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くしゃみで

 翌朝、いつもの空が白ける前に目が覚めた。

 昨日、雷に打たれたというのに、一晩寝たお陰か、頭がスッキリしている。

 今朝はいつもよりも少し冷えるのだが、それも手伝っての事かも知れない。


 両手の平を握ったり、広げたりして感覚を確かめる。

 大丈夫だ。


 寝袋から出て着替えをし、一歩、二歩と天幕(テント)から出ると、昨日の雷雨は嘘のように晴れていた。まだ暗い空一面、星もよく見える。

 朝の澄んだ空気が、気持ちをキリッと引き締める。


 伸びをし、交互に太ももを胸まで引き上げては降ろす。

 大丈夫だ。


 今度は素早く、交互に太ももを胸まで引き上げては降ろす。

 昨日、寝る前はちゃんと動かなかった体が、今はちゃんと普通に動いてくれる。

 私はひと安心した。


 いつもの焚火(たきび)の場所に移動し、細い枝を並べたら火を()ける。

 その上にさっきの枝よりは太い(まき)を並べ、これを繰り返して徐々に火を大きくしていく。

 こうして、いつものように焚火を起こす。

 飯盒(はんごう)を持つと、軽い気がしたので中を確認する。ちゃんと米も水も入っていた。

 問題なさそうだったので、そのまま飯盒を火に掛ける。


 (しばら)くすると、今朝は(めずら)しく佳央様が起きてきた。

 私は、


「佳央様、おはようございます。

 今日は早いですね。」


と挨拶をすると、

 佳央様は、


「おはよう、和人。

 ええ。

 今日の朝食の支度、私達がやるって言ったからね。

 でも、もう和人が忘れて始めちゃってるみたいだけど。

 というか、何でご飯を炊いてるの?

 昨日、もう握り飯を作ったじゃない。」


と言ってきた。私は全く記憶になかったので、


「そうでしたっけ?

 もし、そうでしたら済みません。」


と返事をした。佳央様が、


「昨日、寝る前に言ったわよね?

 覚えてない?」


と言って一瞬眉を(ひそ)める。

 私は思い出そうと頑張っていると、佳央様は、


「・・・で、もう大丈夫なの?」


と心配そうに言った。私は、


「はい。

 一晩寝たら、随分気持ちも落ち着きました。」


と返すと、佳央様は、


「そう。

 なら、いいんだけど。」


と言ったものの、まだ心配な表情のままだ。私は、


「炊飯の続きをやりますか?」


と聞くと、佳央様は、


「ええ。

 ここで()めるわけにも行かないし、今日のお昼に出すわ。

 でも、暫くは暇よね。」


と言った。私は、


「なら、漬物の塩抜きでもどうですか?」


と提案すると、佳央様は、


「そうね。」


と言って、一旦天幕(テント)まで戻って、(かめ)と漬物、後は塩も持ってきた。

 瓶に魔法で水を張り、


「呼び塩だっけ?」


と言いながら、少しだけ塩を入れる。私は、


「はい。

 これをやらないと、野菜の旨味まで逃げてしまうんですよね。」


と説明すると、佳央様は、


「そうらしいわね。」


と同意しながら、お漬物を瓶の中に入れた。

 私は、


「お漬物は、御飯を蒸らし始めてから、」


と言いかけた所で、佳央様から、


「和人、説明は有り難いけど、約束忘れてない?」


と言わた。

 そういえば、昨日、料理について一つ約束をしていた。

 私は、


「そうでした。

 味に関わるだけなら、口出しはしないことになっていましたね。」


と返すと、佳央様は、


「そうよ。」


と言って、(うなず)いた。

 私は、


「なら、もう口出しはしない方がいいですね。」


と頬を()くと、佳央様は、


「ええ。

 でも、もし()げそうになったら言ってもいいわよ。」


と言った。私は、


「佳央様は、焦がさないと思いますよ?」


と返すと、佳央様は、


「分からないわよ。

 ・・・そうね、大月様に捕まったりとか。」


と例を出した。私は、


「まぁ、そのようなことがありましたら、口と言わず手を出しますよ。」


と言うと、佳央様は、


「まぁ、そうね。

 でも、そう言う場合でも、ギリギリまでは佳織がやらないか見てるべきね。」


と少し、意地悪そうな顔をする。

 だが、元々は私を休ませるのが目的だった筈だ。

 私は、


「それでは、私の方が気疲れしてしまいます。

 本末転倒ですよ。」


と少し文句を付けた。

 佳央様も元の目的は忘れていたようで、


「そうだったわね。」


と思い出したようだが、


「でも、料理を覚えるのも一つよ。

 少し我慢(がまん)して。」


と言われてしまった。

 だが、よく考えるとこれは仮定の話だ。

 私は、そこまで真面目に返す必要もなかったかと思い直し、


「その時は、仕方ありませんね。

 少し待つ事にしますが、美味しくなくなっても知りませんよ?」


と苦笑いをしながら返した。


 私達は、この様な感じで雑談を楽しんでいたのだが、暫くすると、更科さんが天幕(テント)から出てきた。

 私は、


「おはようございます。」


と笑顔で挨拶をすると、更科さんも、


「おはよう。」


と返したのだが、少し機嫌が悪そうな声で、


「まだゆっくり寝てたらいいのに、なんで起きてるの?

 ご飯まで炊いてるし。」


眉間(みけん)(しわ)を寄せた。

 そう言えば、昨晩、更科さんが二度目の炊飯をしていた事を思い出した。

 私は申し訳なく思いながら、


「いつもの習慣でつい・・・。」


と言うと、更科さんは、


「まぁ、そうよね。

 和人、基本的には早起きだし、昨日は上の空で、あんまり話も聞けていなたっかみたいだしね。」


と言ってくれたが、少し(あき)れたようでもある。私は、


「炊飯の件は、完全に忘れていまして・・・。

 早起きの方は、私は農家の出ですし、歩荷になってからも日の出前には起き出しています。

 当然、早起きは体に染み付いていますので、余程のことがない限り寝坊はしませんよ。」


と説明した。だが、説明した後で最近夜が遅くて何度か寝坊している事を思い出し、思わず苦笑いしてしまう。

 一方、更科さんは別の事を考えていたようで、


「飯盒、水、入ってた?」


と聞いてきた。私は、


「はい。

 中身も確認しました。」


と言うと、更科さんは、


「昨晩、私、仕込んでないわよ?

 誰だろ・・・。」


と不思議そうに言った。

 確かに、その通りだ。

 仮に、飯盒の中身が空だったなら、飯盒の蓋を開けた段階で気づく事が出来た筈だ。気づけなかったとしても、水を出してもらうために大月様を起しに行けば、そこで握り飯があることを教えてくれた筈だ。

 私は、


「さぁ。

 昨日はどうも、記憶が曖昧だったようでして。」


と返事をしたのだが、佳央様は、


「大月様かしらね。

 自炊するって言ってたから、出来るはずだし。

 寝ぼけたか何かで、準備しちゃったとか・・・?」


と指摘した。恐らくそうなのだろう。

 この件は、これ以上は詮索しない事になった。


 更科さんが、


「それにしても、和人。

 今日くらいは私達が料理することになったんだから、二度寝してもよかったんじゃない?」


と言ってきた。

 私は何か言い返そうと思ったのだが、先に佳央様が、


「佳織、そろそろおみそ汁。」


と指示を出した、更科さんは、


「あっ、ごめんなさい。

 すぐに支度します。」


と言って、いそいそと味噌汁の準備を始めた。

 私も、


「では、邪魔にならないように二度寝してきます。」


と言って戻ろうとすると、天幕(テント)から大月様が出てきた。

 私は、


「大月様、おはようございます。」


と挨拶すると、大月様は、


「うむ。

 して、具合はどうだ?」


と早速心配してくれた。私は、


「この通り、もう大丈夫ですよ。」


と少し体を動かしながら言うと、大月様は、


「ならば良い。

 昨日は大変だったゆえな。」


(ねぎら)ってくれた。私は、


「ありがとうございます。」


とお礼を言うと、大月様は、


「しかし、昨晩は雷に打たれたのであろう?

 何かあれば、遠慮(えんりょ)なく言うが良いぞ。」


と言ってくれた。

 大変ありがたい。

 私は、


「はい。」


と返事をした。

 が、次の瞬間、大月様が突然鼻に手をやったかと思うと、息を大きく吸って、


「ぶぁーっくすん!」


と大きなくしゃみをした。

 思わず、体がかじかみ、昨晩の雷に打たれた瞬間の事が走馬灯(そうまとう)のように浮かぶ。

 大月様は慌てて懐に手を突っ込むと、すぐまた、


「ぶえっくすん!」


ともう一発。

 私は体がビクッとして思わずしゃがみ込み、しっかりと手で耳を(おお)って、


「くわばら、くわばら、くわばら、くわばら!」


と唱えた。

 すぐに後ろから更科さんに抱きかかえられ、ハッとする。

 私は少し縮まりながら、


「まだ、大きな音は駄目(だめ)なようです。」


と苦笑いをした。大月様は懐から懐紙を取り出して鼻をかんだ後、


「いや、済まぬ。

 くさめ、くさめ。」


と謝った後、


「今朝は少し冷えるゆえな。

 が、もう大丈夫ゆえ、安心するがよかろう。」


と言ってくれた。

 私は、


「はい。」


と答えたのだが、更科さんが、


「無理はしなくていいからね。」


と言って頭を()でられた。


 何となく、子供扱いで肩身(かたみ)(せま)い。

 佳央様も、


「そうよ。」


(なぐさ)めてきた。

 大月様ももう一度鼻をかんで、


「うむ。」


(うなづ)く。

 佳央様が、


「味噌汁は私がやるから、和人はお願いね。」


と佳央様が言うと、更科さんも、


「分かったわ。」


と言って私の頭をなでた。私は、


「もう、大丈夫ですよ。」


と言ったのだが、更科さんに、


「でも、まだ震えてるわよ?」


と言われた。私は、


「そんな事はありませんよ。」


と言ってみたものの、自分の手を見ると確かに震えている。

 頭では大丈夫だと思っていても、体はそうではないようだ。

 私は、


「今朝は冷えるので、寒いだけです。

 焚火(たきび)にでもあたれば、(なお)りますよ。」


と言ってみた。

 今よりも少し焚火の側に移動し、体を温める。

 そうこうしているうちに、佳央様が朝食を作り終え、


「まぁ、いただきましょうか。」


と言って、配膳してくれた。

 味噌汁を飲むと、何となく心が落ち着くのがわかった。

 さっきまで普通だと思っていたのだが、実はまだ怖かったのだと実感する。

 私は、


「このお味噌汁、本当に美味しいですね。」


()めると、佳央様は、


「まぁね。」


(うれ)しそうに笑ったのだった。


 作中、大月様がくしゃみの後、「くさめ」と言っています。

 なんでも、昔、くしゃみをすると鼻から魂が抜けて早死するという話があったそうで、それを避けるための(まじな)いの句になります。

 海外でも、くしゃみをすると魂が抜けるということで「Bless you!」とお祈りします。

 これが偶然なのか、発祥の地があってそこから世界中に広まったのか。

 おっさん的には、後者でかつアトランティスあたりからだったら面白いだろうと思いますが、現実味はありませんね。(~~;)


・くしゃみ

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%8F%E3%81%97%E3%82%83%E3%81%BF&oldid=82357667

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