里に帰った後は
* 2022/01/28
誤記を修正しました。
味噌汁に大根葉が入った分、いつもよりも豪勢な夕飯を食べた後、私は大月様に、
「お風呂に、お水を張って頂いても良いでしょうか?」
とお願いした。
大月様はポンと手を打ち、
「うむ。
明日は竜の里に帰る事となる。
少しは、小奇麗にした方が良かろう。」
と言った。佳央様から、
「そうでなくても、綺麗にするものよ。」
と言われ、大月様が困った顔をする。
だが、大月様は、
「まぁ、その方が好ましかろうがな。」
と言いながら、以前に作ったお風呂のある方の草むらに消えていった。
更科さんが、
「これで採ってきた物干し竿、役に立つね。」
と苦笑いする。佳央様も、
「そうね。
今日、道作りが終わってたら、使わず終いになる所だったわね。」
と返した。昨晩は、私が雷に打たれて平常心でいられなかったので、風呂どころではなかった。
私は、
「申し訳ありません。
私のせいで。」
と謝ったのだが、更科さんは、
「いいのよ。」
とにこやかに返した。佳央様も、
「そうよ。」
と同じくにこやかだ。
ここで、会話が切れるのを見計らったように、清川様がやってきた。
普段来ないのに珍しいと思いながら見ていると、清川様が、
「山上よ。」
と声をかけてきた。
私は、何か用事だろうかと思いながら、
「はい。」
と返事をすると、清川様は、
「あれじゃ。
その・・・、あれじゃ。」
と要領を得ない。私は思わず、
「古川様ではないのですから。」
と言うと、古川様に聞こえてしまったようで、こちらに向かって歩き出した。
私は、しまったと思ったのだが、清川様はそれに気が付かずクスリと笑って、
「そうじゃな。
あれは、少し引っ込み思案じゃからの。」
と言うと、清川様の肩越しに古川様が、
「・・・その、・・・清川様。」
とやや消え入るような声で言ってきた。
清川様が、ぎょっとした表情をして古川様に振り返り、すぐに平静を装って、
「いや、すまぬ、すまぬ。
ついな。」
と謝った。私も、
「申し訳ありません。」
と謝ると、古川様は、
「・・・その・・・通りよ・・・ね。」
といつも以上に間合いが長い。
落ち込んでいる・・・?
私はこれ以上この話を続けるのは、気まずくなるばかりだと思い、
「それで、清川様。
何か、御用だったのですよね?」
と話を戻した。すると清川様も気を取り直し、
「うむ。
明日、竜の里に着いて以降の話じゃ。」
と切り出した。古川様も、頷く。
清川様だけでなく、古川様も同じ件で話があるのだろうか?
私は不思議に思いながら、
「里に着いてからですか。」
と合いの手を入れた。すると清川様は、
「うむ。
まず、山上は、竜の里で私から巫女の修行を受けることになっているじゃろ?」
と確認した。私は、
「はい。」
と返事をすると、清川様は、
「うむ。
それで、場所なのじゃがな。
通常は、神社で泊まり込みで修行を行う。
じゃが、今回、竜の里の神社には巫女様がお泊りになる。
ゆえに、神社が使えぬのじゃ。」
と説明をした。
場所がないのであれば、仕方がない。
私は、
「では、延期ということでしょうか?」
と聞いたのだが、清川様は、
「いや、そう言うわけではない。
で、じゃ。」
とここまでは順調に説明したのだが、急に口ごもり、
「その、・・・なんじゃ。
・・・そちらの家に、泊まり込みで修行をすることとなった。
ありがたく、・・・受け入れるが良いぞ。」
と言った。横から更科さんが、
「そんな、勝手に決められても・・・。」
と言うと、清川様もバツが悪そうに、
「・・・じゃが、決まったことじゃ。
重畳であろうが。」
と言いつつも、目を逸らした。
古川様まで、
「それで・・・、私も・・・泊まる事に・・・なったの。」
といい出した。私は、
「その・・・、長屋には、佳央様と更科さん、私の三人で住んでいます。
既に手狭なのに、これ以上は難しいのですが、他に行く宛はありませんか?」
と確認した。だが、佳央様から、
「巫女様達は、滅多に竜の里には来ないのよ。
そんなの、分かるわけ無いでしょ?」
と窘められた。そういう事なら、心当たりがなくても仕方がない。
私は、
「すみません。
それならば、そうですよね。」
と返し、
「佳央様は、何処か良さそうな場所を知りませんか?」
と質問した。
佳央様は少し考え、
「・・・そうね。
こういう時は、紅野様ね。」
と言った。私は、
「紅野様とは?」
と聞くと、佳央様は、
「私の後見人よ。
ほら、最初に会った時、隣りにいたでしょ?」
と言ってきた。私は、どんな人かを思い出せずにいたのだが、更科さんが、
「あぁ、白髭の人ね。」
と言ったので、私も薄っすらとだが思い出した。
大月様が戻って来て、
「何の話し合いだ?」
と確認する。
古川様に清川様までいるのだから、気になるのは当然だろう。
佳央様が、
「里に帰ってからの話よ。
和人の巫女修行で、二人が家に泊まりたいって言ってきたの。
でも、長屋じゃ手狭じゃない?
だから、適当な場所がないか考えていたのよ。」
と簡潔に説明する。大月様は、
「なぜ、和人の所に泊まるかなど、色々聞きたいところではあるが、まぁ、分かった。
で、どうするのだ?」
と聞いた。それに佳央様は、
「えぇ。
だから、紅野様に話をして、泊めてもらえないか聞こうと思って。」
と話した。大月様は、
「確かに、紅野様のお屋敷は立派ゆえ、泊まる事も出来よう。
が、小生に相談するのが先ではないか?」
と少し機嫌が悪そうに言った。
だが、佳央様は気にする様子もなく、
「大月様は、独り者じゃない。
しかも、長屋だし。
それとも、独身の女性二人を囲う気?」
と手厳しい。大月様は、
「・・・確かに。」
と納得はしたものの、
「だが、相談には乗れずとも、順序というものがある。
小生と佳央で紅野様に頭を下げに行くのが筋ではないか?」
と道理を説いた。
私の教育担当は大月様なので、その方が、確かに筋が通る。
それと、ここで名前は上がっていないが、当事者なので私も頭を下げに行くことになるに違いない。
佳央様は、
「確かに、そうね。
考慮が足りなかったわ。」
と素直に認めた。古川様が、
「荷物・・・どうすれば・・・いい?」
と聞いてきた。
里に着いたら、早速私の家に転がり込むつもりなのだろうか。
私は、
「私の住んでいる長屋は、先程も説明しました通り、手狭です。
暫く里にいるのでしたら、話がまとまるまでは、巫女様たちと一緒に神社に泊まるというのでは駄目なのでしょうか?」
と聞くと、清川様は、
「うむ。
その方が良さそうじゃの。」
と頷いた。更科さんが、
「ところで、どうして古川様まで一緒に?」
と質問をした。
私は、古川様も私に修行をしてもらえるのだろうと思っていたので、あまり気になっていなかったのだが、更科さんには不思議だったようだ。
古川様は、
「系譜は・・・違えど・・・清川様は・・・姉弟子・・・なので。
どう・・・教えるか、・・・やり方を・・・見て学ぶように・・・と。」
と説明した。どうやら、古川様はどちらかと言うと教わる側らしい。
いきなり教えるのは無理だから、見て学べというのは道理の様に感じる。
ただ、系譜が違うというのは、どういう意味だろうか?
坂倉様と庄内様で上司が違うという意味だろうか?
この点は、はっきりしない。
だが、更科さんはこの説明で納得したようで、
「そう言う事でしたか。
でしたら、仕方がありませんね。」
と言った。
清川様が、
「まぁ、里に着いてすぐ行けぬという事だけでも分かってよかったとするかの。
そこまで、急ぎはせぬが、早う決めるのじゃぞ。」
と言って、この場を去った。大月様が、
「では、話も一段落着いたことだ。
山上、頼んだぞ。」
と言って、私に風呂のお湯を沸かすように促した。
私は、
「はい。
では、行ってきます。」
と言って風呂のある方に歩き出した。
古川様は、佳央様と何か話している。
私は二人で何を話しているのか、少し気になったのだが、大月様が待っているので、そのまま風呂を沸かしに行ったのだった。
文中、清川様が「重畳」と言っていますが、こちらは喜ばしいことという意味となります。諸説ありますが、畳が高価だった時代に出来た言葉で、2枚も重ねて使えるようになるほど出世して喜ばしいというのが由来だったように思います。(出典が確かではありませんが)
この「重」の読み方についてですが、「じゅう」「ちょう」「え」「おも」と沢山あって、おっさんもよく読み間違えます。学生時代に重い場合に「じゅう」、重なる場合は「ちょう」が基本と習った人もいると思いますが、今回は由来を知っていれば、畳が重なるという事で「ちょう」と読むのだと予想が出来ます。
しかし、この範疇に収まらない言葉が多く、中には「重用」のように元々「じゅうよう」と読まれていたものが「ちょうよう」と読まれるようになってきた言葉や、逆に「重複」のように「ちょうふく」と読まれていたものが「じゅうふく」と読まれるようになってきた言葉まであります。
こういうのは、やはり真面目に覚えるしか無いのでしょうかね・・・。(--;)
・重畳
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・音読み
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