山頂でのご飯
春高山の山頂についた。
山頂周辺は、やや背の低い草の生えた小さな草原になっていた。
田中先輩は岩に腰掛け、更科さんはムーちゃんに寄り添われて草の上でひっくり返っている。
私は自分の水筒の水で手ぬぐいをしめらせ、更科さんの頭に載せた後、山頂よりも少し下の風が当たりにくいところに石を積んで簡単な炉を作った。
そこに、もぐさと薪を鉈で細く裂いたものを並べ、その上に徐々に太い薪を互い違いに空気の通り道が出きるように乗せていった。
更科さんに着火を頼もうと思ったが、まだひっくり返っていたので、自分で試しにやってみようと思った。
「田中先輩、これから着火の魔法を試してみたいのですが、見ていてもらっていいですか?」
と聞いた。すると、田中先輩は、
「ものは試しだ。
やってみろ。」
と言った。私は、
「ありがとうございます。
では、やってみます。」
と返事をした。
私は大きく深呼吸をした。
そして、両手で鞠を持つような形を作り、両手の中に釜戸の火を思い浮かべながら火の魔法の力を集めた。
すると、手の中にほんのり赤みがかったような歪みができた。
このままだと、ただ火の魔法を集めただけになるので、これをビー玉のようにギュッと小さくまとめてみた。私の予想では、これで火が出るつもりだったのだが、何も起きなかった。
私は、燃えるものが無いからかなと思い、そっと竈のもぐさに近づけたところ、ちゃんと着火した。
それを見ていた田中先輩は、
「お前、面白い点け方をするな。
普通は、こうやって点けるんだぞ。」
と言って、手の平を上にして差し出すと、そこに小さな炎が出てきた。私はそれを見ても、先輩がどうやったかは解らなかった。なので、どうやるのか聞こうとしたところ、先輩が先に、
「あぁ、そういうことか。
もぐさは燃えやすいから、温度を上げただけで火が点くんだな。
でも、これは他にもありそうだから、独自魔法ではないだろうな。」
と解説をしてくれた。そうしている間に、もぐさから細く裂いた薪へと順番に火が燃え広がっていた。
「そろそろ鍋に水を入れて火にかけろ。」
と田中先輩が言った。私はまたしても火の出し方を聞きそびれてしまったと思いながら、荷物の鍋を取り出した。水筒の水では足りないので、鍋で汲んでこようと思い、
「田中先輩、この辺では、どこにいけば水が汲めますか?」
と聞いたところ、田中先輩はニヤニヤしながら、
「魔法で頑張ってみろ。
練習だ、練習。」
と言って、魔法で出すように促された。私は、先輩が火の魔法を使ったのは判ったがどうやって火を具現化したかも解らなかったのに、どうやれば魔法の力が水に変わるのだろうかと頭を悩ませた。
ひとまず、桶の水を想像をしながら水の魔法を集めた。
次に、ひとまず、雑巾を絞る想像をしてギュッとして見たところ、ポタポタと水が出たが、料理に使える量ではなかった。私は、
「すみません。
数滴しか出ませんでした。」
と伝えると、田中先輩は、
「はぁ。」
とため息をつくと、
「普通、数滴でも言われてできるもんじゃ無いんだが、まぁ、いいか。
こんな感じだな。」
と言って、指を鍋に向けると、水芸のようにそこから水が出てきて鍋に水を満たした。が、先輩は横着して離れた岩から出したものだから、そこいら中が水浸しになってしまった。私は、
「すみません。
もう少し近くでやってもらわないと、もう少しで薪に水がかかるところでしたよ。」
と文句を言ってみたが、田中先輩は一瞬眉を寄せて『しまった』という顔をしたものの、
「なら、次からは鍋をここまで持ってこい。」
と、突き返してきた。私は、
「今度からそうします。」
と言って、先輩のところまで飯盒を持っていき、水を入れてもらった。
飯盒を火にかけて、次に、昼絞めた角うさぎの肉を、臭い消しの香草と一緒に鍋で煮て臭みを抜きながら、箱に入っていた野菜を切っていった。更科さんは、もうそろそろご飯が炊けるというころに起きてきて、
「ごめんなさい。
私も手伝いたかったのだけれども、体調が悪くて。」
と謝ってきた。私は、そんなこと気にしなくてもいいのにと思いながら、
「このくらいはどおってこと無いですよ。
食欲はありますか?」
と確認した。すると更科さんは、
「はい。
大丈夫です。
和人の料理はみんな食べます。」
と言った。これを聞いていた田中先輩は、
「普通、一定以上疲れ果てていると食欲もないものだがな。
ははぁ、別に女だからと言って料理は出来なくてもいいんだぞ?
隠すために寝たふりしていたんじゃないのか?」
と指摘した。私は田中先輩は意地の悪いことを言っているなと思って、更科さんの顔を見てから、
「料理なんて、出来る人がやればよいので気にしませんよ。
それよりも、肉は時間が無くて熟成もできてなければ臭みも十分抜けていないと思うので、口に合わなかったら済みません。」
と助け船を出したつもりだったが、田中先輩は、
「女の冒険者とも何度も依頼で同行しているが、血抜きもせずに、ナイフで皮を割いて、肉を無理やり切り出したかと思うと、そのまま火で炙って終わりなんて奴は、いくらでもいたぞ?」
と女の冒険者との体験談を話したので、どうも意地悪ではなく素で返したようだった。更科さんは、恐る恐るという感じで、
「その、和人さん、こういうお外ではお料理をした事はありませんが、私も一応、商家の娘なので嫁入り修行の一環で料理は習っていますよ。」
と、私の勘違を正した。私は、
「すみません。
では、次は二人で料理、頑張りましょうね。」
と返した。更科さんは、
「うん。」
と少しだけにこやかに返した。
私は鍋から肉を取り出して火からおろし、鉄板を上に置いてから、
「では、私はこれから肉の臭いを抜くのに使った鍋の水を捨ててきますので、薫さんはその間に肉を薄切りにしてください。」
とお願いをして、ちょっと行った先の薮に水を捨ててから戻ってきた。すると、さっきの肉がそのまま3分はあろうかという厚みで切られていた。私は、更科さんは料理はあまり得意ではないのだなと思いつつ、
「切ってくれてありがとうございます。
続きは私がやりますね。」
と言って、肉の白い筋のところに包丁を入れて筋切りしたり、まわりの筋を取り除いたりしてから、更科さんが気に病まないようにと分厚いまま、鉄板の上に載せて焼いていった。
田中先輩は、
「やっぱり、出来ないんじゃないか。」
と言ったので、私は、
「肉屋で処理されたものしか料理できない人は多いですよ。」
と返したのだが、更科さんは、私が何のために包丁を入れたかは解かっていない様子だった。
焼きあがった肉から、みんなで食べていった。
更科さんを見ていると、肉、肉、肉、野菜、肉くらいの割合で食べていたので、口にあったのだなと思い、ほっとした。ムーちゃんは肉は食べず、更科さんに隠れながら野菜だけ食べていた。
「薫さん、今日は色々あったけど、お疲れさまでした。」
と声をかけると、更科さんも、
「今日は和人と一緒にいられてうれしかったよ。
またこれからもよろしくね。」
と言って、ニコニコしていた。
更科さん:その、和人さん、こういうお外ではお料理をした事がありませんが、私も一応、商家の娘なので嫁入り修行の一環で料理は習っていますよ。
山上くん:すみません。
では、次は二人で料理、頑張りましょうね。
更科さん:うん。(習っているのは本当だし、嘘は言っていないから別にいいよね・・・)
後藤先輩:(丁寧語か。料理は出来ないんだな。)
1寸=10分で、1寸がだいたい3cm(正確には33分の1m)なので、「3分はあろうかという厚みの肉」というのは概ね1cmの厚みだったことになります。
なんとなく、食べごたえがありそうですね。(^^;)