お裾分け
晩御飯を食べた後、私は大月様に頼んで、草むらの少し入った所に土魔法でお風呂を作ってもらった。
前に作って貰ったからか、大月様はあっという間に大釜を作ってしまった。
前回は、一面だけ壁を作ってもらったのだが、今回は物干し竿を掛ける所も作ってくれた。まだ竿はがないが明日ここを離れるわけでもない。次に山に行った時にでも取ってくればいい。
私は、
「今回は竿を掛ける所も作ってくれたのですか。
ありがとうございます。」
と言うと、大月様は、
「その方が便利であろう?」
と返した。その通りだ。
私は、
「はい。
でも、竿がありませんので、そのうち山で取ってこようと思います。」
と言うと、大月様も、
「うむ。
では、水を張るぞ。」
と言って、釜に水を入れてくれた。私は、
「ありがとうございます。
では、早速温めますので、皆さんの所に戻っていて下さい。」
と言うと、大月様は、
「うむ。
宜しく頼むぞ。」
と言って、草むらから出ていった。
火魔法を集め、湯船の中に入れて掻き回す。
これを何度か繰り返すと、水がお湯になる。
水を温めている間は単調な作業が続くので、私は少し前のことを思い出していた。
夕食後の雑談でのこと。
更科さんが、
「そう言えば、蒼竜様にお礼を伝えるの、まだだったわよね。」
と言った。大月様が、
「そうであるが、戻った後で良いのではないか?」
と返した。お米が届いた事自体は、口入れ屋の人あたりから依頼が終わった報告を受けて知っている筈だ。
私も必要性を感じなかったが、更科さんは、
「こういったお礼は、早めに伝えたほうがいいのよ。
お祖母様が言うには、届いたことを知ったらすぐ連絡でもいいくらいなんだって。
気を遣って貰った事に感謝するのが、大事なのだそうよ。
ほら、頼んでいなかったけど、お漬物とかもあったでしょ?」
と説明した。更科さんのお祖母様が言ったと聞くと、そうした方がいい気がしてくる。
大月様も、
「確かに、伝える手段があるなら早いほうが良かろうな。」
と同意し、佳央様も、
「そうね。
じゃぁ、早速、伝えてくるわね。」
と言った事があったのだ。
更科さんに言わせれば常識なのだそうだが、そうすると、私は勿論、言われるまで気が付かなかった大月様や佳央様も常識がないことになるのではないかと思った。
ただ、言われてみれば実家の母も、ご近所さんなんかから何かを貰えば、何か持ってお礼を言いに行っていた。皆がやっている事なのに思い至らなかったのだから、ちょっと恥ずかしい。
風呂を沸かした後、皆のいる焚火の所に戻ると、大月様が米俵の中から瓶みたいなものに1合枡で米を取り出していた。
私は明日の朝のお米にしては多いので、
「それをどうするのですか?」
と聞くと、佳央様が、
「あ、和人、戻ったのね。」
と言いながら私の方に顔を向け、
「さっき蒼竜様に連絡したでしょ?
その時に、何で1俵も送ったのか確認したのよ。
そしたら、『こういう時は、半分くらい巫女様にお裾分けするのが礼儀だ』と言われたの。」
と説明してくれた。
私は、
「そう言う事でしたか。
ですが、7升でいいのに、3斗半もですよ?
半分でも余りませんか?」
と確認した。すると佳央様は、
「ええ。
だから、私も聞いたの。
そしたら、余った分は私達が冬に食べればいいと言ってたわ。」
と答えた。私は、
「それは有り難いですね。」
と言うと、更科さんも、
「それなら、お返しもちゃんとしたのを考えないといけないわね。」
と言った。佳央様が、
「まぁ、確かにね。
でも、巫女様がいくら金子を寄越せと言ってくるかわからないわよ?」
と不快そうな顔つきだ。今日の米俵の件は古川様の冗談だったが、それ以外でいくら取られるか分かったものではない。
大月様が片手間に、
「まぁ、蒼竜も事情は分かっている筈ゆえ、相応の物である必要もあるまい。」
と言った。
『相応の』というのは、普通に考えれば同じ額くらいのという事になるのだが。
私はそんなふうに思ったのだが、佳央様も、
「そうね。」
と同意した。更科さんは、
「確かに、蒼竜様ならそれで良さそうだけどね?
親切にしてもらったら、色を付けて返す。
それが巡り巡って、自分の助けになるものだそうよ。
こういうのは、きちんとしておくべきだと思うの。」
と言った。私は、
「誰かの受け売りですか?」
と聞くと、更科さんは、
「ええ。
お祖母様の。」
と答えた。更科家を大きくした立役者の言葉だと思うと、含蓄があるように思えてくる。が、同じ額よりも、少し多めのものが良いとなると、なお、お金がいる。
佳央様が、
「お祖母様って、実質、更科家で一番偉い人よね。」
と言うと、更科さんも、
「ええ。
だから、相場の半額にちょっと上乗せくらいは返したほうが良いわね。」
と笑った。相場の全額より上と言う意味じゃなかったらしいので、少しホッとした。周りも何も言わないので、これが普通の感覚なのだろう。
あと、更科家の現当主は、更科さんのお父様なのだが・・・。
大月様が、
「それで、この米を半分に分けようと思うのだが、これでよいか、確認してもらえぬか?」
と言ってきた。私は、
「すみません。
私は最初から見ていなかったので、どのくらいそれに入っていのか分かりません。
そもそも、1合枡を使っているのですから、何回注いだかで分かるでしょう。」
と言うと、大月様はしまったという顔をして、
「なるほど、これは1合枡であったか。」
と言うと、
「いや、これでいつも山上が米を飯盒に入れておるのは見ておったが、そう言う事であったか。
いや、なるほど。」
と苦笑いした。私は、
「普段はどうしているのですか?」
と聞くと、大月様は、
「いや、普通は目分量であろう?
山上もてっきり、目分量と思っておった。」
と答えた。私は、
「水は目分量ですが、米はきちんと量っていますよ。」
と言うと、大月様は、
「なるほど、そうであったか。」
とバツが悪そうに返し、
「もう一度、量り直すとするか。
3斗半の半分は・・・、175合であるか。」
と言って、瓶に移した米をもう一度俵に戻し、1から数え始めようとした。
私は、
「すみません、大月様。
お風呂が冷めてしまいます。
ここは私がやりますから、先に入っていただいても宜しいですか?」
とお願いすると、大月様は、
「そうであった。
すまぬな。」
と言って米を量るのは私に任せ、草むらの中のお風呂に歩いていった。
私は、米が欠けないように丁寧に1から順に数え、無事に半分に分けることが出来た。
古川様が来たので、早速お話をする。
すると、大月様はお風呂から上がってきた。
大月様は、
「古川様、すまぬが、こちらから寄進する形を取ろうと考えておる。
すまぬが庄内様に天幕から出てきていただいてもよいか?」
と言った。古川様が、
「はい。
・・・分かり・・・まし・・・た。」
と返事をして、天幕に戻っていった。
その間に、私達は古川様が入っていった天幕の前に移動する。
大月様が土魔法で簡単な台を作り、そこに瓶を供える。
一歩下がった所で、大月様が座り頭を下げる。
佳央様、更科さんと私も、大月様の後方に座って頭を下げる。
暫くして庄内様が出てくると、大月様に、
「そのようなこと、急ぐ必要もあるまい。
明日にせい。」
と一言怒って、天幕に戻っていった。
大月様が、
「・・・そのような事もあろう。」
と苦笑いをする。
仕方がないので、米の寄進は明日する事となった。
風呂に入って、ついでに着物に着いた蛙の臭いも洗い落とす。
風呂から上がった後は、明日の朝食の準備をしてから、天幕に入って寝たのだった。
作中、物干し竿が出てきます。
この物干し竿、江戸時代の頃に江戸の町で普及したそうです。当時は、(『竿』という字が竹冠なだけあって)竹製のものが多く使われていたのだとか。
余談ですが、現在市中を走るさおだけ屋で竿竹を買う場合、購入者が声をかけるので訪問販売とならないとかでクーリングオフの適用外となるそうです。
稀に嘘の説明をする業者があるそうなので、購入の際はお気をつけ下さい。
あと、大月様が作った風呂を『湯船』ではなく『大釜』と書いていますが、作中で内風呂と言えば五右衛門風呂なので、そのように表現しています。
・洗濯
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%B4%97%E6%BF%AF&oldid=82382033
・物干し
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%89%A9%E5%B9%B2%E3%81%97&oldid=76557102
・クラッド鋼
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↑見た目ステンレスなのに錆びる物干し竿はクラッド製らしい。
・風呂
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・湯船
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