再び竹を採りに
翌日、空が白ける前に目が覚めたのだが、寝袋から出ると、少し臭う気がした。
何処だろうと臭いの発生元を探した所、それは寝袋からだった。
よくよく考えると、着物は洗ったが寝袋を洗った覚えがない。
私は、今日もまた更科さんから指摘されるだろうことを想像して、朝というのに残念な気分になりながら天幕から外に出た。
いつものように焚火を起し、その上に昨日のうちに米と水を入れた飯盒を吊るす。
天気が良かったので、風呂の隣の壁に寝袋をかけ、重しをしておく。
天日で臭いが取れれば、有り難い。
その後、焚火に戻っていつものように気配を消す訓練を始める。
すると、今朝は珍しく古川様がやってきた。
古川様は、
「今日は、角猪だそうじゃな。」
と言ってきた。朝っぱらから、巫女様に憑依されているようだ。
私は、
「おはようございます、古川様。
よくご存知で。
後で半分、お裾分けしますので、楽しみにしてくださいね。」
と答えた。古川様が、
「半分か。
まぁ、昨夜は出張らなかったゆえ、仕方あるまい。
が、いちいち儀式も面倒じゃろ?
そのまま、古川に渡すが良いぞ。」
と言った後、私の返事も聞かず、
「そうじゃ。
今夜も出掛けるのであろう?」
と聞かれ、私は頷いた。昨夜、物干し竿になるものが採れなかったからだ。
古川様は、
「うむ。
であれば、古川に声を掛けよ。
さすれば、今宵は素で連れて行ったとしても、十分に欲しいものが手に入るじゃろう。」
と言った。さらに続けて古川様は、
「・・・おはよ・・・う?」
と首を傾げながら挨拶をした。どうやら、ここで巫女様は古川様への憑依を止めたようだ。
私も、
「おはようございます。」
と挨拶を返した後、ついさっき巫女様に言われたので、
「実は先程、今夜、古川様をお誘いするようにと言われまして。」
とお願いした。すると古川様は、
「・・・えっと、・・・。」
と両腕を胸の前で縮こまりながら困ったようだった。私はなぜそうしたのか、なんとなく察して、
「山に入ります。
体は狙っていません。」
と簡潔に説明すると、古川様は、
「・・・えっと、・・・そう言う事・・・は、・・・考えてない・・・けど?」
と言われてしまった。単に寝ぼけていただけのようだ。
更科さんが起きてきて、
「和人、古川様とお話?」
と聞いてきた。笑顔だが、何となく怒っている気がする。
私は、
「はい。
先程、巫女様から今夜古川様を連れて山に入ると、欲しいものが手に入ると言われまして。」
と事情を話すと、更科さんのさっきの笑顔から普通の笑顔になって、
「という事は、竹藪か何かが見つかるって事かしらね。」
と言った。そして一度頷くと、
「私も行くわね。」
と同行する事になった。
佳央様が起きてきて、
「私も。」
と言ってきた。私は、
「それは助かります。
やはり、人数が多いほうが見つかりやすいでしょうし。」
と言うと、更科さんも、
「そうね。」
と言った。佳央様が、
「そう言えば、和人の寝袋は?」
と聞いてきたので、
「・・・えっと。
ちょっと匂うようになっていたので、天日に干していまして。」
とちょっと恥ずかしかったが説明した。
更科さんが、
「良いわね。
私のも、横に干していい?」
と確認してきたが、断る理由もない。
私は、
「勿論です。」
と答えた。
丁度いい時間になってきたので、竈に火を入れ、上に味噌汁を作る鍋を掛ける。
その間に、更科さんは寝袋を取りに行った。
更科さんが天幕から寝袋を持って出てきたので、私は、
「風呂の横の壁にかけてありますから。」
と声をかけると、更科さんは、
「分かった。」
と言って、寝袋を壁まで干しに行った。
お湯が沸くまで時間があるので、鍋を佳央様に任せ、更科さんの所まで行く。
そして、
「佳織、すみませんが、水を出してもらってもいいですか?」
と聞いた。すると更科さんは、
「何に使うの?」
と聞いてきた。
私は、
「手ぬぐいで寝袋の内側を拭こうと思いまして。」
と答えると、更科さんも、
「あぁ。
私もそうしよっと。」
と言って、固く絞った手ぬぐいを使い、二人で寝袋を綺麗にした。
これで、明日は臭わないに違いない。
焚火に戻って飯盒の下の薪を寄せ、火を強くする。
暫くし、もう少しで大月様が起きて来るであろう頃合いに、飯盒で炊いていた御飯がいい感じになった。飯盒を火から降ろし、ひっくり返して蒸らしに入る。
味噌汁の方も味噌を溶いてしまう。
配膳をし、今夜も出掛ける話をする。
大月様は、
「まぁ、日中、何かを干すのにも使えるゆえな。」
と言って、特には否定しなかったが、佳央様から、
「道もあともう少しだから、多分、明日使ったら終わりかも知れないけどね。」
と苦笑いした。
その日の夕食が終わった後、後片付けをしてから、私は佳央様、更科さんを連れて古川様を呼びに行った。
古川様が出てきて、
「今日は、・・・宜しく・・・お願い・・・します。」
と言ってきた。巫女様は憑依していないようだ。
私は、
「こちらこそ、宜しくお願いします。
今日は、物干しに使えるような竹を探そうと思っていますが、もし見つかるようでしたら、むかごとかの山菜も採りたいと考えています。」
と挨拶を返し、簡単に今日の目的を説明した。古川様は、
「・・・えっと、・・・お肉じゃ・・・ないの?」
と聞いてきた。私は、
「もう残りも数日ですし、狩らなくても十分にあるんじゃないかと思いますよ。」
と言ったのだが、更科さんから、
「でも、色々ある方がいいわよ?」
と言ってきた。何か獲物がいたらな狩りたいようだ。
私は、
「まぁ、竹が見つかるより先に、獲物を見つけたなら考えましょう。」
と言うと、更科さんから、
「見つかった後でも、ちょっとくらいならいいじゃない。
けちっ。」
と言われてしまった。私が更科さんの頭を撫でながら、
「そんな、けちは無いでしょう。」
と言うと、古川様から、
「二人は・・・、仲良し・・・ね。」
と言われてしまった。
いつも佳央様から言われているのだが、別の人から言われるとなんだか新鮮で照れくさい。
私は、
「夫婦ですから。
ほらっ、出発しますよ。」
と言って草むらに向かって歩き出した。
三人、慌てて付いてくる。
歩く順番は私が先頭で、次に更科さん、古川様、佳央様の順になった。
いつものように、草原から山に入っていく。
暫く歩くと、古川様が、
「そこ・・・。
右の・・・藪・・・の・・・向こう・・・かな?」
と言った。素直にそちらに移動すると、早速、山芋のむかごが見つかった。
私は、
「ありがとうございます。
助かります。」
と言って、幸先いいなと思いつつ、むかごを採取する。
結構な量が採れた。
私は、
「では、行きますか。」
と言うと、佳央様が、
「和人、あっち。」
と言った。何だろうと思いながら佳央様が言った方に歩くと、竹林が見つかった。
私は、
「佳央様、ありがとうございます。
これでようやく着物が干せます。」
と言って、鉈を取り出し1本の竹に的を絞った。
鉈を勢い良く竹に振り下ろすと、あたった瞬間にカーンと甲高い音が鳴り響く。
私は、獣が来るのではないかと思って警戒したのだが、佳央様から、
「竹林は、音を吸収するの。
だから、このくらい音を出しても、獣は寄ってこないわ。」
と説明してくれた。警戒を解いて、何度か鉈を竹に振り下ろし、1本だけ切り落とした。
これで、少なくとも物干しがニ竿作れるはずだ。
鉈はあまり鋭くないのもあって、切り口は酷くささくれていた。
早速、重さ魔法で持ち上げて帰ろうとする。
が、竹が予想以上に長くて全体に魔法がかけられなかった。
私はどうしたら持って帰れるのかと色々試していると、
佳央様が不思議そうに、
「ここで短く切ればいいだけよね?」
と言ってきた。全く、その通りだ。
私はちょっと恥ずかしく思いながら、
「そうですね。」
と言って、風呂の隣の壁に付けられた、竿竹を乗せるところの間隔を思い出しながら、少し長めに竹を切った。1本の竹から3本の竿が作れたので、これを紐で束ねて持って帰る。
この竿は、両端とも酷くささくれだっている。明日、このささくれを綺麗しよう。
そんな事を考えながら、採るものも採ったので、早速、山道を降りようとした。
が、これがなかなか厄介で、右に曲がろうとしては竿が木にぶつかり、左に曲がろうとしては、今度は竿が岩にぶつかりと歩くのが大変だった。ちょっと下を向いたら更科さんに当たってしまったりもした。
これは流石に更科さんから、
「ちょっと後ろ持つわね。
曲がる時、声かけて。」
と言われてしまった。
そしてもうすぐ山を降りられると思った時、
「グー」
と聞き覚えのある低い鳴き声が聞こえてきた。
私は聞こえなかったことにしてそのまま降りようとしたのだが、古川様が、
「あの・・・鳴き声。
多分、・・・蛙。」
と余計な事を言ってきた。更科さんが、
「前に美味しかったし、和人、狩ろ?」
と言ってきた。
私は、
「また、臭いが取れなくなりますので。」
と言って、断ろうとしたのだが、更科さんから可愛く、
「お願いね?」
と言われ、つい了承してしまった。
こうして私は、再び蛙を狩ることになったのだった。
作中、山上くんたちは物干し竿にするために竹を探します。
この竹、実はイネ科なのだそうです。
あと、地下で根がつながっている竹は全部同じ個体なのだそうです。それが証拠に、竹は花が咲いたら種を残して枯れてしまうのですが、1本だけが枯れるのではなく、地下で根がつながっているものすべてが一気に枯れてしまうのだそうです。
・竹
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