まだ来ない
夕食を作ろうとしてお米をとりだした後、私は少し焦っていた。
いよいよ、米が無くなってきたのだ。
佳央様の話では、今日の夕方だか夜だかに、蒼竜様が3升ほど持ってきてくれるという話だったが、蒼竜様はまだ来ない。仮に大峰町で問題が見つかって蒼竜様の仕事が終わっていなければ、明日の朝食くらいまでは普通にご飯が食べられる筈だが、昼食は中途半端な量しか炊けないはずだ。
そう考えると、早く蒼竜様には来てほしい。
出来れば、1斗くらい持ってきて欲しい所だが、3升と切れの悪い数字になっているおは、理由は聞いていないが、手持ちが少なかったからに違いない。
私は飯盒に米を入れながら、
「佳央様、蒼竜様はまだでしょうか。」
と聞いてみた。すると佳央様は、
「今日の夜って話よ。
まだじゃない?」
と返した。私は、
「確かに、昨晩はそう聞きました。
ですが、遅れているという事はありませんか?」
と聞いてみた。だが、佳央様は、
「ここで聞いたら、失礼よ。
信用してないみたいじゃない?」
と言ってきた。私は、
「それもそうなのですが、いよいよ米が少なくなってきまして。
かと言って、米を少なく炊くわけにもいきません。
後、確か蒼竜様は、残作業は1週間くらいと言っていた筈です。
なのに、まだいるということは、次々と残らざるを得ない仕事が見つかっていたからではないでしょうか。」
と心配になった理由を言った。新しい仕事が増えれば、計画通りに作業は終えられないに違いない。
佳央様は、
「心配症ね。
大丈夫だとは思うけど、仕方ないわね。
ご飯が終わって、まだ来てなかったら聞いてあげる。」
と言ってくれた。私は、
「ありがとうございます。」
とお礼を言った後、
「大月様、いつもすみませんが飯盒と鍋にお水をお願いします。」
と言って、夕食の準備を進めていった。
更科さんが、
「そう言えば、蒼竜様が持ってくるのは3升って言ってたけど、どのくらい保つの?」
と聞いてきた。私は、
「そうですね。
・・・今、大体1日に15合くらい食べていますので、2日分くらいです。」
と答えた。すると更科さんは、
「佳央様、あと2日で作業は終わりそうでしょうか。」
と聞いたのだが、大月様が、
「山上、蒼竜の分が足りぬのではないか?」
と聞いてきた。私はしまったと思い、
「すみません、夜来るのですから、当然お腹が空いていますよね。
すぐに追加します。」
と謝ったあと、
「2合もあれば足りますでしょうか?」
と確認した。すると大月様は、
「蒼竜の方は、仕事が終わったのだ。
流石に酒くらいは持ってくるのではないか?」
と言った。私は、
「それであれば、蒼竜様と大月様は〆で半合くらいで良いのではありませんか?」
と聞いたのだが、佳央様から、
「持ってこないかもよ?」
と口を挟んだ。私は、
「分かりました。
一先ず普通に炊いて、もし、余るようでしたら握り飯にでもしますね。」
と言って米2合を予備の飯盒に入れ、大月様に水をお願いした。
こうして夕飯の準備が終わり、ご飯も食べ終わった頃、私はもう一度、
「佳央様、蒼竜様は来ませんね。」
と言うと、佳央様も、
「そうね。」
と言った。私は、
「いよいよ、明日の朝食で米が尽きてしまいます。
もう、いい加減来てもらわないと困るのですが・・・。」
と言うと、更科さんが、
「佳央様、すみませんが、蒼竜様に聞いていただいてもいいですか?」
とお願いすると、佳央様は、
「そのつもりよ。
もう夜だし、聞いてもいい頃合いだしね。」
と言うと、佳央様は草むらに入っていった。
なんとなく、やきもきする。
大月様が、
「山上が焦っても仕方あるまい。
一先ず片付けてはどうだ?」
と言ってきた。
飯盒と鍋に蒼竜様の分が残っている。
私は、飯盒のご飯を握り飯にすると、大月様に水を出してもらい、食器を軽く洗って乾かした。
すると佳央様が竜の姿で戻ってきて、
<<明日の朝、必ず届けるって。>>
と言った。私は、
「向こうで何かあったのですか?」
と聞くと、佳央様は、
<<新しい書類が、壁の裏から出てきたんだって。>>
と言った。私は、
「そんな証拠になるもの、私ならとっとと焼いてしまいますのに、どうして残してあるのですか?」
と素直に感じた感想を言うと、大月様は苦笑いしながら、
「そうすると、知らぬ間に上の連中が書き加えたりして、罪が重くなる事があるそうだ。
が、山上は不正などするでないぞ?」
と言った。更科さんが、
「ここで言う上の連中って、何処になるのでしょうか?」
と質問をした。すると佳央様が、
<<ほら、普通、竜人が乗り込んでくるとは思わないでしょ?
だから想定しているのは、冒険者組合の本部って事になるんじゃない?>>
と返事をした。大月様が困った顔をしているので、当たりなのだろう。
私は、
「裏帳簿が見つかったとか言われれば、終わりじゃないですか。」
と言うと、大月様は、
「そうは参らぬ。
その後、我々の監査が入った場合、紙質やら何やらで、でっち上げた物か判断するゆえな。」
と言った。私は、
「新たに、聞き取り調査をして判明したものを書いた書類だと言われれば、どのようにするのですか?」
と聞いてみた。だが、大月様は、
「普通、竜人を前にすれば、震えが来るものだ。
洗いざらい白状するものであるが、そうならなかった場合であるか。」
と言った後、暫く考え込んだ。
私は思わず、
「それじゃ、笊じゃありませんか。』
と言うと、大月様も、
「いや、目を見れば分かるであろう。」
と苦笑いした。佳央様が、
<<つまり、無策ということね。>>
と指摘すると、更科さんと二人で頷いた。
大月様は、
「まぁ、小生はこのようなことでもない限り、外に出ることもないゆえな。
本職の蒼竜であれば、この辺りはしっかりやっているのであろう。」
と冷や汗を流しながら答えた。
私は、
「蒼竜様なら、そういう感じがしますね。」
と感想を言うと、佳央様が、
<<時折、大きなポカをやっていそうだけど、まぁ、そうね。>>
と笑った。更科さんが、
「確かに。
なにせ蒼竜様は、何かの会議で居眠りして、突然起きたかと思うと『寝てはおらぬ』って言ったらしいしね。」
と少し笑いながら言った。確かに、そう言う話を雫様から聞いた気がする。
私は、
「あまり、本人のいない所で話をするのも・・・。」
と言うと、更科さんは、
「それもそうね。
それより、そのおみそ汁、もう飲んじゃって鍋も洗ったら?」
と言われ、手が止まっていることに気がついた。
私は慌てて、
「そうですね。」
と言ったものの、大月様と佳央様の顔を確認してから、味噌汁を飲んでしまい、後片付けと明日の朝食の仕込みをした。
米は残り1合、後は2合分の握り飯のみ。
私は、明朝、蒼竜様が来なかったらどうしようかと悩みながら天幕に入ったのだった。
作中、山上くんは3升もあれば2日ほど保つと考えています。
3升と言うと、1升が10合なので30合となります。今どきのお茶碗なら、1合で3杯くらい装えますから、大体90杯分となります。一見、結構な量となるようですが、江戸時代の米の消費量は、1人1年で1石(=1000合)と言われていますので、一日一人あたり3合弱食べていた計算になります。
ここをベースに1食平均を、竜人で成人である大月様が2合、竜人だけど人間と同じ大きさの佳央様と人間だけど食べざかりの山上くんが1合強、更科さんが1合弱としています。合計すると、4人で5合ですので、3升は2日で食べ切る計算になります。
・石 (単位)
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