坂倉様が来て
大月様は、庄内様と四半刻ほど話しをした後、ようやく戻ってきた。
佳央様が、
「どうだった?」
と聞くと、大月様は、
「うむ。
人の土地に手を入れるのは良くないという事は分かってもらえた。
ゆえに、道を広げる作業はない。
だが、草抜きと道を平らにする事だけは、譲ってもらえなんだ。」
と答えた。私は、
「草を抜くにしても、まさか畑に捨てる訳にはいけません。
それに、道を平らにするのも支障が出ると思います。」
と意見を出すと、大月様は、
「そうであるな。」
と言った。私は、
「畦は柔らかいので、単純に上から潰すと畦が畑の方に広がってしまいます。
もし、畑の人が見たら、怒ると思います。」
ともう一つ意見を言った。大月様も、
「その通りであろうな。」
と肯定した。佳央様が、
「なるほど、面倒ね。
でも、要は畦が広がらないようにすればいいんでしょ?
左右から畦を挟み込みながら、上から押さえつけたらいいのよね?」
と聞いてきた。私は、
「そんな器用なことが出来るのですか?
後は畑の区画だけとは言え、結構な距離も有りますし、丁寧にやっていたのでは、何日かかるか分かりませんよ?」
と指摘した。佳央様は、
「そうね。
だから、分業するわよ。
私は畦を挟むから、和人は上から押さえつけて。」
と言った。更科さんが、
「草抜きは?
あと、佳央様は、畦を左から押さえつけるのと右から押さえつけるので、二つ同時に使う事になるわよ?」
と言った。すると佳央様は、
「草抜きは、和人かしらね。
まぁ、大月様に先行して抜いてもらってもいいけど。」
と1つ目の質問に答えた後、
「後、私なら左右挟むくらい、大した事もないわよ。」
としたり顔になった。更科さんが、
「流石、竜人ね。」
と褒めた。
それで私は大月様の方を見たのだが、大月様は、
「期待に添えず悪いが、小生も得意な魔法であれば二つ同時も出来るからな。」
と言った。私は大月様も複数使うのは難しいのではないかと思っていたので、
「すみません。」
と謝ると、大月様から、
「やはり、疑っておったか。」
と苦笑いされてしまった。
畦の道作りの作業を始める。
先ず、私が重さ魔法で草を抜き、一箇所に集める。その草は、大月様と更科さんに草むらまで捨てに行ってもらう。次に、佳央様に畦の両側を支えてもらい、私が上から押し固める。
こんな感じで、その日は作業の手順を確立した。
最近、重さ魔法の使い方が上手くなったのか、半刻くらいで1町ほど作れる目処がたった。だが、畑の畦は、2里近く続くらしい。
佳央様の目算でも、草むしりと畦を固める作業を終えるには、一日に10町くらい進めても1週間ちょっとかかるだろうとの事だった。
輿の方は、畦に入ると草を捨てに行けなくなる。
なので、畑の手前の草むらを整備し、そこで暫く待機してもらう事になった。
今度は、暫くここで寝泊まりする事になる。少し広めに、縦横10間四方の草を刈って余裕のある広場にした。
これから晩御飯を作ろうと思っていた時、坂倉様がやってきた。
大月様が、
「どうされましたか?」
と聞くと、坂倉様は、
「うむ。
清川から、山上には祓う力があるやも知れぬから、巫女の修行に誘ったのじゃが、一向に返事がないと聞いての。
確か、大月に相談すると言っておったそうじゃが。」
と言った。私はすっかり忘れていたので、
「申し訳ありません。
あの日は疲れてそのまま相談せずに寝てしまいまして、それからすっかり忘れておりました。」
と手を突いて正直に謝った。佳央様が、
「そう言えば、誘ってたわね。」
とこちらも忘れていたようだ。
大月様は初めて聞く話なので、
「山上、そうなのか?」
と眉を顰め、いつもと違う声色で聞いてきた。少し怒っているようだ。私は、
「はい。
申し訳ありません。」
と謝った。大月様は、
「手を突くぐらいだ。
意味が分かっているのであれば良い。」
と難しい顔をして言い、
「回答が遅れ、申し訳ない。」
と謝ったのだが、坂倉様は、
「なに。
清川から状況も聞いておるし、正式な形でもない。
そう、深刻にせずとも良い。」
と言うと、大月様は、
「ありがとうございます。」
とお礼を言った。坂倉様は、
「落とし所としては・・・、そうであるな。
清川の独断とは言え、こちらから誘った話でもある。
1ヶ月、清川に付けるという事で良かろう。
あやつも再来年は還暦じゃ。
そろそろ、そう言う事を教える立場になってもよかろう。」
と苦笑いした。そして坂倉様は私に、
「これは正式な巫女の修行ではない。
ゆえに、何も身につかなんだとしても文句は無しじゃぞ。」
と付け加えた。坂倉様は、『正式な形でもない』とか『清川の独断』、『正式な巫女の修行ではない』など、ちょっと引っかかる言い回しを使っている。
ひょっとすると、本来、清川様は巫女の修行に誘ってはいけない立場だったのかも知れない。だとすると、清川様も坂倉様から怒られたのではないだろうか。そんな気がした私は、
「分かりました。
後、清川様も悪気はなかったと思いますので、穏便にお願いします。」
と言った。すると坂倉様はムッとした顔をして、
「小癪な事を言うでないわ。
正式でないゆえ、金子は要らぬ。
これでよかろう?」
と言って戻っていった。私は思わず大月様に、
「『これでよかろう』とは、どういう事でしょうか?」
と聞くと、大月様は眉間に指を当て、
「分からずにか・・・。」
と頭が痛そうだった。逆に佳央様は楽しそうに、
「あくまで、私の推測よ?」
と前置きをして、
「まず、坂倉様は巫女の修行に誘った話を聞いて、未だに回答がないのは、どう取り扱うか困りかねているからではないかと考えたのね。
で、話をしたけど和人は大月様に話にも出していなかったわけでしょ?」
と言った。私は、
「はい。」
と合いの手を入れると、佳央様は、
「恐らく、最初は和人が本当に忘れていたと思ったはずなの。
でも、最後に和人、清川様の事情も配慮して、お咎め無しにしてくれってお願いしたじゃない?」
と聞いてきた。私は、
「はい。
話を聞いている限り、どうやら本来、清川様は巫女の修行に誘ってはいけない様子でしたから。」
と返した。すると佳央様は、
「それね、受け取りようによっては、和人は最初から清川様からの誘いは無効だと気がついて、何もなかった事にしたとも解釈できるのよ。
仮にそうだとしたら、最初に謝ったのも演技ということになるでしょ?」
と聞いてきた。私は首をひねりながら、
「そうかも知れませんが、あれは本当に私が忘れただけでして・・・。
私の落ち度です。」
と返した。佳央様は、
「今は仮定の話だから、実際にどうだったかは良いのよ。」
と苦笑いした後、
「で、坂倉様としては、和人に悪いことをしたと思ったのね。
だから、金子は取らないことを約束したのよ。」
と説明した。更科さんが、
「清川様の研修の一環だから、金子は要らないって事じゃないの?」
と聞いたのだが、佳央様は、
「あの巫女様達よ?」
と返した。更科さんは合点がいったようで、
「あぁ。」
と言って頷いた。だが、大月様は、
「その様に、面倒な考えでもあるまい。」
と苦笑いをし、
「最後、山上は清川様を叱らないようにと念を押したであろう?
あれは、清川様の落ち度を指摘しているものである。
つまり、取りようによっては、そちらの落ち度を言いふらすぞと脅している事にもなる。
ゆえに、金子は取らぬから、黙っているようにとそう言う話にしたのであろう。」
と説明した。
佳央様の悪いことをしたと思って金子を要求しない事にしたという説と、大月様の脅されたから本来取ろうと思っていた金子を取らないことで解決しようとしたという説。坂倉様は『小癪』とか『これでよかろう』とか言っていたので、大月様説の方がしっくり来る。
とは言え、それを言っても微妙な空気になるだけかも知れないので、私は、
「いずれにしても、坂倉様の思い違いで金子が不要になったということですね。」
とまとめると、更科さんも、
「そうね。
ただでやってもらえるなら、ありがたい話よね。」
と同意した。佳央様は、
「どうせその分、他で上乗せされて終わりでしょうけどね。」
と言われ、私は、
「そう言えば、巫女様が金額を確定しておらぬ方が悪いと言っていましたし、ちょっと怖いですね。」
と佳央様に同意した。
大月様は、
「さりとて、立場的に請求されるまで待つしかあるまい。」
と困った顔をしたのだが、更科さんは、
「事ある毎に、すぐに払うっていうのは?」
と提案してきた。私には良案に聞こえたのだが、佳央様から、
「今の手持ちじゃ無理よ。」
と言われ、更科さんも、
「それもそうね。」
と取り下げた。菅野村に出発する前は、冬を越すお金も心配していたのだ。里に帰って、狼だの鹿だの皮を売った後ならばともかく、今の私達には纏ったお金など無い。
なんとなく、皆が黙り、巫女様の従者達の声だけになる。
私はお腹が空いてきたので、
「それよりも晩御飯を作らないと、遅くなってしまいます。」
と言って、いそいそと晩御飯の準備を始めたのだった。
一つ、フラグ回収。
あと、清川様は現在は59歳となります。(「庄屋様を探して」の後書き参照)
竜人化しているときは20歳くらいの容姿ですので、結構な若作りとなります。(^^;)
還暦と言えば、現在は60歳の誕生日ころに行いますが、江戸時代は数えでやっていたので、61歳にお祝いをしました。本作は数えが採用されていまので、清川様も再来年の元旦を迎えると還暦を迎えることになります。
・還暦
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最後に、ブックマークが一つ増えており、ありがとうございました。
 




