夕方ころ雨
私達は、焚火を囲んで朝食を摂りながら話をしてた。
大月様が、
「昼は山上抜きで作るとして、佳央と奥方殿は料理は大丈夫なのか?
小生は一人暮らしゆえ、当然出来はするのだが、山上程上手くはないぞ?」
と質問をした。
二人で作るのだと思いこんでいたのだが、大月様も作るのを手伝うのだろうか?
私はそんなふうに思ったのだが、更科さんはそこには触れず、
「お味噌汁くらいなら。」
と苦笑いした。が、佳央様は、
「私は、味見役ね。」
と、料理する気はないようだ。
大月様が、
「まぁ、佳央も奥方殿も、出来るなら手伝うであろうな。」
と苦笑いした。私は、
「佳織は、全く出来ないわけではありませんよ?」
と言ったのだが、更科さんから、
「それだと、ほとんど出来ないみたいじゃない。
最近は長屋で、簡単な煮物とかも作ってたでしょ?」
と言った。確かに、作っていた。
だが、私は春高山で更科さんがご飯を焦がしたのを思い出し、
「そうですね。
でも、長屋の釜と飯盒では勝手が違いますし。」
と心配すると、佳央様も、
「そこが問題なのよね。」
と同意した。更科さんが渋い顔をして、
「佳央様は、まるで出来るみたいに言ってるけど、いつも私がやってるのを見てるだけだったじゃない。」
と指摘したのだが、佳央様は、
「そうだけど、佳織、たまに別のことを考え始めて、料理しているの忘れるでしょ?
いつも、声かけてるけど、そうしなかったら焦げちゃてるからね?
あれだって、料理しているようなものよ。」
と反論した。なんとなく、屁理屈のような気もする。
更科さんが目を逸らし、
「そんな事もあったわね。
でも、そう度々では無いでしょ?」
と言ったのだが、私が、
「そうなのですか?」
と聞くと、更科さんから軽く睨まれた。
大月様がすぐに、
「まぁ、まぁ。
何事も経験である。
昼に試してみればよかろう?」
と仲裁してくれる。私は、
「そうですね。
なら、今日はなるべく、口を出さないようにしますね。」
と言ったのだが、佳央様は、
「なるべく?
それだと経験にならないから、本当に食べられなくなる時だけでどう?
味が落ちるとか、そう言うのはなしで。」
と提案してきた。更科さんが、
「分かったわ。
じゃぁ、私はお味噌汁を作るから、佳央様はご飯をお願いね。」
と挑戦するようだった。佳央様も、
「分かったわ。
和人も手出し無用よ。」
と言って了承した。更科さんが、
「大月様も、私達でやりますので大丈夫です。」
と言うと、大月様は少し心配そうな顔つきだが、
「うむ。」
と了承した。
私も大丈夫だろうか心配したのだが、朝食も食べ終わり、後片付けをした後、佳央様が早速お米を研ぎ始めた。これなら、ひと安心。美味しいご飯が食べられそうだ。
だが、更科さんは特に何か準備している様子もなかった。できれば、更科さんには出汁を取ってほしかったのだが、味が落ちるのは口出ししてはいけない条件だったので、黙っていることにした。
私は、勝負ではないのに『佳央様の勝ちだな』などと思いながら、昼食の仕込みが終わるのを待っていた。
時間があるので、少しだけ、気配を消す練習をする。
ふと見ると、ムーちゃんが古川様と遊んでいた。
最近、ムーちゃんを夜以外はあまり見かけなかったが、昼間は巫女様達にかわいがってもらっているのかも知れない。
そんな事を考えていると、庄内様が大月様の所にやってきた。
大月様が、
「如何致しましたか?」
と尋ねると、庄内様は、
「うむ。
今日は、夕方前から雨が降るやも知れぬそうじゃ。
少し早めに切り上げるがよかろう。」
と言ってきた。私は、
「また、大蚯蚓が出たりするのでしょうか?」
と質問をしたのだが、庄内様は、
「いや、特には聞いておらぬな。」
と返した。私は、単に雨が降るだけかとひと安心したのだが、これで作業が遅れると、明日中に道が出来るのか怪しくなってくる事に思い至った。明日も降るようなら、ずっとここに留まるしか無い
庄内様が、
「ん?
その様な顔で、出て欲しかったのかえ?」
と聞いてきたので、私は、
「いえ、庄内様が聞いていないという事は、大蚯蚓も出ないに違いありません。
私が気にしているのは、明日、家に帰れるかどうかだけですよ。」
と思っていた事を説明した。庄内様は、
「夕刻前の時間だけじゃ。
作業には、大して影響もなかろう。
じゃからして、聞いていたとおりであれば、帰れるのではないか?」
と疑問形だが帰れると言ってくれてちょっと嬉しかった。
だが、楽観は出来ない。
私は、
「そうなればいいのですが、明日も雨だと帰れないと思いましたので。」
と苦笑いした。庄内様は、
「なるほど、明日も降れば遅れるか。
それとなく、巫女様には尋ねておいてやろう。
じゃが、あてにはするでないぞ?」
と言って、この場から去っていった。
その後、皆で話し合い、今日の作業はおやつ時で切り上げることになったのだった。
午前中は、普通に道作りに励んだ。
空には徐々に低い雲が増えていたが、まだ雨が降り出すような土の匂いはしていない。
お昼が近づいたので、午前中の仕事を切り上げて、いつもの天幕まで戻った。
すると、そこでは庄内様が待っていた。
私は、明日の天気を聞いてくれたのかと思い、
「すみません、庄内様。
明日の天気は如何でしたか?」
と確認した。
しかし庄内様は、
「そういえば、聞かれておったの。
じゃが、その前に今日のことじゃ。」
と言った。どうやら、別件らしい。
私は何だろうと思い、
「今日ですか?」
と質問すると、庄内様は、
「うむ。
なんでも、夕方、雷が落ちるのじゃが、山上が巻き込まれるそうじゃ。」
と恐ろしい事を伝えてきた。
庄内様が、冗談を言うとも思えない。
私は慌てて、
「私に落ちるのですか?!」
と確認すると、庄内様はいつもどおりの口調で、
「うむ。
何処へ逃げても落ちるそうじゃ。
観念せよ。」
と特に気にした様子もなかった。
だが更科さんは、
「雷様だなんて、桑原よ!
おへそも、絶対隠しておいてね!」
とおへその辺りを手で覆ってみせた。佳央様が、
「高い木とかに落ちやすいんじゃなかったっけ?」
と言うと、大月様は、
「うむ。
が、何もないところであれば人に落ちる。
木の近くでしゃがみ、近くに落ちたら木が倒れてこぬうちに逃げるがよかろう。」
と付け足した。だが更科さんが、
「竜人ならそれで逃げられるけど、人の足では難しいです。
そもそも、この辺りには高い木はございません。
森まで行くのですか?」
と言うと、庄内様は更科さんの方に向いて、
「まぁ、遠くに逃げるとこちらに落ちるそうじゃ。
逃げる場所は、後で古川にでも案内させよう。」
と説明した。
そして、今度は庄内様は私に向き直り、
「それはそうと、山上。
お主、雷魔法の属性持ちだそうじゃな。
あれを使えば、何とかなるそうじゃぞ。」
と言った。私は、
「雷魔法ですか?」
と聞くと、庄内様は、
「うむ。
よく、体全体に黄色魔法を纏わせておるじゃろ?
あれを、雷魔法ですれば良いそうじゃ。」
と言った。
そんな事で、雷が避けられるのか?
私はそう思ったのだが、庄内様から、
「まぁ、雷に打たれた所で死にはせぬじゃろう。
安心せい。」
と言われた。だが、私としては全く安心できない。
私は、
「他に手はないのですか?」
と聞いたのだが、庄内様は、
「すぐには思いつかぬな。
まぁ、せいぜい練習しておくのじゃぞ。」
と言った。
私は、これから昼食を食べた後も、また道を作る作業がある。
練習する時間はないじゃないかと文句を言いたくなったが、相手の方が身分がずっと上だ。
私は、文句を言って機嫌を損ねるのもよくないと思い、仕方がなく、
「ありがとうございます。
なんとか、頑張ってみます。」
と返した。
だが、そもそも雷魔法はほとんど使ったことがない。
どうすれば雷を上手く避けられるのか、考えても思いつかない。
思考が停滞するが、考えずにはいられない。
結果、堂々巡り。
そうこうしている間にも、佳央様と更科さんは昼食を作り終わっていた。
だが、お米が少し堅めだったり、具のない味噌汁がいつもよりも濃かった気もするが、私は昼食を味わう余裕もなかった。
二人から感想を聞かれたのだが、私は上の空で、
「まぁ、問題ないと思いますよ。」
とだけ、返したのだった。
作中、更科さんが『桑原』と言っていますが、この『桑原』というのは雷よけの呪いとなります。
これは平安時代に天神様でお馴染み(?)の菅原 道真が大宰府に左遷されて死んだ後、道真の怨霊に拠るとされる天災が起きたそうです。その天災の中に都を雷が落ちまくるという事があったそうですが、この時、道真の土地の桑原(地名)には落ちなかったのだとか。ここから、「くわばら」と唱えることで道真の怨霊が自分の土地だと勘違いして雷を落とさないとされたのが、この呪いの由来なのだそうです。
作中は異世界なので、似た話があったという事でご容赦下さい。(^^;)
・雷
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%9B%B7&oldid=82635565
・菅原道真
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%8F%85%E5%8E%9F%E9%81%93%E7%9C%9F&oldid=81971460