ようやく蒼竜様が
その日、私は自分のお腹の音で目が覚めた。
外は暗く、まだ空が白ける気配もない。
外の見張りだろうか。微かに、巫女様の従者達の雑談や焚火の音がパチパチと聞こえる他は、草が風で揺れる音がするばかり。
なぜ、こんなにお腹が空いているのか、昨日の事を思い出してみた。
確か昨晩は米が切れて、蛇肉と味噌汁だけで済ませたのだったか。
やはり竜和人たる者、米を食べねば腹持ちが悪いらしい。
起きた所で、何か食べられるわけでもないので二度寝しようと思ったのだが、ふと、待ちに待った気配が近づいて来ているのを感じた。
嬉しくなってきて、思わず寝袋から急いで出る。
すると佳央様が、
<<ん?
・・・あぁ。>>
とだけ言って、また寝たようだった。
私は早る気持ちを抑え、更科さんが起きないよう、音を立てないように気を付けた。
簡易ではあるが身支度を整え、天幕から出る。
そんなつもりはなかったが、何となく近くなったので、草むらに入って用を足す。
一瞬嫌な予感はしたが、今日は巫女様は来なかった。
すこし肌寒いので、焚火を起こす。
巫女様の従者達が刀を手に取り、警戒し始めている事に気がついたので、あれは蒼竜様の気配だと伝える。見張りの人は、少しだけ安心したようだった。だが、違っていた場合のことを考えてだろうか。従者達は、腰に刀を差して警戒したままだ。
暫く焚火にあたっっていると、畑と草原の境界から蒼竜様が出てきた。
私は、
「お疲れ様です、蒼竜様。」
と声を掛けると、蒼竜様は、
「うむ。」
と返事をした後、
「遅くなって、済まぬな。」
と謝ってきた。私は、
「いえ。」
と答えはしたが、お腹は正直者だったようで、音を鳴らして抗議した。
蒼竜様は、
「これは・・・、」
と言って一瞬眉を顰め、右手で軽く拝みながら、
「すまぬな。」
と再び謝った。荷物を取り出し、私に、
「ここに3升ほどある。」
と言って手渡した。
待望の米だ。
私は、
「ありがとうございます。
早速、朝食の準備をしますので、お水をお願いしてもいいですか。」
と聞くと、蒼竜様は眠そうではあったが、
「うむ。」
と答えた。私は、
「蒼竜様は、朝は食べていかれますか?」
と聞くと、蒼竜様は、
「うむ。」
と答えた。
先ずは天幕から飯盒を持ってきて、分量のお米を入れる。
蒼竜様がいるので、普段よりも2合ほど多めに米を入れる。蒼竜様に水を入れてもらい、お米を研いだら一度水を捨てる。こうやって3回ほど繰り返した後で、最後に水を入れてもらい、蓋をする。
これで、後は炊くだけだ。
蒼竜様が、
「仮眠を出来る場所はないか?」
と聞いてきた。この様子だと、迷わずに米を届けることが出来たのなら、私達に米を渡した後はすぐに竜の里まで帰るつもりだったのだろう。
私は、
「すみません。」
と言って謝り、
「大月様の天幕の中なら、少しは余裕があるかも知れませんが、確認していませんので、一緒に寝ていいかは分かりません。
起こして、聞いていただいても宜しいですか?」
とお願いをした。蒼竜様は少し考え、
「今の時間、山上が見張りではないのか?」
と聞いてきた。蒼竜様は、私が寝ている所が空いているだろうと踏んだのだろう。
私は、
「いえ、まだ空が白むまで時間があるので、私はもう一度寝るつもりです。」
と説明をした。蒼竜様が、不思議そうな顔をしたので、
「日中、道を作る作業が大変だろうからということで、有り難いことに、見張りは巫女様のお付きの人達がやってくれる事になっていまして。
私達は、お言葉に甘えて、夜はゆっくりと寝させていただいております。」
と説明を加えた。蒼竜様は、
「なるほど。
であれば、何か被るものでもないか?
と聞いてきた。私は少し考えたのだが、特に思い当たるものもなかったので、
「剥ぎ取った獣の皮くらいしかありませんが。」
と答えると、蒼竜様は、
「そうであるか。」
と困ったように返してきた。蒼竜様は少し考え、
「せめて、焚火の近くで寝るとするか。
今日は済まなかったな。」
ともう一度、謝った。私は、
「いえ。
それよりも、焚火の近くで寝るなら、くれぐれも火には気を付けてくださいね。」
とだけ注意して、天幕に戻った。
私の態度がそっけないと感じたからだろうか。蒼竜様が後ろからぼそっと、
「拙者も遅れて悪くはあったが、それなりに理由があってだな・・・。」
とぼやいていたが、話が長くなると寝る時間が無くなるので、敢えて無視する。
一眠りした後、夜が白け始める前に私は起き出した。
お腹が鳴る中、昨夜から燃え続けている焚火の薪を少し広めて火を弱め、飯盒を火に掛けた。
すぐ横では、蒼竜様が寝息を立てている。
ちょっと鼻を摘んで悪戯をしてみたが、起きる気配もなかったのでそのまま寝かせておくことにした。
飯が炊けるいい匂いの中、気配を消す練習に励む。が、お腹が空いているのにこの匂いだ。今日は、全然集中できず、ろくな訓練にはならなかった。
頃合いを見て味噌汁を作り始めた頃、今日は珍しく佳央様が起きてきた。
佳央様は、
「先に焼いてもらっていい?」
と言って、蛇肉を出した。私は、
「おはようございます、佳央様。
焼けばいいのですね。」
と反復して、受け取った蛇肉を適当な大きさにして焚火の周りに刺した。
暫くすると、大月様も起きてくると、私に、
「すまぬ。
小生のも頼む。」
と声を掛け、側で寝ていた蒼竜様をひと睨みした。
私は、
「おはようございます、大月様。
分かりました。」
と言って作業を始めると、大月様は、
「匂いに吊られてな。」
と苦笑いをした。私は、
「大月様が一番体も大きですし、仕方がありませんよ。」
と言うと、大月様は、
「まぁ、そう言うことだ。」
と言って、焚火の近くに座った。
最後は更科さんだ。
大月様の串を準備する。ついでなので、更科さんの串も焼けるように作っておく。
が、大月様に勘違いされ、
「少し多めか。
これは有り難い。」
と言ってきた。よほどお腹が空いているのだろうと思ったので、更科さんの分も大月様の分として焼くことにした。蛇肉だけは、まだまだ沢山ある。
暫くすると、更科さんも起きてきた。
丁度ご飯も炊けたので、火から降ろしてひっくり返し、蒸らしに入る。
更科さんは、
「ひょっとして、先に食べてたの?」
と聞いてきたので、私は、
「大月様と佳央様だけで、私はまだです。」
と言った。すると、更科さんは、
「じゃぁ、二人分ね。」
と言って、肉を焼くのを催促した。
早速、二人分の串を準備して焼いていく。
蒼竜様が目を覚まし、
「ん?
あぁ、全員揃っておったのか。
昨日はなかなか辿り着けず、済まなかったな。」
と言った。大月様は、
「こちらが頼んだ身ゆえ、強くは言えぬ。
・・・言えぬのだが、せめてもう少し早く連絡が欲しいところではあったな。」
と言った。蒼竜様は、
「いや、それがどういう訳かこちらに入る道が見つからなんでな。
気がついたら、何故か谷を抜けておったのだ。」
と説明した。私は、
「気がついたらというのは、どういう事ですか?
まさか、谷が分からなかったという訳ではありませんよね?」
とつい強めに聞いてしまった。
蒼竜様は、
「山上がそう言いたくなる気持ちも、分かる。
が、そのまさかなのだ。
今思えば、谷の入口付近に結界でも張ってあったのではあるまいか。
仮に考え事をしておったとしても、無意識であの谷を通ることなど出来まい。」
と答えた。普通なら信じられないところではあるが、すぐ近くに巫女様達がいる。
ひょっとしたら巫女様が、知らない人がこっちの道に迷い込まないように結界を張っていたのではないだろうか。そんな風に思ってムッとしながら巫女様の天幕を見て、
「犯人は巫女様ですか。」
とぼそっと言うと、全員、首を傾げた。
すると、それを聞いてか古川様が小走りでやってきた。
古川様は、
「そこ、言いたいことは分かるのじゃが、あれをせねば大蚯蚓の被害者が出ておったのじゃ。
ちゃんと、理由はあるのじゃからの。」
と説明をしてくれた。私は、
「やはり、巫女様が原因でしたか。」
と言うと、他の人の視線が集まってくる。大月様が、
「山上は、分かっておったのか?」
と言ってきたので、私は、
「蒼竜様が『結界』と言ったのではありませんか。
それに、この場で結界が張れそうな人なんて、巫女様達以外にいないと思いませんか?」
と聞いた。佳央様が、
「巫女様が変なことをする訳がないと思って、全然考えてもいなかったけど、・・・なるほどね。」
と言うと、更科さんも、
「蒼竜様が方向音痴とも思えないし何かあったのかしらとは思ってたけど、そう言う理由なら仕方ないわね。」
と同意した。古川様がおどおどし始め、全員の注目が集まる。
古川様は困りながら、
「・・・その、・・・皆様、・・・お揃い?・・・で?」
と言ってきた。私は、
「古川様、憑依が解けたのですね。
いつもの事ながら、お疲れ様です。」
と言うと、蒼竜様だけ、
「憑依?
いや、何の話だ?」
と不思議そうだった。他の人たちは、私から話を聞いているからだろう。それほど驚いた様子もない。
大月様が巫女のいる天幕の方を見ると、
「あそこに竜の巫女様がいらっしゃる。
直接話しをする事は、まかりならぬゆえな。」
と話した。蒼竜様も察したようで、
「なるほど。
つまり、ここに続く道を使うと大蚯蚓が出るゆえ、安全のため巫女様が結界を張った。
で、さすがは巫女様。
拙者も結界が分からなんだという訳か。」
と納得したようだ。私は、
「はい。
ですので、その様に説明しました。」
と言うと、蒼竜様は、
「いや、言ってはないからな?
やはり、元の師匠が田中だからか。」
と苦笑いすると、大月様も、
「確かに、尻尾切りは自分が知っていることは、相手も知っている前提で話す節があったな。
なるほど、山上もその様な節がある。
その癖、師匠譲りであったか。」
と苦笑いした。更科さんが、
「お互い、知っている話なら問題ないんだけどね。」
と言って私を見て笑うと、佳央様は、
「それより、そろそろ食べない?」
と言って、朝食を始めるように促した。
私は、早速ご飯や味噌汁を装って全員に配ったのだが、蒼竜様には、飯盒の中蓋にご飯を盛って出し、
「すみませんが、こちらでお願いします。」
と言って、手渡した。蒼竜様は、
「まぁ、頭では分かっておっても、拙者が遅れたのも事実。
意趣返ししたくなる気持ちは分からなくもないが・・・。」
と言ったので、私は、
「いえ、単純に蒼竜様の分の食器がありませんでしたので。」
とまっとうな理由を説明した。蒼竜様は、
「あぁ、そう言うことであるか。
まぁ、そうであるな。
邪推してすまぬ。」
と言って謝った。
朝食が終わると早速、蒼竜様は、
「では、拙者はこれにて里に帰るゆえ。」
と言って出発しようとしたので、私は、
「申し訳ありませんが、このままでは明日の夕方にまた米が不足します。
行ったり来たりで大変心苦しいのですが、申し訳ありませんが、1斗とは言いません。
あと4日分ちょっとだから・・・、7升ほど持ってきていただいてもいいでしょうか?」
とお願いした。佳央様は初めに、畦の道を整えるのに1週間ちょっとと言っていたはずだ。今日で畦の作業が3日なので、あと5日は作業することになるに違いない。ひとまず、蒼竜様が持ってきた分で明日まで米はあるので、これで足りるはずだ。
佳央様が、
「その、後4日って?」
と聞いてきた。私は、
「最初に佳央様が1週間ちょっとと言っていたではありませんか。」
と返すと、佳央様は、
「そうだっけ?
でも、まぁ、そのくらいかしらね。」
とすっかり忘れていたようだった。大月様が、
「まぁ、もし足りぬ時はもう一度連絡するゆえ、すまぬが運搬を頼む。
ついでに、漬物の類も持ってきてもらえると助かる。」
と依頼した。蒼竜様が頷く。
大月様は、
「あと、酒も・・・。」
と言いかけたのだが、
「まぁ、小生以外に飲む者もおらぬゆえ、我慢することにするか。」
と言って取り下げていた。
蒼竜様は、
「お主等、少々頼み過ぎではないか?」
と文句を言った後、大月様が、
「元はと言えば、蒼竜の仕事であろうが。」
と言われ、蒼竜様は、
「それを言われては、仕方がないのではあるがな・・・。
まぁ、よい。
これ以上頼まれても敵わぬゆえ、これで行くからな。」
と言って、そそくさとこの場から出発しよとした。私は最後に、
「少々遅れましたが、お米、ありがとうございました。」
とお礼を言うと、蒼竜様は、
「やはり、根に持っているではないか。」
と言って、苦笑いしながら出発した。
こうして私達は蒼竜様を送り出した後、今日も畦を綺麗に均す作業を始めたのだった。
作中、ルビでお気づきとは思いますた、1斗は10升になります。
1斗=10升=100合
〜〜〜
ようやく、蒼竜様は山上くん達のところに到着しました。
蒼竜様は、一度約束をしたのに確認してくるまで状況も伝えず、聞かれる度に遅れた理由だけを話すという事を繰り返しました。そのせいで、山上くん達は1食、米を食べ損なっています。これがもっと早く遅れることが伝わっていれば、米を炊く量を減らすなどして、だましだまし繋ぐ事も出来た筈です。
仕事もそうですが、状況が変わった時点でちゃんと伝えないと、周りの人が迷惑を被る事もあるので気を付けたいものです。
おっさんも、人の事は言えませんので・・・。(--;)