故障ではない
牢まで着た蒼竜様は、詰め所に入って暫くすると、またこちらに戻ってきた。
そして、その場で何やら魔法を使おうとしているのが見えた。
だが、魔法は使えなかったようだ。
暫くすると、奥の方に行く。
それと入れ替わるように、金石様や他の人たちが、いくつかの瓶や鍋を詰め所に運び入れていく。
もうすぐ朝食のようだ。
お膳を持った金石様が、こちらにやって来る。
金石様は、
「踊りの、待望の朝食である。
少々、もの足りぬやも知れぬ。
が、これも腹一杯になって、元気に暴れられぬようにするためであるから、悪く思うなよ。」
と言って、丼に入った麦飯と大根葉の味噌汁、沢庵を盆ごと牢の中に入れた。
麦飯は炊きたてで、独特の臭いがする。
丼の大きさからして、恐らく中の麦飯は2合くらいではないだろうか。竜人としては少ないのかも知れないが、普通の人間である私にとっては十分な量だ。
私は、
「ありがとうございます。
これだけあれば、十分です。」
と答えると、金石様は一度頷き、隣の揚屋にも配っていった後、詰め所に戻って行った。
すぐに、奥の方に瓶やら鍋を運んでいく。
何度も往復するのを見ていると、大変そうだ。
暫くすると、奥の騒ぎが収まった。
どうやらあれは、食事を出せと騒いでいたようだ。
清廉だと思っていた竜人でも食欲には勝てないのかと、内心、少し驚いた。
朝食の後、気配を消す練習をしていると、思わぬ人が来た。
赤竜帝だ。
お一人で来たようだ。
隣の揚屋が、ざわつき始める。
赤竜帝は、
「久しいな。」
と気さくに声をかけてきた。
私は緊張して、
「これは、赤竜帝。
いつも、大変お世話になっております。」
と返す。土下座を忘れていたので、慌てて地面に頭を付けて土下座する。
赤竜帝は、
「別に頭を下げずとも良い。
面をあげよ。」
と言ったので、1寸ほど頭を上げる。
赤竜帝は、
「それにしても、世話であるか。」
と楽しそうに言うと、
「他意はないのであろうが、市井では痛めつけられた時にも使うと聞く。
あまり、この様な場では使わぬほうが良いやも知れぬな。」
と説明した。
私は思わぬ言葉に、
「大変申し訳ありません。
そのようなつもりは決して!」
と言って、再び、頭を地面に付ける。
だが、赤竜帝はまた、
「他に人もおらぬ。
頭を下げずとも、普通にしてもらって構わぬ。」
と言った。
そのようにはっきり言われては、土下座のままという方が失礼に違いない。
私はそう考え、
「分かりました。」
と言って、普通におかしこまりで座る。
赤竜帝が、
「此度は、巫女様の気まぐれに巻き込まれたようで、災難であったようであるな。」
と笑った。
私は以前、酒のを同席させていただいた時、厠で赤竜帝が『久々に普通に接してもらえて新鮮であった』と言っていたのを思い出し、
「そうお考えでしたら、牢に入れる前に止めていただいた方が有り難かったのですが。」
と普通に文句を言ってみた。
・・・言ってみたものの、これはかなり緊張する。
だが、赤竜亭は気にも掛けた様子もなく、
「その通りなのであるが、こちらも法律というものがある。
きちんとした場で話す必要があってな。
それが、明後日と言う訳だ。
手順ゆえ、許せよ。」
と楽しそうに話した。
私は、本来であれば『謝るなど、勿体無うございます』とかなにか言わないといけないのだろうが、それでは返って、赤竜帝の興を削ぐと思い、
「手順でしたら、赤竜帝には何の落ち度もありません。
仕方がないので、もう2日、ここで我慢します。」
とわざと悪態をついているとも取れる返事をした。
赤竜帝は、
「うむ。」
と言って、上機嫌でこの場を立ち去っていった。
その後、蒼竜様がやってきて、
「今のは、赤竜帝であろう。
通常、あの物言いでは、『戯け者め』と言われて死罪となっても仕方のない事であるからな?」
と怒られてしまった。私は冷や汗をかきつつ、
「私も、最初は土下座をしていたのですが、普通にするようにと言われましたので。」
と言い訳をすると、蒼竜様は、
「なるほど。
拙者は途中から聞いたゆえ、全部は分からぬが、最初、その様におっしゃられたのであれば、仕方もあるまいか。
まぁ、喜んでおったようであるし、問題なかろう。」
とその言い訳を認めてくれた。私は、
「ですが、他に人がいないことが前提ですので、私も迂闊でした。」
と付け加えるた。蒼竜様も、
「そうであるな。
となりの揚屋からも、姿は見える訳であるしな。
まぁ、赤竜帝の方は気付いておったようであるがな。」
と言われてしまった。
私は魔法を阻害する装置の調査がどうなったか気になっていたので、
「それで、調査の方はどの様に?」
と聞いてみた。すると蒼竜様は、
「色々と試したのだが、どうやら装置の故障ではないようなのだ。
どうも、元々この装置に抜け道があるようでな。
済まぬが、初めに言った通り、協力を頼むこととなろう。
この場合、先ずは前提として、和人のステータスを測り直す事になろう。」
と状況を教えてくれた。私は、
「分かりました。」
と返事をする。
蒼竜様は、
「うむ。」
と頷いた。私は、
「いつ頃になりますでしょうか?」
と日程を聞くと、蒼竜様は、
「そうであるな・・・。
今日は方針を決めるゆえ、明日か明後日となる筈である。」
と答えてくれた。私は、
「明後日は、主の件の沙汰が出る筈です。
その場合は、別の日でしょうか?」
と聞くと、蒼竜様は、
「沙汰ではなく、聴取である。
そこから検討し、翌日、沙汰の申し渡しとなろう。
が、何れにせよ、日程がかぶらぬように気をつけるとしよう。」
と言ってこの場を後にした。
どうやら、最初に考えていたよりも一日多く、牢で泊まる事になるようだ。
私は、どうやって暇な時間を潰そうかと真剣に悩んだのだった。
作中、蒼竜様が『戯け者め』と言って死罪となっても仕方がないと言っていました。
この戯けですが、親から受け継いだ田畑を子や孫に分けたり、道楽が過ぎて田畑の一部を分けて売ることになり、田畑が狭くなって次第に落ち目になっていくさまから「田分け」をする者を「田分け者」と呼んだ事が語源になったという説があるようです。
おっさん的には、古語に「戯く」というのがあるので、「田分け」説は誰かが上手くこじつけて話したのだろうというのに一票です。(^^;)
あと、作中の「おかしこまり」は正座のことです。(説明は「織り込み済み」参照)
・田分け
澤田一矢『生かしておきたい江戸ことば450語』三省堂, 2001年, 108頁




