首を捻ると、瞳様は、
「でも、まぁ、問題になってるならとっくにここだろうね。」
と答えた。
私も、
「それもそうですね。」
と気楽に相槌を打って瞳様との会話は終わった。
私は、早速寝るべく、茣蓙にくるまった。
今日は、取り調べがあったり、赤竜帝が課題を言い付けていったりと色々とあった。
そして、まだ解決していないのは、赤竜帝の課題だ。これが解決しないうちは、寝るに寝られない。
赤竜帝は私に、主を倒したことがどれだけ大変なことか、ちゃんと考えるようにと言っていた。
確か巫女様は、主を倒せば次の主が決まるまで、数年は山が荒れると言っていた。
そうなれば動物の気性も荒くなり、湖月村の人たちは山に踏み入って薪を集めるのも大変になるだろう。動物を狩る職業の人はもっと困るに違いない。沢山の人が迷惑を被る事になる。
考えれば考えるほど、主を狩ったのが軽率に思えてきた。
だが、あの時に狩らねば主が天幕までやってきて、佳央様や更科さんを危険に晒す事になったに違いない。
あの時は、ああするしかなかったのだ。
山が荒れる期間を短くする方法としては、どんな事が考えられるか?
手っ取り早いのは、誰か強い人か竜人に、主の代わりとして山に引っ越してきてもらうという手ではないだろうか。だが、それを言うと、私が山に住むことになってしまうかもしれない。
山の中でずっと暮らすというのは、私には想像できない。
であれば、やはりその地に住む動物が良いに違いない。
例えば、早めに山の主が決まれば、山が荒れる期間も短くなる筈だ。
雫様が山の主の育成に協力してくれれば、人や竜人に都合の良い主が出来るのではないだろうか。
きっと、これが最良の案に違いない。
私はそんな事を何度も考えているうちに、寝落ちしたのだった。
血判状というのは、機密保持や離脱禁止等の契約を結ぶため、自分の氏名と指紋を血で捺印したものとなります。
農民が一揆を起こす前、連名する時に裏切らないように血判状を作ったというのは有名だと思います。
血判状の正式なものは熊野神社の総本山で作られた牛王宝印を使うのが習わしだそうで、誓いを破ると、八咫烏が1羽死に、誓いを破った者も吐血して死ぬという触れ込みだったそうなのです。
これ、一種の呪いのようなものですね。
もう一つ、「よく分からない白い物が入った吸い物」は百合根の吸い物となります。
江戸時代の「農業全書」にも百合根の記述があり、当時から食べられていたことが分かります。
農業全書は農業書であってレシピ本ではないので、食べ方の詳細については分かりません。ですが、例えば百合の項目でも、百合根が飢饉の備えになるので民家に植えることを推奨する旨が書かれている等、単なる農業全般について書かれた書物ではないのが、この本の素晴らしい点となります。
・血判状
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%A1%80%E5%88%A4%E7%8A%B6&oldid=81271694
・八咫烏
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%85%AB%E5%92%AB%E7%83%8F&oldid=81114206
・ユリ根
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%A6%E3%83%AA%E6%A0%B9&oldid=80499161
・農業全書
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2557377/22




