雷に打たれて
* 2022/05/28
誤記の修正やルビふり等を行いました。
夕食の片付けも終わった頃、いよいよ雷の音が大きくなってきた。
時折、遠くで稲妻が見える。冷たい風が吹き、雨も降り出した。
私は、
「それでは、これから行ってきます。」
と言って広場に行こうとすると、庄内様に呼び止められ、
「くれぐれも、雷魔法を纏っておくのじゃぞ!」
と心配してくれた。私は、
「ありがとうございます。
それでは、早速移動しますが、庄内様も雷には気を付けて下さいね。」
とお礼を言って広場に向かった。
草むらをかき分け、広場に移動する。
広場の真ん中に着いたら、早速、雷魔法を集めて体に纏う。
昼間、練習した時と比べ、何となく雷魔法が集まり易い。
私は、これで雷を迎え撃つ準備が出来たと思った時、雨がいよいよ土砂降りになってきた。
こんなに激しい雨なら、笠や蓑でも持ってくればよかったと後悔する。
濡れる不快感からすぐ気が付かなかったのだが、折角纏っていた雷魔法が、雨で流されているようだった。
慌てて、雷魔法を集めるのだが、集めた傍からどんどん流れていく。
このままでは、雷が落ちたら私に直撃してしまうのではないか。
そう思った私は、焦って雷魔法を集めた。
ついに、頭上で大きな雷鳴と共に稲光が閃く。
──来たか!
と思ったのだが、今回は光っただけだったようだ。
次に光るまでに、もっと雷魔法を纏わないと。
私はそう思い、今まで以上に真剣に、雷魔法を集めた。
この季節、雨で体が冷えてくる。
雷魔法を纏っても、体温は上がらない。
私は、腕を交差して手のひらで両腕を擦りながらしゃがみ込んだ。
ただし、雷魔法は引き続き集め続ける。
胸と足をしっかりとくっつけたお陰か、先程よりも少ない雷魔法で体全体を覆えている。
更に風が強くなったせいで、尚、寒く感じる。
これでは、風邪を引きかねない。
が、いまさら天幕に戻る事も出来ない。
私は、懐から既に濡れていた手ぬぐいを取り出し、ぎゅっと絞ってから頬かむりにした。これで、少しでも雨よけになれば有り難い。
襟元を絞り、出来るだけ雨粒が体に直接当たらないようにする。
それでも、寒いものは寒い。
また、空を稲妻が走り、一拍してズンと体全体を揺らすような大きな音が響く。
どこかに落ちたのだろう。
私は更に雷魔法を纏いながら、
「くわばら、くわばら。」
と唱えた。
だが、次の瞬間、私の周りを光が包み込み、真っ白な世界、音もない世界に変わった。
これは、死んだのか?
私はそう思って呆然としたのだが、時間が経つに連れ、徐々に真っ白だった世界から周りが暗くなっていき、今度は真逆の真っ暗な世界になっていった。遅れて、耳から激しい雑音が聞こえている事に気が付く。
──ここは地獄ではないよな・・・?
確か、あの世に行く前には、三途の川を渡ると聞いた事があるが、まだ川を渡った覚えはない。
何かが焼けた匂いがし、暗闇の中に何かが見えてくる。
──あの雑音は、雨音か?
そう言えば、体中が、上から何かに突かれているような感覚もある。
徐々に、元の場所の風景が見えてきた。
足元を見ると、私の周りの草が焦げている。
この様子、恐らく私は、雷に打たれたのだろう。
そう思うと、体の底から震えが湧き上がってくる。寒さとは別物だ。
私は先程にも増して雷魔法を集めながら、
「くわばら、くわばら、くわばら、くわばら。」
と早口で唱え、目を瞑り、手で耳を覆った。
二度目のつんざくような音がして、またしても音が聞こえなくなる。
が、今度はさっきよりも早く、雨音が聞こえだす。
そっと目を開けると、さっきとは違って、周りの風景が見える。
周囲で仄かに赤黒く光っている所があったが、雨ですぐに消えた。
目を瞑っていたので、自分に落ちたのか、周りに落ちたのかは分からなかった。
だが、自分でも動悸がするのが判る。まるで、火事か川が溢れる時に聞く早鐘だ。
私は雷魔法を纏いながら、何度も何度も、
「くわばら、くわばら、くわばら、くわばら、くわばら!」
と早口で唱え、雷をやり過ごそうとした。
勿論、しっかり目を瞑り、手で耳を覆う。
雷魔法集めにも、余念はない。
雷が鳴り止まないので、延々と唱え続ける。震えも止まらない。
突然、肩に何かが触れる感触がして、思わず、
「うゎっ!」
と叫んだのだが、後ろから、
「びっくりするじゃない、和人。」
と声がした。後ろを振り向くと、庄内様、古川様、大月様、佳央様、更科さんが並んでいる。
皆さん、苦笑いだ。
私が、
「雷は?」
と聞くと、庄内様は、
「とっくに向こうじゃ。」
と呆れた口調で言ってきた。
私は、
「とっくと言いますと?」
と聞くと、庄内様が、
「四半刻前には雷もどこかに行ったと言うに、まだ帰らぬと言われての。
仕方がないから、皆を案内してやったのじゃ。
それにしても、いつまでも『くわばら、くわばら』と小心者な事じゃの。」
と説明してくれた。
私はまだ動悸が収まらない状態で、
「いえ、ついさっきも雷が聞こえましたよ!」
と言ったのだが、他の皆は首を捻りながら、更科さんや佳央様も、
「聞こえてないわよね?」
「ええ。」
といった具合で話し合っていた。空を見上げると、既に雨雲はないようで、少しだが星も見える。
納得はいかないが、どうやら事実のようだ。
私が混乱していると、庄内様は扇子で手をポンと叩き、
「・・・あれじゃな。
雷を聞いたのではなく、雷を思い出しておったのじゃろう。
何度も思い返すと、まるでその場にずっと居続けておるような錯覚に陥るのじゃと聞いた事があるからの。」
と説明した。私は、
「そんな事があるのですか?」
と返したのだが、今の状況は確かにその通りなのだろうとしか考えられない。
私は、
「・・・そうなのですか。」
と納得した。だが、納得したからと言って、あの雷に撃たれるという体験が失くなるわけではない。
私は、
「ですが、雷が落ちるというのは、目の前は真っ白になりますし、音は聞こえなくなりますし、自分が生きているかどうかさえ分からなくなってしまうのですよ。
あんな事は、もう御免です!」
と早口で文句を言った。
だが、庄内様は、
「そうは云うてもの?
山上がここに来ねば、天幕に雷が落ちた筈じゃ。
皆、焼けても良かったのかえ?」
と眉を顰める。
私は、
「それは困りますが・・・。」
と言うと、更科さんが、
「雷、和人が引き受けて来れたお陰で、私達は無事だったのよ。
ものすごく、感謝してるわ!」
と御礼の言葉を言った。
だが、何となく、更科さんとの距離が遠い。
考えてみれば、いつもなら抱きついてきても不思議ではない筈だ。
何かあるのだろうか?
そう思った私は、
「感謝しているにしては、ちょっと遠くないですか?」
と聞いてみた。すると更科さんは、
「ほら、和人、まだ雷魔法、身に纏ってるでしょ?
当たったら髪が焦げちゃうから・・・。」
と申し訳けなさそうに言ってきた。
そういえば、昼間、雷を集める練習をしていた時、そんな話があったのを思い出した。
慌てて、雷魔法を集めるのを止める。庄内様が、
「それを全部右手に集め、地面に叩きつけてみよ。」
と言ってきたので、そのとおりにした所、地面に付く寸前、バチッと大きな火花が散った。
私は驚いて、
「おわっ!」
と叫んでしまった。
庄内様が、
「これで、ほとんどの雷魔法も抜けたじゃろう。」
と言った。更科さんが恐る恐る近づいてきて、最後、私に触れた瞬間、小さくパチッと鳴ったが、それ以降は何もなかった。
更科さんが私の頭を撫で始め、
「これで触れるね!」
と嬉しそうに言った。
古川様がおろおろしながら、
「この辺り・・・痺れ草・・・あるから、・・・早く戻ったほうが・・・いい・・・わ。」
と提案すると、大月様も少し慌てて、
「ならば、急ぐか。」
と言って、天幕に移動を始めた。
が、私は腰が抜けていたようで、まだ立ち上がることが出来ない。
更科さんが、
「和人?」
と聞いてきたので、私は、
「まだ、腰が抜けてしまっているようでして・・・。」
と申し訳なく思いながら説明すると、佳央様が、
「仕方ないわね。」
と言って、倒臭そうに私の背中に手を当て、荷物か何かと同じ要領で浮き上がらせた。
私は、
「ありがとうございます。」
とお礼を言うと、佳央様は、
「雷を引き受けてくれたお礼よ。」
と言って、天幕の前まで運んでくれた。更科さんが、
「着物、濡れてるから、早く着替えよ?」
と言ってくれた。私は、
「はい。」
と言ったものの、まだ立ち上がれない。
佳央様が、
「ほらっ。」
と言って、私を天幕の中に運ぶ。
更科さんが、
「和人、一人で出来ないみたいだから、剥いちゃおっか。」
と言うと、佳央様は、
「面倒ね。
ほら、足伸ばす。」
と言った。私は、
「恥ずかしいのですが・・・。」
と言ったのだが、更科さんから、
「風邪、引きたくないでしょ?」
と言われた。私はそのとおりだと思ったので、
「はい。」
と返事をしたものの、縮こまったまま、足を伸ばせずにいた。
佳央様が、
「面倒ね。」
と言いつつも、重さ魔法で無理やり私の足を伸ばし、更科さんが私の着物を脱がせた。
更科さんは、
「和人、褌も脱ごっか。」
と言って、手に掛ける。私は手で股間を抑えると、
「きょっ、こっ、これは、替えなんてありませんから!
このままで!」
と思わず大きな声を出してしまった。
が、更科さんから、
「だめよ。
和人、漏らしたでしょ。」
と指摘され、自分が粗相をしていた事に気がついた。
この年で、かなり気まずい。
更科さんから、
「ほら。」
と言って無理やり脱がされてしまった。
強制的に、私のが露にされる。
滅茶苦茶、恥ずかしい。
ふんどしに隠れていた部分を更科さんが丁寧に拭き上げる。
逃げ出したいが、足が動かない。
滅茶苦茶、恥ずかしい。
更科さんは私を全部拭いた後、褌を持って天幕の外に出ていった。
佳央様が、
「まぁ、あれよ。
雷に打たれたんでしょ?
なら、仕方ないんじゃない?」
と生温かい声をかけてくれた。
居た堪れない気持ちになる。
というか、素っ裸なので、尚、居た堪れない。
私は返事を出来ずにいると、更科さんが戻ってきた。
待望の褌。
更科さんが、
「ほら。」
と言って、褌を締めようとした。
私は、
「そのくらいは自分で出来ます。」
と言って、褌を受け取り、自分で締めたのだが、何となく、いつもよりも褌がゆるい気がする。
佳央様が、
「少しは、体が動くようになった?」
と聞いてきたので、私は、
「まだ、ちゃんと力は入りませんが、大丈夫です。」
と返事をした。
更科さんが、
「じゃあ、次は着物ね。」
と言って、着物を着せてくれた。
着物の方は、佳央様が魔法か何かでいつの間にか乾かしてくれたらしい。
ついでに、褌も乾かしてくれればよかったのにと思う。
だが、それはそれ。
私は二人に、
「すみません。
面倒をかけてしまって。」
とお礼を言うと、更科さんは、
「まぁ、夫婦だし。
こういう事もあるわよ。」
と言ってくれた。そして、
「まだ歩けないなら、茂みまで連れて行くわよ?」
と付け加える。どうやら、寝る前に飛ばしてこいと言っているようだ。
私は、
「そのくらいは自分で行けます。」
と言って、ゆっくりとだが足を伸ばし、ふらついて転けそうになるのを堪えながら、天幕の外に出た。
心配でか、更科さんも付いてきてくれた。
私はまだ覚束ない足取りで、時折更科さんに支えてもらいながら草むらまで移動した。
私は、
「すみません、ここからは。」
と言うと、更科さんは、
「別に、気にしないわよ?」
と言ってきた。私は、
「本当に大丈夫ですから。
せめて、向こうを向いていて下さい。」
とお願いし、更科さんが向こうを向いたのを確認してから、用を足した。
何となく、一区切りという感じがして、少しだけ、気持ちが楽になる。
私は、さっきよりはましな足取りで更科さんに近づき、
「では、戻りましょうか。」
と言って、天幕に戻った。
佳央様が、
「明日の朝食、私達でやっておくから、ゆっくり寝てていいわよ。」
と言ってくれたので、私は、
「すみません。
お願いします。」
とお礼を言って、すぐに寝袋に入った。
この日は色々あって疲れていたのもあり、私は目を瞑っただけで、そのまま意識が遠のいていったのだった。
作中、山上くんが雨よけにと頬かむりをしています。
頬かむりは頭から手ぬぐいを被って顎の下でくくるスタイルで、手ぬぐいからタオルに変わったものの、田舎に行くと見かけることがあります。
山上くんは雨よけに使いましたが、普通は、夏場、強い日光を遮るために帽子がわりにすることが多いと思われます。
ちなみに、鼻の下でくくったら盗人かぶりと言います。こちらは、ねずみ小僧でお馴染み(?)のスタイルですね。
・手拭
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