取り調べの続き
暫く揚屋の中で静かに待っていると、詰め所から金石様が出てきた。
そして、牢の門の所まで、階段から降りてきた竜人を出迎えに行った。
階段で降りてきたのは、やはり不知火様だった。
外の詰め所から牢役人が出てきて、牢の入り口を開ける。
不知火様が入ってくると、金石様と何やら軽く話をしながら拷問部屋の方に歩いていく。
そして、二人が拷問部屋に入っていった。
私は、すぐに呼ばれるだろうと思い、揚屋の入り口の方に移動して待機しておく。
暫くすると、拷問部屋から金石様だけが出てきて、私のいる揚屋の前までやって来た。
金石様が、
「踊りの。
さっき雑談として確認してやったが、やはり、不知火様も誤解しておられたようだ。
既に、上に報告したそうだから、少々覚悟したほうが良いかもしれぬ。」
と真面目な顔で脅してきた。
態度が悪いとかで、処刑されるとか、そう言う事はあるのだろうか?
私は、不安で背中から汗が吹き出るのを感じ、思わず大きな声で、
「それは困ります!」
と言ってしまった。
金石様は、私の剣幕に押されたのか一歩引きつつ、
「踊りの、少し落ちつけ。
少々、威嚇が入っておるぞ?」
と言って苦笑いした。構わず私は、
「笑い事ではありません!」
と文句を言ったのだが、金石様は、
「まぁ、聞け。」
と言って、私に落ち着くように促した。
そして、
「紛らわしい口述をするなと、怒られるだろうという事だ。
別に、軽敲きともならぬから安心せい。
尤も、不知火様は一度報告した手前、どう訂正するか悩んでおられたがな。」
と困った顔をしながら私の勘違いを正した。
その言葉で、私も一先ず落ち着いたので、
「そう言う事でしたか。
てっきり、もっと酷い事になるのではと想像してしまいまして。
怒られるだけで済むのでしたら、いくらでも怒られますよ。
ただ、痛いのは勘弁ですが。」
と顔を顰めて見せると、金石様は、
「いや、不知火様だ。
痛めつけるようなことはすまい。」
と苦笑いしながら、揚屋の錠を外して閂を引き抜いた。
そして、
「そもそも、巫女様が憑依する事は、里の者ならほとんど知っておる筈である。
ゆえに冷静に考えれば、状況から容易に推察できる内容であったのだ。
だが、それでも一言二言の文句を言わねば収まらぬという事もある。
分かるであろう?」
と言ってきた。私も似た立場なら、文句の一つも付けたくなるに違いない。
「それは、仕方がありませんね。」
と納得をした。金石様が揚屋の戸を開き、
「まぁ、不知火様がお待ちだ。
参るぞ。」
と言って、私を拷問部屋まで連れて行く。
拷問部屋に入ると、不知火様から、
「来たか。」
と声を掛けられた。
私が会釈をしながら挨拶すると、不知火様は早速、
「確かに、巫女様の扱いについてはその通りだ。
が、こっちは海千山千の文官共ではない。
もう少し、分かるように誤魔化してはくれぬか?」
と文句を言われた。私は、
「その・・・、伝わったと思い込んでおりましたもので・・・。」
と口ごもってしまったので、なんとなく、古川様を思い出した。
だが、そんな風に思い出すのは、ちょっと失礼だ。
私は思わず苦笑いすると、不知火様が、
「何をニヤついている。
山上、よもや・・・。」
と渋い顔をした。私は慌てて、
「自分の失敗を笑っただけです。」
と訂正する。すると金石様が、
「踊りの。
どうも不知火様とは、相性が悪いようであるな。」
と眉を顰めた。不知火様も、
「うむ。
どうにも、やりにくくてかなわぬ。
恐らくは言葉が足りていないのであろうが、どうしたものか・・・。」
と苦笑いしながら言った。
私は、
「それで、次は何をお話すれば宜しいのでしょうか?」
と取り調べを始めるように促すと、不知火様は、
「それはそうなのだが、俺の言葉だからな?」
と文句が出た。金石様がグフッと笑い、不知火様に睨まれる。
不知火様は、
「まぁ、よい。
これでは話が進まぬ。
確か、先程は・・・」
と言った所で言い淀んだので、私は、
「妖狐と対峙した所で、一旦、話が中断となりました。」
と言葉を被せた。
不知火様が私を一睨みしながら、
「分かっておる。」
と少し苛ついているようだ。
少し怒気が混じっており、肝が冷える。
不知火様は、
「して、その退治した妖狐であるが、巫・・・古川様はどのように言っていたか?」
と聞いてきた。私は、
「はい。
将来は九尾になると言っていました。」
と答えた。金石様が、
「他には、何か言っておったか?」
と聞いてきた。私は、これを言わないと主を狩った件と繋がらないと思い、
「はい。
古川様は、狐と遭遇するために必要な手順というのがあると言っていました。
確か、狼を狩ったことも、この手順の一つだったと言っておりました。」
と説明した。すると不知火様は、
「うむ。
そこは、巫女様のお連れの者から聞いておる。
山上が主の子を狩ることで、妖狐と会うための手順が開けていたそうだな。
が、狼を狩るのが肝要で、主は別に狩らなくても良かったと聞いておる。」
と付け加えた。私は、主を狩ったことも手順の一つだと思っていたので心外に思ったが、よくよく思い出してみると、私が確認した時、今さっきのように『狼』と言って聞いた気がしてきた。
私は冷や汗をかきながら、
「そうだったのですか?
私は当時も『狼』と言て確認した筈ですが、てっきり『狼』には主も含むのだとばかり思い込んでおりました。」
と正直に話した。すると不知火様は、
「ん?」
と返したのだが、先に金石様が、
「狼に主が含まれるかは、はっきりと確認しておらなんだという事だな?」
と確認してきた。金石様は、おそらく話がこじれそうだと感じて、間に入ってくれたのだろう。
私は安心して、
「はい。
そもそも、雑談のつもりでしたので。」
と返した。金石様が、
「言葉に齟齬があるとは、考えてもいなかったと言う訳であるな。」
と付け足したので、私は、
「はい。」
と肯定した。
不知火様が、
「なるほど。」
と言った後、少し考え、
「他には?」
と確認した。私が、
「確か、運命の分岐がどうのという説明を聞きました。
ですが、あの時はなるほどと納得したのですが、今思い出すと、いろいろと腑に落ちない事があります。」
と答えると、不知火様は、
「例えば、何が腑に落ちなかった?」
と聞いてきた。私は、
「あの時、確か古川様は、
『鹿肉を食べたいなら、鹿を狩ればいい。
逆に、鹿を狩りたいなら、鹿肉を食べればいい』
と分岐の説明をしてくれました。
ですが、あの時、どうしてこの説明で納得できたのかが、腑に落ちません。」
と説明した。金石様が、
「なるほど。
これは意味不明であるな。」
と言った後、少し考え、
「例えば計算であれば、1と1を足せば2である。
これをひっくり返し、逆に2を得たいなら1と1を足せば良いという話は成り立つであろう。
だが、これが何にでも当てはまるかと言えば、そうではあるまい。
『犬ならば動物である』というのは正しい。
だからといってこれひっくり返し、『動物ならば犬である』とはなるまい。」
と説明した。
将に、その通りだ。
不知火様が、
「なるほど。
『逆も又然り』と話を進めたが、実はそうではなかったというわけか。
つまり、古川様はこんな雑な説明でも山上が納得するように、どこかで運命の分岐を作ったと言いう事か。」
と付け加えた。私は首を捻ったが、金石様は、
「運命の分岐を作ったと言うには大げさであろう。
単に、前後に前提となる話があったが忘れたか、無かったとしても雰囲気に流されたのではないか?」
と苦笑いしたのだが、不知火様が若干不快そうな顔をしたのを見て、金石様は、
「・・・口が過ぎ申した。」
と謝った。不知火様が、
「いづれにせよ、主の子を倒したから、我が子を倒した山上を探して主が移動した。
主が移動したから、大蛇が住処を変えた。
その大蛇を倒したから、縄張りを広げようとした妖狐と遭遇したという話だったか。
ひとまず、山上の証言が巫女様達の仰った事と一致する事が確認できたな。」
と言った。私はおずおずと、
「・・・すみません。
それでは、これで私も無罪という事でしょうか?」
と確認した。だが、不知火様は、
「それとこれとは、話が違うぞ?
明日、沙汰が出る。
それまで神妙に待つように。」
と言い渡して、この日の取り調べは終了となった。
不知火様が、拷問部屋を退席する。
ここでふと、長屋に戻ったはずの佳央様や更科さんが今どうしているのか、聞くのを忘れていたのを思い出した。
私は金石様に、
「すみません。
今日は蒼竜様あたりが来ると思っていたので、佳央様や更科さんの様子を聞こうと考えていたのですが、今日はいらっしゃいませんでした。
墨がいただけていないので、手紙も書けません。
向こうの様子を知りたいのと、私が元気にやっているということを伝えて貰うことと、この二つをお願いしても宜しいでしょうか?」
とお願いした。すると金石様は、
「墨か!
いや、すっかり忘れておった。
すまぬが、どうせもう明日で終わりゆえ、諦めてもらってもよいか?」
と苦笑いした。
言われてみればその通りだ。
私は、
「この墨を使わせていただけるだけでも、両親に出す手紙が少しくらいは進むのですが・・・。」
とお願いしたのだが、金石様は、
「この墨は、少々特殊でな。」
と躊躇しているようだった。私は、
「確か、竜の里の墨には魔法の成分が含まれているのでしたね。」
と知っていることを話すと、金石様は、
「そうなのではあるが、城内はまた更に特別製なのだ。
使うと、色々と不味いことになる。
ゆえに、墨は外から持ち込む必要があるのだ。」
と説明した。私は、
「前に、お約束しましたよね?
あれは、今どの様になっているのですか?」
と聞くと、金石様は、
「実は、墨を頼まれた後に気がついてな。
一応は外に注文を出してはいるのだが、今の時間、まだ連絡がないとなれば、今日はもう届かぬのであろう。」
と言った。
私は遅れると分かった段階で教えて欲しいのだがと思ったが、牢の中にいる身でもあるので、
「分かりました。
無理を言ってすみませんでした。」
と謝った。金石様が、
「いやいや。
では、揚屋に戻すぞ。」
と言って、又私を連れて揚屋まで移動した。
揚屋に戻った後、私は暇になったので、なんとなく筆を眺めながら、夕食までに手紙を書く手段がないかと駄目元で考えてみたのだった。
作中に出てくる軽敲とは、五十回、竹の箒尻で叩く刑の事です。
「菅野村の解決案」にも出てきましたが、百回叩けば、百敲となります。
こちらは重敲とも言うそうです。
あと、海千山千というのは、“世の中の裏も表も知り尽くした経験豊富でずる賢こい人物のこと”を指す言葉ですが、語源は海に千年、山に千年生きた蛇は竜になるという言い伝えから来ているそうです。
ただこの言葉は、出処は古いものの、色々な所で使われ始めたのは昭和に入ってからだそうですので、江戸時代にはあまり知られていなかった言葉と考えるのが自然のようです。
・笞罪
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・海千山千
https://ja.wiktionary.org/w/index.php?title=%E6%B5%B7%E5%8D%83%E5%B1%B1%E5%8D%83&oldid=1200815




