雫様の妹
* 2021/06/19
誤記と言い回しを少し修正しました。
私が牢の揚屋で気配を消す練習をしていると、隣の揚屋から壁を叩くような音がした。
──何だろう?
不審に思いつつも、ゆっくりと壁の方に近づくと、
「呼んでんだろ。
聞こえてないのかい?」
と小さな女性の声が聞こえてきた。
私は、
「すみません。
どちら様ですか?」
と聞いた。向こうは慌てたようで、若干上擦った声で、小さく、
「しっ!
静かにおし!
見張りにばれたらどうするんだい!」
と怒られた。
私は小声で、
「バレると、何かあるのですか?」
と聞くと、その声は呆れたように、
「牢内は、私語厳禁だよ。」
と言われた。私は、
「なら、話しかけないで下さい。
私まで、怒られるではありませんか。」
と文句を返し、壁から離れようとした。
だが、隣の揚屋の女は、
「まぁ、そう言いなさんな。」
と言ってきた。
その声を無視して壁から離れる。
すると、また壁をトントンと叩き、
「何、いい子ぶってんだい。
どうせ、あんたも何かやらかした口だろ?
ほら、言ってみな?」
とけしかけられた。
何となく、私はだんまりを決め込む。
だが、となりの揚屋の女は諦めず、
「あんたも知ってんだろ?
私は隣の里からこっちに攻めてきた者だ。
雫のやつは、直前に怖気付きやがったらしいが、私は大蛇を3匹作って乗り込んだんだよ。」
と説明してきた。
それでも、私は無視した。
しかし、隣の揚屋の女はお構いなしで、
「こっちも話したんだ。
あんたも、名乗りな。」
と一方的に言ってきた。
どう考えても、となりの揚屋の女は名乗っていない。
私はそこを指摘したくなったが、ぐっと我慢し、沈黙を守った。
静寂が続く。
隣の揚屋の女は、
「なんだい。
折角、話しかけてやったのに、だんまりかい。
あんた、蒼竜の知り合いなんだろ?
あれの妻は、私の姉だよ。」
と言ってきた。私は思わず、
「雫様のですか?」
と聞くと、隣の揚屋の女は、
「なんだい。
喋れるんじゃないか。
そうだよ。」
と言ってきた。私は、
「あまり問題になる行動は、今はしたくありません。
すみませんが、静かにしていただけますか。」
と言って、もう一度、黙ることを伝えた。
雫様の妹は、
「あぁ、そうか。
『今は』ね。」
と言うと、向こうもこれ以上、喋ってこなくなった。
沈黙が続く。
暫くして、金石様が見回りに来る。
金石様は隣の揚屋で立ち止まり、
「確か、赤石であったな。
あまり、隣と話さぬよう。」
と注意した。雫様の妹は、
「『あまり』という事は、多少ならいいんだね?」
と確認した。金石様は、
「そう言われて『はい』と答える牢役人が、この世におるわけが無かろうが。」
と呆れたような口調だ。
雫様の妹は、
「まぁ、そうだろうね。」
と言った後、
「でも、折角、姉の話が聞けるんだ。
少し、お目溢しいただけると有り難いんだがね。」
とお願いした。
なるほど、身内の事を知りたいから話をしたいというのであれば、怒られるのを覚悟で声を掛けるというのも解かる気がする。
私も、
「金石様、すみません。
身内の話を聞きたいというのは、心情としてよく分かります。
少しだけ、目を瞑っていていただいても宜しいですか?」
と確認した。
金石様は少し困ったように、
「・・・さっきも話したであろうが。
聞こえてしまえば、怒らざるをえぬ。
分かるな?」
と言った後、
「見回りに参る。」
と付け加え、ここを離れていった。
雫様の妹が、
「今は見回りに行ってるから、その間に話せって事かねぇ。」
と前置きをして、
「それで、今、雫はどうしてんだい?」
と聞いてきた。私は、
「私も昨日里に戻ったばかりで牢の中なので、最近はどうかは分かりません。
ですが、その前迄は、蒼竜様を尻に敷きながら祝言を上げる準備だとかで忙しかったようですよ。」
と説明した。雫様の妹はぼそり、
「ふ〜ん。
まだ、縒り、戻ったままなんだ。」
と言った。
くっついては別れを繰り返しているという話を聞いた気はするが、身内もそういう目で見ているのか。
そう思うと、私は何となく蒼竜様達が不憫に感じた。
雫様の妹は、
「それであんた、何竜なんだい?」
と聞いてきた。
だが、何竜と聞かれても困る。
私は、
「人間ですよ?」
と返すと、隣がざわつき、いくつか驚いたような声も聞こえた。
隣の揚屋には、雫様の妹の他にも何人か入っているようだ。
雫様の妹から、
「本当かい?」
と怪訝な声で聞かれたので、
「ええ。」
と返す。すると雫様の妹は、
「竜人相手に、どんな阿漕な事をしたんだか。
金輪際、姉には近づかないでおくれよ!」
と言われた。
私は大悪党と勘違いされたようなので、誤解を解こうと、
「いえ、そんな事は!」
と思わず少し大きめの声を出してしまったが、気を取り直し、
「結果的に、山の主に手を出す事になってしまっただけでして・・・。」
と理由を話した。すると、雫様の妹は、
「ん?
そんなのに手を出したのかい。
それにしては、やけに待遇がいいじゃないか。
偶然やっちまったのかい?」
と聞いたのだが、別のことに思い至ったようで、
「・・・いや、赤竜帝の知り合いだからか。」
と納得したようだ。私は、
「そう言う訳では・・・」
と言い訳しようとしたのだが、ここで金石様が戻ってきたので、
「すみません。
また、後で。」
と言って、おしゃべりを中断した。
私としては、誤解を解いておきたい。
時間が経ち、晩御飯の時間となる。
金石様が、
「晩御飯である。
ここに置くぞ。」
と言って、お盆を置いていく。
やはり、一汁一菜。
ご飯は相変わらず麦飯だが、汁物はなめこ汁で、味噌の香りが食欲を唆る。
香の物は、季節を先取りの白菜のお漬物。
こちらからは、仄かに爽やかな香りがする。
これは、柚子の皮も一緒に漬け込んだのだろうか。
流石は竜帝城。これは、ご飯が進みそうだ。
私は早速食べたいと思ったのだが、そこは我慢する。
金石様がいなくなったのを見計らい、隣の揚屋の壁をトントンと叩いた。
隣から、雫様の妹が静かに、
「飯時だよ。
少しは考えな。」
と文句が返ってきた。
私は、
「先程の話ですが、赤竜帝とは確かに知り合いですが、そうではありません。
牢に人間を入れるのが初めてだから、他の竜人と分けたと言っていました。
ですから、恐らく、大牢で他の竜人と揉めないようにとの配慮だと思います。」
と説明した。雫様の妹は、
「あぁ、その話しかい。
分かったが、私は食事がしたいんだ。
別の時に話しな。」
と怒られた。私は伝えたい事は言ったので、
「すみません。
もう話しかけませんので、ごゆっくりお食事下さい。」
と言って、私も食事に専念することにしたのだった。
作中、柚子皮がでてきます。
この柚子は中国原産だそうですが、かなり古くに日本に伝わったようで、飛鳥時代ころには栽培されていた記録が残っているそうです。
柚子と言えば、以前も「三種の種」の後書きで横山さんが「柚子の大馬鹿十八年」と思っていると紹介しました。18年と言えば、来年の2022年4月1日から民法上の成年年齢が20歳から18歳に引き下げられるそうです。柚子も実がなれば一人前の成人と考えると、人間も柚子も同じということになるのでしょうかね。
(もっとも、現代の日本人の現状を考えると、大多数が形だけの大人という気がしなくもありませんが。。。)
・ユズ
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