蛙の臭いが
翌朝、私は空が白け始めた後に目が覚めた。
ちょっとだけ、寝過ごしたようだ。
慌てて寝袋から外に出た後、そのまま天幕を出て焚火を起こした。
飯盒を掛けて、炊飯を始める。
それから私は、本当は良くないが、一旦天幕に戻って身支度を整えた。
もう一度、外に出て焚火の所に戻る。
朝起きたばかりだが、何となく着物が臭う気がする。
昨日、蛙に飛び込んだせいだろう。
私は、更科さんに嫌な思いをさせないだろうかと思ったが、今から臭いは落とせない。
昨日、庄内様の機嫌がいい時に水を沢山浴びせてもらった。
あの時は、私は毒が口に入ったと思っていたので、口の中を濯ぐ事しか考えていなかった。過ぎた事だが、どうせなら一緒に、着物も洗ってしまえばよかった。
そう言えば、庄内様は大丈夫だったのだろうか。
なんとなく、庄内様が二日酔いになっていないか、心配になる。そんな事を考えていたら、庄内様がやってきた。いつものおば様の姿だ。
庄内様は口元を扇子で隠しながら、自信なさげに、
「山上よ。
その、昨日の事は、他言無用にの。」
と言ってきた。私は、
「その、昨日の蛙のせいで、着物に臭いが着いてしまいまして。」
と言うと、庄内様は訝しげに、
「・・・何をさせたいのじゃ?」
と聞いてきた。
私は、あわよくば着物を洗ってもらおうと考えていたのだが、どうやら駄目だったようだ。なので、
「いえ、別に良いのです。
酒が入っていた時の事ですし。」
と返した。古川様もやってきて、
「えっと・・・。
珍しく・・・、早起き?・・・ですね。」
と声を掛けてきた。庄内様に声を掛けたようだ。
庄内様は、
「うむ。
そうであった。
古川よ。
こやつの着物が、ちと臭うての。
洗ってやってはもらえぬか?
昨晩、肉ももろうたしの。」
と言った。私は有り難いが、これでは古川様がいい迷惑だ。
ここで、私達が話している声を聞いてか、更科さんが起きてきた。
更科さんは、
「おはよう、和人。
どうしたの?」
と質問した。私は隠す事もないだろうと思い、
「佳織、おはよう。
実は昨晩、庄内様と古川様、それと私の3人で狩りに行ったのですが、その時、蛙の臭いが着物に付きまして。
それでさっき、庄内様が古川様に洗ってもらえば良いと言ってくれたのですよ。」
と話した。更科さんは、
「確かに、臭うわんね。
けど、どうして古川様?」
と眉を寄せて聞いてきた。何となく、更科さんの機嫌が悪くなり始めたのを感じる。
私はなんとか古川様でないといけない理由を考えながら、
「ほら、洗濯には水魔法が必要ですから。」
と説明すると、更科さんは、
「私も、出せるけど?」
とジト目で返してきた。私は慌てて考え、
「ほら、洗濯する時、飲める水のほうがよく汚れは落ちますし。」
と思いついた言い訳をすると、更科さんは、
「そうなの?」
と聞いてきた。私は作り話を信じてもらおうと、
「確か、そう聞いた気がします。」
とあやふやな知識として返した。
古川様は、
「そう・・・かも?」
と、はっきりしないが肯定してくれた。
更科さんは、
「そうなんだ。
じゃぁ、仕方ないわね。
で、これ、沼の臭いよね?」
と聞いてきた。私は、
「そうかも知れません。
なにせ、相手は蛙でしたから。」
と言うと、更科さんは、
「ひょっとして、沼に落ちたの?」
と聞いてきた。私は、
「いえ、沼には行っていませんが、追いかけていた蛙が急に止まりまして。
そのまま、体ごと突っ込んでしまったのですよ。」
と説明した。すると更科さんは、
「あぁ、そういう事ね。」
と納得したようだった。更科さんは、
「ところで、和人。
替えの着物、無いわよね?」
と聞いてきた。確かに、褌さえも替えはない。私は、
「はい。
後は、大月様が準備していた里の使いの着物くらいでしょうか。」
と答えたのだが、更科さんは、
「なるべく汚さないようにとか言ってたし、乾くまで待っている間の着替えにも出来ないんじゃない?
暫く、風呂にも入れてないし。」
と言った。風呂は、4日前の晩に入ったっきりだ。
私は、
「また、大月様にお風呂を作ってもらいますか。」
と言うと、古川様が、
「それで・・・、着物・・・は?」
と聞いてきた。夏ならともかく、今の季節、褌だけで作業するわけにも行かない。風邪を引いたら、一大事だ。
私は、
「いえ。
本当は今すぐにでも洗いたいのですが、夜まで我慢しますので。」
といて断った。
古川様が、
「分かった。
じゃぁ、・・・夜に。」
と約束した形になった。更科さんが、
「夜、お風呂に入る時に洗うんじゃないの?」
と言うと、古川様は、
「・・・その、・・・そう言う事?・・・ですか?」
と首を傾げた。更科さんの顔が怖い。
私は、洗って貰おうとするから揉めるのだという事に気が付き、
「いえ、断じて違います!
今夜、お風呂に入るついでに着物も私が洗います。」
と言うと、庄内様は、
「ふむ。
・・・まぁ、良かろう。
が、古川であればいつでも貸してやるから、言うが良いぞ。」
と言った。更科さんが、明らかに私に疑いの目を向けてきている。
私は、
「断じて違いますから!」
と言って、訂正していると、佳央様が起きてきた。
それで私は話しすぎたことに気が付き、慌てて味噌汁の準備を始めた。
大月様に水を出してもらって、昨日取ってきた山芋のむかごを洗い、水の入った鍋に入れる。
お湯を沸かして暫く煮る。
味噌汁を作っている間、古川様に洗濯物をして貰う事になって更科さんが不機嫌になりそうになった時、更科さんに洗濯をお願いしなおせばよかった事に思い至った。なんで、あんな言い訳をしようとしたのだろうかと後悔する。
最後、味噌を溶き入れる。
これで、むかごのおみそ汁の完成だ。本当はもっと具を入れたいのだが、無いものは仕方がない。
まだむかごは残っているので、お昼はむかごご飯にしよとお昼の献立を考えながら、飯盒からご飯を注ぎ分ける。
ご飯と言えば、昨日蒼竜様が持ってきてくれたおコメは3升だけだった。今日中に蒼竜様が来ないと、また米が切れてしまう。
ふと、蒼竜様が大峰町の冒険者組合の件の報告に手間取って、またしても遅れたりしないだろうかと不安になってきた。
私は、味噌汁を注ぎ、皆に配りながら、
「佳央様。
すみませんが、また、蒼竜様に連絡をしていただいてもいいでしょうか?」
とお願いしたのだが、佳央様は、
「昨日の今日で、流石に遅れるなら連絡くらい寄越すんじゃない?」
と断ってきた。私は、
「そうだとよいのですが、嫌な予感がしまして。」
と言うと、大月様が、
「前回は不測の事態だったであろう?
今回は、大丈夫ではないか?」
と返した。私は大月様の話で少しは安心したのだが、
「いえ、よく考えると蒼竜様とは、次にいつ来るのかちゃんと約束をしていませんでした。」
と思いついた問題点を伝えた。すると更科さんが、
「和人、心配しすぎね。
ほら、和人もはっきりと今日の夜に米が無くなるって、伝えてたでしょ?」
と聞いてきたので、私は頷いた。更科さんは、
「なら、期限は今夜だと思うのが普通よ。
午前中か午後か分からないけど、今夜までには来るんじゃない?」
と説明した。全員に配膳が終わった私は、
「まぁ、皆が言うなら。」
と言って引き下がり、適当に焚火の周りに座った。
たが、胸の内では納得できた訳ではない。
私は悶々としながら、朝食を食べ始めたのだった。
作中、山芋のむかごが出てきます。
むかごは種みたいなもので土に埋めると山芋が出来るのですが、厳密に言うと種ではないそうです。
作中では『むかごご飯』と言っていますが、俳句では、零余子飯という言い回しで晩秋の季語になっているそうです。
ちなみにむかごご飯は、米を研いだ後、酒、水、塩、むかごを入れて炊くと出来るのですが、おっさんはこれに干し椎茸スライス、ひじき、人参の細切り等の具や、醤油、顆粒だしの素といった調味料を加えて醤油飯系の炊き込みご飯にする事が多いです。
・むかご
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・ヤマノイモ
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