白狼の話
今日から一週間、夏休みなので毎日更新予定です。
夏休み中に、タイトルの変更をしようかと考えています。
食事が終わった後は、お椀状に縫合された布に竹よりもしなやかな棒を二本通し、地面に突き立てただけの簡単な1人用の天幕を2張り設置した。
私は田中先輩に、
「なぜ2張りだけなのですか?」
と聞くと、更科さんが、
「一人は外で火の番をするので、2張りなのですよ。」
と教えてくれた。私は、
「なるほど、さすがは冒険者ですね。」
と言うと、田中先輩が、
「それは常識だぞ。
そこで褒められても、困るというものだ。」
と窘められた。人間、横になると寝てしまうので、番をしている人は焚き火の近くで座ったり、他の人の寝ている邪魔にならないように静かに近くを歩いて警戒するというのがお約束なのだろう。私は、
「火の番の順番は、田中先輩、私、薫さんの順番でいいでしょうか。」
と聞いたところ、私の意図を察したようで、田中先輩は少しニヤニヤしながら、
「無理はするなよ。」
と言った。そして、続けて、
「まだ時間も早いし、すぐ寝なくてもいいな?」
と聞いてきたので、まだ時間的にも早くて眠れなさそうだった私は、
「はい。」
と答え、更科さんにも、
「薫さんは?」
と聞いた。すると更科さんも、
「はい。
田中先輩、何かお話ですか?」
と確認をした。田中先輩は、
「そうだな。
まず、今日の出来だ。」
と言って、二人の顔を鋭い目で見た。私もそうだが、更科さんも緊張した面持ちになった。
「まず、山上な。
今日は速度も上げられなかったし、山中で魔物にも遭遇しなかったようなものだったからな。
思った成果は無かったが、まぁ、無難といったところか。
あえて言うなら、更科に甘すぎだ。
結婚してから尻に敷かれて苦労するぞ?」
と言った。私は、『田中先輩は未婚なのにな』と思いながら、
「ありがとうございます。
薫さんが私を尻に敷くようになるかどうかはともかく、今日はいろいろと勉強になりました。」
と答えた。田中先輩は続けて、
「まぁ、そうだな。
魔法の方は、上出来だったな。
やはり、始めから高レベルのせいなのだろうな。
それと、気配の消し方や魔力制御の方は、現段階ではしかたがないという感じか。
まだまだ精進だな。」
と言った。私もそう思っていたので、
「はい。
明日から頑張ります。」
と返した。次に田中先輩は、更科さんの講評に入った。
「更科は、先ず体力をつけた方がいいな。
これからたまに山上と行動するんだろうが、これではちょっと足手まといだな。
それと、ちょっとかわいいくらいで魔獣を連れてくるのもいただけないな。
本来なら、その白いのも非常食くらいにはなるだろうが、食べられないだろ?」
と指摘した。更科さんはぐうの音も出ないという感じで、
「すみません。
もっと体力がつくように頑張ります。
でも、ムーちゃんは仕方ないです。
野生の魔獣ですが、あのもっふり感には抗えません。」
と言った。すると、田中先輩は、
「そしたらお前、狼が白くてもふもふだったらどうするんだ?」
と極端な例を出してたしなめた。すると、
「そんな凶悪なもふもふ動物がいたら、私は全力で逃げますよ。」
と答えた。田中先輩は、
「逃げきれる訳がないだろう。」
と苦笑し、昔話を始めた。
「ちょっと思い出したんだがな。
昔・・・、あれは俺が魔法が使えるのがバレてすぐのころだったから17歳くらいのころだったか。
とある冒険者から、森に凶悪な狼が出現したので一緒に来てくれと言って頼まれたことがあってな。
その時は、大きくてずる賢い狼の魔物が育ってしまったのだろうと思いながら受けたんだ。
それで現地に行ってみると、やはり普通の狼よりも統制がとれていて厄介でな。
そいつらの首領が白い狼だったんだ。
あんな綺麗な白い、日の光に輝く毛並み、殺すにはもったいないと思ったものさ。」
と話した。更科さんは、
「その白い狼はどうしたのですか?」
と、結果が解っている風ではあったが確認していた。すると、
「冒険者なら分かるだろ?
殺さないとまた次の冒険者が被害に遭うだろ?
それで何とかしようとしたんだがな、狼の首領がしっかりしているからこちらも攻めあぐねていてな。
俺も駄目元で、1町くらい離れたところから当時一番得意だったかまいたちで狙い撃ちにしてな。」
と話した。私は、
「それで首を落としたのですか?」
と聞くと、田中先輩は、
「いや、狙いが少し狂ってな。
片耳だけ、それも半分しか切れなかったんだ。
そんな中、冒険者が我慢できずに突っ込んで行ってな。
あせたんだが、幸運だったのは、この白狼は音を重視する奴だったようで、急に動きに精細を欠くようになったんだ。
それで狼どもは逃げ始めたんだがな、あいつはなかなか誇りがあったようでな、首領としての責任でしっかり殿軍を努めて他の狼を逃したんだ。
だがな、ついに冒険者の一人に足を切られてな、そこからは一気に倒されてしまったんだ。
まぁ、こんな話だ。」
と、事の顛末を語った。私は、田中先輩の話が白狼の方に感情移入していることに気がつき、よほど感じいたのだなと思い、
「そんなことがあったのですか。
人間は上に立つ人が率先して蜥蜴の尻尾切りなんてことをやらかすというのに、大した狼ですね。」
と言うと、田中先輩はニヤニヤしながら、
「山上、知ったような口だな。
まぁ、でも、そんなところを俺も気に入ったんだ。
敵ながらあっぱれというやつさ。」
と言って褒めていた。更科さんは、
「綺麗で頭もよくて、誇りも持っていて、なのに人間に狩られないといけないのは理不尽ですよね。
人間も、そういうのは狩らずにもふるべきなんですよ。」
と言った。私も同感に思い、頷いた。田中先輩は、
「更科はある意味ブレないな。
白狼の方も大所帯を仕切っていたのだろうから、全員に餌が行き渡るように頑張っていたんだろうよ。
そしたら、当然、あいつからはお前なんか肉が歩いているようにしか見えないだろうさ。
・・・あぁ、食うところは少なそうだけどな。」
と苦笑した。私は、これ以上話しても更科さんと田中先輩が揉めるだけだろうと思い、
「自然の摂理なので仕方ないですよね。
貴重な体験談を着させていただいて有難うございます。」
と話を打ちきった。田中先輩は、
「まぁ、そうだな。
今日はこの辺にするか。
山上と更科はもう寝ろ。
間違っても、同じ天幕に入るなよ。」
と言ってきた。
更科さんと私は顔を見合わせた後、目をそらして照れながら、別々の天幕に入ったのだった。
田中先輩:あえて言うなら、更科に甘すぎだ。結婚してから尻に敷かれて苦労するぞ?
山上くん:(田中先輩は未婚なのにな・・・。でも、薫に限って・・・。)
更科さん:(尻に敷いたら騎・・・。)
ムーちゃん:(キュルッ、キッキッ、キュルルッ。)