先輩が同棲していた頃の痴話喧嘩の話
* 2019/12/24
誤記と、他に影響のない範囲で言い回しを修正しました。
更科さんと私は別々の天幕に入った後、少しだけ話をした。
「薫さん、今日はいろいろな事があって大変でしたね。
具合はもう大丈夫ですか?」
と聞いた。すると、更科さんは少しうれしそうな声で、
「ええ。
大分よくなりました。
心配してくれてありがとう。」
と答えた。私は、
「今日、急に誘ったせいでこんなことになってしまって、迷惑でしたよね。」
と聞いた。更科さんは、
「そんなことはありません。
私が不甲斐ないばかりに、済みませんでした。」
と、自分の不出来を謝ってきた。私は、
「そんなことはありません。
ちゃんと自分の足で最後まで登りましたし。
それに、私もたくさん荷物を背負っていて大変でしたが、田中先輩が更科さんに合わせてゆっくり登ってくれたので、これも正直助かりました。」
と言った。すると更科さんは、
「なら、また次に登るときも、ついていってもいいですか?」
と、少しウキウキしている感じで提案してきた。私は、
「できれば来てほしいですが、そうすると薫さんがまたキツい目に遭いますよ?
それは私の本意ではありません。」
と話した。すると、
「心配は嬉しいですが、私も冒険者なので、このくらいの体力は身につけないといけないのだと思います。
だから、そこは和人は気にしないで大丈夫よ。
そうですね、次も私がついていくことを前提に、和人の荷物を増やすと修行になると思いますよ。」
と少し小悪魔な感じで話した。私は、更科さんには鬼監督の素質があるのではないかと思いながら、
「それは勘弁して欲しいです。
そうですね・・・、重りとして薫さんを背負子に乗せるのはよいかもしれません。」
と冗談で返すと、
「それでは修行になりませんよ?」
と言って少しムッとしているようだった。暗に『私は重くない』と主張してるのだろう。私は、
「確かに。
米俵よりは軽そうですよね。」
と、冗談の続きで返すと、
「ちょっと!
絶対に、そんなに重くありませんから!
明日、私を持ち上げてみてください。」
と、怒ったようだった。なので、私は、
「本当ですか?」
と聞いたら、更科さんは
「寝る。」
と一言だけ言って、黙ってしまった。私は
「薫?」
と名前を呼んだのだが返事が無い。私は反省して、
「ちょっと言いすぎました。
ごめんなさい。」
と言ったが、やはり何も返ってこなかった。
この日、これ以降、更科さんには何を言っても返事が無かった。
私は、更科さんが私の困った顔が見たくて冗談で無視しているだけなのだろうと思いつつも、本気で怒っていたらと思うと怖くて息苦しくなった。
私は、とにかくどうやって謝ろうかと悶々としていたのだが、結局、一睡も出来ないうちに田中先輩が声をかけてきた。
「おい、そろそろ起きろ。
月があの辺まで降りたら更科と交代な。」
いつの間にか見張りの交代の時間になっていたようだ。
「あと、大きなお世話だろうが、少しは痴話喧嘩もいいが、ちゃんと謝っておけよ。」
と言われた。私も反省していたので、
「はい。
でも、いい言葉が思いつかなくて。。。」
と返した。すると、
「なんだ、お前、一睡もしていないな。
しょうがないな。
ちょっとだけ、昔話な。」
と言って先輩は語り始めた。匂いから、見張りの間、どうも酒を飲んでいたらしい。
「あれは白龍の数の子を取ってきた後の事だったから、俺が20歳のころだったか。
相変わらず金は無かったが、名前だけは売れていたので、それなりに女との出会いもあったんだ。
それで、当時付き合い初めた彼女とちょっとお高い店で飲んでいたときにな、こいつは高いもんばかり注文する女だったが、『美味いぞ』と言ってなす漬を勧めたことがあったんだ。
そしたらな、そいつ、『私はなす漬程度の女じゃないのよ』と言って文句を言ってきてな。
俺は、『なす漬け程度とはなんだ。うまいものはうまいだろう』と言ったんだ。
するとそいつはな、『そんな安い食べ物で私が満足できるわけがないでしょ?』と言って、『解るわよね』的な雰囲気で問答になってな。
そんな取るに足らないような話がきっかけでその場は喧嘩分かれしたんだ。」
私は、
「それで、その後はどうなったのですか?」
と聞くと、
「同棲していたので、結局同じ部屋に帰ってくるだろ?
後は同じ布団でよろしくやって解決だ。
要するに、そういう喧嘩なんてただのアレだからな。
謝らなくても抱いときゃ、なんとかなるもんだ。
あぁ、お前らはまだそこまで行っていないからな・・・、そうだな。
朝、頭でも撫でときゃ、謝らなくても戻るもんだ。」
と話した。私は、5尺以内、立入禁止はどうなったのだろうと頭によぎったが、田中先輩も気づいたらしく、
「朝までに魔力制御、死ぬ気でものにしとけよ。」
と言って、見張りの間の宿題を出していた。私は、
「分かりました。
でも、さすがに謝りもせずに頭だけ撫でて解決にはならないと思いますので、そこは何か考えようと思います。」
と、朝までに何とか頑張ろうと決意しながら返した。田中先輩は、
「律儀だな。
まぁ、山上だからな。
あと、見張りなんだから、何か変だなと思ったらすぐに起こせよ。
お前が本気で威嚇したら、この辺の動物はビビって襲ってきにくくなるはずだ。
そこんところも忘れるなよ。」
と言った。私は、私の威嚇にそんな効果があるとは思えなかったので、話半分に、
「はい、分かりました。
頑張ってみます。」
とだけ返した。その後で私は、
「すみません、明日の朝食の準備をしたいのですが、お水を出してもらってもよいでしょうか。」
とお願いした。田中先輩は眉間にシワを寄せながらも、朝飯抜きというのもアレだからだろう。鍋と飯盒に水を入れて、
「これで足りるか?」
と聞いてきたので、
「お米を研ぎたいので、飯盒の準備が終わったら、最後にもう一度鍋に水を入れてもらおうと思います。
明日、朝一で作りますので、起きるのはいつもの時間でしょうかね。」
と返した。田中先輩は、
「分かった。
でも、あまり無理はするなよ?」
と言って、飯盒の準備ができるまで寝ずに待ってくれた。
田中先輩に鍋に水を入れてもらった後、
「じゃぁ、寝るな。
明日はしっかりやれよ。」
と言って、さっきまで私が寝ていた天幕に入り、いびきをかき始めた。
私は鍋に出汁用の昆布を入れた後、火に薪を焼べながら一晩かけて魔力制御の練習をしていた。
もうすぐ夜が白け始めるというころ、更科さんが起きてきて、
「おはようございます。
その、寝かせてくれてありがとう。
昨日はちょっと意地が悪くて済みませんでした。」
と挨拶をしてきた。私も、
「私こそ、ごめんなさい。
昨日は調子に乗りすぎました。」
と返して、まだおぼつかない魔力制御で力を抑えながら更科さんの頭を撫でた。
「んっ!」
と、更科さんはドキッとする甘えた声を出して、
「これ、ちょっと気持ちいいかも。」
と言った。続けて、
「少し雰囲気が変わったわね。
こっちの方が落ち着く。」
と言って頭をこすりつけてきた。私は、魔力制御が上手くいっているからだろうと思ったが、自分でも長くは持たないのが分かっていたので、
「はい。
これからは、できるだけ抑えられるように頑張ります。
でも、まだ長くは抑えられないので、すみませんが、そろそろ離れてもらってもいいですか?
あと、朝ご飯を炊いて、みそ汁の支度も始めないとですし。」
と言って、はなはだ残念ではあったが、更科さんの頭を体から離して、朝ご飯の支度を始めようとした。すると、更科さんは、
「朝はご飯を炊いて、お味噌汁を作るだけなら、私がやっておきますよ。」
と言ってくれたので、私も
「では、お願いしますね。
昨日のうちに田中先輩に水を出してもらっているので、飯盒は炊くだけになっています。
あと、ここに水が入った鍋がありますので、これでみそ汁をお願いします。」
と言った後、さっきまで更科さんが寝ていた天幕に入った。
天幕に入った瞬間、ちょっといい匂いだなと思った。
ムーちゃんもこの天幕に入っていて何気にもふっと気持ちよかった。
だが、さっきまでほぼ徹夜状態だったので、どちらも堪能することなく、すぐに寝入ったのだった。
米俵は1俵が60kgと言いますので、更科さんが怒るのも無理からぬことかもしれません。
あと、更科さんがお約束をやらかすのかは、次話をご確認ください。(^^;)




